私との子を授かれば殿下は側室を持てるので妊娠したフリをしたら、溺愛されていたことを知りました

弓はあと

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1巻

1-2

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「……なぜ、そんなことを……」
「皆に……私が妊娠していると思ってほしかったからです」

 そうすれば殿下は愛する人を側室に迎えることができるから、と続けようとした私の言葉は、普段よりも険しい殿下の声で遮られた。

「そんなフリをしてまで、周りの者に妊娠していると思わせたかったのか!」

 柔らかいベッドに背中から押し倒された。逃れようとしても逃れられず、私の両手首は殿下の手で掴まれてベッドへ縫いつけられるように押さえこまれた。

「俺の望みはもう叶わないのだな……」

 少し掠れた小さな声が耳に届く。絞り出すようにそう呟いた殿下は、まるで大切な宝物を壊されてしまった子どもが涙を堪えている時のような顔をしていた。
 もしかしたら殿下は、私が側室を持たせたくないと考えてこのような噂を広めたと思ったのかもしれない。殿下の恋を応援したかったのに、ふたりの仲を邪魔するために妊娠したフリをしたと思われてもおかしくない状況になっている。
 側室を持たせたくないという私の願いを、勘違いとはいえ知ってしまったからには、殿下が私の思いを無下にするとは思えない。このままだと、殿下は私と添い遂げようとしてしまうはず。
 でも、それならいっそのこと、子を授かるための行為をして本当に妊娠してから、改めて別の理由を殿下に伝えたほうが受け入れてもらえるのではないだろうか。
 責任感で私と添い遂げる必要はない、私は国母になりたくて一時的に殿下の恋を邪魔しただけで、『妻』ではなく『子の母』だから、気にせずに特例を申請して愛する女性を側室に迎えてください、と。
 私を組み伏せている殿下の顔を、まっすぐ見つめる。口を動かして出てきた言葉は、緊張のせいで少し震えてしまった。

「殿下……好きではない相手と子をなす行為をすることになりますが……殿下の子種を……私にいただけませんか」
「っ!」

 突然、窓ガラスを揺らすような凄まじい雷鳴が轟き、私の手首を掴んでいた殿下の手にグッと力が込もる。

「痛っ……」
「あ、すまない!」

 女性に痛い思いをさせたことなんて今までなかったに違いない。慌てたように殿下の手が私の手首から離れた。こんな風に殿下が動揺するのは初めて見た気がする。

「……ミーネ……本当に子種が欲しいのか」
「は、い……」

 私の返事を聞いた殿下が、小さくため息をく。

「分かった……ねやの知識は本で学んでいるけれど、実際に女性を抱くのは初めてだから、うまくできないと思うが……できるだけ優しくする」

 殿下の手が私の頬に触れた。まるでガラス細工みたいな繊細なものを扱う時のように、そっと。
 その途端、胸が締めつけられたみたいに苦しくなった。

「優しく……しないで……」
「……え?」
「……優しくなんてしなくていいです。殿下、そんな風に触らないでください」

 優しくされたら勘違いしてしまう。殿下に好かれているのではないか、と。
 そんな勘違いをしてしまったら、殿下が側室を迎えた時につらい思いをするだけ。

「そんな風に触らないで、だと? なぜそんなことを言う?」
「私たちは体だけの関係なのですから」
「体、だけ……?」

 切なくて苦しくて胸が張り裂けてしまいそうだけど、体だけの関係だと割り切ってお互いに納得すれば、殿下は私に気兼ねすることなく側室を迎えることができる。

「妊娠はしたいです。でも、私たちは体だけの関係です。子どもを授かっても、それは変わりませんから」
「そうか……」

 シュル……と私の下着の紐が解かれ、夜着は着たままで脚の付け根が露わになったのが気配で分かった。

「俺とは、体だけ、か……」

 殿下の手が私の脚を開くように両膝の裏をそれぞれ掴んだ。身体を固定されてしまって動けない。

「は、い……、体だけ、です、殿下……」

 好きな人と幸せになってほしいから、束縛なんてしません……だから安心して、子をなすための行為をしてください。
 心の中でそう考えながら殿下を見つめていると、殿下は眉をひそめて険しい表情をしていた。

