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第2章 クラウスと国家動乱
35 消失と捜索
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2章からは修正前通り、ハルシュタインが主体となります。題名にアリシアsideとなければ、基本ハルシュタイン目線です。
それに合わせて、人物の表記も少し変わります。
======================
クラウス=ハルシュタインは自宅の執務室で椅子に座り、腕を組んで困惑していた。
今日はレッツェル・・・もといアリシアが諜報員である事を突き付けた。
クラウスにはアリシアが諜報員だという確信があった。アリシアにもその理由を話したが、初日から軍の調査員と同レベルの報告書があがってきたのだ。書式は多少違っていたが、必要な情報がきちんと全て詰まっていた。不明点はちゃんと不明と明記までされていた。
素人でも軍と同レベルの報告書を書けるのか、というと勿論NOだ。素人なら概要だけ書いたり、逆に細かく書いたりと、偏りが生まれる。しかしアリシアの報告書は、正直調査部の新人よりよっぽど質が高かった。
初日の手紙に目を通し、さすがにおかしいと気付いて、アメリア=レッツェルを調査させた。最初の報告は新人だったせいか異常なし。そんなはずがない、もっと深く調べろ、とやり直しをかけて、年齢と勤め先が異なっている事が分かった。本来の勤め先を調べたら、本物のアメリア=レッツェルが実在していた。
しかしそれ以降何度調べても全くアリシアの素性が出てこない。調査部のベテランに調べさせても、やはり何も出てこなかった。これは異常だ。
(アリシアのバックはヴァールブルク文官長だと思ったんだが・・・)
ヴァールブルクは3人いる文官長の一人で、法律、教育、労働、戸籍を担当している。アリシアの素性が出てこないのは、ヴァールブルクが戸籍を弄ったからだと思っていた。
彼は魔王ギルベルトに非常に忠実な文官長だ。諜報員を王宮に送り込んでいたとしても、たいして害はない。むしろ彼の諜報員なら放置しておいた方が、国の為になる。
だからてっきりヴァールブルクの屋敷に向かうと思っていた。しかし。
(どうして反応が消失した・・・?)
組んでいる腕を軽く解いて、右手だけ口元に当てて考える。
今日アリシアに贈ったネックレスには魔術が掛けてある。アリシアには防御術だけ伝えたが、実はもう一つ、位置特定術も掛けていた。それが急に反応しなくなったのだ。
アリシアはとても慎重だ。情報提供の協力を願った時、クラウスの言動だけで尾行が付いていると気付いた。その後は尾行を意識した言動をしていた。これが実はなかなかに難しい。大抵は無意識に尾行の姿を探したり、逆に不自然な程視線を動かさなくなる。言葉にもそれとなく不自然さが出るものだ。しかし彼女は自然体をあっさりやってのけた。この点も諜報員だろうと推測する根拠になった。
そんなアリシアの性格を考えれば、王宮から姿を消すだろう事は予想できた。だからネックレスに位置特定術も掛けておいた。
クラウスの目の前、執務机の上には王都の地図を広げている。こちらにも魔術が掛けてあり、アリシアのネックレスと連動するようになっている。術を放てば、アリシアがいる場所に小さい灯りが灯るのだが。
アリシアはこの屋敷を出た後王宮へと向かっていたが、その途中で30分ほど立ち止まっていた。初めは何をしているのかと不審に思った。先ほどのように泣いてるのかもしれないと思い至ると、居ても立っても居られず様子を見に行こうかとも思った。しかしそうすれば位置特定術を知られ、ネックレスを投棄されるかもしれない。クラウスは手を握り締めて思いとどまった。
そして再び動いたと思ったら、少し寄り道をして王宮へと戻り、しばらく王宮に留まっていた。日暮れの時間帯になると再び動き始めたので、やはり予想していた通り王宮を出るのだと、クラウスはやりかけの仕事を途中で止めてずっと注視していた。そして城近くの公園で、突然反応が消えたのだった。
