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107 三対一
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それから皆で再び隊長の執務室に移動した。
「もう一度訊く。あの遺体の二人の名前は知らない。昨日、街中で絡んできて、腹を殴ったり脛を蹴ったり、腕を縛り上げたが、最後には悲鳴をわざと上げたら逃げていった。それだけだな?」
隊長が彼らと私の関係について再確認する。
「はい」
ひとことそう私が答えると、まだ隊長は疑わしげに見つめてくる。
「信じられないだろうが、この子ならあり得る」
ウィリアムさんの言葉にエリックさんもうんうんと頷く。
「だが、犯人に心当たりはない……」
隊長の言いたいこともわかる。私に絡んだ男たちが殺され私に届けられた木箱のことを考えれば、明らかに私と関連があると誰もが思うだろう。なのに、相手に心当たりがないということが信じられないのだ。
「彼らとは本当に昨日初めて接触しました。それからしつこくつきまとわれたわけでもなく、殺してまでどうこうしたいと思うような被害ではありませんでした。絡んできたことが計画だったとしても、あの日私がチューベローズの花を象徴とした山車に乗り、あそこを通るところまで事前に知っていたとは思えません」
まして、この地に来たのもほんの数日前で、この地に知人は一握りだ。
私にあんなものを送りつけた意図がわからない。
あれでは私に絡んだから罰するために殺したみたいだし、送りつけた眼球は、まるで獲物を捕らえてきたことを自慢する犬か猫だ。
そんなことを隊長たちに話した。
「あくまで、これは私の憶測だが」
隊長が私の意見をきいて思案した後に語りだした。
「どこかであんたを見初めた誰かが、そんな行為に及んだ、とは思わないか?」
「いや、隊長、仮にそうだとして花束はわかるが、いきなり殺人とかは猟奇的すぎないか?この子の言うようにこの地に来たばかりだし、そこまでよく知る者もいない」
「私がエドワルド公爵家の者だと初めから知っていたか、昨日のことですぐに探ったか、私が仕立て屋に行くことになったのも今朝決まったことです。ずっと後をつけていたということですか?」
GPSでもあれば別だが、ここはそんなものはない。
仮に絡まれていた時は人通りのある街中の出来事なのだから、どこかから見られていても仕方ない。
でも、そのあとは?領主館までの道のりをつけられた?そして今朝からも私の後をつけていた?
「いずれにしても、死んだやつらの似顔絵で彼らの身元を探ろう。今のところ誰からも知り合いが行方不明だと届け出る者もいない。領地の外から来たなら身元を割り出すのは難しいだろう」
隊長が頭を抱えて言う。
「確実なことは、あんたは無関係とは言えないことだ。悪いが、暫く一人で行動しない方がいい。できれば領主館から一歩も出ないでくれると助かる」
行動範囲を制限され、不自由さを感じた。私と本当に関係があるかどうかもわからないのに、ただ引きこもっていろと言われて、泣いて閉じ籠っていられるほど弱くはない。
「隠れるより、出歩いて誘きだした方がよくないですか?」
「はあ?」「ローリィ、それは……」「お前、正気か?」
隊長、ウィリアムさん、エリックさんがほぼ同時に私に突っ込んだ。
「いくら腕に自信があっても、相手が誰でどんなやつかもわからないんだぞ」
「引きこもっていたら解決するんですか?」
「だからって、囮になろうって言うのか?」
「私に何かあるって決まってないでしょ」
「相手は人の目を抉るようなやつだぞ」
「正面から襲ってくるとは限らないんだぞ!」
「牙や爪を持った四つ足の獣だって、どんな風に向かってくるかわからないけど、負けなかった」
「人と獣は違うんだぞ。相手が複数だったらどうする」
私とウィリアムさん、エリックさんの三人で言い合う。
絶対の保証はないが、尻尾を巻いて逃げるのは性に合わない。
「第一、殿下が許すと思うか?」
ウィリアムさんが殿下を引き合いに出す。彼の性格を思えば反対するに決まっている。
「私はただ、無闇に警戒するのではなく、普通にしていたいと言っているんです」
「ちょっと……悪いんだが……」
一人話から疎外されていた隊長が遠慮がちに話に入ってきた。
私たちはここがどこだったか思いだし、一斉に隊長を見た。
「そのぉ、話を聞いてると、こちらのお嬢さんは引っ込む気はないってことでいいのかな?それどころか、相手が襲ってきたら迎え撃つつもりに聞こえるんだが……俺の聞き間違いかな」
「……いや、間違いじゃない。だから私たちは思い止まらせようとしてるんだ」
ウィリアムさんが隊長に答える。隊長は私の方を見て到底信じられないという顔をした。
「ウィリアムさんは私が師匠の弟子だって知ってて反対するんですか?」
「だからと言って、危険を承知でそんなことさせられない。殿下もお認めにならないのはわかるだろう?お前じゃなくても、誰にだってそうだと思うが」
ウィリアムさんは私と殿下との関係についてうすうす感づいている。例えそうじゃなくても、殿下が周囲の人間を危険に晒すことを許すはずがない。そのことを彼は言っているのだ。
「この人の言うとおりだ。危険があるのを承知で出歩くなんて、正気じゃない。あんたがどれくらい腕に自信があるかわからんが、ここは領主館で大人しくしていてくれると有難い。出歩かれる方が迷惑だ」
隊長もそう言い、ウィリアムさんも「ほらな」と勝ち誇ったように言う。
三対一で反対され、私はそれでも納得できなかった。
「私と関係ないとは言いきれないけど、関係あるとも言えないのに、それでも大人しくしていろと言うんですか?」
「えらく強情なお嬢さんだな………死体を見ても怯まなかったことと言い、あんたみたいなじゃじゃ馬なかなかお目にかかれない」
隊長が呆れて言う。私はスカートの裾をぎゅっと握り、反論したいのを堪えた。三人を説得しようとしても無理だ。私のことを良く知らない隊長が反対するならわかる。でも、私がモーリス師匠の弟子だと知っているウィリアムさんたちですら反対なのだ。
「失礼します」
その時、警羅隊の隊員が扉を叩いた。
「なんだ?入れ」
隊長が入室を許可すると、入ってきた隊員が部屋にいる私たちを一瞥してから礼をした。
「隊長、お話し中すいません。公爵様が早くお知りになりたいとこちらに参っておられますが、いかがいたしましょうか」
隊員が開いた扉から体を動かすと、後ろにレイさんがいた。
「やあ、すまない。殿下が一刻も早く知りたいとおっしゃってな」
「殿下が……」
最初に隊長から事情を訊かれ、ウィリアムさんたちと合流して遺体を見に行き、今またこうして揉めていてずいぶん時間が経っている。
「急かすようで悪いが、殿下が早くお知りになりたいと、昼からのパレードのこともあって、こうして伺いました。今にも飛んできそうなところを、下でお待ちいただいているのですが……」
苦笑いしてレイさんが自分が来た経緯を説明する。
「あんなにイライラした殿下は初めてだ。祭りの最中に事件が起こって相当苛立っておられるのかな」
「そんなに苛立っておられるのか!」
殿下が苛立っていると聞いて隊長は青ざめた顔をした。
大柄な隊長でも殿下の怒りは恐ろしいらしい。
昨日の視線を思いだし、私も身震いする。隊長に睨まれても平気なのに。
「今すぐこちらへ、お通ししろ!」
「もう一度訊く。あの遺体の二人の名前は知らない。昨日、街中で絡んできて、腹を殴ったり脛を蹴ったり、腕を縛り上げたが、最後には悲鳴をわざと上げたら逃げていった。それだけだな?」
隊長が彼らと私の関係について再確認する。
「はい」
ひとことそう私が答えると、まだ隊長は疑わしげに見つめてくる。
「信じられないだろうが、この子ならあり得る」
ウィリアムさんの言葉にエリックさんもうんうんと頷く。
「だが、犯人に心当たりはない……」
隊長の言いたいこともわかる。私に絡んだ男たちが殺され私に届けられた木箱のことを考えれば、明らかに私と関連があると誰もが思うだろう。なのに、相手に心当たりがないということが信じられないのだ。
「彼らとは本当に昨日初めて接触しました。それからしつこくつきまとわれたわけでもなく、殺してまでどうこうしたいと思うような被害ではありませんでした。絡んできたことが計画だったとしても、あの日私がチューベローズの花を象徴とした山車に乗り、あそこを通るところまで事前に知っていたとは思えません」
まして、この地に来たのもほんの数日前で、この地に知人は一握りだ。
私にあんなものを送りつけた意図がわからない。
あれでは私に絡んだから罰するために殺したみたいだし、送りつけた眼球は、まるで獲物を捕らえてきたことを自慢する犬か猫だ。
そんなことを隊長たちに話した。
「あくまで、これは私の憶測だが」
隊長が私の意見をきいて思案した後に語りだした。
「どこかであんたを見初めた誰かが、そんな行為に及んだ、とは思わないか?」
「いや、隊長、仮にそうだとして花束はわかるが、いきなり殺人とかは猟奇的すぎないか?この子の言うようにこの地に来たばかりだし、そこまでよく知る者もいない」
「私がエドワルド公爵家の者だと初めから知っていたか、昨日のことですぐに探ったか、私が仕立て屋に行くことになったのも今朝決まったことです。ずっと後をつけていたということですか?」
GPSでもあれば別だが、ここはそんなものはない。
仮に絡まれていた時は人通りのある街中の出来事なのだから、どこかから見られていても仕方ない。
でも、そのあとは?領主館までの道のりをつけられた?そして今朝からも私の後をつけていた?
「いずれにしても、死んだやつらの似顔絵で彼らの身元を探ろう。今のところ誰からも知り合いが行方不明だと届け出る者もいない。領地の外から来たなら身元を割り出すのは難しいだろう」
隊長が頭を抱えて言う。
「確実なことは、あんたは無関係とは言えないことだ。悪いが、暫く一人で行動しない方がいい。できれば領主館から一歩も出ないでくれると助かる」
行動範囲を制限され、不自由さを感じた。私と本当に関係があるかどうかもわからないのに、ただ引きこもっていろと言われて、泣いて閉じ籠っていられるほど弱くはない。
「隠れるより、出歩いて誘きだした方がよくないですか?」
「はあ?」「ローリィ、それは……」「お前、正気か?」
隊長、ウィリアムさん、エリックさんがほぼ同時に私に突っ込んだ。
「いくら腕に自信があっても、相手が誰でどんなやつかもわからないんだぞ」
「引きこもっていたら解決するんですか?」
「だからって、囮になろうって言うのか?」
「私に何かあるって決まってないでしょ」
「相手は人の目を抉るようなやつだぞ」
「正面から襲ってくるとは限らないんだぞ!」
「牙や爪を持った四つ足の獣だって、どんな風に向かってくるかわからないけど、負けなかった」
「人と獣は違うんだぞ。相手が複数だったらどうする」
私とウィリアムさん、エリックさんの三人で言い合う。
絶対の保証はないが、尻尾を巻いて逃げるのは性に合わない。
「第一、殿下が許すと思うか?」
ウィリアムさんが殿下を引き合いに出す。彼の性格を思えば反対するに決まっている。
「私はただ、無闇に警戒するのではなく、普通にしていたいと言っているんです」
「ちょっと……悪いんだが……」
一人話から疎外されていた隊長が遠慮がちに話に入ってきた。
私たちはここがどこだったか思いだし、一斉に隊長を見た。
「そのぉ、話を聞いてると、こちらのお嬢さんは引っ込む気はないってことでいいのかな?それどころか、相手が襲ってきたら迎え撃つつもりに聞こえるんだが……俺の聞き間違いかな」
「……いや、間違いじゃない。だから私たちは思い止まらせようとしてるんだ」
ウィリアムさんが隊長に答える。隊長は私の方を見て到底信じられないという顔をした。
「ウィリアムさんは私が師匠の弟子だって知ってて反対するんですか?」
「だからと言って、危険を承知でそんなことさせられない。殿下もお認めにならないのはわかるだろう?お前じゃなくても、誰にだってそうだと思うが」
ウィリアムさんは私と殿下との関係についてうすうす感づいている。例えそうじゃなくても、殿下が周囲の人間を危険に晒すことを許すはずがない。そのことを彼は言っているのだ。
「この人の言うとおりだ。危険があるのを承知で出歩くなんて、正気じゃない。あんたがどれくらい腕に自信があるかわからんが、ここは領主館で大人しくしていてくれると有難い。出歩かれる方が迷惑だ」
隊長もそう言い、ウィリアムさんも「ほらな」と勝ち誇ったように言う。
三対一で反対され、私はそれでも納得できなかった。
「私と関係ないとは言いきれないけど、関係あるとも言えないのに、それでも大人しくしていろと言うんですか?」
「えらく強情なお嬢さんだな………死体を見ても怯まなかったことと言い、あんたみたいなじゃじゃ馬なかなかお目にかかれない」
隊長が呆れて言う。私はスカートの裾をぎゅっと握り、反論したいのを堪えた。三人を説得しようとしても無理だ。私のことを良く知らない隊長が反対するならわかる。でも、私がモーリス師匠の弟子だと知っているウィリアムさんたちですら反対なのだ。
「失礼します」
その時、警羅隊の隊員が扉を叩いた。
「なんだ?入れ」
隊長が入室を許可すると、入ってきた隊員が部屋にいる私たちを一瞥してから礼をした。
「隊長、お話し中すいません。公爵様が早くお知りになりたいとこちらに参っておられますが、いかがいたしましょうか」
隊員が開いた扉から体を動かすと、後ろにレイさんがいた。
「やあ、すまない。殿下が一刻も早く知りたいとおっしゃってな」
「殿下が……」
最初に隊長から事情を訊かれ、ウィリアムさんたちと合流して遺体を見に行き、今またこうして揉めていてずいぶん時間が経っている。
「急かすようで悪いが、殿下が早くお知りになりたいと、昼からのパレードのこともあって、こうして伺いました。今にも飛んできそうなところを、下でお待ちいただいているのですが……」
苦笑いしてレイさんが自分が来た経緯を説明する。
「あんなにイライラした殿下は初めてだ。祭りの最中に事件が起こって相当苛立っておられるのかな」
「そんなに苛立っておられるのか!」
殿下が苛立っていると聞いて隊長は青ざめた顔をした。
大柄な隊長でも殿下の怒りは恐ろしいらしい。
昨日の視線を思いだし、私も身震いする。隊長に睨まれても平気なのに。
「今すぐこちらへ、お通ししろ!」
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