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206 師匠には敵わない

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まだ口許を塞ぐ師匠の手をどけて、上目遣いに師匠を見る。

(師匠……エミリさんとのこと……正直に話してないんですか)
(あいつらにはルイスに助けてもらったことは省いて話している)
(ルイスにお膳立てしてもらって、結婚を申し込んだことをですか?)
(お、男の……父親の沽券に関わるだろう?)
(師匠……女々しい)

「二人とも、何をこそこそと話しているんですか?」

ウィリアムさんが痺れを切らして訊いてくる。

「あ、いや………」
「お義父様……ルイスさんという方に何か弱味でも?」
「う……弱味というか……」

心から心配そうにホリイさんが訊ねるので、さすがの師匠も胸に来るものがあったみたいだ。

「母さんに結婚を申し込む時にルイスさんが一役買ってくれた話以外に他にあるのか?」

「「え」」

マシューさんの発言に師匠と二人で驚いた。

「え、お前……知って……」

「母さんから聞いてるよ。親父が男を見せて申し込んだみたいに話しているけど、本当は違うって……あ、そうか、母さんには親父に内緒って言われてたか」

ごめんばらしてしまった、とマシューさんがウィリアムさんに謝る。

「お前たち、知ってたのか」
「母さんが、親父が息子に威厳を見せたいからあんな風に言ってるけどって話してくれたよ」
「そうそう、でもおかげで怖いばかりだった親父があんまり怖くなくなって、俺たちも親父と真正面から向き合えるようになったんだ」
「そうか……そう言えば泣いて俺の特訓から逃げ回っていたお前たちが手の平を返したみたいに取り組みだした時期があったな。あの頃か」
「そ、親父には息子に威厳を見せるためには知られたくないことだったかも知れないけど、俺たちにとっては母さんをものにするために必死だった親父がわかって良かった」
「ちなみに、私もララさんも結婚の報告に行く前にその話を夫たちから聞いています」
「え!」

ホリイさんの言葉に師匠がみるみる赤くなった。

「そりゃそうだろう、熊みたいな様相の親父に初めて会うのに怖がらない女性はいないよ。怖くないってことを説明するのに話さないわけないじゃないか」

ウィリアムさんが言ってマシューさんが横でそうだと頷く。

「ローリィは怯えていなかったぞ。クレア様……ローリィの母君は今にも気絶しそうだったが」

初対面で大抵の人間に怯えられるのは慣れていても何となく認めなくないのか師匠は私との初顔合わせの時を引き合いに出し、私に同意を求めた。

「まあ、泣いたりはしなかった……かな?」

何せ精神年齢はアラサーでしたから。

「ローリィがおかしいんだ。ローリィを基準に言われてもなぁ」

ウィリアムさんが話にならないとぼやく。

「何せ、大の男でも顔をしかめるような死体を見せろとか言うし」

収穫祭での遺体の検分の時のことを持ち出される。

「あれは……」

「ローリィ、どういうことだ?」
「話を聞きたいです」

顔を輝かせて師匠とマシューさんが私とウィリアムさんを交互に見つめる。

「食事の時にする話ではないと思います」

明らかに嫌そうな顔をするホリイさんに気遣ってそう言うと、三人の男たちはそれもそうだとあっさり引き下がった。

「無茶なこと……してないか?」

心配して師匠が訊ねてきた。

「大丈夫です」
「嘘をつくな」

師匠を安心させようとした言葉にウィリアムさんが真っ向から否定する。

「何度も殿下に怒られただろう。無茶が過ぎると」

ウィリアムさんから殿下の話題が出て来て不意打ちをくらったように慌てた。

「護衛だったんだから……多少のことは」

「そう言えば……さっきのことは、どういうことだ?」

師匠が思い出したように呟く。
背中を冷たいものが走った。
やっぱり師匠は諦めてなかった。

「なあ、ローリィが公爵家に護衛にいくことになったのはお前を介してだったよな」
「そうです。俺とローリィの剣の練習を見たハレス子爵が腕前を見込んで……最初は男だと思ってたみたいですが」
「私も見たわ。この人に負けず劣らず。あのとき本当なら夫の味方をしないといけなかったけど、女性は皆、ローリィの応援で……」
「ホリイ……その話はいいから」

拗ねたように話を遮るウィリアムさんにホリイさんは不満そうだが、空になった皿を片付けるためにそこで席を立った。

「色々面白そうな話だが、それはまた今度聞こう。それで、どうなのだ?」

「そう言えば、護衛の話を聞いた時は前向きだったのに相手が殿下だと聞いて二の足を踏んでいたな」

師匠に触発されてウィリアムさんも当時のことを思い出したようだ。

「それは……」
「あの時、王宮の宴の話を聞かされたな。聞いて驚いたな。まさかローリィに踊り子の才能もあったなんて」

ウィリアムさんが宴の話を持ち出したので、これはチャンスだと思った。ウィリアムさんも知っている踊り子として宴に参加していたことを白状してしまえばうまく誤魔化せる。

「宴?踊り子?」
「そうなんです。実は……」

私はクレアとして競い舞に参加したことを改めて話した。

「……というわけで、護衛の相手が殿下と伺って驚いたわけです」

「驚いたなぁ、そんなこともあったのか」

マシューさんが感心したように呟く。

「昔から剣の型や躍りの振りは一度見ただけで覚えたな。お前には雑作もないことだったな」
「そんな才能があったんだ」
「普通、一般人が王宮に行くことも王族に関わることもないから二度と会うことがないと思ってたら、そういうことなら驚くね」

マシューさんが納得したように言う。
これで私の態度がおかしかったことも説明が立ったとホッとした。

「ふうん……それで?他には?」

「「「え」」」

師匠が相づちの後に続けた言葉に思わず声が裏返った。
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