アリシアが王宮を出るまでは、持ち帰った仕事の合間にチラチラと確認していた。その為気が逸れて術の効果が切れたのかと思った。しかし術をやり直しても反応がない。もしかして誤作動で位置がずれたのかと思い、王都全体に術を広げたが反応しない。それならばと、クラウスのほぼ全ての魔力を使って、アリオカル大陸の半分ほど探索を掛けたが、やはり反応はなかった。
魔力欠乏は失神を引き起こす。そのギリギリ瀬戸際のところまで魔力を使ったため、クラウスはソファに沈み込んで暫くの間起き上がることが出来なかった。
時間と共に魔力がジワリジワリと回復し、起き上がれるようになったところで、従僕を呼んで紅茶とお菓子を持ってこさせた。そのお菓子だけ執務机に運び、アリシアの前では見せなかった乱雑な仕草で、ポイポイと一度に何個も口の中にお菓子を放ってはモリモリ食べていく。お菓子で脳に糖分補給し、多少頭が回るようになってから、腕を組んで考え込んでいたのだった。
しかし考えれば考えるほど理由が分からず、クラウスはただ困惑するしかない。
(場所特定は一旦止めだ)
アリオカル大陸の半分まで探査をかけて反応しないのなら、何度やっても時間と魔力と労力の無駄だ。クラウスは頭を切り替え、消失した原因を探ることにした。原因が分かれば、探すべき方角も分かるかもしれない。
クラウスはまず、すぐに思いつく可能性について考察する。
(グリーンガーネットが魔力反応を見せない程粉々になった)
これはまずありえない。ガーネットは魔力耐性が高い。1cmもあるグリーンガーネットを粉々にするには、そこそこの魔力量を必要とする。王宮近くでそんな事をしては、必ず警備隊の網に引っかかるし、魔術の天才でもあるギルベルトなら必ず気付く。クラウスが気付けなかったとしても、ギルベルトからブリフィタで『調べてこい』と緊急の連絡が来るはずだ。警備隊の方でも、万が一対処出来ない程の術者であった場合に備え、軍へ協力要請が飛んでくる。しかし今のところ、そのいずれも来ていない。
(ただ砕いただけなら小さい反応くらいはあるはず。そもそも俺の防御術を突破するには、将軍クラスの魔力量とコントロールがないと不可能だ。その前に防御術の突破の時点で、術者の俺が気付く)
唯一ギルベルトならそれも可能かもしれないが、彼がそんな事をする理由もない。ネックレスを見ればクラウスの術だと気付くだろう。いつもクラウスを揶揄ってニヤついているふざけた魔王であっても、クラウスの最強防御術が付与されたネックレスをイタズラに粉砕するような男ではない。
という事は、ネックレスが破壊された可能性は低い。
クラウスは次の可能性を挙げる。
(魔術の発動を抑える魔道具・・・)
これはあり得るかもしれない。しかし。
(あの位置特定術は、ギルベルトレベルの術者じゃないと気付かないはずなんだが・・・)
あのネックレスに掛けた位置特定術は、自らは何も発信しない。クラウスが術を放って、初めて反応する。それほど微弱な術であり、更に防御術を隠れ蓑にしている。ほぼ気付かれないだろうと踏んでいたのだが。
(この可能性は一旦保留)
ふむ、と再び腕を組んで、次に移る。
(・・・ネックレスが突然消失した・・・異空間に飛んだか?)
うーんと頭を捻る。しかしこれもないだろう。そもそも真面目な話、異空間の存在が確認されたなんて話は聞かない。絵物語にしか出てこない、あまりにもぶっ飛んだ発想だ。
(阿呆か俺は。次)
クラウスは頭を振って、今の発想を頭から追い払う。
(神隠しにあった・・・もないか)
ギルベルトから聞いた小話だ。魔神エルトナの話では、別の世界では神隠しという人が突然消える現象が起こるという。しかしこの世界では条件が合えば神域で互いに語らえるほど、神と人が近い。そして神も創造神、人類神、魔神、精霊神の4柱しか存在しない。悪さをする神がいないのだから、起こり得ないらしい。
(なら、その4柱のいずれかの神が何かしたか?)
うーん、と可能性を考える。しかしそれも無いだろう。
魔国ティナドランの王宮は神域に建っている。そしてそこから通じる神は魔神エルトナのみ。魔神エルトナが干渉を拒んでいるため、他の神は寄り付けないそうだ。
そもそもギルベルトから聞いている魔神エルトナは、魔人に直接何かをするようなタイプではない。真っ先にギルベルトへ話をするだろう。
(・・・いや、待てよ。唯一この世に顕現しているという精霊神ならあり得るか・・・?)
