62 / 66
62.新王
しおりを挟む
「それで、これはいったいどういう状況なのでしょうか?」
一部を除く禁衛の隊士たから憧憬の目を向けられ続けている苧乍に、煌鷽は涼芽のことが気になりつつも、思い切って尋ねた。
「王の命令で神子が出しちょった命令が解除された。積年の恨みちゅうか、今まで自由意思を奪われちょった苦しみを発散しちょるんじゃろ。俺に対しての態度に関しては、俺が聞きたか」
どうやら禁衛全体が、李蛄たちのように操られていたようだ。そして禁衛の隊士たちから苧乍に向けられる憧憬の眼差しは、本人も理解の範疇を超えているらしい。
「禁衛の皆は第七の皆以上に隊長のことが大好きだからねえ。……なんだか睨み殺されそうなんだけど?」
代わりに説明してくれたのは李蛄だった。途中で禁衛から向けられる射殺さんばかりの視線に恐怖を覚えたのか、駈須の後ろに隠れてしまったが。
太い息を吐き出した苧乍は、改めて煌鷽と涼芽を見る。
「お前たちを利用させてもろうた。悪かったな」
「いいえ、問題ありません」
涼芽と煌鷽を廻る一連の騒動。日頃とは異なる体制によって生じた隙を突いて、苧乍は王を討ったのだろう。
だとしても、苧乍も巻き込まれた側だ。歓喜に沸く禁衛を見れば、苧乍の行動を誇りにこそ思っても、彼が謝罪する必要があるとは思えない。
「そいで煌鷽。お前はどげんしたい?」
穏やかな表情には、押し付ける気など微塵もない。どんな答えだろうと煌鷽の決断を受け入れてくれるのだと、信頼できた。
王と神子という存在はひとたび暴走すれば止められる者はおらず、危険だと身に染みて分かった。
いっそ身分制度を廃止してしまえばと思いはするが、それが不可能であることも知っている。誰かが玉座に座らなければ、この国は崩壊してしまうのだから。
その王次第で、国と涼芽の運命が決められてしまう。ならば、煌鷽が選ぶ道は一つしかないだろう。
「王族に戻り、玉座を求めます」
自分に何ができるのかなど分からない。それでも、涼芽や仲間たちを見知らぬ誰かに託す気にはなれなかった。
瞳の奥に宿る真意を見抜くように覗き込んでいた苧乍が、柔らかく笑む。
「涼芽様、煌鷽は良か男じゃて思うが、あんたはどう思うちょる?」
「どうって、その」
質問を振られた涼芽は誰が見ても分かるほどに狼狽した。ただいつものように顔を真っ赤に染めるのではなく、どこか苦しげに顔を歪めている。
苧乍も駈須たちも疑問を感じたが、その答えは分からない。
とはいえ争いに巻き込まれたり、王の末路を見たりと、今日一日で彼女が受けた衝撃は大きい。気分がすぐれないのも仕方がないだろうと合点する。
「苧乍殿」
今の涼芽に負担を掛けたくない煌鷽は、落ち着いてからにしてほしいと窘めるが、苧乍はゆるりと首を振った。
「王が崩御して七日目に、次の王が選ばれる。王を選ぶのは神子――黒い髪と瞳を持つ者や」
「でも私は、そんな大層な人間ではありません。それに、黒髪黒目ならそちらに」
おずおずと視線を向けられたのは、苧乍の後ろに立つ現王の神子であった雪華。哀しげに小さく微笑むと、涼芽の前に跪いた。
「ご尊顔を拝謁できましたこと、恐悦至極に存じます、我らが主よ。私は雪華と申します。神子は代役にすぎません。主が降臨されたならば退くのが定め。また、私が選んだ旻彗はすでに崩御いたしました。私は数日の内に神子としての役目を解かれるでしょう」
思考が混乱している涼芽はどう対応すればよいのか分からない。
「七日後までに、煌鷽さんを王様に選ぶか決めればいいのでしょうか?」
「できればもっと早よ決めてほしか」
確かめるように問うた涼芽に対して困ったように苦笑した苧乍は、一瞬だけ視線を逸らした。
「涼芽様にとっても、早よ決めたほうが良かじゃろう。今は足止めしちょっが、すぐに王族と祠官どもがやってくる。そうなれば涼芽様は選定の日まで祠殿に閉じ込められる。王族たちも半端者の煌鷽を排除しようとするじゃろうな」
