19 / 118
19 落とし物(アドルファス)
しおりを挟む
先に食堂を出ていったユイナの背中を見つめていると、話があるから部屋へ来いとレディ・シンクレアに言われた。
「話とは?」
「とぼけても無駄です。私の目は誤魔化せませんよ」
何もかも見透かした目で睨まれる。
「あなたの真意。聞かせてもらいましょう」
「話せば協力してくれるのですか?」
「それはまだ何とも言えません。あなたの思いだけではどうにもならないことを、あなたもわかっているでしょう」
「それもそうですね」
「先に行きます。後から来なさい。あなたたち、アドルファスのことは気にせず片付けてくれていいわ」
そう言って食堂を出ていった。
一人残って、祖母の指示で使用人たちが食卓を片付けていくのを眺めながら杯に残ったワインを飲み干した。
今回祖母の名を利用したことで、彼女には借りがあった。
しかもこれからも彼女の協力は必要になる。
「あの、旦那様」
片付けをしていたマリエラに呼ばれてそっちを向いた。彼女は何かを手に乗せている。
「それは?」
何かを丸めたようなものだが、見たこともないものだった。蜂蜜のような色。
「お客様の座っていた場所に落ちていました」
「ユイナ殿の?」
とすれば彼女のものだろう。見たことがないのは異世界独特のものかも知れない。
「私から返しておこう」
マリエラの手からそれを掴むと、くしゃりと手の中で潰れるほど頼りない手触りに驚いた。
私に落とし物を渡すとマリエラは片付けに戻った。
どこかで見た色。手を広げるとふわりと広がった。
それは肌触りもさることながら、形も独特のものだった。丸くなった先端が二つ。そのひとつの先を摘んで少し引っ張って息を呑んだ。
それを両手で雛を包むように咄嗟に包み込み、周囲を見渡し誰も見ていないことを確認する。
それは彼女がこの世界に現れた時に履いていたもの。
朝議の場に再び現れた彼女の姿を見て驚いた。
白衣の裾、ふくらはぎから下に見える足は素足だった。
それに気づいた者は俄に色めき立った。
気にしていなかったのはエルウィンとその取り巻き。陛下ですら何度も彼女の足元に視線を向けていた。
なぜこれを脱いだのかわからない。服のポケットに入れていたのが落ちたのだろう。
風魔法で障壁を張り、それを保護し、空間魔法で時空に閉じ込める。
すでに温もりは失われているものの、そこに彼女の香りが残っている気がする。
「遅かったわね」
レディ・シンクレアの部屋に行くと文句を言われた。
遅くなったのは、預かった彼女の落とし物のせいで、暫く自分を鎮める必要があったからだ。あの柔らかく滑らかな異世界の産物であるものが彼女の素肌に触れていたのだと想像すると、まるで彼女に触れているような気になった。
洞察力の優れたレディ・シンクレアでも、まさか孫息子が食堂の一角で性的興奮を抑え込もうとしていたとは、夢にも思わないだろう。
「すみません」
片眉を上げて一瞥してから、彼女は黙って自分が座っている椅子の前を手で示す。そのまま言われた場所に腰掛けた。
「それで、彼女はあなたの仮面についてはどんな反応だったの?」
この怪我を負ってからは多くの人々が自分を直視することを避けるようになった。
特に女性は顕著で、まっすぐ自分を見るのはレディ・シンクレアとほんの数人のみ。
エルウィンの振り上げた拳との間に体を滑り込ませ、彼女を護ろうとした後、振り向いて彼女の方を向くのは正直怖かった。
部下を護った名誉の負傷だったし、過去に戻って同じ場面に遭遇しても同じ行動を取るだろう。
この怪我に後悔はないが、失ったものもある。
仮面の下にあるものを知る者はごく僅か。
怪我を負ってから、これまで自分に群がって来た者の中で変わらず接してくる者と離れて行く者とに分かれた。
「驚いてはいたと思いますが、特に怖がってはいませんでした」
隣にいた聖女の反応は違った。初めて私を見た時に他人が見せる驚きと忌避、蔑みの表情。あれが普通だ。
馬車の中でも向こうから尋ねてこないので、見かねてこちらから話した。そのことを話すとレディ・シンクレアの目は爛々と輝いた。完全に面白がっているのがわかる。
「あなたが彼女に執着する理由はわかりました。ですが、さっきの態度はよくありませんでした。殺気まで放って、今にも殴り込みに行こうかと勢いで…彼女がそういうものに鈍感で良かったわね」