こればかりはクラウスにも分からない。しかしわざわざ精霊神が魔国ティナドランの王都で、魔人を一人消すなんてことがあるだろうか。そんな事をするくらいなら、将軍であるクラウスやアレクシスをまず消すだろう。ギルベルトも消される候補としては順位が高いに違いない。
(・・・なんだよ消される候補の順位が高いって)
妙な発想をしたと、クラウスは自分に突っ込んだ。神が個人を消すという事は起こりえないと魔神エルトナが言っていたなら、この線もないだろう。
クラウスは小さく息をついて椅子の背もたれにより掛かった。
中々しっくりくる可能性が思い浮かばない。まだ糖分が足りないのかと、クラウスは執務机の上に置いた皿から、再びポイポイとお菓子を口に放り込んだ。
「うーん」
唸りながら、立ち上がってローテーブルの上のティーカップを手に取り、立ったまま温くなった紅茶を一気飲みする。空になったティーカップにポットから紅茶を追加して、両方そのまま執務机まで持って行って座る。ローテーブルにはティーカップのソーサーが取り残されているが、正直クラウスは何のためについてるのか知らないし興味もない。今は室内に一人なのだから、作法なんてどうでもいいのだ。
(・・・アリシアなら知ってるだろうな)
ソーサーについて今度聞いてみるか、とどうでもいい事を考える。きっと呆れを隠しつつ、淡々と教えてくれるだろう。
その様を想像したクラウスは、ククッと笑った。そして我に返る。
(・・・会える算段もついてないのに、何考えてるんだ)
はあ、と自分に呆れのため息をついた。
「次」
声に出して、頭の中を切り替える。
(消失、消失・・・そうだな。・・・・・・・・・いや、あり得るのか?)
ふと浮かんだ可能性に、クラウスは疑問を呈する。
(魔術は想像力次第だが・・・術を何回重ねれば可能になるのか)
はたして人が魔術で瞬時に別の場所へ転移することは可能なのだろうか。
(重ね掛けした魔道具をいくつも用意して、順に発動すれば可能性としてはあり得るが・・・)
しかし魔術の天才と言われたギルベルトからも、そんな話は聞いたことがない。
「・・・・・・」
クラウスは考えを巡らす中で、ふと思いついた。椅子から立ち上がって窓を開ける。
「ハンナ」
言葉に魔力を乗せると、どこからともなく灰色のブリフィタが飛んできて、差し出したクラウスの腕に留まった。
窓は開けたまま、ハンナを執務机の上に移動させる。
「ハンナ、アリシアの・・・レッツェルのいる方角を向け」
アリシアを登録した際の名前はアメリア=レッツェルだったことを思い出して言い直す。
魔力の籠もった言葉に応じて、ハンナはくるりと向きを変えた。
(・・・やはり、分かるのか)
ブリフィタは魔力登録した魔人がどこにいても、その魔力を辿って飛んでくる。手紙の届け先が遠距離の場合は、多めに魔力を渡してやれば転移する。魔神エルトナにそう創られているのだ。
(ということは、転移も理論上は可能というわけか)
うーむ、とハンナを見ながら唸る。
「ハンナ、そのまま少し待て」
そう命じると、クラウスは本棚から世界地図を取り、執務机の上の王都の地図の上に広げた。執務机の引き出しから方位磁石を手に取ると、地図の向きを調整する。
「よし。ハンナ、ここに立て」
地図の王都を指して指示すると。ピョコピョコと歩いて移動する。
「ハンナ。その場でもう一度レッツェルがいる方角を向け」
続けて命じると、再び同じ方角へくるりと向いた。
クラウスはその方角に定規を当て、地図上に線を引く。多少のズレがあっても、今は大体の方角が分かれば良い。
「・・・なるほど」
ハンナは北東方面を向いた。つまりその方向にアリシアが居るということだ。
「ハンナ、付き合わせた。オヤツをやるから楽な場所で待ってろ」
クラウスがハンナを労うと、嬉しそうに「クゥ!」と鳴いて窓辺に留まった。ブリフィタ用のオヤツ、果物を魔術で乾燥させて砕いたものを棚から取り、小皿に乗せてハンナに差し出す。
「いつも通り、ゆっくり食べていけ」