「そんな」
愕然とした表情で呟き、煌鷽を見上げる。柔らかく頷かれた涼芽は、決心したように頷き返す。
「分かりました。煌鷽さんを次の王様に選びます」
力強く言った涼芽の声に、煌鷽は嬉しさを隠せずふわりと笑う。苧乍に強いられた面があるとはいえ、それでも自分を選んでくれたことが嬉しかった。
第七部隊の面々も煌鷽を祝うように表情を緩めたが、すぐに表情を引き締める。苧乍を先頭に煌鷽の前に跪いた。
「新王の御即位をお喜び申し上ぐる」
「ありがとうございます」
「つきましては、一つお願いしたかこつがあっと」
「なんでしょう?」
王と臣下としては少々奇妙なやり取りだが、二人は気にせず続ける。
煌鷽には王族としての教養などなく、苧乍にとっては内容こそが大切なのであるから。
「神子と禁衛は先王である旻彗に命じられて動いただけ。この者どもを許していただけんやろうか?」
知らぬままに動いていたとしても、神である涼芽と新王となる煌鷽に非礼を働いたことは、本来であれば見過ごせない。
煌鷽は苧乍から彼の隣で額ずく神子雪華へと視線を移し、更に後ろに控えている禁衛へと動かす。
戸惑いを浮かべている者、縋るように苧乍を見ている者、そして新たな王となったと思われる煌鷽に、先王に向けるべき怒りを滲ませつつも押さえ込もうとしている者。
禁衛から向けられる視線に怯え、微かに震えている涼芽を抱き寄せて安心させると、苧乍へと視線を戻す。
「許します」
顔を上げた苧乍が悪戯っぽく笑み、煌鷽も小さく笑う。
禁衛の面々は一様に、安堵した様子を見せた。
「茶番だね」
「そう言うな。王族が出てくる前に王の言質を取ったという形が重要なんだから」
半目になる梯枇を、苦笑しながら駈須が宥める。
そこに幾つかの足音が玄関側から近付いてきた。警戒する煌鷽はすぐさま涼芽を背後に庇うが、苧乍が安心しろとばかりに軽く煌鷽の腕を叩いて前に出る。
一部を除く禁衛の隊士たから憧憬の目を向けられ続けている苧乍に、煌鷽は涼芽のことが気になりつつも、思い切って尋ねた。
「王の命令で神子が出しちょった命令が解除された。積年の恨みちゅうか、今まで自由意思を奪われちょった苦しみを発散しちょるんじゃろ。俺に対しての態度に関しては、俺が聞きたか」
どうやら禁衛全体が、李蛄たちのように操られていたようだ。そして禁衛の隊士たちから苧乍に向けられる憧憬の眼差しは、本人も理解の範疇を超えているらしい。
「禁衛の皆は第七の皆以上に隊長のことが大好きだからねえ。……なんだか睨み殺されそうなんだけど?」
代わりに説明してくれたのは李蛄だった。途中で禁衛から向けられる射殺さんばかりの視線に恐怖を覚えたのか、駈須の後ろに隠れてしまったが。
太い息を吐き出した苧乍は、改めて煌鷽と涼芽を見る。
「お前たちを利用させてもろうた。悪かったな」
「いいえ、問題ありません」
涼芽と煌鷽を廻る一連の騒動。日頃とは異なる体制によって生じた隙を突いて、苧乍は王を討ったのだろう。
だとしても、苧乍も巻き込まれた側だ。歓喜に沸く禁衛を見れば、苧乍の行動を誇りにこそ思っても、彼が謝罪する必要があるとは思えない。
「そいで煌鷽。お前はどげんしたい?」
穏やかな表情には、押し付ける気など微塵もない。どんな答えだろうと煌鷽の決断を受け入れてくれるのだと、信頼できた。
王と神子という存在はひとたび暴走すれば止められる者はおらず、危険だと身に染みて分かった。
いっそ身分制度を廃止してしまえばと思いはするが、それが不可能であることも知っている。誰かが玉座に座らなければ、この国は崩壊してしまうのだから。
その王次第で、国と涼芽の運命が決められてしまう。ならば、煌鷽が選ぶ道は一つしかないだろう。
「王族に戻り、玉座を求めます」
自分に何ができるのかなど分からない。それでも、涼芽や仲間たちを見知らぬ誰かに託す気にはなれなかった。
瞳の奥に宿る真意を見抜くように覗き込んでいた苧乍が、柔らかく笑む。
