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ユリエラは自分のメーベルと向き合っていました。彼女の手には、ウロボロスの名のメーベルが握られています。そのメーベルは真っ黒で、不完全を意味しているらしく、使い物にならないとパピルスに説明されていました。

もう一方のチェリー・クラリアスの名のメーベルは、赤く可憐な薔薇のような姿をしていました。その美しいメーベルは、媒体としてしっかりと機能しているように見えました。

薔薇を手の平に乗せているだけで攻撃魔法を使うことができるが、それはどうやら薔薇本体の力ではないようだ。転生者による異変の可能性が高いようだった。

ユリエラはどうすればいいかわからずに困り果てていました。その混乱の中で、彼女は何気なくウロボロスの名のメーベルを解放し、マッチ棒を取り出しました。そして、試しに火をつけてみました。

すると、淡い炎の奥に、キルエルの胸倉に掴みかかる赤い髪の少女の幻影が浮かび上がりました。

その幻影は、不思議なほどにリアルさを帯びていました。ユリエラは驚きと戸惑いを隠せず、その幻影に目を見張りました。彼女は炎の中で揺れる幻影を見つめ、その意味深い出現に興味津々の表情を浮かべました。

(もしかして…マッチ売りの少女?)

それから、ユリエラは次々と火をつけていきました。マッチが燃えるたびに、淡い炎の中にキルエルと赤い髪の少女の姿が浮かび上がります。

その映像は、キルエルと少女が共に過ごした日々を次々と切り取ります。笑顔で手を取り合い、青い空の下で歩く二人の姿。時には笑い、時には寄り添い、互いに支え合う様子が、炎の中で揺らめいています。

ユリエラはその姿をじっと見つめ、それぞれの瞬間が彼らの心に刻まれた思い出であることを感じ取りました。

そして、ユリエラはその女性に嫉妬心を抱いてしまいました。キルエルが語っていた妻とは、この赤い髪の少女のことなのではないかと彼女は思いました。

幻影の中でキルエルと少女が幸せそうに過ごす姿を見て、ユリエラの心は苦しみました。彼女は自分とは異なる女性がキルエルの側にいたことに焦りを感じ、心の中で不安と嫉妬が渦巻きました。

それでも、ユリエラは自分の感情に向き合いながら、彼らの幸せな姿を静かに見守りました。彼女は自分の心の中で葛藤しながらも、冷静さを保ちながら炎を眺め続けました。

ユリエラは気がつけば、ボロボロと涙を流していました。幻影の中で見たキルエルと赤い髪の少女の姿が彼女の心を揺さぶり、涙が止まりませんでした。その切ない感情が彼女の心を押し潰すように重く、どうにもならないほどの悲しみに包まれました。

やがて、ユリエラの魔力が切れ、彼女は倒れてしまいました。その場に身を預けたまま、涙を流しながら息を荒くし、心の奥底からの悲しみに打ちひしがれた彼女の姿が、寂しい静寂の中に浮かび上がりました。

意識を取り戻した時、ユリエラは柔らかな光が廊下を照らす中、ヴェルンツ騎士団長に抱かれて寮の廊下を進んでいることに気づきました。心地よい静寂が廊下に漂い、穏やかな空気が彼女を包み込んでいます。ユリエラは深く息を吸い込み、周囲の環境を感じながら、自分がどうしてここにいるのかを理解しようとしました。

「気が付きましたか?」とヴェルンツ。

「うん…。どれくらい寝てた?」という問いに対し、パピルスが答えました。「ほんの数分です。すみません、もっと早くに魔力切れに気付くべきでしたね。」

彼の言葉は優しく、自責の念に満ちていました。その声には心配りと共感が感じられ、ユリエラは少し和らぎを感じました。

「ううん。…パピルスは悪くないわ。私がパピルスなら止めれる気がしないもん。」

「それは何とも言い難いですね。」

パピルスはここ最近、近くでユリエラを見守っていたため、彼女の心情に敏感になっていました。そのため、彼女が幻影を見て魔力を使い過ぎていることに気付いていても、ユリエラの感情を察することができ、彼はとても止める気になりませんでした。

