29 / 29
番外編
♪出版記念 アレスティスとメリルリースの初めての出会い後編 アレスティス視点
しおりを挟む
何百年も前から多くの学者が研究を重ねてきたが、なぜその森に魔獣が発生するのかいまだに謎のまま。
わかっているのは大量発生する時期の予測とそれを駆逐する方法のみ。
発生を食い止める手立てがな無く、自分達にできるのは大軍を編成し、それらを抹殺することだけ。
最後の討伐隊が編成されたのは三百五十年前。文献によるとその前がおよそ六百九十年前。
周期でいえば、そろそろその兆しが現れる頃合いだった。
討伐隊の編成時期を見極めるのはランギルス森の近くに領地を持つ辺境伯の仕事だ。
辺境伯は領地運営のかたわら、数か月ごとに部隊を編成し、森の周囲を巡回している。
数年のうちに討伐を開始すると辺境伯から報告されれば、国は兵糧や武具などの整備を行い、十六歳から三十歳の年齢の男子が徴兵される。
その構成は志願兵が主だったが、王侯貴族の者も義務として参加が促される。
ギレンギース侯爵家の次男である僕は、もし当代で討伐隊が編成された場合、必ずそこに参加するだろう。
授業で魔獣討伐の歴史を学んだとき、自分の代でそんなことが起こるかどうかもわからないのに、なぜかそう思った。
命が惜しくないわけじゃない。
誰だって死にたくはない。
だからこそ、死なないですむように体を鍛え、腕を磨くことを厭わなかった。
僕には尊敬する立派な兄がいる。
そんな兄のためにも、自分のできることを頑張ろうと思った。
ルードヴィヒとは全寮制の学園に入学した時、たまたま寮で同室になった。
学園には十歳で入学し、社交界に出る十六歳まで六年間通う。
ほとんどの生徒が学園に入る前に家庭教師などから基礎的なことを学んでいるので、学園ではさらなる高等教育と武術などを学ぶ。
国の要職に就いたり、家督を継いで領地を運営したりするための知識以外にも、ここで過ごしている間に培った人脈が、将来役に立つ。
そのための寮生活だ。
最初、ルードヴィヒは単なるお調子者に見えた。
だが、抜け目のない観察眼を持ったやつだと話しているうちにわかった。
学園内では身分の分け隔てなく共に切磋琢磨せよ。
それが学園の方針とはいえ、階級意識を完全に払拭することは難しい。
一番位が高いのは王族。同列で他国からの王族だが、自分達の年代に年の合う王族はいない。
次に公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵。辺境伯は公爵と同位くらいになる。
僕の家は侯爵なので、身分でいえば上位の部類に入る。
ルードヴィヒはとくに富裕層でもない子爵家の後継ぎだ。
だが、彼は特にへりくだった感じもなく、爵位が上でいつも威張っている者たちも、なぜか彼には好意的だ。
それは彼の人柄なのだろうか。
お互いに読んだ本や、その日の授業で教わったことについて議論したりして、気がつけば単なる同室のルームメイト以上の互いに信頼し合えるいい友人になっていた。
学園に入って初めての帰省で、彼の家に招待された。
我が家でも両親が帰りを待っていてくれたが、兄も友人を伴って帰ると言っていたので、少し帰りが遅くなっても構わないと言われた。
彼の実家を訪ね、当主であるサリヴァン子爵は仕事のために不在だったが、彼の母親と姉に挨拶をした。
そして、ルードヴィヒの六歳下の妹は、客用のお菓子を食べたことを母親に怒られて、庭のどこかに隠れている最中ということだった。
ルードヴィヒと二人で庭を探しながら、彼から妹についての話を聞いた。
「泣けば魔獣のようだ」と彼はきついことを言うが、庭に探しにこようとするくらい心配していることがわかる。
生まれた時は誰だって猿みたいだと聞いたことがある。
それをルードヴィヒはバラリスみたいだったと表現した。
