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52 ぼくだけに見せて

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 ふたりの唇が、引き寄せられるように重なる。

「ん……」

 最初は優しく触れ合うだけだった口づけは、やがて互いに求め合うままに深くなっていった。
 熱い吐息を分け合い、柔らかく唇でついばみ、滑らかに舌で抱き合う。
 痺れる頭の片隅で、どうしてさっきまでこうせずにいられたのだろうとデイラは思った。

「は……」

 キアルズは濡れた唇をそっと離すと、まなじりを薄赤く染めたデイラの腰に手を回し、掠れた声で打ち明ける。

「媚薬をられたときなんかよりも、ずっとドキドキしてる……」

 デイラも同じだった。苦しいほど胸が高鳴っている。

「今夜は……ここに泊まっていってほしい」

 キアルズの願いに、デイラは黙って小さく頷いた。

   ◇  ◇  ◇

 キアルズの長い指が、デイラの頭髪を束ねていた素朴な麻紐をほどく。
 亜麻のシャツの肩に流れるように落ちた銀灰色の髪を、七番棟の寝室の窓から入ってくる遅い午後の橙色の陽射しが柔らかく照らした。

「きれいだな……」

 大きな寝台の上に向かい合って座っているキアルズから眩しそうに眺められ、気恥ずかしくなったデイラは視線を下げる。

「あの……どうして」
「ん?」
「強気な私のことを好きになってくださったはずなのに、引け目だらけで臆病な私を知っても心変わりなさらなかったんですか」

 少しきょとんとした後、キアルズはふっと笑った。

「あなたに関しては、ぼくはかなりの欲張りだからね」
「欲張り……?」
「勇敢でかっこいいところばかりじゃなくて、いろんなあなたを知りたいんだ。ぼくだけに見せてくれる顔があると、嬉しくてたまらない」

 キアルズは銀灰色の髪をひと房手に取り、毛先に優しく口づける。

「今はもう〝ぼくだけに見せてくれる顔〟なんて、ほとんどないのかも知れないけどね。あなたはずいぶん表情豊かに人と接するようになったから」

 アイオンといるとつられて笑顔になることは多いが、デイラ本人はそこまで変わったとは思っていなかった。

「エニアさんといったかな? あなたたちと親しいあの金髪の従業員の女性から、『デイラさんのほうは子供と仕事以外は全く眼中にないようでしたけど、同僚や出入り業者の中には、ふとしたときに見せるデイラさんの微笑みに魅了されて、言い寄る機会を狙ってた人も多かったんですよ』なんて、恐ろしいことを聞かされたよ」
「そ、そんなことは――」
「『だから、誠心誠意しっかり口説き落としておいたほうがいいですよ』と、親切な忠告もしてくれた」

 デイラの頬に軽く唇を落としたキアルズは、彼女の脚衣からシャツの裾をするりと引き抜く。

「あ……」

 たくし上げていた手を途中で止め、キアルズはデイラの胸を覆う肌触りの良さそうな下着をじっと見下ろした。

「鈴蘭邸でもそうだったけど、もうここには布を巻いてないんだね」
「は……はい。夜会の護衛を仰せつかったときに、こういったものまで夫人が用意してくださって。絞めつけ感はないのに機能的なので、それから自分でも取り寄せるようになったんです」
「へえ……確かに、立体的に作られていて苦しくなさそうだ」

 まじまじと視線を注がれて恥ずかしさがこみ上げてきたデイラに、キアルズはさらっと告げる。

「エルトウィン奪還記念日にあなたが路地裏でぼくの腕に巻いてくれたあの布は、今でも大切に持ってるよ」
「え……?」

 デイラが反芻する前に、キアルズは素早く下着の裾に通されている紐を緩めた。ぐいと持ち上げると、ふたつの膨らみがふるんと露わになる。

「っ……!?」

 めくり上げられた下着に上部を押さえられてつんと上向いた胸の先端に、キアルズは唇を寄せた。

「あっ」

 舌でなぞられただけで、デイラの身体はびくっと震える。
 そのままキアルズは頂を口に含み、もう片方も指の腹で愛撫し始めた。

「ん……っ」

 胸の先にだけ与えられた甘やかな快感は、すぐさま下腹部のあたりにまで走る。
 たちまち芳醇な蜂蜜酒に浸けられたかのような感覚に包まれたことに、デイラはおののいた。
 気持ちが通い合った上での触れ合いとは、これほどまでに心地良いのか。

「ああ……。ごめん」

 そう言いながら顔を離したキアルズも、どこか甘い酒気さかけにでもあてられたような表情をしていた。

「口づけずにはいられなくて……。窮屈だったよね?」

 中途半端に脱がされかけていた衣類が、キアルズの手で一枚一枚取り去られていく。
 一糸まとわぬ姿にされたデイラは、もう少し外が暗くなっていたら良かったのにと素肌を腕で覆った。
 頬を薄く染めて睫毛を揺らすデイラを見て、キアルズは嬉しそうに言う。

「――ぼくだけに見せてくれる顔だ」

 キアルズは自身の襟元を緩め、さっと生成り色のシャツを脱ぎ捨てた。
 鍛錬を続けてきたらしいその上半身はまばゆいほどに精悍で、デイラは思わず身体を隠す腕の力をぎゅっと強める。

「あ、あの……」
「うん?」

 再び近づいてきたキアルズに、デイラはおずおずと告げた。

「私は、その、いろいろと変わってしまって……」

 デイラも日常的に鍛えてはいるが、出産を経た身体が以前と違うことは実感している。

 キアルズは優しく目尻を下げた。

「どこもかしこも大好きだよ」

 その言葉通りに、頬に、首筋に、胸元に愛おしさのこもった口づけが落とされる。
 デイラの強張った腕がほどけ、ふたりは大きな寝台の上にゆっくりと身体を倒した。
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