「……分かった、肝に銘じておこう」

 下着をつけていない無防備なところに熱くなった硬い杭のようなモノがあたり、ひゅっと息を呑んだ。いつもは宝石みたいに上品な雰囲気で輝いている殿下の青い瞳が、獲物を見つけた獰猛どうもうな獣のように熱く光ったような気がした。

れるぞ」

 殿下が私へ覆い被さってくる。今まで知らなかった殿下の重さを感じて困惑していると、先端がグ、と少し押しこまれた。

「ぃ……」

 思わず、痛い、と口から発しそうになり、シーツを掴みながら唇を噛んで必死に声を抑える。痛い、なんて殿下に知られてはいけない。
 涙が出そうになり、堪えようとした……けれど堪えきれずに涙はこぼれ、反射的に、スン、と小さくはなをすすってしまった。そのかすかな音で、私に覆い被さっていた殿下がガバッと起き上がった。その顔は青褪あおざめており、私と一瞬だけ目が合ったあとにうつむいた殿下の声は、少しだけ震えていた。

「女性は痛みを伴うと本で学んでいたのに……酷いことをしようとして、すまない……」
「殿下……大丈夫です。続けてください」
「……ダメだ。これ以上は、やめておこう」

 ここでやめたらおそらくもう二度と機会を得られず、殿下は側室を迎えることができなくなってしまう。

「やめないでください、殿下」
「……そんなに妊娠したいのか、ミーネ」

 シーツを強く掴んだまま、コクリと首を縦に振る。
 殿下は先ほどよりも険しい表情を見せて唇をギュッと結んでから、ためらいがちに口を開いた。

「それなら……少しでも痛みを和らげるように、ミーネの身体に触れ……解すことを許してもらえるだろうか」

 痛みを……?
 ふと、ベルマリーが肩や背中を揉んでくれる時のことを思い出す。
「ミーネ様、勉強ばかりして身体がガチガチに固まっていますよ」と言って、ベルマリーはよく私の身体を揉み解してくれる。
 殿下に肩や背中を揉んでもらうなんて畏れ多いことだが、身体が解されて痛みが和らぎ、行為を続けてもらえるのならばゆだねるべきだと思った。でも本当に、こんな図々しいことを言ってもいいのかしら……

「……お願い、します……。殿下、私を……、解して、ください……」

 潤んだままの目で殿下を見つめ、戸惑いつつ言葉を発したら、呟いているみたいに小さな声になってしまった。
 私を見て短く息を吐いた殿下の頬が心なしか赤い。熱でもあるのかと気になったが、殿下は片手でご自分の目を隠すように覆って上を向いてしまい、そしてなぜか数秒間じっと動かなかった。

「殿下、体調が悪いのではありませんか?」
「体調は万全だから、心配は不要だ」

 うつ伏せにならないと背中を揉んでもらうのは難しいので殿下へ背を向けようとしたけれど、寝返りをしようとする私の動きを殿下は右手だけで軽々と封じ、左手を私の右膝の裏へ添えて私の脚を開いた。そして私の両膝の間に座ると、仰向けになっている私を見おろしながら自分の指を二本、ペロリと舐めた。
 その光景はなんとも言えない色気を帯びていて、蠱惑こわく的な殿下の姿に驚き思わず目を逸らす。しかしその仕草が繰り返し脳裏に浮かび、身体の奥が切なく疼いた。こんな状態になっている自分がいたたまれなくて殿下を見られない。

「触るよ」
「あっ」

 唾液で濡れた指でそこを突然ヌルリと撫でられ、腰が反射的に浮いた。
 殿下に撫でられたのは両脚の中央にある小さな突起で、湯浴みの時にどのくらい力を入れて洗えばいいのかいつも困る場所。
 まさかこんなに小さな突起を殿下にいじられるなんて思わなかった。

