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15 魔力の流れ
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「間違いありません。これは私の師匠、ハンスが殿下からご依頼を受けて作成していたものです。師匠の死後所在不明になっておりました」
「そうか」
ハンスの一番弟子であったフランクの答えに長く伸びたダークゴールドの髪を後ろでひとつに束ね、紫の瞳をしたアシェルが呟いた。
髪にも相応の魔力が宿るため簡単には切ることができず、今では腰の辺りまで延びている。
アシェルは指に嵌めた夕べ取り返したハンスの指輪をくるくると回した。
ハンスの腕前は信用していた。出来上がったこの指輪も彼の魔力を十分に抑えている。
過去にも彼にはいくつか作製してもらったことがあるが、これは彼の一番の出来だった。出来すぎるほどに。
これをひとつ嵌めると、他の二つを外しても十分魔力を抑えることができることに気づいた。
フランクは作業行程はこれまでと何ら変わっていないと証言した。ハンス自身の魔力も技術も変わらないなら、後考えられるのは、これを持っていた人物にあると考えた。
あの時、不意に流れ出た自分の魔力。風が気持ちよく吹くように流れ、重苦しかった体が軽くなった。
押さえ込むのでなく、分け与えることで循環する魔力。
そして不意に飛んできた石礫。
最初あの外套の人物が仕掛けてきたのだと思ったが、彼の姿が消えても石は次々と飛んできた。あの場に術式が書かれた痕跡はなかった。
なのに術者がいなくなっても石は彼を狙って飛んできた。
あんな魔法は見たことがなかった。
それにもう一度拘束魔法を掛けたのに、まるで効かなったのは何故なのだろう。
流れた魔力。破られた拘束魔法。飛んできた石礫。あっという間に黒尽くめの人物を取り逃がし、残ったのはハンスの指輪と、微かに残る魔力の流れ。
消えそうな魔力の流れを必死に追った。
普通なら見逃す程の微弱な流れをアシェルは探知魔法の効力を最大限に上げて追った。
「しかし、ジャクソンが師匠を殺していたなんて。まさかそこまでするとは思いませんでした。犯人を見つけていただきありがとうございます」
「いや…礼には及ばない。たまたま偶然…だったのだ」
ハンスの弟子に感謝されてアシェルは居心地悪い思いがした。
何もかも偶然のこと。意図して指輪を見つけたわけでもハンスを殺害した犯人を見つけたわけでもない。
すべてはあの黒尽くめの人物をたまたま見かけ、その人物から得たものだった。
夕べ、いつものように夜回りに出かけていた。
時折夜に王宮を出て、体から溢れそうになる魔力の捌け口を探して彷徨う。
揉め事があれば率先して首を突っ込み、魔法を使い魔力を放出する。
王子としては褒められた習性とは言えないが、魔力抜きのこの行動なくしては日常生活にも支障が出るので、今や公然の秘密となっていた。
彼に会ったのは偶然だった。
「ご苦労だった。朝早く呼び出してすまない」
「とんでもございません。師匠の人生最後の渾身の作とも言える指輪を見つけていただき、しかも犯人まで見つけていただいたのです。感謝申し上げたいのは私共の方です」
フランクを帰して暫くしてコージスが帰城した。
「どうだった?」
彼にはアシェルの魔力の流れを追跡させ、途絶えた付近の邸を訪問させていた。
コージスは難しい顔をして首を振った。
「申し訳ございません。殿下のおっしゃる一帯の邸を訪問しましたが、怪しいものを見たという者はおりませんでした」
「そうか」
ある程度予想はしていたが、落胆の色は隠せない。
探知魔法で追っていくとそこは高位の貴族の邸が建ち並ぶ区域だった。
彼の探知魔法でもどこの邸までかは追うことができず、コージスに命じて家人の様子を探らせたのだった。
「賊を追ってきたのだと話すと皆がみな、一様に驚いておりました。魔具にも何の反応もありませんでした」
コージスにはアシェルの魔力を流し込んだ魔具である珠を持たせてあった。もしアシェルの魔力が微かにでも残っていれば熱を発するようになっていたが、それにも反応がなかったとコージスは言う。
「仕方がない。今回は見逃すしかないか」
「お役に立てず申し訳ございません」
「いや、そなたの失態ではない。取り逃がしたのは私だ」
昨夜アシェルの元へコージスが駆けつけたとき、無数の石礫に襲われているのを見た。
アシェルは幸い怪我一つなかったが、術式の気配も術者もいなかったことに彼も驚いた。
「コージス、今私の傍にいて、お前はどうだ?」
「そうですね……いつもは肌に突き刺すような魔力を殿下から感じますが、今日は優しく感じます」
「私もこれまで溢れて来そうになる魔力を上から押さえつけるような感覚だったが、今日は肩肘張らずにいられる。丁度いい魔力が体に満ちている感じだ」
それがあの人物に関わりがあるなら、ハンスの死の真相を知っていたこと以上に興味が湧いた。
「一体どんな術式を使ったんだ」
魔力を封じる方法は色々ある。術式を用いるのもひとつ。魔道具を使うのもひとつ。
長い歴史の中で数多の者が研究し、実行されてきた。
そのどれもアシェルの魔力を抑えることはできなかった。
空気中の魔素を取り込んで魔力に変換する。その変換能力の差が魔力の量の差とも言える。
アシェルはこの能力がずば抜けていて、夕べ失った魔力もすでに取り戻していた。
魔力は戻っているのに、増えた魔力の質が違うのだ。
「今回はハンスのことが解決したことと、指輪が戻ってきただけで満足するしかないか」
謎が多く残されたが、今の所何の手がかりもない。
「他に何か変わったことはなかったか?」
「…いえ、特には」
「なんだ? 何か気にかかることでも?」
一瞬言葉を詰まらせたコージスの態度をアシェルは見逃さなかった。
「夕べ殿下が会ったと言う者ですが、もしかしてこの半年噂になっている『闇の天使』ではないでしょうか」
「『闇の天使』?詳しく話せ」
コージスは最近のラズール伯爵家の隠し子の件から騎士団への密告などについて語った。
「そうか」
ハンスの一番弟子であったフランクの答えに長く伸びたダークゴールドの髪を後ろでひとつに束ね、紫の瞳をしたアシェルが呟いた。
髪にも相応の魔力が宿るため簡単には切ることができず、今では腰の辺りまで延びている。
アシェルは指に嵌めた夕べ取り返したハンスの指輪をくるくると回した。
ハンスの腕前は信用していた。出来上がったこの指輪も彼の魔力を十分に抑えている。
過去にも彼にはいくつか作製してもらったことがあるが、これは彼の一番の出来だった。出来すぎるほどに。
これをひとつ嵌めると、他の二つを外しても十分魔力を抑えることができることに気づいた。
フランクは作業行程はこれまでと何ら変わっていないと証言した。ハンス自身の魔力も技術も変わらないなら、後考えられるのは、これを持っていた人物にあると考えた。
あの時、不意に流れ出た自分の魔力。風が気持ちよく吹くように流れ、重苦しかった体が軽くなった。
押さえ込むのでなく、分け与えることで循環する魔力。
そして不意に飛んできた石礫。
最初あの外套の人物が仕掛けてきたのだと思ったが、彼の姿が消えても石は次々と飛んできた。あの場に術式が書かれた痕跡はなかった。
なのに術者がいなくなっても石は彼を狙って飛んできた。
あんな魔法は見たことがなかった。
それにもう一度拘束魔法を掛けたのに、まるで効かなったのは何故なのだろう。
流れた魔力。破られた拘束魔法。飛んできた石礫。あっという間に黒尽くめの人物を取り逃がし、残ったのはハンスの指輪と、微かに残る魔力の流れ。
消えそうな魔力の流れを必死に追った。
普通なら見逃す程の微弱な流れをアシェルは探知魔法の効力を最大限に上げて追った。