バラリスは顔がヒヒに似ていて、その体はバイソンのような四つ足の魔物だ。
体を覆う皮膚は鋼のように固く、大きな爪は岩をも打ち砕く。
初めて訪れた友人の家の庭なので、探してほしいと言われた場所がここで合っているだろうかと不安に思っていると、何かが聞こえてきた。
グスン…グスン……
誰かが鼻をすする音だが聞こえ、きっとルードヴィヒの妹だと思って辺りを見渡すと、垣根の向こうから泣き声と、がさがさという草木を揺らす音が聞こえてきた。
向こうからルードヴィヒが歩いてくるのが見えて、声をかけようと思ったが、大声を出したら彼女をびっくりさせてしまうだろう。
とりあえず、垣根の切れ目から回り込んで、姿が見えるところまで移動した。
子犬みたいに小さくうずくまった茶色い巻き毛の女の子は、下を向いて泣いていた。
薄い黄色のワンピースの裾は草や土で汚れている。
驚かせないように、少し離れて声をかけた。
「メリルリース?」
ビクリと、彼女が驚いてこちらを見た。
泣いて顔をはらした女の子は、ハシバミ色の目を大きく見開いてこちらを見ていた。
ぷくぷくした頬に鼻も口も小さくて、動いているのが不思議な感じだった。
バラリスになど少しも似ていない。
「だ………れ?」
恐る恐る聞いてきた。
「僕はアレスティス」
威圧的に見えないように膝をついて彼女と目線を合わせた。
「ア……ア……アレ……」
舌足らずなのはルードヴィヒの言うとおりだった。
「アレスティスだよ」
「ア……アチ……アチス」
アレスティスと言えず、『アチス』になってしまったが、それがかえって彼女を可愛らしいと思わせた。
「アレスティス……メリルリース、こんなところにいたのか、探したぞ」
追い付いてきたルードヴィヒが僕たちに気づいた。
「に、にいしゃま……」
ルードヴィヒの顔を見て、彼女がにっこり笑った。
初対面だから仕方ないが、僕を見たときに見せた警戒心は失せ、見知った兄の顔を見て警戒を解く様を見せられて少し寂しく思った。
「なんだ、まだ泣いていたのか……」
彼女の頬が濡れているのを見て、ポケットから取り出したハンカチでルードヴィヒは涙を拭いてやった。
黙って兄にされるがままになっている彼女の頬が、むにむにと動く。柔らかそうで僕も触りたくなった。
「よし、これでいいか……」
「にいしゃま……」
ちらりと彼女が兄を見て、物問いたそうに僕を指差す。
「ああ、彼は僕の友達のアレスティスだ。アレスティス、これがメリルリースだ」
ルードヴィヒにすり寄りながらも、僕に興味があるのか凝視している。
「よろしくね、 お花の妖精さん」
そう言われて悪い気はしないのか、彼女ははにかむ。
「お花の妖精? こんなふとっちょの妖精がいるわけがないだろう。重くて飛べない」
「にいしゃま、ひどい」
ぷっくりした頬をさらにぷうっと膨らませ、彼女がルードヴィヒを見上げて睨んだ。
「とにかく中に入ろう」
「や……」
手を引いて歩きだそうとするルードヴィヒにメリルリースが抵抗する。
「メリルリース、わがまま言うんじゃないよ。帰って来たばかりで、僕たちもゆっくりしたいんだ」
「や……かあしゃま……こわい……イーナ……きらい」
彼女がまたもや涙を溢れさせる。
母親に怒られたので、まだ戻りたくないのだろう。
「イアナはもういないよ。母上だって、もう怒っていないさ」
「うそだ……にいしゃまのうそつき」
「うそなんかじゃないよ」
いやいやと首を振るのを、ルードヴィヒは勘弁してほしいとため息を吐く。
「メリルリース、ルードヴィヒの言うことは本当だよ。でも、心配なら僕が一緒にいてあげる。僕はルードヴィヒの友達だから、君たちのお母様たちも僕には怒らないよ」
彼女の前に再び膝をついて、顔を覗き込む。
「ほんとう?」
ハンカチで目から溢れそうになった涙を掬うと、彼女は抵抗しなかった。
「僕が信用できない?」