「今俺が触っている所をミーネは自分でよく見たことはあるか? まるで小さな花のつぼみみたいだ」
「ないで、すんっ、あ、んン」

 小さな突起を優しく擦られたら変な声が出てしまった。声が漏れないよう、すぐに手で口を塞ぐ。

「ミーネ、声は聞かせて。どう感じているのか知りたい。手は、ここでも掴んでおいて」

 手をとられ、殿下が着ているシャツに誘導された。シャツを握る手にギュッと力が入ってしまう。
 再び突起を撫でられた拍子に、自分の声ではないような甘ったるい声が鼻から抜けた。
 殿下の指の腹が私の小さな突起を這う。

「濡れてきた……陰核を触られると気持ちいい?」

 まるで襞の間まで洗うように、くぱ、と広げながら、何度も何度も突起の上を殿下の指が滑る。

「ダメ……っ、あッ、んッ、いや……っ」
「こんなに濡れているのに嫌? 俺の手までぐしょぐしょだよ、ミーネ」

 ちゅぷ、と音がして、身体のナカに何かが入ってきた。

「指一本でもキツイな」
「ゆ、び……? ん……うぅ……」

 圧迫感がすごい。きつくて痛みも感じる。それなのに、殿下の指が穴のナカの浅い所を擦った瞬間、私の身体は快感のあまり大きく跳ねた。

「そ、こ、擦っ、ちゃ、ヤッ!」
「ここがいいのか、ミーネ?」

 再び同じ所を擦られる。少しでも気が緩むとジュワッと何かがあふれそうだった。

「や、そこ、変な、ふッ」
「そうか、ここ、か」

 私の身体のナカで殿下の指が動くたびに、くちゅ、ちゅぶ、と水音が聞こえる。その音は妙に官能的で耳の奥まで熱を帯びていくような感じがした。

「っ、あぅ、や、いや、あんっ」
「本当に嫌? 俺の指を奥までくわえこもうと腰を揺らしてるけど」

 殿下の指が、私のナカを刺激するのをやめてくれない。
 気持ちよくて、気持ちよすぎて、つらい。

「あッんッ、んンッ、ああッ……!」

 ググッと全身に力が入り、身体が大きく震え始めた。まるで痙攣けいれんするみたいに身体が揺れてしまう。その揺れの波が過ぎると、途端に身体から力が抜けた。
 上手に息ができなくて、ハッ、ハッ、と自分の荒い呼吸音が聞こえる。私の息はこんなにも乱れているのに、殿下の声はいつもと変わらない。

「もう少し脚を広げるよ」

 下着をつけずに脚を開くのは普通なら絶対にできないような恥ずかしい体勢で、そんな姿を殿下に見られるなんて嫌に決まっている。
 だけど身体に力が入らず、殿下の手でされるがままに脚を開いていくしかなかった。
 先ほど先端だけ挿しこまれた殿下の身体の一部が、私のナカへ侵入しようとしている。
 こんなにすごいの入らない無理、と発してしまいそうな言葉を必死に呑みこんだ。

「……んン……ッ」
「痛みが和らぐように陰核を触るから。なるべく気持ちのいいほうに意識を向けていてくれ」
「ん、わかりっ、あッん……っ」

 私の返事が終わる前に、殿下の親指で突起を撫でられ、吐息が漏れた。
 その直後、殿下の腰が少し押しこまれる。尋常ではないくらい圧迫感が強くて、ぐっと眉根を寄せて目を瞑ると、殿下の動きが止まった。
 陰核だと殿下が言っていた場所を軽く押すように撫でられて、今まで以上に甘く媚びた声が私の口からこぼれていく。すると殿下が再び動き、腰を進めた。
 その流れを何度か繰り返して、殿下が少しずつ少しずつ私のナカへ入ってくる。最初は動きを止めてくれたことに安心した。でも今は、止まってしまうのがもどかしい。

