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顔どころか全身が赤くなり体温が上がったのがわかった。
「あ……ありがとう……ございます」
顔を上げてジーン様を直視することが出来ず、もごもごとお礼を言う。
「婚約者なのだから気遣うのは当然だ。いちいちお礼を言う必要はない」
また婚約者と言った。私が意識しすぎなのだろうか。
「ところで、君はティアナと私を見てどう思った?」
「え?……あの、どう……とは?」
「何か……気づいたことはあるか?」
気づいたこと?ジーン様が知りたい答えが何なのか考える。
本音を言えば、羨ましかった。ティアナさんのようにジーン様と遠慮のない会話をしたい。
もやもやとした嫉妬心が胸のうちにあって、ジーン様を取られなくないとも思った。
けれど、彼女とジーン様には私の知らない時間があって、彼女のようになれない自分がもどかしい。
そんな嫌な自分の気持ちを打ち明けるのが躊躇われた。
「仲が……とても良くて……羨ましいとは、思いました」
それが正解なのかわからないが、ジーン様は柔らかく微笑んだ。
「そうか……お茶も冷めてしまったが、一緒にケーキを食べようか」
木の実のタルトにフォークを刺してひとくち分切り分けると、ジーン様はそれを私の口の前に差し出した。
「あの……大丈夫です。自分で……」
顔を上げてジーン様が持つフォークを受け取ろうとして、私は言葉を失った。
そこには私以上に真っ赤になったジーン様の顔があった。
「ジーン……?」
「婚約者なら………これくらいはしていると聞いた……本当に皆はこんなことをしているのか?」
一体誰に聞いたのかわからないが、誰かにしろとでも言われたのだろうか。
「わかりませんが……無理にする必要は……ないと……」
「しかし、私も人並みなことはやってみたいのだ。私達は……その……色々なことを飛ばしてしまっている。セレニアにも、やったみたいことのひとつや二つはあるだろう?」
ジーン様の言うことに反論できなかった。
婚約もいきなりなら、手紙のやり取りやお互いを知るための時間も持たず、不可抗力とは言え既に体の関係を持ってしまっている。
「今からでも遅くない。やりたいことを互いに伝え合い、少しずつやっていこう。君の希望なら出来るだけ……いや、何がなんでも叶えよう」
「それでこれが……ジーンの……やりたいこと何ですか?」
「……そうでもなかったが、これを食べるセレニアは見てみたい気がする」
私の問いにジーン様は少し考える仕草をして答えた。
反対の手を顎に当て肘をついて、フォークに刺さったケーキを口の傍まで差し出した。
「こんなこと……誰かにも?」
きっと私が初めてではない筈だ。ジーン様のような人が頻繁にしているとは言わないが、ティアナさんにならしたことがあるのではないか。
「スープを……寝ている負傷兵たちに食べさせたことはあるが、女性にケーキは初めてだ」
それを聞いて勘違いしていて自分が恥ずかしくなった。
傷ついて寝込んでいる部下の看病。ジーン様に取ってはこれも同じなのだ。
怪我をしているわけではないが、私が落ち込んでいると思って慰めてくれているだけなのに。
「頂いても……よろしいですか?」
胸にあるがっかりした気持ちを押し隠し、労ってくれるジーン様の優しさに応えるつもりで言った。
「食べなさい」
口を開けて自分から顔を傾け、目を閉じてケーキを口に食む。
固めのナッツの歯応えと、アーモンドパウダーのしっとり感が絶妙のケーキだった。
「美味しい……です」
咀嚼してから目を開けると、なぜかさっきより照れたジーン様の顔があった。
「良かった」
「ジーンも……食べますか?」
ジーン様のは甘さを控えたキャロットケーキだった。
「頼む」
少し大きめにカットしてジーン様に差し出すと、ジーン様は目を閉じずに私の方を見つめながら口にした。
これはお返しだから……
そう自分に言い聞かせる。
でないと勘違いしていまいそうになる。
私を見つめるジーン様の琥珀色の瞳に何かの感情が浮かんでいると。
「あとは……自分で食べますから」
か細い声で言って自分の分のお皿を引き寄せた。
「そうか……そうだな」
ジーン様も頷いて自分の分を口にした。
ケーキが食べ終わった頃にティアナさんがもう帰ろうと誘いに来てくれて、勝手だがほっとした。
帰りの馬車でもぎこちないままで、ティアナさんも空気を察して何も言わなかった。
「今日は……色々とすみませんでした。それに、たくさんお土産まで買っていただき、すみません」
玄関を入ったところでお礼を言った。
「いちいち謝る必要ないのよ。これくらい買えなくて辺境伯の名が泣くわよ、ねえ、ジーン」
「セレニアは君とは違う。買ってもらって当たり前などと思わない。だが、ティアナの言うとおり、君のために色々してあげることが楽しいのだから、『すみません』ではなく、『ありがとう』と言ってくれればいい」
私よりティアナさんの方がジーン様を理解しているように思える。
三人集まればどこかで二対一になる時がある。
この場合、私が一の部類に入るのは確実だ。
すぐ近くにいるのに、なぜか遠くにジーン様を感じるのは、私がそう思っているからだろう。
「ありがとうございます。大切にいたしますね」
ティアナさんが決して悪いわけではない。
でも、どこか二人に遠慮してしまう。
カフェでのことも私の思い違いで、ジーン様は婚約者の役として私を大事に思ってくれてはいても、やはり気が合うのはティアナさんのような人なのかも知れない。