彼女に恋人がいる。そう聞いて自分でも驚くくらい嫉妬が湧き上がった。
アドキンスやカザールが彼女に興味を示しても、まだ自分とそれほど親密さは変わらない。彼女を我が家に迎える分、こちらの方が優勢なくらいだ。
しかし、その男は彼女と既に二人だけの特別な時を過ごし、当たり前のように彼女の隣に立つ。
名前も顔も知らないその男に向けた殺気を、レディ・シンクレアが察し話を打ち切らなかったら、どこまでの関係かともっと問い詰めたかも知れない。
「話とは?」
「とぼけても無駄です。私の目は誤魔化せませんよ」
何もかも見透かした目で睨まれる。
「あなたの真意。聞かせてもらいましょう」
「話せば協力してくれるのですか?」
「それはまだ何とも言えません。あなたの思いだけではどうにもならないことを、あなたもわかっているでしょう」
「それもそうですね」
「先に行きます。後から来なさい。あなたたち、アドルファスのことは気にせず片付けてくれていいわ」
そう言って食堂を出ていった。
一人残って、祖母の指示で使用人たちが食卓を片付けていくのを眺めながら杯に残ったワインを飲み干した。
今回祖母の名を利用したことで、彼女には借りがあった。
しかもこれからも彼女の協力は必要になる。
「あの、旦那様」
片付けをしていたマリエラに呼ばれてそっちを向いた。彼女は何かを手に乗せている。
「それは?」
何かを丸めたようなものだが、見たこともないものだった。蜂蜜のような色。
「お客様の座っていた場所に落ちていました」
「ユイナ殿の?」
とすれば彼女のものだろう。見たことがないのは異世界独特のものかも知れない。
「私から返しておこう」
マリエラの手からそれを掴むと、くしゃりと手の中で潰れるほど頼りない手触りに驚いた。
私に落とし物を渡すとマリエラは片付けに戻った。
どこかで見た色。手を広げるとふわりと広がった。
それは肌触りもさることながら、形も独特のものだった。丸くなった先端が二つ。そのひとつの先を摘んで少し引っ張って息を呑んだ。
それを両手で雛を包むように咄嗟に包み込み、周囲を見渡し誰も見ていないことを確認する。
それは彼女がこの世界に現れた時に履いていたもの。
朝議の場に再び現れた彼女の姿を見て驚いた。
白衣の裾、ふくらはぎから下に見える足は素足だった。
それに気づいた者は俄に色めき立った。
気にしていなかったのはエルウィンとその取り巻き。陛下ですら何度も彼女の足元に視線を向けていた。
なぜこれを脱いだのかわからない。服のポケットに入れていたのが落ちたのだろう。
風魔法で障壁を張り、それを保護し、空間魔法で時空に閉じ込める。
すでに温もりは失われているものの、そこに彼女の香りが残っている気がする。
「遅かったわね」
レディ・シンクレアの部屋に行くと文句を言われた。
遅くなったのは、預かった彼女の落とし物のせいで、暫く自分を鎮める必要があったからだ。あの柔らかく滑らかな異世界の産物であるものが彼女の素肌に触れていたのだと想像すると、まるで彼女に触れているような気になった。
洞察力の優れたレディ・シンクレアでも、まさか孫息子が食堂の一角で性的興奮を抑え込もうとしていたとは、夢にも思わないだろう。
「すみません」
片眉を上げて一瞥してから、彼女は黙って自分が座っている椅子の前を手で示す。そのまま言われた場所に腰掛けた。
「それで、彼女はあなたの仮面についてはどんな反応だったの?」
この怪我を負ってからは多くの人々が自分を直視することを避けるようになった。
特に女性は顕著で、まっすぐ自分を見るのはレディ・シンクレアとほんの数人のみ。
エルウィンの振り上げた拳との間に体を滑り込ませ、彼女を護ろうとした後、振り向いて彼女の方を向くのは正直怖かった。
部下を護った名誉の負傷だったし、過去に戻って同じ場面に遭遇しても同じ行動を取るだろう。
この怪我に後悔はないが、失ったものもある。
仮面の下にあるものを知る者はごく僅か。
怪我を負ってから、これまで自分に群がって来た者の中で変わらず接してくる者と離れて行く者とに分かれた。
「驚いてはいたと思いますが、特に怖がってはいませんでした」
隣にいた聖女の反応は違った。初めて私を見た時に他人が見せる驚きと忌避、蔑みの表情。あれが普通だ。