「ううん」
少しだけど彼女から信頼を得られたことに変な達成感があった。
「アレスティス……あんまりメリルリースを甘やかすと、ずっとまとわりつかれるぞ」
「僕は構わないよ。妹がほしいって言ってるじゃないか。頼るより頼られる方がいいよ。じゃあ、メリルリース、僕と一緒に行こうか」
掌を上にして差し出すと、おずおずと彼女が手を乗せた。
小さくてぷくぷくした温かい手だった。
握りしめたら壊れてしまいそうで、そっと包み込んだ。
「アチス……絵本の王子しゃまみたいだね」
にっこりと彼女が微笑んだ。
「では、姫様、私とともにまいりましょう」
お姫様扱いされてメリルリースは喜んだ。
「王子様とお姫様ねえ……アレスティスがいいなら構わないけど……」
「にいしゃま……おてて」
右手を僕に繋がれ、左手をルードヴィヒに差し出す。
メリルリースを間に挟んで、ルードヴィヒと三人手を繋いで家の中に戻った。
それから休みの度に訪れる僕を、いつもメリルリースは体いっぱいの喜びで出迎えてくれた。
「何を考えているの?」
すやすやと眠っている小さな息子の手に指を乗せると、その手がきゅっと軽く握ってきた。
後ろからメリルリースが声をかけた。
「初めて会った頃の君を思い出していた。手を繋いでルードヴィヒと三人で歩いた時のことをね」
こんな風にぎゅっと握ってくれた時に、全幅の信頼を向けてくれたと思った。
彼女が腰に手を回してきたので、振り向いて彼女の唇にキスをする。
「もうすぐ夕食だから、早く着替えて」
帰ったばかりで上着を脱ぎ、シャツを脱ぎかけたままなので、胸元から傷が見えている。
襟の隙間からその中に手を滑り込ませて、彼女が脱がせにかかった。
傷に沿って指先を滑らせ、片方の手が釦を外していく。
「着替えを手伝ってくれているのか、それとも……単に脱がせたいのか?」
手伝うだけなら傷に指を這わせる必要はない。
見上げた彼女の目がとろんと熱を帯びているのを見て、彼女が何を期待しているのかわかり、わざとそう言った。
「だって……三日ぶりに会ったのですもの」
外国からの使節団に付き添って地方への視察に出向いていたため、家に帰るのは三日ぶりだった。
「夕食が……もうすぐ出きるんだろう?」
言いながらも抵抗もせず、彼女が肌に触れる感触にうっとりする。
シャツの前をすべてはだけ、脇腹から肩へと手を滑らせてシャツを脱がせられた。
「まだ風呂にも入っていないから……」
「だから、いつもよりアレスティスの香りがするわ」
胸に顔を埋め、すんと鼻で息を吸い込む。
「これ以上は何もしないから、しばら暫くこうさせて」
「拒むはずがないだろう」
抱き寄せた彼女からは石鹸と乳の香りがする。
「夕食を早くすませて、今夜はゆっくりしよう」
「賛成だわ」
もう一呼吸、互いに深呼吸し、眠っている息子の顔をもう一度二人で眺めてから、夕食後のお楽しみに胸を期待で膨らませながら、着替えをすませて食堂へ向かった。
わかっているのは大量発生する時期の予測とそれを駆逐する方法のみ。
発生を食い止める手立てがな無く、自分達にできるのは大軍を編成し、それらを抹殺することだけ。
最後の討伐隊が編成されたのは三百五十年前。文献によるとその前がおよそ六百九十年前。
周期でいえば、そろそろその兆しが現れる頃合いだった。
討伐隊の編成時期を見極めるのはランギルス森の近くに領地を持つ辺境伯の仕事だ。
辺境伯は領地運営のかたわら、数か月ごとに部隊を編成し、森の周囲を巡回している。
数年のうちに討伐を開始すると辺境伯から報告されれば、国は兵糧や武具などの整備を行い、十六歳から三十歳の年齢の男子が徴兵される。
その構成は志願兵が主だったが、王侯貴族の者も義務として参加が促される。
ギレンギース侯爵家の次男である僕は、もし当代で討伐隊が編成された場合、必ずそこに参加するだろう。
