ネグレクト少年の拾い食いとヤンデレ少女の餌付け

小鳥遊愚香

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 残ったピザやジュースを慌ただしく平らげると、ママが会計する間、僕らに店の外で待つように言った。

 せめて自分が食べた分だけでも、とお金を取り出すわたらいさんにママは微笑んだ。

「いいから、ご馳走させてちょうだい。食事を楽しむのも、立派なマナーよ」

 わたらいさんは、差し出した裸銭を握りしめたまま立ち尽くした。
 支払いを断られたことで、彼女の手の中に残った千円札数枚が、まるで行き場なく浮いて見えた。

 改めて、ママは僕らへ店の外で待つように言った。ご馳走してもらう時のお会計はそうするのがマナーだ、と重ねて。

 わたらいさんはもう、何も言えなかった。
 彼女の中にあるお返しをすべきという真っ直ぐな礼儀と、ママが突きつけたマナーというまた別の礼儀。その板挟みになり、彼女の小さな体は、出口のない迷路に迷い込んだように固まってしまう。

 わずか十歳の彼女が背負うには、この空気はあまりに重く、鋭すぎた。

 戸惑い、固まる彼女の腕を、僕は迷わず引いた。

 僕も知っている。
 ママの正しさという名の檻に閉じ込められ、呼吸の仕方さえ分からなくなるあの感覚を。
 感謝を強要され、自尊心を削り取られ、ただ「はい」と言うことしか許されないあの絶望的な袋小路を、僕は何度も一人で歩いてきた。

 今の彼女に、自分の力でその迷路を抜け出す術はない。

「……行こう。こっちで待ってよう」

せめて、今この瞬間だけは。
 ママの視線が届かない場所まで、彼女を連れ出してあげたかった。

 僕が自動ドアの方へ誘導すると、わたらいさんは抗う力を失った操り人形のように、僕に従った。
 彼女は最後にもう一度だけ振り返り、レジに向かうママの背中に向かって、消え入りそうな声で呟いた。

「すみません……ごちそうさまです」

 それは、彼女が持っていた最後の自尊心を、白旗としてママに差し出した瞬間だった。



 ドアの向こう、店の外で待つ人のためのベンチで二人並んで腰をおろす。

 僕はぼんやりと駐車場で車が出入りするのを見ていた。

「お金持ってるのに使えないのって、変な気持ち」
 わたらいさんがぽつりと漏らす。
「ぺこのママ、ずっと私のこと子供扱いして……ずるいよね」

 その言葉は、ファミレスの明るい店内に置いてきたはずの熱を、再び僕の胸の中に呼び起こした。

 ママの正しさを否定することは、ママと生きる僕にとって、自分の足場を崩すことと同じだ。それでも、他でもない、彼女が僕の味方をしてくれているのなら——。

 僕はゆっくりと顔を彼女の方に向ける。 「……うん。ずるいよ」
 僕はそれしか言えなかったけど、わたらいさんも諦めたように、まだ手に握っていた千円札をポケットの中へ音もなく押し込んだ。

「ぺこには、いつもあんな感じなの?」

 僕はまた駐車場へと視線を戻した。
「……まあね。慣れてるよ」

 慣れている。その言葉の虚しさを、彼女はどう受け取っただろう。
 駐車場の敷地内にあるファミレスの看板の煌々とした光を睨みつけた。その足元にできた長い影の中に、一匹の猫を見つけて目を凝らす。

「ねえ、あれ……」
 僕が声を出す前に、わたらいさんがそこを指差した。

 僕らはすぐに立ち上がり、そっと猫へと近づいていく。

 看板の裏、コンクリートの割れ目から生えた雑草の影に、その猫はいた。
 汚れの目立つ三毛猫が、看板の熱を避けるようにして、こちらをじっと見つめている。

「……よじれじゃなかった」
 それが、探し求めていた黒猫ではないことに、わたらいさんは目に見えてがっかりしている。

 その落胆の深さに、僕の胸まで軋む気がした。

 それでもわたらいさんは腰を落とし、その小さな命に手を伸ばした。

「……おいで」

 わたらいさんが、猫を刺激しないように細い声を出す。
 さっきまで、裸銭を握りしめていた彼女の指先が、今はただ、目の前の猫を愛でるためだけに震えている。

 三毛猫が恐る恐るこちらへ近づくたびに、その全貌が明らかになる。

「……この子、何か咥えているね」
 僕もわたらいさんに合わせて、小さな声を出す。

 三毛猫が咥えていたのは、まだ温かそうな羽毛に包まれた小さな塊だった。

「本当だ……。よじれも時々得意げに見せてきたよ」

 わたらいさんの声には、恐怖よりも、どこか深い共感のようなものが混じっていた。

「小鳥みたいに見えるけど……誰にも邪魔されないで、食べたかったのかな」

 三毛猫はある程度僕たちとの距離を詰めると、それ以上は動かないと言わんばかりに座り込んでしまう。

 口に咥えていた小鳥が、一匹にしては重い音を立てて落ちる。

「……ねえ、これ」
 わたらいさんが僕の方を見る。

 僕は声も出なかった。

 アスファルトの上に落ちたそれは、背中と背中を無理やり繋ぎ合わされたような、癒着した二羽の小鳥の塊だった。

「よじれ、なの……?」
 わたらいさんの震える声が、僕の鼓動を早める。

 "よじれはね、すごいことができるんだよ"
 彼女はそう言って、かつて黒猫よじれと共に醤油皿の中の複数の煮干しを一つ残らず溶けて癒着させ、一塊の異形にして見せたことがあった。

 ——まるで、あの時の能力が働いたかのようだった。

 夕方、僕らはその日、偶然見かけたキジトラ猫に「よじれを見つけたら教えて欲しい」と伝えた。冗談半分だった。

 彼女は縋るように僕を見た。その視線は、よじれからの返事かもしれないという疑念と、もし本当にそうなら、まだ望みがあるという希望を含んでいた。

 三毛猫が運んできた、二羽の癒着した小鳥。
 それを「よじれからの返事」だと直感してしまった彼女の瞳には、さっきまでの絶望とは違う、熱い光が宿っていた。

「よじれが……教えてくれたんだ!二人でひとつなんだって!離れられないんだって!」

 彼女の解釈は、もはや子供の空想を越えて、呪いの確信に近づいている。
 僕が夕方、あのキジトラ猫に託した軽口が、こんな形で彼女の心を闇に繋ぎ止めてしまうなんて。

 彼女の細い肩が小刻みに震えているのに気づいた。
 それが恐怖からなのか、それともよじれとの繋がりを感じた歓喜からなのか、今の僕には判別がつかない。

「そうだよね?ぺこもそう思うよね?よじれしかいないよ、こんな風にくっつけ……」

 わたらいさんの興奮が、急速に冷めていく。自動ドアが開き、ママが満足げな足取りでこちらにやってくるのが見えた。

 猫は僕らの足元で警戒するように耳を伏せたが、逃げようとはしなかった。

 僕とわたらいさんの影が重なり、猫を包み込む。
 強すぎる光から、僕たちがこの猫を隠しているような、そんな奇妙な連帯感が生まれた。

「お待たせ。レジの子が慣れていなかったみたいで、カードの通し方から教えてあげなきゃいけなかったの。まったく、今の若い方は、マニュアルがないと動けないのかしらね」

 ママはため息をつきながら、優雅に髪をかき上げた。その親切な指導で店がどれだけ滞ったかなど、微塵も気にしていない様子だった。

「……それで、二人で何を覗き込んでいるの?」

 ママの視線が、僕たちの影の隙間、アスファルトに転がる「それ」を捉えた。

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