「しかし、ジャクソンが師匠を殺していたなんて。まさかそこまでするとは思いませんでした。犯人を見つけていただきありがとうございます」
「いや…礼には及ばない。たまたま偶然…だったのだ」
ハンスの弟子に感謝されてアシェルは居心地悪い思いがした。
何もかも偶然のこと。意図して指輪を見つけたわけでもハンスを殺害した犯人を見つけたわけでもない。
すべてはあの黒尽くめの人物をたまたま見かけ、その人物から得たものだった。
夕べ、いつものように夜回りに出かけていた。
時折夜に王宮を出て、体から溢れそうになる魔力の捌け口を探して彷徨う。
揉め事があれば率先して首を突っ込み、魔法を使い魔力を放出する。
王子としては褒められた習性とは言えないが、魔力抜きのこの行動なくしては日常生活にも支障が出るので、今や公然の秘密となっていた。
彼に会ったのは偶然だった。
「ご苦労だった。朝早く呼び出してすまない」
「とんでもございません。師匠の人生最後の渾身の作とも言える指輪を見つけていただき、しかも犯人まで見つけていただいたのです。感謝申し上げたいのは私共の方です」
フランクを帰して暫くしてコージスが帰城した。
「どうだった?」
彼にはアシェルの魔力の流れを追跡させ、途絶えた付近の邸を訪問させていた。
コージスは難しい顔をして首を振った。
「申し訳ございません。殿下のおっしゃる一帯の邸を訪問しましたが、怪しいものを見たという者はおりませんでした」
「そうか」
ある程度予想はしていたが、落胆の色は隠せない。
探知魔法で追っていくとそこは高位の貴族の邸が建ち並ぶ区域だった。
彼の探知魔法でもどこの邸までかは追うことができず、コージスに命じて家人の様子を探らせたのだった。
「賊を追ってきたのだと話すと皆がみな、一様に驚いておりました。魔具にも何の反応もありませんでした」
コージスにはアシェルの魔力を流し込んだ魔具である珠を持たせてあった。もしアシェルの魔力が微かにでも残っていれば熱を発するようになっていたが、それにも反応がなかったとコージスは言う。
「仕方がない。今回は見逃すしかないか」
「お役に立てず申し訳ございません」
「いや、そなたの失態ではない。取り逃がしたのは私だ」
昨夜アシェルの元へコージスが駆けつけたとき、無数の石礫に襲われているのを見た。
アシェルは幸い怪我一つなかったが、術式の気配も術者もいなかったことに彼も驚いた。
「コージス、今私の傍にいて、お前はどうだ?」
「そうですね……いつもは肌に突き刺すような魔力を殿下から感じますが、今日は優しく感じます」
「私もこれまで溢れて来そうになる魔力を上から押さえつけるような感覚だったが、今日は肩肘張らずにいられる。丁度いい魔力が体に満ちている感じだ」
それがあの人物に関わりがあるなら、ハンスの死の真相を知っていたこと以上に興味が湧いた。
「一体どんな術式を使ったんだ」
魔力を封じる方法は色々ある。術式を用いるのもひとつ。魔道具を使うのもひとつ。
長い歴史の中で数多の者が研究し、実行されてきた。
そのどれもアシェルの魔力を抑えることはできなかった。
空気中の魔素を取り込んで魔力に変換する。その変換能力の差が魔力の量の差とも言える。
アシェルはこの能力がずば抜けていて、夕べ失った魔力もすでに取り戻していた。
魔力は戻っているのに、増えた魔力の質が違うのだ。
「今回はハンスのことが解決したことと、指輪が戻ってきただけで満足するしかないか」
謎が多く残されたが、今の所何の手がかりもない。
「他に何か変わったことはなかったか?」
「…いえ、特には」
「なんだ? 何か気にかかることでも?」
一瞬言葉を詰まらせたコージスの態度をアシェルは見逃さなかった。
「夕べ殿下が会ったと言う者ですが、もしかしてこの半年噂になっている『闇の天使』ではないでしょうか」
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