授業で魔獣討伐の歴史を学んだとき、自分の代でそんなことが起こるかどうかもわからないのに、なぜかそう思った。
命が惜しくないわけじゃない。
誰だって死にたくはない。
だからこそ、死なないですむように体を鍛え、腕を磨くことを厭わなかった。
僕には尊敬する立派な兄がいる。
そんな兄のためにも、自分のできることを頑張ろうと思った。
ルードヴィヒとは全寮制の学園に入学した時、たまたま寮で同室になった。
学園には十歳で入学し、社交界に出る十六歳まで六年間通う。
ほとんどの生徒が学園に入る前に家庭教師などから基礎的なことを学んでいるので、学園ではさらなる高等教育と武術などを学ぶ。
国の要職に就いたり、家督を継いで領地を運営したりするための知識以外にも、ここで過ごしている間に培った人脈が、将来役に立つ。
そのための寮生活だ。
最初、ルードヴィヒは単なるお調子者に見えた。
だが、抜け目のない観察眼を持ったやつだと話しているうちにわかった。
学園内では身分の分け隔てなく共に切磋琢磨せよ。
それが学園の方針とはいえ、階級意識を完全に払拭することは難しい。
一番位が高いのは王族。同列で他国からの王族だが、自分達の年代に年の合う王族はいない。
次に公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵。辺境伯は公爵と同位くらいになる。
僕の家は侯爵なので、身分でいえば上位の部類に入る。
ルードヴィヒはとくに富裕層でもない子爵家の後継ぎだ。
だが、彼は特にへりくだった感じもなく、爵位が上でいつも威張っている者たちも、なぜか彼には好意的だ。
それは彼の人柄なのだろうか。
お互いに読んだ本や、その日の授業で教わったことについて議論したりして、気がつけば単なる同室のルームメイト以上の互いに信頼し合えるいい友人になっていた。
学園に入って初めての帰省で、彼の家に招待された。
我が家でも両親が帰りを待っていてくれたが、兄も友人を伴って帰ると言っていたので、少し帰りが遅くなっても構わないと言われた。
彼の実家を訪ね、当主であるサリヴァン子爵は仕事のために不在だったが、彼の母親と姉に挨拶をした。
そして、ルードヴィヒの六歳下の妹は、客用のお菓子を食べたことを母親に怒られて、庭のどこかに隠れている最中ということだった。
ルードヴィヒと二人で庭を探しながら、彼から妹についての話を聞いた。
「泣けば魔獣のようだ」と彼はきついことを言うが、庭に探しにこようとするくらい心配していることがわかる。
生まれた時は誰だって猿みたいだと聞いたことがある。
それをルードヴィヒはバラリスみたいだったと表現した。
バラリスは顔がヒヒに似ていて、その体はバイソンのような四つ足の魔物だ。
体を覆う皮膚は鋼のように固く、大きな爪は岩をも打ち砕く。
初めて訪れた友人の家の庭なので、探してほしいと言われた場所がここで合っているだろうかと不安に思っていると、何かが聞こえてきた。
グスン…グスン……
誰かが鼻をすする音だが聞こえ、きっとルードヴィヒの妹だと思って辺りを見渡すと、垣根の向こうから泣き声と、がさがさという草木を揺らす音が聞こえてきた。
向こうからルードヴィヒが歩いてくるのが見えて、声をかけようと思ったが、大声を出したら彼女をびっくりさせてしまうだろう。
とりあえず、垣根の切れ目から回り込んで、姿が見えるところまで移動した。
子犬みたいに小さくうずくまった茶色い巻き毛の女の子は、下を向いて泣いていた。
薄い黄色のワンピースの裾は草や土で汚れている。
驚かせないように、少し離れて声をかけた。
「メリルリース?」
ビクリと、彼女が驚いてこちらを見た。
泣いて顔をはらした女の子は、ハシバミ色の目を大きく見開いてこちらを見ていた。
ぷくぷくした頬に鼻も口も小さくて、動いているのが不思議な感じだった。
