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第2章 クラウスと国家動乱
44 新しい街
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ギルベルトの執務室に着くと、執務机の前のソファセットにそれぞれ座る。謁見室を出る時に侍従に伝えておいたので、すぐにパーラーが二人来た。
一人は紅茶、一人はお菓子や食器の準備をしている。
クラウスは紅茶をそれぞれの前に置いていくパーラー、リーゼ=ヒュフナーに笑みを浮かべた。
「ヒュフナー。上級へ昇格したと聞いた。おめでとう」
リーゼはクラウスの声に顔を上げると、嬉しそうな笑みを浮かべた。
「ありがとうございます」
礼を口にしたリーゼは『レッツェルのおかげです』と言いたげにクラウスへ視線を向けている。クラウスは小さく頷いた。
クラウスが脱走兵の報告書を持って登城した日、ギルベルトから聞いたのだ。『やっと上級パーラーがでた』と。
「ああ・・・そうだな。後で良い。ここに居る人数分コーヒーを持ってきてくれ」
クラウスの言葉を聞いて飲みたくなったのだろう。ギルベルトがリーゼに声を掛けると、彼女は「かしこまりました」と嬉しそうな声を上げた。
パーラー二人が出ていくと、ギルベルトは侍従も下がらせた。そしてクラウスを見てニヤニヤとしている。
「・・・なんだ」
この顔はからかいに来ている。クラウスはジト目でギルベルトへ視線を返した。
「機嫌良さそうだと思ってな。お前の想い人でも思い出していたか」
ギルベルトもアリシアの事情を知っているので、上級パーラーがでたと聞いた時に、アリシアがリーゼにコーヒーの知識を教えた事を伝えたのだ。「また別の礼をしなければな」と言っていたのだが。
「・・・」
確かに思い出してはいた。しかしイチイチ言及する必要はないだろう。
クラウスは言い返そうと口を開きかけたが、ギルベルトの隣から声が上がった。
「王よ。想い人ということは、この女殺しという物騒な称号を得ている男に、ついに春が来たと?」
「いや待てなんだその称号は」
トラウトナーが人聞き悪い事を言うので、クラウスはジト目を彼女にも向ける。
トラウトナーもクラウスが小さい頃に王宮でよく顔を合わせていた。当時から文官長であり、ギルベルトの父ディートリヒを訪ねてきていた。その帰りにギルベルトの顔を見に来て、クラウスもよく話をしていた。そのためお互いに遠慮がない。
「そうだ。春が久しぶり過ぎて、若干頭が湧いてるがな」
「・・・うるさい」
ギルベルトには遠慮なくジロリと睨む。クラウスの向かいに座る二人はニマニマとクラウスを見ていた。
「それより、何か話があるんだろ」
ギルベルトはクラウスの言葉にフッと息を吐くように笑った。
「そろそろ本題に入るか。トラウトナー文官長、食べながらでいいぞ。ヤンカー将軍も気楽にして良い」
ギルベルトの言葉にトラウトナーは喜色を浮かべて「さすが王!」と呟いている。ヤンカーはホッと息を付いた。
「謁見室でも伝えたが、人類連合と取り決めを行うことになった。そのために会議の場所を決めねばならん。だが人類連合側の国では難しい。こちらから侵略戦争を仕掛けていたから、人類連合のいずれの国も魔人を招き入れる事に拒絶感がある。こちらとしても暗殺の可能性があるから行かせたくない。何かあればまた戦争に逆戻りだしな。だから魔国ティナドランに招くことになった。だがうちでも戦争が終わったすぐ後に王都に招いては、同じ事が起きかねん。さっきの阿呆二人のようなやつも居るからな。だから新しく迎賓館を中心とした小さな街を建てようと思っている。ちょうど戦線近くは何も無い。都合がいい事に、脱走兵があのあたりに居る。脱走の罰を与えねばならんが、2千人を越える兵一人ひとりに罰を与えるのも時間がかかるし面倒だ。罰代わりにそいつらを使って、街を一つ作る」
一石二鳥だな、とクラウスは納得する。小さいと言えども街と迎賓館を作るのだから、それなりの労力が必要とされる。その労力を何処から出すかが問題になるのだが、今回は脱走兵がいる。脱走兵は本来死刑か重罪に処されるのだから、随分と軽い処罰だ。
トラウトナーも目を細め、面白そうに「ほう」と呟いている。
「建物や街の設計はトラウトナー文官長が取り仕切れ。そして脱走兵の指揮はヤンカー将軍に任せよう」
クラウスの隣でお菓子を食べていたヤンカーは油断していたのだろう。名前を呼ばれて「ほふ!?」と大きな声を出した。
「ヤンカー将軍の能力は充分に理解している。あのヴュンシュマンを抑え込んでいたんだからな。その上で実質軍を動かしていた。しかしそれを知っている者は少ない。だから今回の件で実績を得てもらう」
「なんと・・・!ご配慮誠にありがとうございます。喜んでお引き受けいたします」