「あ……ありがとう……ございます」
顔を上げてジーン様を直視することが出来ず、もごもごとお礼を言う。
「婚約者なのだから気遣うのは当然だ。いちいちお礼を言う必要はない」
また婚約者と言った。私が意識しすぎなのだろうか。
「ところで、君はティアナと私を見てどう思った?」
「え?……あの、どう……とは?」
「何か……気づいたことはあるか?」
気づいたこと?ジーン様が知りたい答えが何なのか考える。
本音を言えば、羨ましかった。ティアナさんのようにジーン様と遠慮のない会話をしたい。
もやもやとした嫉妬心が胸のうちにあって、ジーン様を取られなくないとも思った。
けれど、彼女とジーン様には私の知らない時間があって、彼女のようになれない自分がもどかしい。
そんな嫌な自分の気持ちを打ち明けるのが躊躇われた。
「仲が……とても良くて……羨ましいとは、思いました」
それが正解なのかわからないが、ジーン様は柔らかく微笑んだ。
「そうか……お茶も冷めてしまったが、一緒にケーキを食べようか」
木の実のタルトにフォークを刺してひとくち分切り分けると、ジーン様はそれを私の口の前に差し出した。
「あの……大丈夫です。自分で……」
顔を上げてジーン様が持つフォークを受け取ろうとして、私は言葉を失った。
そこには私以上に真っ赤になったジーン様の顔があった。
「ジーン……?」
「婚約者なら………これくらいはしていると聞いた……本当に皆はこんなことをしているのか?」
一体誰に聞いたのかわからないが、誰かにしろとでも言われたのだろうか。
「わかりませんが……無理にする必要は……ないと……」
「しかし、私も人並みなことはやってみたいのだ。私達は……その……色々なことを飛ばしてしまっている。セレニアにも、やったみたいことのひとつや二つはあるだろう?」
ジーン様の言うことに反論できなかった。
婚約もいきなりなら、手紙のやり取りやお互いを知るための時間も持たず、不可抗力とは言え既に体の関係を持ってしまっている。
「今からでも遅くない。やりたいことを互いに伝え合い、少しずつやっていこう。君の希望なら出来るだけ……いや、何がなんでも叶えよう」
「それでこれが……ジーンの……やりたいこと何ですか?」
「……そうでもなかったが、これを食べるセレニアは見てみたい気がする」
私の問いにジーン様は少し考える仕草をして答えた。
反対の手を顎に当て肘をついて、フォークに刺さったケーキを口の傍まで差し出した。
「こんなこと……誰かにも?」
きっと私が初めてではない筈だ。ジーン様のような人が頻繁にしているとは言わないが、ティアナさんにならしたことがあるのではないか。
「スープを……寝ている負傷兵たちに食べさせたことはあるが、女性にケーキは初めてだ」
それを聞いて勘違いしていて自分が恥ずかしくなった。
傷ついて寝込んでいる部下の看病。ジーン様に取ってはこれも同じなのだ。
怪我をしているわけではないが、私が落ち込んでいると思って慰めてくれているだけなのに。
「頂いても……よろしいですか?」
胸にあるがっかりした気持ちを押し隠し、労ってくれるジーン様の優しさに応えるつもりで言った。
「食べなさい」
口を開けて自分から顔を傾け、目を閉じてケーキを口に食む。
固めのナッツの歯応えと、アーモンドパウダーのしっとり感が絶妙のケーキだった。
「美味しい……です」
咀嚼してから目を開けると、なぜかさっきより照れたジーン様の顔があった。
「良かった」
「ジーンも……食べますか?」
ジーン様のは甘さを控えたキャロットケーキだった。
「頼む」
少し大きめにカットしてジーン様に差し出すと、ジーン様は目を閉じずに私の方を見つめながら口にした。
これはお返しだから……
そう自分に言い聞かせる。
でないと勘違いしていまいそうになる。
私を見つめるジーン様の琥珀色の瞳に何かの感情が浮かんでいると。
「あとは……自分で食べますから」
か細い声で言って自分の分のお皿を引き寄せた。
「そうか……そうだな」
ジーン様も頷いて自分の分を口にした。
ケーキが食べ終わった頃にティアナさんがもう帰ろうと誘いに来てくれて、勝手だがほっとした。
帰りの馬車でもぎこちないままで、ティアナさんも空気を察して何も言わなかった。
「今日は……色々とすみませんでした。それに、たくさんお土産まで買っていただき、すみません」
玄関を入ったところでお礼を言った。
「いちいち謝る必要ないのよ。これくらい買えなくて辺境伯の名が泣くわよ、ねえ、ジーン」
「セレニアは君とは違う。買ってもらって当たり前などと思わない。だが、ティアナの言うとおり、君のために色々してあげることが楽しいのだから、『すみません』ではなく、『ありがとう』と言ってくれればいい」
私よりティアナさんの方がジーン様を理解しているように思える。
三人集まればどこかで二対一になる時がある。
この場合、私が一の部類に入るのは確実だ。
すぐ近くにいるのに、なぜか遠くにジーン様を感じるのは、私がそう思っているからだろう。
「ありがとうございます。大切にいたしますね」
ティアナさんが決して悪いわけではない。
でも、どこか二人に遠慮してしまう。
カフェでのことも私の思い違いで、ジーン様は婚約者の役として私を大事に思ってくれてはいても、やはり気が合うのはティアナさんのような人なのかも知れない。
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