バラリスになど少しも似ていない。
「だ………れ?」
恐る恐る聞いてきた。
「僕はアレスティス」
威圧的に見えないように膝をついて彼女と目線を合わせた。
「ア……ア……アレ……」
舌足らずなのはルードヴィヒの言うとおりだった。
「アレスティスだよ」
「ア……アチ……アチス」
アレスティスと言えず、『アチス』になってしまったが、それがかえって彼女を可愛らしいと思わせた。
「アレスティス……メリルリース、こんなところにいたのか、探したぞ」
追い付いてきたルードヴィヒが僕たちに気づいた。
「に、にいしゃま……」
ルードヴィヒの顔を見て、彼女がにっこり笑った。
初対面だから仕方ないが、僕を見たときに見せた警戒心は失せ、見知った兄の顔を見て警戒を解く様を見せられて少し寂しく思った。
「なんだ、まだ泣いていたのか……」
彼女の頬が濡れているのを見て、ポケットから取り出したハンカチでルードヴィヒは涙を拭いてやった。
黙って兄にされるがままになっている彼女の頬が、むにむにと動く。柔らかそうで僕も触りたくなった。
「よし、これでいいか……」
「にいしゃま……」
ちらりと彼女が兄を見て、物問いたそうに僕を指差す。
「ああ、彼は僕の友達のアレスティスだ。アレスティス、これがメリルリースだ」
ルードヴィヒにすり寄りながらも、僕に興味があるのか凝視している。
「よろしくね、 お花の妖精さん」
そう言われて悪い気はしないのか、彼女ははにかむ。
「お花の妖精? こんなふとっちょの妖精がいるわけがないだろう。重くて飛べない」
「にいしゃま、ひどい」
ぷっくりした頬をさらにぷうっと膨らませ、彼女がルードヴィヒを見上げて睨んだ。
「とにかく中に入ろう」
「や……」
手を引いて歩きだそうとするルードヴィヒにメリルリースが抵抗する。
「メリルリース、わがまま言うんじゃないよ。帰って来たばかりで、僕たちもゆっくりしたいんだ」
「や……かあしゃま……こわい……イーナ……きらい」
彼女がまたもや涙を溢れさせる。
母親に怒られたので、まだ戻りたくないのだろう。
「イアナはもういないよ。母上だって、もう怒っていないさ」
「うそだ……にいしゃまのうそつき」
「うそなんかじゃないよ」
いやいやと首を振るのを、ルードヴィヒは勘弁してほしいとため息を吐く。
「メリルリース、ルードヴィヒの言うことは本当だよ。でも、心配なら僕が一緒にいてあげる。僕はルードヴィヒの友達だから、君たちのお母様たちも僕には怒らないよ」
彼女の前に再び膝をついて、顔を覗き込む。
「ほんとう?」
ハンカチで目から溢れそうになった涙を掬うと、彼女は抵抗しなかった。
「僕が信用できない?」
「ううん」
少しだけど彼女から信頼を得られたことに変な達成感があった。
「アレスティス……あんまりメリルリースを甘やかすと、ずっとまとわりつかれるぞ」
「僕は構わないよ。妹がほしいって言ってるじゃないか。頼るより頼られる方がいいよ。じゃあ、メリルリース、僕と一緒に行こうか」
掌を上にして差し出すと、おずおずと彼女が手を乗せた。
小さくてぷくぷくした温かい手だった。
握りしめたら壊れてしまいそうで、そっと包み込んだ。
「アチス……絵本の王子しゃまみたいだね」
にっこりと彼女が微笑んだ。
「では、姫様、私とともにまいりましょう」
お姫様扱いされてメリルリースは喜んだ。
「王子様とお姫様ねえ……アレスティスがいいなら構わないけど……」
「にいしゃま……おてて」
右手を僕に繋がれ、左手をルードヴィヒに差し出す。
メリルリースを間に挟んで、ルードヴィヒと三人手を繋いで家の中に戻った。
それから休みの度に訪れる僕を、いつもメリルリースは体いっぱいの喜びで出迎えてくれた。
「何を考えているの?」
すやすやと眠っている小さな息子の手に指を乗せると、その手がきゅっと軽く握ってきた。
