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56.蕊山五
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準備が整ったと鳴亜が報せに来てくれて、煌鷽たちは館を後にする。
町を抜けて蕊山の外壁にある階段を、今度は上っていく。もう一つ外壁に隠れた階段を上ると、中央に円柱状の太い柱が立つ広間に出た。
「蕊山の地下に似ているね」
垠萼に出る際に通る、中央広場によく似た配置だ。
「こちらへ」
鳴亜が柱に設置された銀板に手をかざすと、人が二人ほど並んでは入れそうな入り口が現れる。中は小部屋になっているが、家具や飾りの一つもない。
この小部屋に入っただけで、王が住まう蕊珠がある蕊頂に移動できるという、昇降機だ。
煌鷽は二度目だが、初めての呂広と梯枇は壁や床を興味深げに見ている。
「まあ最悪の場合でも、涼芽ちゃんに危害を加えられる可能性は無いだろうから安心しなよ」
駈須は緊張している煌鷽に囁く。話題に上げられている涼芽は、今回も灰薙に横抱きにされていた。
いざとなったら髪を隠している布を取るように伝えている。旻彗に奪われてしまうかもしれないが、命を取られる可能性は低くなる。
鳴亜は大丈夫だと言うが、煌鷽たちは今一信用しきれていない。鳴亜をではなく、王を。
扉が開いたところで禁衛に待ち伏せされている可能性も、頭の隅に置いたままだ。
軽い浮遊感があり、閉じていた扉が開き出す。いつでも攻撃に転じられるように、男たちはそれぞれの得物を構えた。
灰薙はすぐに疾走できるように、前傾姿勢で待機している。
隙間から見えてきた景色は、入ったときとは異なっていた。無機質だった白い空間は、緑の芝生に覆われた、空が見える空間に変わっている。
その現象を不思議に思う気持ちは、一気に膨らんだ緊張と警戒で押し潰されてしまったが。
「お迎えに来ましたよ、神子様、鳴亜様。それに第七部隊の残党君たち」
最前列で出迎えてくれたのは、愛想の良い糸目の男。その後ろには、見知った顔が並んでいた。かつて共に魔物と戦った、第七部隊の七人だ。
見慣れた赤い長袍ではなく、白地の長袍と揃いの窄袴を身に付けているが。
彼等の姿を目に映すなり、煌鷽たちは悔しさで武器を持つ手に自然と力が籠る。煌鷽は鯉口を切り、腰を落とした。
「物騒ですね? 話し合いがしたいと伺っていたんですけど?」
「そのつもりで来たのですが、そちらはそうではないようですから。説明して頂けませんか? 擲僂殿」
男――擲僂の口角が上がり、弧で描かれた仮面のような笑みへと変わっていく。嬉しさと狂気を滲ませた表情は、まるで凍らせた羽毛で首筋を撫でられるようにぞっとする。
「私の顔を覚えていましたか。ああ、そう警戒しなくていいですよ? 別に君たちを壊そうってわけではないですから。少しばかり、付き合ってくれればいいんです」
凄味のある笑みを消した擲僂の姿が陽炎のように揺れる。背後にいるはずの涼芽たちを微かに脳裏に浮かべた煌鷽は、鞘から刀を抜き打った。
「お見事」
「ありがとうございます」
二つの銀色の刃は紙一枚分を隔て、触れ合う寸前で静止している。
躊躇なく刀を引いた擲僂は鞘に納めると、そのまま背を向けて歩き出す。隙だらけに見えるが、誰も手を出せない。
下手に動けば狭い部屋にいる煌鷽たちは昇降機ごと壊されて終わりだ。前にいる煌鷽と駈須は逃げられるだろうが、犠牲が出るのは阻みきれないだろう。
ゆっくりと元第七部隊の後ろまで下がった擲僂は、くるりと向きを変える。
「さ、そろそろ昇降機から出てきてくれません? それを壊してしまうと大目玉なんですよ。減給どころの騒ぎじゃありませんからね」
困ったように眉尻を下げる表情からは、殺意どころか敵意も見当たらない。
軽い調子の台詞に毒気を抜かれた煌鷽たちは、裏を疑いながらも昇降機の小部屋から出る。
「鳴亜殿はそのまま残ってください」
蒲羅たちから発せられる気配は、平和的に迎えに来た使者ではないだろう。ここで煌鷽たちを潰すつもりだ。
鳴亜まで護りながら戦う余裕はない。例え彼女に武術の心得があろうと、集団戦に見知らぬ者が入れば混乱が生じる。彼女がよほどの腕前であれば話は別だが。
「分かりましたわ。御武運を」
「ありがとうございます」
煌鷽たちが外に出ると、昇降機の扉が閉まり下へと降りていった。
「では、遊戯を始めましょうか」
「遊戯?」
「ええ、そうですよ。さ、頑張って耐えてください」
にんまりと、擲僂は目と口で弧を描いて楽しそうに嗤う。
彼の台詞に引っ掛かりを覚えた煌鷽たちだったが、考える前に体は動き出す。
「いやーっ! 苧乍さんに続いて埜頑までっ? ……いや、こいつはいつもこんなか」
「仲飛さんは壊れて戦えないんじゃなかったの?」
こちらの言い分など聞く気も無く、勝手に遊戯は開始された。
狂気に満ちた笑顔で斬りかかってくる埜頑から、梯枇が悲鳴を上げて逃げる。
純粋な戦力でも梯枇の方が劣るのだから、逃げに徹するのは仕方ない。だがそれ以上に、笑いながら襲ってくるのが心理的に怖い。