「とまっちゃ、や……」

 堪らずそう呟くと、殿下が、クッと小さくうめく。次の瞬間、何かが切れたような感覚とともに人生で一番の激痛が走り、ほぼ同時に殿下と私の身体がピタリとくっついた。
 ナカをぎゅうぎゅうに埋め尽くしている殿下のそれは圧迫感がすごくて、息が乱れ、自然と涙がこぼれていく。少し上半身を起こした殿下が、私の涙を指でそっと拭ってくれた。

「……泣かせてしまって、すまない」
「殿下……私のナカ、に、すべて、入れて、いただけたの、でしょうか」

 まだ呼吸が乱れていて、うまく話せない。言葉が途切れ途切れになってしまった。

「ああ、ミーネ、これで全部ナカに入っている」
「嬉しぃ……これで殿下の子種を、いただけ、たの、ですね?」

 私がそう言うと、殿下は戸惑ったように喉を詰まらせて視線を逸らし、再び私を見つめると申し訳なさそうに口を開いた。

「子種を出すには……、ここから激しく動かなければ、ならない」
(――激しく動く!?)

 思わず目を見開いてしまった私を見て、少し困ったように殿下が微笑んでいる。優しく私の頭を撫で、唇が触れるだけのキスをした。

「ミーネの身体が馴染むまで、このままでいよう」

 少し掠れた殿下の声が聞こえ、再び口づけが降ってくる。今度は唇が触れるだけではなく、そのまま舌を絡めてきたが、殿下の腰は動かない。挿入されていることに身体が慣れてきたのか、キスに没頭してしまったせいなのか分からないけれど、いつの間にか下腹部の圧迫感はなくなっていた。
 口に触れていた殿下の唇が、ゆっくりと離れていく。でもまたすぐに近づいてきて今度は首にキスをされた。だけど口づけだけでは終わらない。殿下の舌が私の首を撫でながら、時間をかけて耳の方向へ這っていく。
 殿下が私の背中とベッドの間に手を差しこみ、私を力強く抱きしめた。私は首を舐められながら、殿下の象徴で身体の奥をじんわりと押されている。

「……殿、下……なにか、へ、ん、です……」
「変? どんな風に?」

 首に唇が触れたまま話すからくすぐったい。それに今まで誰にも侵入を許したことのない場所でつながっているせいか、言葉を交わすと身体の芯まで声が響く。

「殿下の、が、奥に、当たっ、て……」
「っ、大丈夫かミーネ、痛いのか?」

 私の様子を気にした殿下が上半身を起こした拍子に、ナカを深く抉られた。

「んンッ痛く、ない……むし、ろ」
「むしろ?」
「奥、が、気持ち、いの」

 そう言うなり、殿下の存在がグンッと一回り大きくなった。奥を強く押され、お尻がヒュッと浮くような快感が走る。

「おっきく、しちゃ、だめ……っ」
「くっ、ミー……ネ……」

 眉根を寄せて苦しそうな表情で殿下が短く息を吐く。

「煽らないでくれ、理性が崩壊する」

 額に汗を滲ませた殿下が少しだけ身体を揺らした。それだけなのに、殿下の先端が的確に私の最奥を突いてくる。

「ひぅ、っ、そこ、や、んンッ」
「ここが、奥の気持ちいい場所か?」

 殿下が腰を何度も押しつけてきた。接合部をピタリとくっつけたまま押しこまれているから、擦られるような痛みはない。官能的な刺激を与えられ続け、身体の奥が悦びに震えた。
 快楽に溺れてしまいそうで怖くなり、救いを求めるように殿下の顔のほうへ手を伸ばす。
 そうしたらパクリと指をくわえ、そのまま舐められた。指先から伝わってくる殿下の舌の感触は、生温かくて柔らかい。