夢中で啄むハンナを少しの間眺めると、クラウスは執務机の上の地図へ目をやる。
(しかし、あの方角か・・・面倒で後回しにしてきたが、近い内に俺かアレクシスがやるべき仕事だしな)
クラウスはため息をついた。これも必要なことだと、やるべき事を頭の中にピックアップしていく。
聞こえてきたハンナの羽ばたき音に、クラウスは窓を閉めようと顔を向ける。そして目に入ってきた夜景に、その場を動かずしばし眺めた。まさに今の自分のような景色だと思ったのだ。暗闇が支配するこの時間と同様、今のクラウスに見通しは全くない。ただ、ハンナが指し示した北東方面というのみだ。
クラウスがアリシアに諜報員だと突き付けた事によって、彼女は去った。去るだろう事は予測していた。だからこそ探しだす手段も用意していたのだが、まさか反応しなくなるとは想定していなかった。これはクラウスのミスだ。二重三重に策を用意しておくべきだった。
(それでも突き付けた事に後悔は・・・してないな)
自分の心と向き合い、クラウスはそう判じる。
アリシアはクラウスと接する際、常に一線を引いていた。初めはガードが堅いのだと思っていた。しかしアリシアが諜報員である事に気付いてからは、彼女が引いている一線はそれに起因していると確信した。
クラウスがアリシアの心を手に入れる為には、その一線を取り除かなければならない。真実を突き付けなければ、彼女の心はきっと動かない。いや、心が動いたとしても、理性で押さえつけてしまう。ならば例え一時的に逃げられたとしても、手に入れる為にはそれしかないと思った。
「明日またギルベルトのとこに行くか」
クラウスは将軍だ。勝手に王都を離れるわけにはいかない。北東方面に行くならギルベルトに許可を得る必要がある。
明日、クラウスが登城した事を知ったギルベルトがどんな反応をするか、嫌でも想像してしまう。きっと何か言われる。楽しそうにニヤニヤとクラウスを見てくるに違いない。長い付き合いのクラウスには、ギルベルトの反応なんて手に取るように分かる。
クラウスは小さく「クソ」と言って半目になって窓を閉めた。
それに合わせて、人物の表記も少し変わります。
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クラウス=ハルシュタインは自宅の執務室で椅子に座り、腕を組んで困惑していた。
今日はレッツェル・・・もといアリシアが諜報員である事を突き付けた。
クラウスにはアリシアが諜報員だという確信があった。アリシアにもその理由を話したが、初日から軍の調査員と同レベルの報告書があがってきたのだ。書式は多少違っていたが、必要な情報がきちんと全て詰まっていた。不明点はちゃんと不明と明記までされていた。
素人でも軍と同レベルの報告書を書けるのか、というと勿論NOだ。素人なら概要だけ書いたり、逆に細かく書いたりと、偏りが生まれる。しかしアリシアの報告書は、正直調査部の新人よりよっぽど質が高かった。
初日の手紙に目を通し、さすがにおかしいと気付いて、アメリア=レッツェルを調査させた。最初の報告は新人だったせいか異常なし。そんなはずがない、もっと深く調べろ、とやり直しをかけて、年齢と勤め先が異なっている事が分かった。本来の勤め先を調べたら、本物のアメリア=レッツェルが実在していた。
しかしそれ以降何度調べても全くアリシアの素性が出てこない。調査部のベテランに調べさせても、やはり何も出てこなかった。これは異常だ。
(アリシアのバックはヴァールブルク文官長だと思ったんだが・・・)
ヴァールブルクは3人いる文官長の一人で、法律、教育、労働、戸籍を担当している。アリシアの素性が出てこないのは、ヴァールブルクが戸籍を弄ったからだと思っていた。
彼は魔王ギルベルトに非常に忠実な文官長だ。諜報員を王宮に送り込んでいたとしても、たいして害はない。むしろ彼の諜報員なら放置しておいた方が、国の為になる。
だからてっきりヴァールブルクの屋敷に向かうと思っていた。しかし。
(どうして反応が消失した・・・?)