馬車の中でも向こうから尋ねてこないので、見かねてこちらから話した。そのことを話すとレディ・シンクレアの目は爛々と輝いた。完全に面白がっているのがわかる。
「あなたが彼女に執着する理由はわかりました。ですが、さっきの態度はよくありませんでした。殺気まで放って、今にも殴り込みに行こうかと勢いで…彼女がそういうものに鈍感で良かったわね」
彼女に恋人がいる。そう聞いて自分でも驚くくらい嫉妬が湧き上がった。
アドキンスやカザールが彼女に興味を示しても、まだ自分とそれほど親密さは変わらない。彼女を我が家に迎える分、こちらの方が優勢なくらいだ。
しかし、その男は彼女と既に二人だけの特別な時を過ごし、当たり前のように彼女の隣に立つ。
名前も顔も知らないその男に向けた殺気を、レディ・シンクレアが察し話を打ち切らなかったら、どこまでの関係かともっと問い詰めたかも知れない。
6
あなたにおすすめの小説
『婚約破棄された悪役令嬢ですが、嫁ぎ先で“連れ子三人”の母になりました ~三人の「ママ」が聞けるまで、私は絶対に逃げません~』
放浪人
恋愛
「母はいりません」と拒絶された悪役令嬢が、最強の“ママ”になるまでの物語。
「君のような可愛げのない女は、王妃にふさわしくない」
身に覚えのない罪で婚約破棄され、“悪役令嬢”の汚名を着せられたクラリス。 彼女が新たに嫁いだのは、北方の辺境を守る「氷の公爵」ことレオンハルト・フォン・グレイフだった。
冷え切った屋敷で彼女を待っていたのは、無表情な夫と、心に傷を負った三人の連れ子たち。 「僕たちに、母はいりません」 初対面で突きつけられた三つの拒絶。しかし、クラリスは諦めなかった。
「称号はいりません。私が欲しいのは――あなたたち三人の『ママ』になれる日だけです」
得意の生活魔法『灯(ともしび)』で凍えた部屋を温め、『鎮(しずめ)』の歌で夜泣きを癒やし、家政手腕で荒れた食卓を立て直す。 クラリスの献身的な愛情は、頑なだった子供たちの心を解きほぐし、やがて不器用な夫の氷の心さえも熱く溶かしていく。
これは、不遇な悪役令嬢が「最強の母」となり、家族を脅かす元婚約者や魔獣たちを華麗に撃退し、最愛の家族から「ママ」と呼ばれるその日までを綴った物語。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました【完結】
iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
第3皇子は妃よりも騎士団長の妹の私を溺愛している 【完結】
日下奈緒
恋愛
王家に仕える騎士の妹・リリアーナは、冷徹と噂される第3皇子アシュレイに密かに想いを寄せていた。戦の前夜、命を懸けた一戦を前に、彼のもとを訪ね純潔を捧げる。勝利の凱旋後も、皇子は毎夜彼女を呼び続け、やがてリリアーナは身籠る。正妃に拒まれていた皇子は離縁を決意し、すべてを捨ててリリアーナを正式な妃として迎える——これは、禁じられた愛が真実の絆へと変わる、激甘ロマンス。
異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜
京
恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。
右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。
そんな乙女ゲームのようなお話。
料理がマズいと言われ続けて限界がきたので、もっとマズいものを作って差し上げたら旦那様に泣かれてしまいました
九条 雛
恋愛
和平の証として魔族の元へと嫁がされたエルネットは、作った料理が不味いと毎日なじられ続けていた。
それでも魔族の慣わしとして、家族の口へと入る料理は彼女が作らねばならないらしい。
侯爵家の令嬢で、料理をしたことがなかった自分が悪いのだと努力を続けるエルネットだったが、それでも夫は彼女の料理を不味いと言い捨て、愛人の元へ通いに行くと公言する。
ほとんど限界を迎えていた彼女の中で、ついに何かがプツリと切れた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる