クウェイル・ミルテの花嫁

橘 葛葉

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【7】執事との密会

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その後、セレーネはオルフェとパントリーに来ていた。パントリーにはオルフェのデスクもあり、台帳などを広げるのに適していたからだ。
移動途中こそ、奥様がいると多少ざわついたが、パントリーの中に入ってしまえば、人の出入りはほとんどない。
出納帳を確認する限り、ほとんどマイナスがないので感心していると、急に目に飛び込んできた項目があった。
「ねえオルフェ、この激しいマイナス項目は何なの?」
「それは……」
セレーネの質問に口籠るオルフェ。
「これは、あれでございますよ」
「あれ?」
先を促すがオルフェは迷っているように目をうろうろさせている。
「他のプラスが全部無駄になるほどの経費じゃないの」
「ですから……これは、奥様が……」
「え?私?」
首を傾げていると、観念したようにオルフェが小さく言った。
「旦那様に内緒で、奥様が密かに研究していた魔術ですよ」
魔術の適正価格など知らないため、これが高いのか低いのか不明だ。難しい顔で黙っていると、オルフェから追加情報が来る。
「術師への口止め料も入っておりますので、このように高いのかと」
その成果で、入れ替わる事になったのだろうか。
「そう……えっと……この予算で何人雇っていたの?」
「一人でございます、奥様。しかも、その方は奥様が解雇なさったのでは?」
なるほど、とセレーネは思った。依頼した魔法が完成して、用済みになったのだろう。
雇っていた者は報酬を手に去ったのか、解雇なのか不明だ。その者がこの屋敷に現れることはなさそうだが、どこで見つけてきたのかは知りたいところだ。
部屋に引きこもっていたのに、どうやって見つけて来たのか。しかし今それをオルフェに言っても仕方がない。
セレーネはそう考えて顔を上げる。
「ごめんなさい。開発していた魔法の副作用か、まったく記憶にないの。でも、今後はこのような浪費はないから安心して」
「最後の言葉は真実でございますね、奥様。嬉しゅうございます」
何か引っ掛かる言い方だった。しかし記憶にないのも、今後、変な魔力を開発する予定がないのも本当だ。
それにセレーネが開発していた魔法の副作用であることも、嘘ではない。開発をしていたのが、今の自分ではない、だけだ。だが、それを説明するのは難しい。
「ヘリオスの負担を増やしたくないの」
そう言うと、微笑んで頷いたオルフェに、セレーネはほっと胸を撫で下ろした。その不穏な浪費箇所を除けば、健全に屋敷は運営されている。セレーネは自分の裁量でどこまで許されているのかを、改めてオルフェに確認し、あれこれ取り決めをしていった。
「ここまでお詳しいのでしたら、もっと早くにお任せすればよかったと後悔しています。他に何かご用意するリストなどございますか?」
オルフェにそう言われて嬉しくなったセレーネ。頬が緩みそうになるのを堪えながら言った。
「使用人リストを。誰が、主にどこで、どんな仕事をしているのか知りたいの。できれば明日までに」
「使用人の一覧ということでしょうか?それなら今夜中にわたくしの方でご用意致します」
「ありがとう。本当に助かるわ」
感謝の言葉に、オルフェは少し目を潤ませて言った。
「坊っちゃまと同じお言葉を、奥様からかけていただく日が来るなんて……」
ヘリオスの事が好きすぎるのか、前のセレーネがよほど酷かったのか、どちらだろう。
「こんなところで、人の妻に尻尾を振るとはオルフェ。いい度胸だな」
ふいに入口のほうから声がして、二人は同時に顔を向けた。
ヘリオスが少しだけ不機嫌そうに立っている。
「長時間、二人で何をやっているのかと思えば……みなが簡単には出入りできないパントリーとは……」
少し苛立っている様子のヘリオスに、オルフェはハラハラしていたが、セレーネは気がついていないのか、まっすぐその顔を見て言う。
「何って、仕事です。妻として、これまでの事を反省して教えを請うていたのです」
真顔で言うセレーネに、オルフェも激しく頷いた。
「だからってこんな場所でするような事ですか?あらぬ誤解をされますよ」
ヘリオスの言葉に、セレーネの首が傾く。
「オルフェの自室なら良かったのかしら」
「そんなはずないでしょう」
呆れ顔のヘリオスに、血の気が失せた顔で頷くオルフェ。
「とにかく、一度部屋に戻りますよ」
デスクに歩み寄ってくるヘリオスは、セレーネへ手を差し伸べてきた。そこに手を重ねると、ぐっと引き寄せられた。
「あっ」
バランスを崩し、その胸に抱きしめられる。セレーネは真っ赤になってヘリオスを見上げた。
「さあ」
さっと体を離したヘリオスは、セレーネの手を掴んだまま歩き出した。






「ヘリ……あの、旦那様?」
ずんずん歩くヘリオスは何も言わない。
呼びかけてもちらりとセレーネを見るだけで、その口は閉ざされたままだ。
「そろそろ夕食の時間よね?」
手を引かれてついには、ヘリオスの執務室へ到着した。







自ら扉を開けたヘリオスはセレーネを中に入れると、ようやくその手を離した。
後ろ手に扉を閉めると、セレーネへ近寄って抱き締める。
「旦那様?」
「ヘリオスでいいですよ」
「ヘリオス……。どうしたの?」
「執務室は不埒な事もできるのですよ」
「不埒?」
問い返そうとしたセレーネの口に、ヘリオスの唇が重なる。
「ん、ん……」
ちゅ、ちゅと音を立ててから顔を離したヘリオス。じっとセレーネの目を見て、またキスをしようと唇を寄せる。
「うん……ん……むぅ……」
今度は舌がセレーネの口腔に侵入してきて、ありとあらゆるところを這い回る。だんだん激しくなる口づけに、セレーネは息苦しくなって喘いだ。その場で身じろぎするが、背中に回されたヘリオスの左手によってその場から動けない。口づけが激しさを増していくと、膝から力が抜けそうになる。
それに気がついたのか、それとも堪能し終えたのか、ようやくヘリオスの顔が離れた。
肩で息をついていたセレーネは、その胸元にぐったり寄りかかる。
「ふふ……かわいいですね、セレーネ」
耳元に唇を寄せて言うヘリオスに、セレーネは首まで真っ赤にして照れた。







「本当はここまでで止めておこうと思ったのですが……」
ぐっとヘリオスの腕に力が入った。それはセレーネの体の向きとは逆方向だったため、あえなくバランスを崩して倒れそうになる。しかし、その背を支えたヘリオスは、少し体重をスライドさせてさらに部屋の奥に進む。ほんの少し奥にいくと、そこにはソファーがあった。
来客時に使うためのソファーだ。昼寝くらいはできるだろうが、昨晩のような事は難しいのではないだろうかとセレーネは思った。
「あ、あの、ヘリオス?ここは寝室ではなく、あなたのお仕事の……」
セレーネがそこまで言った時だった。ヘリオスの手がドレスをたくし上げ、アンダースカートの中にするりと入ってくる。その下はもう素肌だ。
もっと保護するものがあったような気もするが、侍女達にそんなものはないと言われてしまったのを思い出す。
「ヘリオス!」
嗜めるように強く言ったが、その手はセレーネの太腿を摩り、そろそろと上がっていった。
「何をやって……」
最後まで言えずに唇が重なる。セレーネの足の間に膝をついたヘリオスは、キスを続けながら手を鼠蹊部まで移動させる。
つうっとなぞるように動かし、その中心へ到達すると唇を離してその顔を見た。
すでに蒸気して潤んだ瞳がヘリオスを見つめている。
満足げに微笑んだヘリオスは、ソファーについていた膝を床まで落とす。
上体を引き下げ、セレーネの右太腿を持ち上げると、中心でわななく割れ目に舌を差し込んだ。
「はっ……あ……ん……」
甘い声を耳に受けながら、ヘリオスは舌を動かす。
ぴちゃ、ぴちゃっと鳴る音に、セレーネの声がますます甘くなる。
「あ……ヘリオス……だめ……」
セレーネの腰がぴくぴく反応している。
小さな突起を唇で吸い上げたヘリオスは、持っていたセレーネの右腿を自分の肩に預けた。空いている手でセレーネの腰を抱き、自分へぐっと引き寄せる。
「あ……あぁ!」
むしゃぶりつくような体勢が刺激になったのか、セレーネの声が大きくなる。
少し浮かせた腰はますます痙攣し、反応もさきほどより大きい。
「だめ、こんなところで……ヘリ……あぁ!……あっ……あっ!」
音はじゅるじゅると激しくなっていき、セレーネの体もいつしかソファーに横倒しになっている。ヘリオスは両腕でその腰を引き寄せるようにして抱え、唇が離れないように吸い付く。
「あぁ、あっ……あぁ!」
跳ねる腰に加え、太腿にも力が入ってきたのか、両足がぴくぴくしているようだ。
「ヘリオス……あっ……あっ、だめ……」
腰が跳ねて逃げないよう、ますます力を入れたヘリオス。
「お願い……少し……待って……だめ……なの……待って……あっ、あっ……あぁあ!」
自分の口に押し付けるようにしてセレーネの突起を愛していると、大きな振動がやってきてようやく動きを止めた。
ソファーの上でぐったりしているセレーネを解放すると、立ち上がってその両頬を持つ。
涙を薄く浮かべたセレーネに、そっと口付けると言った。
「浮気は許しませんよ」
「そ……そんな事を言うために、ここまでしたの?」
セレーネの言葉には笑みだけ返し、まだ上気している顔の前に腕を差し出す。
「さて、夕食にしましょうか」
爽やかにそう言われたが、すぐには立ち上がれない様子のセレーネ。
弱々しく睨んできても怖くもなんともない。
力が入らないようだったので、抱き起すように腕を回した。
ピクリと反応した腰を優しく持つと、側頭部にキスをしてから執務室を後にした。
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