「ンぅ、ん……」

 思わず声を漏らしながら悶えてしまう。すると私の身体の奥にある太くて大きな存在が、さらにググッと硬くなった。
 柔らかい舌と硬い男性器の異なる刺激を同時に与えられる。その強烈な感覚から逃れたくて挿しこまれた存在を抜こうと腰を動かした。
 だけどそうすると、甘い刺激が返ってきて余計に気持ちいい。逃げようとしたはずなのに愉悦の波に翻弄ほんろうされて戻れなくなってしまった。

「あッ、や、ああ……ッ!」

 指と指の間を舐められた瞬間、身体が痙攣けいれんしたように震えて目の前がチカチカと眩しく白む。
 すぐに意識が遠のき、私の視界は真っ暗になった。


    ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 フレイツファルジュ王国の王宮で私――ベルマリー・クルースは、王太子妃ミーネ様の専属侍女をしている。
 男爵だった父が九年前に事故で亡くなった時、父の昔からの友人だったケンバート公爵が娘のミーネ様の話し相手兼侍女として私を引き取ってくださった。そのうえ私が勉強できるようにと、侍女として働く時間を減らしてミーネ様と同い年だった私を学園にも通わせてくれて、公爵様には感謝してもしきれない。
 そして人格者のケンバート公爵と同じくらい、娘のミーネ様とふたつ下の弟ウィム様も素晴らしいお人柄だ。ケンバート公爵邸では公爵様もミーネ様もウィム様も身分関係なく人を人として認め、親しく接してくれた。
 あれはミーネ様と一緒に学園へ通い始めて最初の年で、昼休みに空き教室で刺繍ししゅうをするのが女生徒たちの間で流行はやっていた頃のこと。隣に座って針を持つ手を動かしていた私に、ミーネ様が目を輝かせながら告げた。

「ベルマリーの施す刺繍ししゅうは本当に素敵だわ。私の先生になってもらえないかしら」

 その言葉を聞いたキラエイ公爵令嬢のイニアナ様が、「侍女にそんなことをお願いするなんて」と鼻で笑ったのをよく覚えている。自分よりも地位が下の者に対して叱責することはあっても、褒めたりしないイニアナ様は、信じられないと言わんばかりの様子だった。
 イニアナ様ほどではないけれど、キラエイ公爵の取り巻きの貴族の子女は、侍女や使用人に対して横柄な者が多い。もしそんな人たちに仕えていたら、私の人生は非常につらいものになっていたと思う。
 侍女の私のことも大切にしてくれるから、ケンバート公爵邸で過ごす時間は幸福で、心が満たされて自然と笑顔になれた。それはミーネ様が王太子殿下と結婚して私が王太子妃の専属侍女となった今も変わらない。優秀で身分も高いのにそれを鼻にかけたりしない謙虚なミーネ様は、見た目も愛らしくて私の日々の癒しとなっている。
 ミーネ様は幼い頃に母親を亡くし、ねやに関する話を家で教わる機会がなかったせいか、初心うぶなところも可愛くて好ましい。
 侍女同士のあけすけな会話でそういった知識が豊富になってしまった私としては、ミーネ様にはずっとこのまま純粋な存在でいてほしい思いもある。ただ、結婚して一年経つのに、未だミーネ様に夫婦の営みがなくて清いままなのは、私の悩みの種だった。
「はぁ……」と小さくため息をく。
 ――あの日、強引に迫ってしまえと王太子殿下を焚きつけるべきだったのかしら……
 おふたりの結婚式が終わり、ミーネ様に他の侍女が付いて着替えてもらっている間にラッドレン殿下へお茶を運んだ私は、その時に殿下から相談を受けた。
 王太子の婚約者候補の令嬢を集めたお茶会で出会い、一方的に好きになって王家主導で婚約し、無理やり結婚させてしまった。そのうえ身体の相手までさせて純潔を奪ってしまうのは忍びない。だから夫となった自分を好きになり、身を任せてもいいと思ってくれるまでは手を出さずに待ちたい、そのために協力してくれないか、と。
 ミーネ様を大切に想って我慢しようとする殿下の気持ちが嬉しかった。
 私から見てもお互い好き同士なのは明らかだった。あっという間に想いを伝えあって仲睦まじい夫婦になるだろう。そう考えた私は殿下の望みを叶えるために協力し、微笑ましいふたりを見守ることにした。
 あの時は、殿下とミーネ様の間に夜の行為がないのも数日くらいだと思っていたのだ。
 でもまさか、何もないまま一年も経ってしまうなんて……
 そんなことを悩みながらミーネ様が起きた時に飲むための果実水を厨房で用意していたら、後ろから声をかけられた。