後ろからメリルリースが声をかけた。
「初めて会った頃の君を思い出していた。手を繋いでルードヴィヒと三人で歩いた時のことをね」
こんな風にぎゅっと握ってくれた時に、全幅の信頼を向けてくれたと思った。
彼女が腰に手を回してきたので、振り向いて彼女の唇にキスをする。
「もうすぐ夕食だから、早く着替えて」
帰ったばかりで上着を脱ぎ、シャツを脱ぎかけたままなので、胸元から傷が見えている。
襟の隙間からその中に手を滑り込ませて、彼女が脱がせにかかった。
傷に沿って指先を滑らせ、片方の手が釦を外していく。
「着替えを手伝ってくれているのか、それとも……単に脱がせたいのか?」
手伝うだけなら傷に指を這わせる必要はない。
見上げた彼女の目がとろんと熱を帯びているのを見て、彼女が何を期待しているのかわかり、わざとそう言った。
「だって……三日ぶりに会ったのですもの」
外国からの使節団に付き添って地方への視察に出向いていたため、家に帰るのは三日ぶりだった。
「夕食が……もうすぐ出きるんだろう?」
言いながらも抵抗もせず、彼女が肌に触れる感触にうっとりする。
シャツの前をすべてはだけ、脇腹から肩へと手を滑らせてシャツを脱がせられた。
「まだ風呂にも入っていないから……」
「だから、いつもよりアレスティスの香りがするわ」
胸に顔を埋め、すんと鼻で息を吸い込む。
「これ以上は何もしないから、しばら暫くこうさせて」
「拒むはずがないだろう」
抱き寄せた彼女からは石鹸と乳の香りがする。
「夕食を早くすませて、今夜はゆっくりしよう」
「賛成だわ」
もう一呼吸、互いに深呼吸し、眠っている息子の顔をもう一度二人で眺めてから、夕食後のお楽しみに胸を期待で膨らませながら、着替えをすませて食堂へ向かった。
1
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(101件)
あなたにおすすめの小説
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。
冷徹公爵の誤解された花嫁
柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。
冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。
一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。
過去1ヶ月以内にノーチェの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、ノーチェのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にノーチェの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、ノーチェのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
小さな頃の出会いが可愛い(* ´ ꒳ `* )
大人になった二人の想いが重なり合って、とても幸せそうです。書いて下さり ありがとうございます(*´ ꒳ `*)
遅ればせながら
書籍化おめでとうございます(♥ó㉨ò)ノ♡
大好きなお話しでしたので書籍化とても嬉しいです(((o(*゚▽゚*)o)))
この間購入して読み始めました
まだ最後まで読めてないですがゆっくり大事に読まさせていただきます(人´∀`*)
寝る前のひと時の楽しみに~🥰
寝る前の楽しみにしていただき、ありがとうございます\(❁´∀`❁)ノ
とっても素敵なイラストを描いていただき、感無量です。
自分の書いたものが書店に並ぶ……よもやよもやです。