組んでいる腕を軽く解いて、右手だけ口元に当てて考える。
今日アリシアに贈ったネックレスには魔術が掛けてある。アリシアには防御術だけ伝えたが、実はもう一つ、位置特定術も掛けていた。それが急に反応しなくなったのだ。
アリシアはとても慎重だ。情報提供の協力を願った時、クラウスの言動だけで尾行が付いていると気付いた。その後は尾行を意識した言動をしていた。これが実はなかなかに難しい。大抵は無意識に尾行の姿を探したり、逆に不自然な程視線を動かさなくなる。言葉にもそれとなく不自然さが出るものだ。しかし彼女は自然体をあっさりやってのけた。この点も諜報員だろうと推測する根拠になった。
そんなアリシアの性格を考えれば、王宮から姿を消すだろう事は予想できた。だからネックレスに位置特定術も掛けておいた。
クラウスの目の前、執務机の上には王都の地図を広げている。こちらにも魔術が掛けてあり、アリシアのネックレスと連動するようになっている。術を放てば、アリシアがいる場所に小さい灯りが灯るのだが。
アリシアはこの屋敷を出た後王宮へと向かっていたが、その途中で30分ほど立ち止まっていた。初めは何をしているのかと不審に思った。先ほどのように泣いてるのかもしれないと思い至ると、居ても立っても居られず様子を見に行こうかとも思った。しかしそうすれば位置特定術を知られ、ネックレスを投棄されるかもしれない。クラウスは手を握り締めて思いとどまった。
そして再び動いたと思ったら、少し寄り道をして王宮へと戻り、しばらく王宮に留まっていた。日暮れの時間帯になると再び動き始めたので、やはり予想していた通り王宮を出るのだと、クラウスはやりかけの仕事を途中で止めてずっと注視していた。そして城近くの公園で、突然反応が消えたのだった。
アリシアが王宮を出るまでは、持ち帰った仕事の合間にチラチラと確認していた。その為気が逸れて術の効果が切れたのかと思った。しかし術をやり直しても反応がない。もしかして誤作動で位置がずれたのかと思い、王都全体に術を広げたが反応しない。それならばと、クラウスのほぼ全ての魔力を使って、アリオカル大陸の半分ほど探索を掛けたが、やはり反応はなかった。
魔力欠乏は失神を引き起こす。そのギリギリ瀬戸際のところまで魔力を使ったため、クラウスはソファに沈み込んで暫くの間起き上がることが出来なかった。
時間と共に魔力がジワリジワリと回復し、起き上がれるようになったところで、従僕を呼んで紅茶とお菓子を持ってこさせた。そのお菓子だけ執務机に運び、アリシアの前では見せなかった乱雑な仕草で、ポイポイと一度に何個も口の中にお菓子を放ってはモリモリ食べていく。お菓子で脳に糖分補給し、多少頭が回るようになってから、腕を組んで考え込んでいたのだった。
しかし考えれば考えるほど理由が分からず、クラウスはただ困惑するしかない。
(場所特定は一旦止めだ)
アリオカル大陸の半分まで探査をかけて反応しないのなら、何度やっても時間と魔力と労力の無駄だ。クラウスは頭を切り替え、消失した原因を探ることにした。原因が分かれば、探すべき方角も分かるかもしれない。
クラウスはまず、すぐに思いつく可能性について考察する。
(グリーンガーネットが魔力反応を見せない程粉々になった)
これはまずありえない。ガーネットは魔力耐性が高い。1cmもあるグリーンガーネットを粉々にするには、そこそこの魔力量を必要とする。王宮近くでそんな事をしては、必ず警備隊の網に引っかかるし、魔術の天才でもあるギルベルトなら必ず気付く。クラウスが気付けなかったとしても、ギルベルトからブリフィタで『調べてこい』と緊急の連絡が来るはずだ。警備隊の方でも、万が一対処出来ない程の術者であった場合に備え、軍へ協力要請が飛んでくる。しかし今のところ、そのいずれも来ていない。
(ただ砕いただけなら小さい反応くらいはあるはず。そもそも俺の防御術を突破するには、将軍クラスの魔力量とコントロールがないと不可能だ。その前に防御術の突破の時点で、術者の俺が気付く)
唯一ギルベルトならそれも可能かもしれないが、彼がそんな事をする理由もない。ネックレスを見ればクラウスの術だと気付くだろう。いつもクラウスを揶揄ってニヤついているふざけた魔王であっても、クラウスの最強防御術が付与されたネックレスをイタズラに粉砕するような男ではない。
という事は、ネックレスが破壊された可能性は低い。
クラウスは次の可能性を挙げる。
(魔術の発動を抑える魔道具・・・)
これはあり得るかもしれない。しかし。
(あの位置特定術は、ギルベルトレベルの術者じゃないと気付かないはずなんだが・・・)
あのネックレスに掛けた位置特定術は、自らは何も発信しない。クラウスが術を放って、初めて反応する。それほど微弱な術であり、更に防御術を隠れ蓑にしている。ほぼ気付かれないだろうと踏んでいたのだが。
(この可能性は一旦保留)
ふむ、と再び腕を組んで、次に移る。
(・・・ネックレスが突然消失した・・・異空間に飛んだか?)