「おはようございます、ベルマリー嬢」

 淡々としているけれど芯のある聞き取りやすい声で、少し低音なのが心地よい。よく知っている好ましい声だから、見なくても誰か分かる。
 振り返った所に立っていたのは、予想通りの人だった。

「タジェロン様、こんなに朝早くどうしたのですか」

 銀色の前髪がサラリと眼鏡の上の縁にかかり、切れ長の目つきで端整な容貌ようぼうのタジェロン・チェスター様は、フレイツファルジュ王国第一宰相を務めるチェスター公爵のひとり息子で、第一宰相補佐でもある。
 いずれタジェロン様自身も第一宰相の任に就くだろうと周囲からも期待されている方だ。すでに王太子殿下の片腕として、さまざまな采配さいはいを振っていると聞いている。
 そんな人がこんな朝早くに、しかも厨房へ来るなんて珍しい。

「一応お伝えしておいたほうが良いかと思いまして。殿下が昨晩、視察の予定を早めて城に戻られています。一緒に戻ったネイブルから連絡がありました」

 私の隣に立って話し始めたタジェロン様の上質な服を汚さないように気をつけながら、果実水を作る手は止めずにタジェロン様と会話を続けた。

「昨晩ですか? 短い時間とはいえ雨がすごかったのに」
「雨には濡れずに済んだようですよ。予定を変更したのは、おそらくあの件が原因かと」

 厨房内の少し離れた所に人がいるため、タジェロン様が『あの件』の詳細を述べることはないが、それだけで私には伝わった。その件でタジェロン様にお力添えをいただいたのだから。

「先日は何かとお手数をおかけして申し訳ございませんでした」
「あのくらい別に構いませんよ」

 殿下が今回のアールガード辺境伯領視察に向かう数日前、ミーネ様から相談を受けた。
きさきに妊娠の兆候がある時は、性行為による母体の負担を減らすため、王室の男性は側室を持つことが可能』という特例を殿下に申請してもらうため、妊娠の『フリ』をしたい、と。
 どうやらミーネ様は、王太子殿下が自分とねやを共にしないのは他に好きな女性がいるからだと誤解しているらしい。
 最初は妊娠のフリをしたいというミーネ様に反対しようと思っていた。殿下が側室に迎えたいと考えている女性なんていないし、殿下が好きなのはミーネ様だもの。でもそのことを私の口から伝えても、ミーネ様のことだから私が気を遣ってそんなことを言っていると考えてしまうはず。
 それにもしかしたら、妊娠のフリが殿下の心を揺さぶり、おふたりが気持ちを伝えあうきっかけにつながるかもしれない……
 そんな風に期待して、私はミーネ様に協力することにした。
 視察の予定を早めて帰ってきたということは、このあと殿下は朝の散歩の時にでもミーネ様に真実を問うつもりに違いない。
 殿下がいらっしゃる時は、朝食後に王宮内の庭園を散歩するのが、おふたりの朝の日課だ。昨晩の雨が嘘のようにいい天気だし、庭園を歩きながらお互いの気持ちを伝えあえたら妊娠のフリも大成功だと思う。
 手に持っていたものを作業台へ置き、感謝の気持ちをこめてタジェロン様に深々と頭を下げた。

「とても助かりました。本当にありがとうございます」
「突拍子もない話を聞いて正直あの時は驚きましたが……何か考えがあるのだろうと思い、自分にできる範囲のことをしただけです」

 側室の特例は、医師の診断を待たず、妊娠の兆候のみで認められてしまう。


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