ネグレクト少年の拾い食いとヤンデレ少女の餌付け

小鳥遊愚香

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人をバカにする鍵

エレファントインザルーム

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 車内は、しばらく沈黙が続いた。
 後部座席には僕の泣き声と、わたらいさんのすすり泣きだけが満ちている。

 ずっと前方のコンビニの様子を伺っていた運転手が、急に「おっ」と短い声を出した。

「……買えるみたいだな」
 運転手は、フロントガラスの向こうを見たまま、そう言った。
「……ふたりは、何か買いたくて、入ったんだろ」

「ちょっと、行ってくる」
 運転席のドアを開いた。
「すぐ戻る」
 
 運転手の後ろ姿が遠ざかり、自動ドアの向こうに消えた。

 ふたりきりになる。
 わたらいさんが、長い息を吐きながら、シートに沈み込む。

「……ごめん」
 わたらいさんが、トートバッグの持ち手を強く握りしめた。
「私のせいで……」

 違う。そんなはずはない。
 わたらいさんは、被害者だ。

 それなのに。
 頭では、はっきり分かっているのに、なんと言ったらいいのかが、分からなかった。

「また、壊しちゃうんだ……」

 そう呟いたわたらいさんは、もう泣いていなかった。
 帽子を被ったままの頭を、窓ガラスにもたれている。

 違う。僕だって、何も壊してないなんて、言い切れるはずがない。
 あの場で見ていたわたらいさんだって、わかっているはずなのに。

 それでも。
「……間に合って、よかった」
 僕はまだ涙が止まらないまま、わたらいさんを見つめて、思わずつぶやいていた。

 頭を窓に持たれたまま、わたらいさんが驚いたような顔をして僕を見る。

 わかっている。彼女は傷ついてしまった。何にも間に合ってない。

 それでも。
 彼女はまだ「わたらいさん」として、僕の隣にいてくれている。
 それがたまらなく嬉しかった。誇らしかった。

「……変なの」
 わたらいさんは呟き、目を閉じた。

 その瞬間、運転席のドアが開く音がした。
「ちょっと、買ってきた」
  運転手が、ヘッドレストの隙間からスポーツドリンクのペットボトルを2本差し出す。

「泣くと、体の水分が失われるからな。暑いし、よかったら飲んで」

 僕たちは、後部座席で顔を見合わせた。
 

 わたらいさんが、ハッと我に返った。
「あの、私……お金あります」
 慌ててトートバッグの中を漁り、小銭を取り出そうとする。
「いくらでしたか?」

 運転手は首を横に振りながら、にこりと笑った。
「おいおい、もう“知らない大人”じゃないだろ。遠慮しなくていい」

「でも……」
 差し出されたペットボトルを前に、僕らはまだ手を伸ばせずにいる。

「タクシー代はちゃんともらうけど……どうしても払いたいなら、チップとしてちょっと多めに出してくれてもいいんだぞ」
 運転手が、お茶目にウインクした。
「冗談だよ。領収書もきっちり出すから」

 しばらく呆気に取られていたわたらいさんが、堪えきれないみたいに「ふふ」と小さく笑みをこぼした。

「ありがとうございます。それじゃあ、いただきます」
 わたらいさんは、そっとペットボトルを受け取った。

 もう1本は、僕に差し出された。

「怪我はもういいのか?キャップ、開けられるか?」
 僕の腕に巻かれた包帯を見ながら、運転手が尋ねる。

「大丈夫。ありがとうございます」
 そう答えて受け取り、すぐにキャップをひねる。
 けれど、まだ手が震えていて、なかなか開かない。

 ぐっと力を込めた瞬間、キャップが派手に回り、握力で押し出されたスポーツドリンクが勢いよく飛び出した。

「……うわっ!」
 思わず顔をしかめた瞬間、鼻先に液体がピチャリとかかる。

 隣で、わたらいさんが声を立てて吹き出した。

「ぺこ……鼻から飲むの?」
 肩を震わせ、帽子で顔を覆うけれど、間に合っていない。
「ゾウさんみたい」

「ち、違うよぉ!」

 僕は鼻を押さえながらもがき、思わず声が裏返る。
 その勢いで、僕の手からペットボトルが少し傾き、わたらいさんの膝にちょっとだけかかった。

「きゃあ、冷たいっ!」

 わたらいさんも思わず窓際に飛び退く。そのはちゃめちゃさに、僕もつい吹き出す。

「ごめん……」
「ふふっ、やだ……もう、笑っちゃう」

 わたらいさんがハンカチで膝を拭いている。その瞳に、さっきまでの絶望とは違う、柔らかい光が戻る。

 つられて、運転手も笑っていた。

 泣き腫らした顔で大騒ぎしているのは、なんだか馬鹿げているけれど――その馬鹿げた時間が、僕たちの凍りついた心を、少しずつ溶かしてくれた。

 僕はスポーツドリンクを飲んで、湿った唇を拭った。ペットボトルのキャップをきつく締めると、運転手が急に真剣な顔になった。

「……よし、水分補給も済んだしな」
 運転手がハンドルを握り、少し声を落とす。
「悪いけど、少し移動するぞ。パトカーも野次馬も増えてきたし……行き先は、どうする?とりあえず家に戻るか、それとも……」

 僕は、無意識のうちにポケットの中の鍵を握りしめていた。

 小さく息をつき、わたらいさんの方をちらりと見る。
 彼女も、わずかに頷いた。

 この人になら、話せる。

「運転手さん、僕たち探しものをしていて……」

 僕は決意を込めて、ポケットから例の鍵を取り出した。
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