一方、呂広は事務仕事をする姿しか見たことのなかった元副隊長仲飛の突きを、紙一重で躱し続ける。こっちも余裕はないらしく、かなり必死の形相だ。
町を抜けて蕊山の外壁にある階段を、今度は上っていく。もう一つ外壁に隠れた階段を上ると、中央に円柱状の太い柱が立つ広間に出た。
「蕊山の地下に似ているね」
垠萼に出る際に通る、中央広場によく似た配置だ。
「こちらへ」
鳴亜が柱に設置された銀板に手をかざすと、人が二人ほど並んでは入れそうな入り口が現れる。中は小部屋になっているが、家具や飾りの一つもない。
この小部屋に入っただけで、王が住まう蕊珠がある蕊頂に移動できるという、昇降機だ。
煌鷽は二度目だが、初めての呂広と梯枇は壁や床を興味深げに見ている。
「まあ最悪の場合でも、涼芽ちゃんに危害を加えられる可能性は無いだろうから安心しなよ」
駈須は緊張している煌鷽に囁く。話題に上げられている涼芽は、今回も灰薙に横抱きにされていた。
いざとなったら髪を隠している布を取るように伝えている。旻彗に奪われてしまうかもしれないが、命を取られる可能性は低くなる。
鳴亜は大丈夫だと言うが、煌鷽たちは今一信用しきれていない。鳴亜をではなく、王を。
扉が開いたところで禁衛に待ち伏せされている可能性も、頭の隅に置いたままだ。
軽い浮遊感があり、閉じていた扉が開き出す。いつでも攻撃に転じられるように、男たちはそれぞれの得物を構えた。
灰薙はすぐに疾走できるように、前傾姿勢で待機している。
隙間から見えてきた景色は、入ったときとは異なっていた。無機質だった白い空間は、緑の芝生に覆われた、空が見える空間に変わっている。
その現象を不思議に思う気持ちは、一気に膨らんだ緊張と警戒で押し潰されてしまったが。
「お迎えに来ましたよ、神子様、鳴亜様。それに第七部隊の残党君たち」
最前列で出迎えてくれたのは、愛想の良い糸目の男。その後ろには、見知った顔が並んでいた。かつて共に魔物と戦った、第七部隊の七人だ。
見慣れた赤い長袍ではなく、白地の長袍と揃いの窄袴を身に付けているが。
彼等の姿を目に映すなり、煌鷽たちは悔しさで武器を持つ手に自然と力が籠る。煌鷽は鯉口を切り、腰を落とした。
「物騒ですね? 話し合いがしたいと伺っていたんですけど?」
「そのつもりで来たのですが、そちらはそうではないようですから。説明して頂けませんか? 擲僂殿」
男――擲僂の口角が上がり、弧で描かれた仮面のような笑みへと変わっていく。嬉しさと狂気を滲ませた表情は、まるで凍らせた羽毛で首筋を撫でられるようにぞっとする。
「私の顔を覚えていましたか。ああ、そう警戒しなくていいですよ? 別に君たちを壊そうってわけではないですから。少しばかり、付き合ってくれればいいんです」
凄味のある笑みを消した擲僂の姿が陽炎のように揺れる。背後にいるはずの涼芽たちを微かに脳裏に浮かべた煌鷽は、鞘から刀を抜き打った。
「お見事」
「ありがとうございます」
二つの銀色の刃は紙一枚分を隔て、触れ合う寸前で静止している。
躊躇なく刀を引いた擲僂は鞘に納めると、そのまま背を向けて歩き出す。隙だらけに見えるが、誰も手を出せない。
下手に動けば狭い部屋にいる煌鷽たちは昇降機ごと壊されて終わりだ。前にいる煌鷽と駈須は逃げられるだろうが、犠牲が出るのは阻みきれないだろう。
ゆっくりと元第七部隊の後ろまで下がった擲僂は、くるりと向きを変える。
「さ、そろそろ昇降機から出てきてくれません? それを壊してしまうと大目玉なんですよ。減給どころの騒ぎじゃありませんからね」
困ったように眉尻を下げる表情からは、殺意どころか敵意も見当たらない。
軽い調子の台詞に毒気を抜かれた煌鷽たちは、裏を疑いながらも昇降機の小部屋から出る。
「鳴亜殿はそのまま残ってください」
蒲羅たちから発せられる気配は、平和的に迎えに来た使者ではないだろう。ここで煌鷽たちを潰すつもりだ。
鳴亜まで護りながら戦う余裕はない。例え彼女に武術の心得があろうと、集団戦に見知らぬ者が入れば混乱が生じる。彼女がよほどの腕前であれば話は別だが。
「分かりましたわ。御武運を」
「ありがとうございます」
煌鷽たちが外に出ると、昇降機の扉が閉まり下へと降りていった。
「では、遊戯を始めましょうか」
「遊戯?」
「ええ、そうですよ。さ、頑張って耐えてください」
にんまりと、擲僂は目と口で弧を描いて楽しそうに嗤う。
彼の台詞に引っ掛かりを覚えた煌鷽たちだったが、考える前に体は動き出す。
「いやーっ! 苧乍さんに続いて埜頑までっ? ……いや、こいつはいつもこんなか」
「仲飛さんは壊れて戦えないんじゃなかったの?」
こちらの言い分など聞く気も無く、勝手に遊戯は開始された。
狂気に満ちた笑顔で斬りかかってくる埜頑から、梯枇が悲鳴を上げて逃げる。
純粋な戦力でも梯枇の方が劣るのだから、逃げに徹するのは仕方ない。だがそれ以上に、笑いながら襲ってくるのが心理的に怖い。
一方、呂広は事務仕事をする姿しか見たことのなかった元副隊長仲飛の突きを、紙一重で躱し続ける。こっちも余裕はないらしく、かなり必死の形相だ。
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