うーんと頭を捻る。しかしこれもないだろう。そもそも真面目な話、異空間の存在が確認されたなんて話は聞かない。絵物語にしか出てこない、あまりにもぶっ飛んだ発想だ。
(阿呆か俺は。次)
クラウスは頭を振って、今の発想を頭から追い払う。
(神隠しにあった・・・もないか)
ギルベルトから聞いた小話だ。魔神エルトナの話では、別の世界では神隠しという人が突然消える現象が起こるという。しかしこの世界では条件が合えば神域で互いに語らえるほど、神と人が近い。そして神も創造神、人類神、魔神、精霊神の4柱しか存在しない。悪さをする神がいないのだから、起こり得ないらしい。
(なら、その4柱のいずれかの神が何かしたか?)
うーん、と可能性を考える。しかしそれも無いだろう。
魔国ティナドランの王宮は神域に建っている。そしてそこから通じる神は魔神エルトナのみ。魔神エルトナが干渉を拒んでいるため、他の神は寄り付けないそうだ。
そもそもギルベルトから聞いている魔神エルトナは、魔人に直接何かをするようなタイプではない。真っ先にギルベルトへ話をするだろう。
(・・・いや、待てよ。唯一この世に顕現しているという精霊神ならあり得るか・・・?)
こればかりはクラウスにも分からない。しかしわざわざ精霊神が魔国ティナドランの王都で、魔人を一人消すなんてことがあるだろうか。そんな事をするくらいなら、将軍であるクラウスやアレクシスをまず消すだろう。ギルベルトも消される候補としては順位が高いに違いない。
(・・・なんだよ消される候補の順位が高いって)
妙な発想をしたと、クラウスは自分に突っ込んだ。神が個人を消すという事は起こりえないと魔神エルトナが言っていたなら、この線もないだろう。
クラウスは小さく息をついて椅子の背もたれにより掛かった。
中々しっくりくる可能性が思い浮かばない。まだ糖分が足りないのかと、クラウスは執務机の上に置いた皿から、再びポイポイとお菓子を口に放り込んだ。
「うーん」
唸りながら、立ち上がってローテーブルの上のティーカップを手に取り、立ったまま温くなった紅茶を一気飲みする。空になったティーカップにポットから紅茶を追加して、両方そのまま執務机まで持って行って座る。ローテーブルにはティーカップのソーサーが取り残されているが、正直クラウスは何のためについてるのか知らないし興味もない。今は室内に一人なのだから、作法なんてどうでもいいのだ。
(・・・アリシアなら知ってるだろうな)
ソーサーについて今度聞いてみるか、とどうでもいい事を考える。きっと呆れを隠しつつ、淡々と教えてくれるだろう。
その様を想像したクラウスは、ククッと笑った。そして我に返る。
(・・・会える算段もついてないのに、何考えてるんだ)
はあ、と自分に呆れのため息をついた。
「次」
声に出して、頭の中を切り替える。
(消失、消失・・・そうだな。・・・・・・・・・いや、あり得るのか?)