「涼芽様、煌鷽は良か男じゃて思うが、あんたはどう思うちょる?」
「どうって、その」
質問を振られた涼芽は誰が見ても分かるほどに狼狽した。ただいつものように顔を真っ赤に染めるのではなく、どこか苦しげに顔を歪めている。
苧乍も駈須たちも疑問を感じたが、その答えは分からない。
とはいえ争いに巻き込まれたり、王の末路を見たりと、今日一日で彼女が受けた衝撃は大きい。気分がすぐれないのも仕方がないだろうと合点する。
「苧乍殿」
今の涼芽に負担を掛けたくない煌鷽は、落ち着いてからにしてほしいと窘めるが、苧乍はゆるりと首を振った。
「王が崩御して七日目に、次の王が選ばれる。王を選ぶのは神子――黒い髪と瞳を持つ者や」
「でも私は、そんな大層な人間ではありません。それに、黒髪黒目ならそちらに」
おずおずと視線を向けられたのは、苧乍の後ろに立つ現王の神子であった雪華。哀しげに小さく微笑むと、涼芽の前に跪いた。
「ご尊顔を拝謁できましたこと、恐悦至極に存じます、我らが主よ。私は雪華と申します。神子は代役にすぎません。主が降臨されたならば退くのが定め。また、私が選んだ旻彗はすでに崩御いたしました。私は数日の内に神子としての役目を解かれるでしょう」
思考が混乱している涼芽はどう対応すればよいのか分からない。
「七日後までに、煌鷽さんを王様に選ぶか決めればいいのでしょうか?」
「できればもっと早よ決めてほしか」
確かめるように問うた涼芽に対して困ったように苦笑した苧乍は、一瞬だけ視線を逸らした。
「涼芽様にとっても、早よ決めたほうが良かじゃろう。今は足止めしちょっが、すぐに王族と祠官どもがやってくる。そうなれば涼芽様は選定の日まで祠殿に閉じ込められる。王族たちも半端者の煌鷽を排除しようとするじゃろうな」
「そんな」
愕然とした表情で呟き、煌鷽を見上げる。柔らかく頷かれた涼芽は、決心したように頷き返す。
「分かりました。煌鷽さんを次の王様に選びます」
力強く言った涼芽の声に、煌鷽は嬉しさを隠せずふわりと笑う。苧乍に強いられた面があるとはいえ、それでも自分を選んでくれたことが嬉しかった。
第七部隊の面々も煌鷽を祝うように表情を緩めたが、すぐに表情を引き締める。苧乍を先頭に煌鷽の前に跪いた。
「新王の御即位をお喜び申し上ぐる」
「ありがとうございます」
「つきましては、一つお願いしたかこつがあっと」
「なんでしょう?」
王と臣下としては少々奇妙なやり取りだが、二人は気にせず続ける。
煌鷽には王族としての教養などなく、苧乍にとっては内容こそが大切なのであるから。
「神子と禁衛は先王である旻彗に命じられて動いただけ。この者どもを許していただけんやろうか?」
知らぬままに動いていたとしても、神である涼芽と新王となる煌鷽に非礼を働いたことは、本来であれば見過ごせない。
煌鷽は苧乍から彼の隣で額ずく神子雪華へと視線を移し、更に後ろに控えている禁衛へと動かす。
戸惑いを浮かべている者、縋るように苧乍を見ている者、そして新たな王となったと思われる煌鷽に、先王に向けるべき怒りを滲ませつつも押さえ込もうとしている者。
禁衛から向けられる視線に怯え、微かに震えている涼芽を抱き寄せて安心させると、苧乍へと視線を戻す。
「許します」
顔を上げた苧乍が悪戯っぽく笑み、煌鷽も小さく笑う。
禁衛の面々は一様に、安堵した様子を見せた。
「茶番だね」
「そう言うな。王族が出てくる前に王の言質を取ったという形が重要なんだから」
半目になる梯枇を、苦笑しながら駈須が宥める。
そこに幾つかの足音が玄関側から近付いてきた。警戒する煌鷽はすぐさま涼芽を背後に庇うが、苧乍が安心しろとばかりに軽く煌鷽の腕を叩いて前に出る。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
54
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる