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第十二章
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「ここです。私が見かけたのは」
ナタリーに案内されたのは薄暗い路地だった。その先にはまだ道が続き、彼女が言うにはあまり裕福でない人たちが住んでいるという。
「本当に行かれるのですか?」
「あなたが見たと言うのが私の探していた子なら、その父親らしき男性は父親じゃないわ。拐かしかも知れない。助け出さないと……でも私が行かなければ、その子かどうかあなたにはわからないでしょ?」
「……わかりました。ただし私の側を離れないでください」
ナタリーが護衛の顔になる。
「わかったわ」
二人で警戒しながら路地に入った。
表通りとは違い、そこはごみだらけだった。水捌けも悪くお世辞にも清潔とは言えない。
「すいません……これくらいの女の子を連れた男性を見ませんでしたか?」
ナタリーが自分が見かけた男性の人相を見かけた人々に訊ねていく。
何人かは知らないと言い、ナタリーの後ろにいる私を胡散臭げに見てくる。できるだけ質素な装いをしてきたつもりだったが、ここでは場違いに見える。
「奥様…走れますか?」
ナタリーが横に並び、小さい声で訊ねた。
「ナタリー?」
「つけられています。私が合図したら走ってあちらの角を右に曲がってください」
「え…」
「振り返らないでください。こちらが気づいたことを悟られます」
「わ、わかったわ……」
振り返りかけた私を止める。後ろに目でもあるのか、私は気づかなかったが、優秀な人材というのは本当なのだろう。こんな風に彼女の能力を使うことになるとは思わなかった。
「今です」
ナタリーの掛け声で私は前を向いて走りだし、彼女は後ろを向いて身構えたのが見えた。
愛理の体ならもう少し早く走れただろうが、クリスティアーヌの体は走るのに適していない。記憶を頼りに習った短距離走のフォームで走るが、そもそもスニーカーでもない布靴では早く走れない。
それでも何とか言われた路地に入った。
狭い路地は人が一人通るのがやっとの広さだった。前後から人が来れば挟みうちにあって逃げられないような場所で身を潜める影もない。
どうかナタリーが無事で迎えに来てくれますように、ミシェルが見つかりますようにと祈りながら待っていると、路地の奥から子どもの泣き声が聞こえた。
「ミシェル?」
ミシェルと決まったわけではないが、確かめずにはいられなかった。私は奥へ歩きだした。
ガッ!
背後に人の気配がして、振り向こうとして頭を殴られた。
「本当にこの女か?」
「間違いない。髪の色も服装も聞いたとおりだ。それにさっき見たが、あの目の色は間違いない」
男が二人話す声がしたが、目の前が霞んでいき、顔を見ることができないまま私はそのまま気を失った。
「陛下が今後のあなた様の身の振り方についてお決めになられます」
ゼフィスさんが私に告げた。
陛下が私をどうするつもりかわからないが、できれば叔父に二度と会わずにゆっくりと暮らしたい。
小さい頃、父と母と三人で母の実家があった所を訪れたことがある。既に誰も住んでいない家を外から眺め、近くの村で一泊した。とてものどかなところだった。あんな所に住めたらと思う。
それから暫くして再びゼフィスさんがやってきた。
「あなたの結婚相手が決まりました」
「え、結婚?」
てっきりどこか田舎へ移されると思っていたので驚いた。まだ母の喪も明けていない。私の反応にゼフィスさんが不満でもあるのかと無言で問い掛けてきた。
「あの……私のような者と一体どなたが?」
「リンドバルク侯爵閣下です」
「こ、侯爵………」
再び驚いた。そんな方が私と?明らかに陛下がごり押ししたのだと想像できる。
「期日は一ヶ月後、リンドバルク卿は只今隣国との戦争に出兵中のため、詳しいことは家令の方と打ち合わせをしてください。明日には侯爵邸に移っていただきますので、身支度を済ませておいてください。朝のうちに迎えに来ます」
「明日、一ヶ月後……そんな急に……」
私の戸惑いを無視してゼフィスさんはどんどん話を進めていく。
「立ち会いはこちらで手配します。戦局が余談を許しませんので、閣下は式の当日にはお戻りになるとこのとです」
一度も会うことなく当日に対面?
「あの、そのお相手の方は私のことは…」
「あなたの事情はあちらは全て存じ上げています。持参金も不要とのこと。あなたは身ひとつでお越し頂ければ構わないとのことです」
状況に付いていけない私を置いて、ゼフィスさんは伝言は伝えましたからと、帰っていった。
結婚?いきなりの話に思考が停止してしまった。しかも相手は軍人で侯爵?そんな身分も上の方が私の事情を知りながら私との婚姻を受け入れたとは、何か裏があるとしか思えない。
怖い…母が叔父に暴力を振るわれるのを目の当たりにしてから、男の人が怖かった。ゼフィスさんのように事務的に話をされるのはまだ我慢できたが、夫となるとそうはいかない。
普通でも怖いのに軍人なんて、もっと恐ろしい。
陛下の人選を疑うわけではないが、こんな条件の悪い私を貰い受けようなんて人が、まっとうなわけがない。
「誰にも見られなかっただろうな」
「大丈夫です。もともとあの辺りの住人は周りでゴタゴタしていても気にしない者ばかりですから」
遠くから声が聞こえる。
頭が痛い。私、どうしたんだっけ……ミシェルを探してナタリーと路地裏に行って、それから………誰かに後ろから殴られた。
ゆっくりと目を開けると、狭くて固い寝台に寝かされていた。
ナタリーに案内されたのは薄暗い路地だった。その先にはまだ道が続き、彼女が言うにはあまり裕福でない人たちが住んでいるという。
「本当に行かれるのですか?」
「あなたが見たと言うのが私の探していた子なら、その父親らしき男性は父親じゃないわ。拐かしかも知れない。助け出さないと……でも私が行かなければ、その子かどうかあなたにはわからないでしょ?」
「……わかりました。ただし私の側を離れないでください」
ナタリーが護衛の顔になる。
「わかったわ」
二人で警戒しながら路地に入った。
表通りとは違い、そこはごみだらけだった。水捌けも悪くお世辞にも清潔とは言えない。
「すいません……これくらいの女の子を連れた男性を見ませんでしたか?」
ナタリーが自分が見かけた男性の人相を見かけた人々に訊ねていく。
何人かは知らないと言い、ナタリーの後ろにいる私を胡散臭げに見てくる。できるだけ質素な装いをしてきたつもりだったが、ここでは場違いに見える。
「奥様…走れますか?」
ナタリーが横に並び、小さい声で訊ねた。
「ナタリー?」
「つけられています。私が合図したら走ってあちらの角を右に曲がってください」
「え…」
「振り返らないでください。こちらが気づいたことを悟られます」
「わ、わかったわ……」
振り返りかけた私を止める。後ろに目でもあるのか、私は気づかなかったが、優秀な人材というのは本当なのだろう。こんな風に彼女の能力を使うことになるとは思わなかった。
「今です」
ナタリーの掛け声で私は前を向いて走りだし、彼女は後ろを向いて身構えたのが見えた。
愛理の体ならもう少し早く走れただろうが、クリスティアーヌの体は走るのに適していない。記憶を頼りに習った短距離走のフォームで走るが、そもそもスニーカーでもない布靴では早く走れない。
それでも何とか言われた路地に入った。
狭い路地は人が一人通るのがやっとの広さだった。前後から人が来れば挟みうちにあって逃げられないような場所で身を潜める影もない。
どうかナタリーが無事で迎えに来てくれますように、ミシェルが見つかりますようにと祈りながら待っていると、路地の奥から子どもの泣き声が聞こえた。
「ミシェル?」
ミシェルと決まったわけではないが、確かめずにはいられなかった。私は奥へ歩きだした。
ガッ!
背後に人の気配がして、振り向こうとして頭を殴られた。
「本当にこの女か?」
「間違いない。髪の色も服装も聞いたとおりだ。それにさっき見たが、あの目の色は間違いない」
男が二人話す声がしたが、目の前が霞んでいき、顔を見ることができないまま私はそのまま気を失った。
「陛下が今後のあなた様の身の振り方についてお決めになられます」
ゼフィスさんが私に告げた。
陛下が私をどうするつもりかわからないが、できれば叔父に二度と会わずにゆっくりと暮らしたい。
小さい頃、父と母と三人で母の実家があった所を訪れたことがある。既に誰も住んでいない家を外から眺め、近くの村で一泊した。とてものどかなところだった。あんな所に住めたらと思う。
それから暫くして再びゼフィスさんがやってきた。
「あなたの結婚相手が決まりました」
「え、結婚?」
てっきりどこか田舎へ移されると思っていたので驚いた。まだ母の喪も明けていない。私の反応にゼフィスさんが不満でもあるのかと無言で問い掛けてきた。
「あの……私のような者と一体どなたが?」
「リンドバルク侯爵閣下です」
「こ、侯爵………」
再び驚いた。そんな方が私と?明らかに陛下がごり押ししたのだと想像できる。
「期日は一ヶ月後、リンドバルク卿は只今隣国との戦争に出兵中のため、詳しいことは家令の方と打ち合わせをしてください。明日には侯爵邸に移っていただきますので、身支度を済ませておいてください。朝のうちに迎えに来ます」
「明日、一ヶ月後……そんな急に……」
私の戸惑いを無視してゼフィスさんはどんどん話を進めていく。
「立ち会いはこちらで手配します。戦局が余談を許しませんので、閣下は式の当日にはお戻りになるとこのとです」
一度も会うことなく当日に対面?
「あの、そのお相手の方は私のことは…」
「あなたの事情はあちらは全て存じ上げています。持参金も不要とのこと。あなたは身ひとつでお越し頂ければ構わないとのことです」
状況に付いていけない私を置いて、ゼフィスさんは伝言は伝えましたからと、帰っていった。
結婚?いきなりの話に思考が停止してしまった。しかも相手は軍人で侯爵?そんな身分も上の方が私の事情を知りながら私との婚姻を受け入れたとは、何か裏があるとしか思えない。
怖い…母が叔父に暴力を振るわれるのを目の当たりにしてから、男の人が怖かった。ゼフィスさんのように事務的に話をされるのはまだ我慢できたが、夫となるとそうはいかない。
普通でも怖いのに軍人なんて、もっと恐ろしい。
陛下の人選を疑うわけではないが、こんな条件の悪い私を貰い受けようなんて人が、まっとうなわけがない。
「誰にも見られなかっただろうな」
「大丈夫です。もともとあの辺りの住人は周りでゴタゴタしていても気にしない者ばかりですから」
遠くから声が聞こえる。
頭が痛い。私、どうしたんだっけ……ミシェルを探してナタリーと路地裏に行って、それから………誰かに後ろから殴られた。
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