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16 自宅待機も楽しい
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「その賊は本当にこの辺りに潜んでいるのかしら、恐ろしいわ」
コージスが言ったことについてサマンサが身を震わせた。
「近衛騎士が動いているのだから、余程のことなのだろう」
「それより、さっきの騎士様って素敵ね。近衛騎士って皆、あんなにカッコいいの?」
「近衛騎士になるには家柄ももちろんだが、その能力も容姿も重要だ。先ほどのコージス卿も身分は子爵だが、将来アシェル殿下が即位されれば、確実に近衛騎士の団長になると言われている」
「王宮にはあんな素敵な方がいっぱいいるのですね、どうしましょう。どなたを選んだらいいかしら」
まるで皆が自分に夢中になること前提のお気楽な言葉だった。
アディーナは悪い予感がして早くここを立ち去ろうと立ち上がった。
「お姉さまはいいわね。そんな心配がなくて」
「……そうね。他に考えなくちゃいけないことがたくさんあって、そこまで頭がまわらないわ」
「なによそれ、私が他に何も考えていないみたいな言い方」
「そう聞こえたらごめんなさい。何しろ人と話すのは久し振りだから」
「まったく、今日も呼びに行くまで寝ていたのだろう。忙しいなどと、いつ行っても寝てばかりだな。もう少し人間らしい生活をしろ」
「すいません」
「まあ、旦那様、よろしいではございませんか。どうせ誰も訪ねてもこないし、行くところもないのですから、聞くところによると庭師と何やら土いじりをして時間を潰しているとか」
「それより、お父様、私がデビューしたら『レプツゥア』にお食事に連れていってください。とっても美味しいって有名なんでしょ」
「そうだな……あそこの料理人は王宮で料理長をしていたそうだ。扱っている食材も一流だと聞く」
「『レプツゥア』」
「もちろんお前は留守番だ。楽しい食事の場所に闇色のお前が行ったら興醒めだ」
「わかっています。ご用が終わったなら失礼してよろしいですか」
「ああ、早く戻るがいい」
すっかりアディーナに興味をなくした三人は『レプツゥア』についての話に花が咲いている。
本宅から戻ると既に離れの殆どの掃除が終わっていた。
簡素なワンピースに着替えて庭に出ると、庭師の一人が野菜を収穫していた。
「トーマス、収穫?」
「お嬢様、はい。ディナー用に『レプツゥア』から頼まれまして。何でも特別な予約が入っているそうです」
先ほどシャンティエが口にした『レプツゥア』にもここの野菜を提供している。数が少ないので特別な予約が入った時だけだ。
「そう……いつも任せっきりでごめんなさい」
「いいえ、こちらこそ勉強になりますよ」
来年ここを出ていったらここは放置することになるだろう。
あの父が自分がいなくなったここをどうするかわからない。そうなったら栽培法を書いた書類は彼らに譲ろう。
伸びた雑草を抜いたり次に植える野菜のために耕して数時間作業をして、お茶を飲んだりしているとようやく陽が傾き掛けた。
採れたての野菜と卵とハム、パンで夕食を早めに済ませ夜が訪れるまでうとうとと微睡んだ。
『あの騎士の訪問。目的はアディーナだろうか』
『一体彼はどうするつもりなのでしょう』
『昨夜の人物がアディーナだとバレているのでしょうか』
『まさか、アディーナ様がハンスさんを殺したと本気で疑っているのでは』
『もしくは盗みに入ったことを罰しようと?』
「殺人はないけど、それは……否定できない」
母たちは昼間は見えないだけでいつも傍にいる。こうやって話が出来るのも夜だけだが、昼間の様子は知っているので、説明は必要ない。
『どちらにしろ、暫く出歩かない方がいいのでは?先ほど様子を見てきましたが、今までいなかった人の気配がします』
「ハンスさんのお弟子さんへの手紙も暫くお預けだな。そうすると、やっぱり心残りが無くならない?」
『心残りというより、申し訳ないです。私の依頼が原因みたいなものですから、それに私の望みは果たせたので、何とかお礼はしたいと思います』
「うん……まあ、そのうち諦めるんじゃないかな。どうせここに来るお客さんのことはばれていないし」
『じゃあ今夜は前に亡くなった有名パティシエが教えてくれたパイでも作りませんか?』
『おお、そうじゃな。パイが焼ける間、わしらと手合わせでもせんか』
「そうだね。今日はお客さんもなさそうだし。ハンスさんも食べてみてよ」
『え、その……私は死んでるので』
「じつはちゃんとお供えとして置いたら死んだ人でも味わえるんだ。もちろん食べなくても死なないし、実際に食べられるわけじゃないからお腹も膨れないけど、味はわかるの」
『アディーナのはどれも旨いぞ。何しろ有名な料理人に指導を受けたからな』
『そうなんですか……それは楽しみです』
そうやってその日は夜が明けるまで皆で楽しんだ。
ハンスがその味を絶賛したのは言うまでもない。
出来上がったアップルパイはきちんとお供えして、残りは明日、庭師たちに配ろう。
