【完結】異世界召喚 (聖女)じゃない方でしたがなぜか溺愛されてます

七夜かなた

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19 落とし物(アドルファス)

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 先に食堂を出ていったユイナの背中を見つめていると、話があるから部屋へ来いとレディ・シンクレアに言われた。

「話とは?」
「とぼけても無駄です。私の目は誤魔化せませんよ」

 何もかも見透かした目で睨まれる。

「あなたの真意。聞かせてもらいましょう」
「話せば協力してくれるのですか?」
「それはまだ何とも言えません。あなたの思いだけではどうにもならないことを、あなたもわかっているでしょう」
「それもそうですね」
「先に行きます。後から来なさい。あなたたち、アドルファスのことは気にせず片付けてくれていいわ」

 そう言って食堂を出ていった。

 一人残って、祖母の指示で使用人たちが食卓を片付けていくのを眺めながら杯に残ったワインを飲み干した。
 今回祖母の名を利用したことで、彼女には借りがあった。
 しかもこれからも彼女の協力は必要になる。

「あの、旦那様」

 片付けをしていたマリエラに呼ばれてそっちを向いた。彼女は何かを手に乗せている。

「それは?」

 何かを丸めたようなものだが、見たこともないものだった。蜂蜜のような色。

「お客様の座っていた場所に落ちていました」
「ユイナ殿の?」

 とすれば彼女のものだろう。見たことがないのは異世界独特のものかも知れない。

「私から返しておこう」

 マリエラの手からそれを掴むと、くしゃりと手の中で潰れるほど頼りない手触りに驚いた。
 私に落とし物を渡すとマリエラは片付けに戻った。

 どこかで見た色。手を広げるとふわりと広がった。
 それは肌触りもさることながら、形も独特のものだった。丸くなった先端が二つ。そのひとつの先を摘んで少し引っ張って息を呑んだ。

 それを両手で雛を包むように咄嗟に包み込み、周囲を見渡し誰も見ていないことを確認する。

 それは彼女がこの世界に現れた時に履いていたもの。

 朝議の場に再び現れた彼女の姿を見て驚いた。

 白衣の裾、ふくらはぎから下に見える足は素足だった。

 それに気づいた者は俄に色めき立った。

 気にしていなかったのはエルウィンとその取り巻き。陛下ですら何度も彼女の足元に視線を向けていた。

 なぜこれを脱いだのかわからない。服のポケットに入れていたのが落ちたのだろう。

 風魔法で障壁を張り、それを保護し、空間魔法で時空に閉じ込める。

 すでに温もりは失われているものの、そこに彼女の香りが残っている気がする。

「遅かったわね」

 レディ・シンクレアの部屋に行くと文句を言われた。
 遅くなったのは、預かった彼女の落とし物のせいで、暫く自分を鎮める必要があったからだ。あの柔らかく滑らかな異世界の産物であるものが彼女の素肌に触れていたのだと想像すると、まるで彼女に触れているような気になった。
 洞察力の優れたレディ・シンクレアでも、まさか孫息子が食堂の一角で性的興奮を抑え込もうとしていたとは、夢にも思わないだろう。

「すみません」

 片眉を上げて一瞥してから、彼女は黙って自分が座っている椅子の前を手で示す。そのまま言われた場所に腰掛けた。

「それで、彼女はあなたの仮面についてはどんな反応だったの?」

 この怪我を負ってからは多くの人々が自分を直視することを避けるようになった。
 特に女性は顕著で、まっすぐ自分を見るのはレディ・シンクレアとほんの数人のみ。

 エルウィンの振り上げた拳との間に体を滑り込ませ、彼女を護ろうとした後、振り向いて彼女の方を向くのは正直怖かった。

 部下を護った名誉の負傷だったし、過去に戻って同じ場面に遭遇しても同じ行動を取るだろう。
 この怪我に後悔はないが、失ったものもある。

 仮面の下にあるものを知る者はごく僅か。

 怪我を負ってから、これまで自分に群がって来た者の中で変わらず接してくる者と離れて行く者とに分かれた。

「驚いてはいたと思いますが、特に怖がってはいませんでした」

 隣にいた聖女の反応は違った。初めて私を見た時に他人が見せる驚きと忌避、蔑みの表情。あれが普通だ。
 馬車の中でも向こうから尋ねてこないので、見かねてこちらから話した。そのことを話すとレディ・シンクレアの目は爛々と輝いた。完全に面白がっているのがわかる。

「あなたが彼女に執着する理由はわかりました。ですが、さっきの態度はよくありませんでした。殺気まで放って、今にも殴り込みに行こうかと勢いで…彼女がそういうものに鈍感で良かったわね」

 彼女に恋人がいる。そう聞いて自分でも驚くくらい嫉妬が湧き上がった。
 アドキンスやカザールが彼女に興味を示しても、まだ自分とそれほど親密さは変わらない。彼女を我が家に迎える分、こちらの方が優勢なくらいだ。
 しかし、その男は彼女と既に二人だけの特別な時を過ごし、当たり前のように彼女の隣に立つ。

 名前も顔も知らないその男に向けた殺気を、レディ・シンクレアが察し話を打ち切らなかったら、どこまでの関係かともっと問い詰めたかも知れない。
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