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9 父、来襲

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「いつまで寝ているんだ」

頭の上で大きな声がして、びっくりして起き上がった。

「父上」

眠い目をこすって見ると、そこには腰に手を当てて憤怒の表情で立つ父がいた。最後に会ったのは一年前くらいだろうか。

「自堕落過ぎるのではないか。誰も来ないからといってだらけすぎだぞ」
「す、すいません」

いくら父親でもいきなり娘の寝室に入ってくるのはどうかと思うが、反抗的な態度は火に油だ。

「まったく……顔を洗って着替えて居間に来なさい」

「はい」

ぶつぶつ言いながら父が出ていったので、慌てて顔を洗い髪をとかしてワンピースに着替える。
アディーナ用にしつらえたのでなくシャンティエのお下がりなので、少し丈が足らないが仕方ない。
ここ最近アディーナには新しく服を作って貰っていないのだから。

「遅い」

普通の……おそらくシャンティエならもっと倍以上時間がかかるだろうが、わずか十分で支度を終えて居間に来たアディーナだったが、それでも父は痺れを切らしかけていた。

「ここは茶を出す者もおらんのか」

極限まで使用人を減らしたのは自分なのに、まるでアディーナのせいのように言う。もっともアディーナの行動を不気味がって寄り付かないのもあるが。

「今お茶を」
「いい、ここでゆっくりするつもりはない。話があるから座れ」

お茶の用意をしようとするアディーナに、手をヒラヒラと振る。

言われるままにアディーナは父の向かいに座る。

「来月シャンティエのデビューだ」

「はい」

「本当ならお前も三年前にデビューする筈だったが、色々事情があって出席させてやれなかった」

単にアディーナの年齢を忘れていたからなのだが、それを彼は認めない。

「だが、今となってはお前をデビューさせると我が家の外聞にキズがつくので、お前は病気でとても外出することが出来なかった。今でも無理だということにしておくように」

デビュー出来なかったことを何とも思わないが、嘘までついて隠されるとさすがに傷つく。

「来年の成人の儀はどうすればいいですか?」

デビューは仕方ないが、成人の儀は平民でも執り行う大事な儀式だ。

「届けは出してやる」

成人の儀は神殿で行われる。生まれた年と名前を書いて神殿に届け出ると、後程神殿から儀式の案内が来る。
貴族はその儀式を終えたらお披露目の宴を開く。平民でもお金持ちは同じように宴を開き、そうでなくても細やかなご馳走を食べる。
お金に余裕がないか、親がいない者は神殿から供物を貰い、それを頂くことができる。

父はアディーナのために宴を開くつもりないようだ。

「魔力もない、不吉な黒を身に纏うお前のお披露目をしたところで、招待される者も迷惑だろう」

「わかりました。成人の儀が終わったら、私が何をしても黙認してくださいますか?もちろんヴォルカティーニ家に迷惑はかけません」
「ここを出ていくとでも言うのか。魔力なしのお前に何ができる」
「それは今はまだ言えませんが、お約束してくださいますか」
「よかろう。どうせお前に縁談もないだろうし、出ていくならいくらか金は出してやる」
「お母様の形見の品も、私のために置いていただいているものがあると思います。私にはもらう権利がありますよね。この国の法律では母親の財産は娘に、娘がいない場合はその伴侶か孫に与えられる筈です」
「意地汚いな……そもそもエレノーラはお前のせいで死んだというのに、よくもそんなことが言えるな」
「お母様はそのことで後悔も恨みも持っていません」
「なぜわかる?お前を生んで亡くなったのだぞ、いい加減なことを言うな」
「母親というのはそう言うものでしょう?」
「そう思いたければそう思っていればいい。自分の罪の意識がそれで軽くなるならな」

父親はそこで立ち上がった。もうここには用がないと思っている。

「いいか、デビューさせてもらえなかったからと恨んでシャンティエやライルに何かしたら許さんぞ」

結局彼がここに来たのはそれを言いたかったからだ。
デビューさせてもらえなかったことを逆恨みして何かアディーナが仕出かさないかと釘を刺しに来たのだ。

綺麗なドレスは着てみたいが、どうせ貴族社会で受け入れられないのが分かっているので、それを恨みに思う気持ちなどこれっぽっちもない。

成人したらアディーナはこの家もこの国も出ていくつもりだ。
この国では黒髪黒目も奇異の目で見られるが、ずっと東の方の島国ではそんな人たちがたくさんいるそうだ。

そこでならアディーナは人の目を気にせず思い切り外を歩ける。

ここには未練もない。

母や祖父はどこに行っても自分が死ぬまで付いてきてくれるなら、どこへでも行ける。

「楽しみ」

その日からアディーナは成人の儀までの日々を指折り数えて待ち望んだ。





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