朝陽が昇る頃、皆が見えなくなると、ようやくアディーナは眠りについた。
コージスが言ったことについてサマンサが身を震わせた。
「近衛騎士が動いているのだから、余程のことなのだろう」
「それより、さっきの騎士様って素敵ね。近衛騎士って皆、あんなにカッコいいの?」
「近衛騎士になるには家柄ももちろんだが、その能力も容姿も重要だ。先ほどのコージス卿も身分は子爵だが、将来アシェル殿下が即位されれば、確実に近衛騎士の団長になると言われている」
「王宮にはあんな素敵な方がいっぱいいるのですね、どうしましょう。どなたを選んだらいいかしら」
まるで皆が自分に夢中になること前提のお気楽な言葉だった。
アディーナは悪い予感がして早くここを立ち去ろうと立ち上がった。
「お姉さまはいいわね。そんな心配がなくて」
「……そうね。他に考えなくちゃいけないことがたくさんあって、そこまで頭がまわらないわ」
「なによそれ、私が他に何も考えていないみたいな言い方」
「そう聞こえたらごめんなさい。何しろ人と話すのは久し振りだから」
「まったく、今日も呼びに行くまで寝ていたのだろう。忙しいなどと、いつ行っても寝てばかりだな。もう少し人間らしい生活をしろ」
「すいません」
「まあ、旦那様、よろしいではございませんか。どうせ誰も訪ねてもこないし、行くところもないのですから、聞くところによると庭師と何やら土いじりをして時間を潰しているとか」
「それより、お父様、私がデビューしたら『レプツゥア』にお食事に連れていってください。とっても美味しいって有名なんでしょ」
「そうだな……あそこの料理人は王宮で料理長をしていたそうだ。扱っている食材も一流だと聞く」
「『レプツゥア』」
「もちろんお前は留守番だ。楽しい食事の場所に闇色のお前が行ったら興醒めだ」
「わかっています。ご用が終わったなら失礼してよろしいですか」
「ああ、早く戻るがいい」
すっかりアディーナに興味をなくした三人は『レプツゥア』についての話に花が咲いている。
本宅から戻ると既に離れの殆どの掃除が終わっていた。
簡素なワンピースに着替えて庭に出ると、庭師の一人が野菜を収穫していた。
「トーマス、収穫?」
「お嬢様、はい。ディナー用に『レプツゥア』から頼まれまして。何でも特別な予約が入っているそうです」
先ほどシャンティエが口にした『レプツゥア』にもここの野菜を提供している。数が少ないので特別な予約が入った時だけだ。
「そう……いつも任せっきりでごめんなさい」
「いいえ、こちらこそ勉強になりますよ」
来年ここを出ていったらここは放置することになるだろう。
あの父が自分がいなくなったここをどうするかわからない。そうなったら栽培法を書いた書類は彼らに譲ろう。
伸びた雑草を抜いたり次に植える野菜のために耕して数時間作業をして、お茶を飲んだりしているとようやく陽が傾き掛けた。
採れたての野菜と卵とハム、パンで夕食を早めに済ませ夜が訪れるまでうとうとと微睡んだ。
『あの騎士の訪問。目的はアディーナだろうか』
『一体彼はどうするつもりなのでしょう』
『昨夜の人物がアディーナだとバレているのでしょうか』
『まさか、アディーナ様がハンスさんを殺したと本気で疑っているのでは』
『もしくは盗みに入ったことを罰しようと?』
「殺人はないけど、それは……否定できない」
母たちは昼間は見えないだけでいつも傍にいる。こうやって話が出来るのも夜だけだが、昼間の様子は知っているので、説明は必要ない。
『どちらにしろ、暫く出歩かない方がいいのでは?先ほど様子を見てきましたが、今までいなかった人の気配がします』
「ハンスさんのお弟子さんへの手紙も暫くお預けだな。そうすると、やっぱり心残りが無くならない?」
『心残りというより、申し訳ないです。私の依頼が原因みたいなものですから、それに私の望みは果たせたので、何とかお礼はしたいと思います』
「うん……まあ、そのうち諦めるんじゃないかな。どうせここに来るお客さんのことはばれていないし」
『じゃあ今夜は前に亡くなった有名パティシエが教えてくれたパイでも作りませんか?』
『おお、そうじゃな。パイが焼ける間、わしらと手合わせでもせんか』
「そうだね。今日はお客さんもなさそうだし。ハンスさんも食べてみてよ」
『え、その……私は死んでるので』
「じつはちゃんとお供えとして置いたら死んだ人でも味わえるんだ。もちろん食べなくても死なないし、実際に食べられるわけじゃないからお腹も膨れないけど、味はわかるの」
『アディーナのはどれも旨いぞ。何しろ有名な料理人に指導を受けたからな』
『そうなんですか……それは楽しみです』
そうやってその日は夜が明けるまで皆で楽しんだ。
ハンスがその味を絶賛したのは言うまでもない。
出来上がったアップルパイはきちんとお供えして、残りは明日、庭師たちに配ろう。
朝陽が昇る頃、皆が見えなくなると、ようやくアディーナは眠りについた。
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