【本編完結】政略結婚から逃げたいのに旦那様から逃げられません

七夜かなた

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第十章

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先生の部屋へ入ると、ちょうど書類仕事がひと段落した所だった。

「すまなかったな。それで、ニールセンさんはどうした?」
「はい。また連絡するとおっしゃって帰っていかれました。ご寄付もいただけるそうです」
「そうか。実は今のところ困ってはいないから、断られても仕方ないと思っていたが、運営資金はあるに越したことはないからな。それで、今日はどうした?見たところ随分疲れているようだが」

さすがに素人でもわかるくらいだ。医師の先生が気づかないわけがない。

「実は……」

私は夜会の日から続く夢遊病のような行動について打ち明けた。

「成る程ね……それで、突然そんなことになったきっかけはあるのか?」

引き金を引いた出来事が何かある筈だと、先生が訊ねたので、細かく触れず腕を掴まれたことを話した。

「なんだそれは!」

話の途中で先生が立ち上がり私に駆け寄ってきた。

「どっちだ、どっちの腕だ」
「ひ、ひだりです」
「見せなさい!」

言われるままに上から服を脱いで肩から腕を引き抜いた。

「何てことだ……」
「痛みはもうないんです」

くっきりしていた跡は一番酷いところを除き薄くなっていた。

「旦那は知っているのか」
「はい」
「まあ、そうだな……やはり夫婦なんだし……」

先生の言いたいことはわかった。久しぶりに会った夫婦なら、当然寝室を共にするものだとわかっている。

「きちんと治療しないと長引くぞ。冷やしたのか?」

「いいえ…特に何も」

「これだから素人は……こういうのはすぐに冷やさないとダメなんだ」

「そうなんですか……ぶつけたりしてこうなっても気がつけば消えているので、放っておいたのですが……」

「長ければ二週間はかかる」

「そんなに!」

「早く治療すれば良かったが……」

がっくりとして痣を見つめる。
記憶が正しければ黄緑からそのうち黄色になって目立たなくなる。

「痣のことは今からどうしようもない。問題は夢遊病だが。心の病は私も専門外だが」
「その、ここ二日ほどは何もないんですが、いつ起こるか不安で……」

彼と一緒に寝ている夜が続いて、この二日は特に何もないが夢は見た。

他愛ない、小さい頃の自分と両親。家族で仲良く談笑している所に叔父が突然訪ねてくる。すると状況が一変し、父は難しい顔をして暫く留守にするのだ。

「眠れないなら気持ちを落ち着かせる薬草や、眠りを誘う薬草もあるが」

衣服を元に戻しながら先生が話を続けた。

「完全に眠ってしまったら、自力で起きられなくなったら……誰かに知られてしまいます」

今のところ、朝起こしに来てくれる前に目が覚めて周りには知られず何とかなっていた。薬に頼れば眠れるだろうが、夢遊病が治る保証はない。

「じゃあ、少しでも気持ちが落ち着くように薬草茶をやろう。怪我や病気で不安になっている患者に処方している。ただし、即効性はないから、すぐに効くとは限らないし、たくさん飲めばいいというものでもない。普通のお茶は眠れなくなるが、そのお茶はそういうことはないからな。それに体を温めると眠りやすくなる」
「ありがとうございます」

カフェインのことだろうと思いながら、気持ちが落ち着けば少しはリラックスできるかも知れない。

「それと……これは医者として言うんだが、変な意味でいっているんじゃないぞ」

言いにくそうに先生が切り出す。

「欲求不満も安眠妨害のひとつだ。ちゃんとした夫婦生活も必要だぞ。やることをやって発散すれば疲れて夢を見るどころじゃなくなる」

「え!……あの……それは……」

「変な意味に取るなよ。人の体温を感じるって言うのも大事なことだ。イヤらしい意味でなく、心身共に満たされたら嫌なことも思い出さなくなる。今の状態は中途半端だ。夫婦なんだし、四の五の言わずに旦那に慰めて貰え」

あまりに明け透けな言い方だった。

「こんなことを言っているから、お上品な王宮の他の人間と反りが会わなくてな……奔放過ぎるのもくせ者だが、女の性と言うのは男の精気が必要な時がある」

先生の言い方はどうかと思うが、風水で言うところの陰陽の話に似ている。
確か女性が陰、男性が陽で片方が強すぎても弱すぎてもダメ。要はバランスの問題。

そう考えると、男女の肉体的繋がりも卑猥なものではなく、必要なことなんだと思えてくる。そこから命が誕生するのだから、決して恥ずかしいことではない。

「ありがとうございます先生。先生と話せて気が楽になりました。それに今日は子どもたちにも会えて、嬉しかったです」
「そうか、それは良かった。ところで旦那の許可は貰えたのか?」
「治療のことでここに来ることは護衛付きで許可して貰えたので、また来ます」
「ここに来て子どもたちと一緒にいるクリスティアーヌを見れば、考えも変わると思うが。まあ、いつまでも頼るわけにはいかないが」

私のことを心配してくれているのがわかり、ずけずけと物を言う先生にかかっては、身分も何も関係ないんだなと思った。
こんな調子では王宮にいるときは周りから白い目で見られていたに違いない。
それでも自分を貫く先生の強さが羨ましいと思った。
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