彼女の苦悩や嫉妬心が彼の心にも伝わり、その重苦しい感情がパピルスの胸を押し潰すようでした。


ユリエラはその後、自らの心の中に渦巻くキルエルへの嫉妬心を打ち消すかのように、魔法や剣術を鍛える日々を送りました。

彼女は朝早くから訓練場に姿を現し、真剣に魔法の詠唱を練習しました。時には目隠しをして、感覚だけに頼りながら魔力を集中させる訓練に励みます。剣術の方も例外ではありません。彼女はヴェルンツの指導のもと、素早い動きと正確な斬撃を身に付けるために努力しました。汗と努力の跡が、彼女の身体を包み込むようになりました。

ある日、いつも通り剣術の訓練をしていると、オズマン中尉が走ってきました。その姿を見たヴェルンツ騎士団長は首を傾げました。彼らは交代制でユリエラの護衛を担当しており、この日はヴェルンツの番だったはずでした。

「オズマン?どうしたんだ。」
「ヴェルンツ、貴方に用はないわ。」

オズマン中尉はパピルスの前に立ち、敬礼をしています。

「パピルス魔法士団長、メロウト王が至急王宮へとの事です。」
「え?僕がですか?おかしいな…そんなはずは…。」
「ここは変わりに私とヴェルンツが見張っております。」
「分かりました。数分で戻ります。」

パピルスは、静かな呪文を唱え、瞬間移動の魔法を発動させました。空間が彼を包み込み、まるで風が彼を運んでいくかのように、彼の姿は消失していきました。

オズマン中尉がヴェルンツを小突くと、ヴェルンツは身をかがめ、床に手をついて魔法陣を展開しました。その瞬間、周囲に眩い光が放たれ、オズマンとヴェルンツ、それからユリエラはその場から消えてしまいました。光の中にいた彼女の姿が消えると、そのまま静寂が部屋に広がりました。

「なんとか成功しましたね。」
「危なかった。」

ユリエラは周囲を見回しました。そこは豪華な豪邸のようで、上品な執事や忙しそうなメイドたちが控えめに頭を下げていました。壁には絵画が掛かり、高い天井からはシャンデリアが輝いていました。ユリエラは、何らかの貴族の邸宅に違いないと思った。

「オズマンさん?ヴェルンツさん?いったいここはどこですか?」
「ここはハイドシュバルツ公爵家です。エルキース聖下のご命令でお連れしました。」
「エルキース聖下?」

奥から聞こえるコツコツという足音に耳を傾け、ユリエラはその方向を見た。そこにはキルエルの姿があったが、彼の雰囲気は何か違っていた。すぐに彼が別人であることに気付く。

「どうもどうも!転生者のユリエラさん。僕はエルキース・クラリアス。よろしくねー!」
「クラリアス!?キルエルの関係者ですか!?」
「う、うん??キルエル・クラリアスは僕の父だよ?」
「父!?」

ユリエラは目を見開いて驚いた。まさか、そこにいるのはキルエルの息子だとは思ってもみなかったのだ。その出会いに戸惑いを感じながらも、彼女の心には混乱が広がっていった。

―――息子って、そっか。クラリアスの血だから不老気味なのね。出会った頃のキルより少しだけ大きいような?でもなんだろう?…どうして…。

ユリエラの両目から涙がポロポロと溢れ出した。

「え…どうして…。」
「え?僕何かした?どうしたの?」
「わかりません…だけど…。」

ユリエラは知らない場所に連れてこられたというのに、エルキースを見た瞬間、謎の安堵感に包まれた。その感情に戸惑いながらも、彼女は自分自身も不思議に思っていた。

そして無意識に唇が勝手に言葉を紡いだ。

「会いたかった…。」

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