ふと浮かんだ可能性に、クラウスは疑問を呈する。
(魔術は想像力次第だが・・・術を何回重ねれば可能になるのか)
はたして人が魔術で瞬時に別の場所へ転移することは可能なのだろうか。
(重ね掛けした魔道具をいくつも用意して、順に発動すれば可能性としてはあり得るが・・・)
しかし魔術の天才と言われたギルベルトからも、そんな話は聞いたことがない。
「・・・・・・」
クラウスは考えを巡らす中で、ふと思いついた。椅子から立ち上がって窓を開ける。
「ハンナ」
言葉に魔力を乗せると、どこからともなく灰色のブリフィタが飛んできて、差し出したクラウスの腕に留まった。
窓は開けたまま、ハンナを執務机の上に移動させる。
「ハンナ、アリシアの・・・レッツェルのいる方角を向け」
アリシアを登録した際の名前はアメリア=レッツェルだったことを思い出して言い直す。
魔力の籠もった言葉に応じて、ハンナはくるりと向きを変えた。
(・・・やはり、分かるのか)
ブリフィタは魔力登録した魔人がどこにいても、その魔力を辿って飛んでくる。手紙の届け先が遠距離の場合は、多めに魔力を渡してやれば転移する。魔神エルトナにそう創られているのだ。
(ということは、転移も理論上は可能というわけか)
うーむ、とハンナを見ながら唸る。
「ハンナ、そのまま少し待て」
そう命じると、クラウスは本棚から世界地図を取り、執務机の上の王都の地図の上に広げた。執務机の引き出しから方位磁石を手に取ると、地図の向きを調整する。
「よし。ハンナ、ここに立て」
地図の王都を指して指示すると。ピョコピョコと歩いて移動する。
「ハンナ。その場でもう一度レッツェルがいる方角を向け」
続けて命じると、再び同じ方角へくるりと向いた。
クラウスはその方角に定規を当て、地図上に線を引く。多少のズレがあっても、今は大体の方角が分かれば良い。
「・・・なるほど」
ハンナは北東方面を向いた。つまりその方向にアリシアが居るということだ。
「ハンナ、付き合わせた。オヤツをやるから楽な場所で待ってろ」
クラウスがハンナを労うと、嬉しそうに「クゥ!」と鳴いて窓辺に留まった。ブリフィタ用のオヤツ、果物を魔術で乾燥させて砕いたものを棚から取り、小皿に乗せてハンナに差し出す。
「いつも通り、ゆっくり食べていけ」
夢中で啄むハンナを少しの間眺めると、クラウスは執務机の上の地図へ目をやる。
(しかし、あの方角か・・・面倒で後回しにしてきたが、近い内に俺かアレクシスがやるべき仕事だしな)
クラウスはため息をついた。これも必要なことだと、やるべき事を頭の中にピックアップしていく。
聞こえてきたハンナの羽ばたき音に、クラウスは窓を閉めようと顔を向ける。そして目に入ってきた夜景に、その場を動かずしばし眺めた。まさに今の自分のような景色だと思ったのだ。暗闇が支配するこの時間と同様、今のクラウスに見通しは全くない。ただ、ハンナが指し示した北東方面というのみだ。
クラウスがアリシアに諜報員だと突き付けた事によって、彼女は去った。去るだろう事は予測していた。だからこそ探しだす手段も用意していたのだが、まさか反応しなくなるとは想定していなかった。これはクラウスのミスだ。二重三重に策を用意しておくべきだった。
(それでも突き付けた事に後悔は・・・してないな)
自分の心と向き合い、クラウスはそう判じる。
アリシアはクラウスと接する際、常に一線を引いていた。初めはガードが堅いのだと思っていた。しかしアリシアが諜報員である事に気付いてからは、彼女が引いている一線はそれに起因していると確信した。
クラウスがアリシアの心を手に入れる為には、その一線を取り除かなければならない。真実を突き付けなければ、彼女の心はきっと動かない。いや、心が動いたとしても、理性で押さえつけてしまう。ならば例え一時的に逃げられたとしても、手に入れる為にはそれしかないと思った。
「明日またギルベルトのとこに行くか」
クラウスは将軍だ。勝手に王都を離れるわけにはいかない。北東方面に行くならギルベルトに許可を得る必要がある。
明日、クラウスが登城した事を知ったギルベルトがどんな反応をするか、嫌でも想像してしまう。きっと何か言われる。楽しそうにニヤニヤとクラウスを見てくるに違いない。長い付き合いのクラウスには、ギルベルトの反応なんて手に取るように分かる。
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