気楽にして良いとは言っていたが、魔王を前に奇声を上げておきながら、何事もなかったかのように平然と応えたヤンカーに、クラウスは笑いそうになる。笑いを抑え込むために別の事を考えようと視線を動かすと、トラウトナーが既に口元を押さえて震えていた。
「今後は軍縮に動くだろう。そうなるとヤンカー将軍は戦績という分かりやすい成果を得られん。今日のあの阿呆共よりよっぽど優秀なのだがな。何かあればうるさく言うことがあるだろう。脱走兵の大半はあの阿呆共の兵だ。それを取りまとめれば何も言えなくなる」
クラウスはトラウトナーから窓の外へ視線を向ける。見ていたらクラウスも笑いそうだ。
「脱走兵はハルシュタイン将軍が調査で接触している。最初はハルシュタイン将軍を介した方が早いだろう」
そう言ってギルベルトがクラウスへ視線を向ける。しかしクラウスは窓の外を見たまま顔を向けないので、ギルベルトは眉を寄せた。
「おい。聞いてるのか」
「ちゃんと聞いてる」
今のギルベルトの言葉で笑いの衝動をやり過ごしたクラウスは、顔をギルベルトへと戻した。
「脱走兵は各地の代表者を決めて、ブリフィタの登録をしてきた。西の方に第4軍の五百人隊長だったバルツァーという兵士がいる。バルツァーに脱走兵を回収しながら東へ移動するように伝える。東側は第2軍の千人隊長シーラッハに任せる。双方の合流地点で待機するように、先に手紙で知らせておく」
クラウスの言葉にギルベルトは頷いた。
「王よ。人類連合との会議はいつ行われる予定なんだ?」
トラウトナーがティーカップを置きながら尋ねる。
「まだ詳細は決めていない。1ヶ月から2ヶ月程先になるだろう。終戦というだけでやる事は多い。そこに追加して協議のための準備が必要になるからな」
「なるほど」
ふむ、とトラウトナーが考え込んだ時、ドアがノックされ、
「コーヒーをお持ちしました」と声が聞こえた。
「来たか。入れ」
ギルベルトが何処となく機嫌良さそうに呟くと、入室を許可した。すぐにドアが開き、リーゼがカートを押して入ってくる。入口近くでカートを止めると、ポットからコーヒーをカップに注いでいく。それぞれの前に置くと、「失礼いたします」と礼をして、カートを押して退室した。
その一連の動きを見ていたトラウトナーが笑みを浮かべた。
「また王宮でコーヒーが飲めるとは」
そう言いながらコーヒーをストレートで飲む。「うん。うまいな」と呟いた。
ヤンカーはミルクと砂糖を入れてかき混ぜている。ギルベルトに声をかけられるまで焼き菓子を食べまくっていたので、甘党なのか、とクラウスもコーヒーを飲みながら隣を眺めた。
「淹れたのは先程のヒュフナーだろう?どこで習ったのか・・・随分と上手だな」
トラウトナーは何度か口に運ぶと、そう言いながらカップの中を見つめている。
「ああ、例の娘のお陰でな」
「例の娘?」
ギルベルトの言葉に、トラウトナーは横を見てはて?と首を傾げる。ギルベルトはトラウトナーに視線を送ると、ニヤニヤとクラウスを見やった。トラウトナーもクラウスの顔を見て、ああ、と声を上げた。
「なるほど。女性との噂も無く告白もひたすら断り続けた結果、同性愛の可能性が囁かれデーべライナー副将との関係を疑われていた、あの、ハルシュタイン将軍の想う娘が、ヒュフナーに教えたと言うことか」
「やめろ!どこで流れてるんだその噂は!」
クラウスは思わずガチャッと音を立ててコーヒーカップを置き、腕をさする。全身鳥肌が凄い。信頼している副将ではあるが、そんな風に考えたこともない。クラウスの恋愛対象は女だ。デーべライナーを思い出し、気色悪さで顔が青ざめる。
ギルベルトはそんなクラウスの反応を見て、クックックッと下を向いて笑った。
「娘の話は正解だ。だがその噂は俺も知らん。詳しく教えてくれ」
「これは城下で」
「教えなくて良い。さっきの話の続きをしろ」
クラウスがトラウトナーの言葉を遮る。この二人が本人の前で噂話をするのは完全にクラウスの反応を見たいからだ。それだけでも悪趣味だというのに、事実無根な気色悪い話を聞かされるクラウスの気持ちも少しは考えて欲しい。
「空気を読まないヤツだな」
そんな空気は読みたくない。ギロリと殺気を交えて睨みつけると、ギルベルトは肩をすくめた。トラウトナーも苦笑している。
「仕方ない奴だ」
ギルベルトは席を立って書棚に向かい、折りたたまれた地図を持ってくる。ソファに座ると、地図を広げて手に持った。テーブルの上はティーカップとコーヒーカップ、お菓子が数種類置かれているため、スペースがないのだ。
「今後の話し合いで正式に国境を決めることになる。戦線がそのまま国境線になるとは思うが、それも協議次第だな。だからあまり戦線近くには建てられない。大体この近辺なら問題は出ないだろう。現地に行ってみて、条件の良い場所でいい」
言いながら、ギルベルトは地図を指差す。
「脱走兵は脱走の刑罰を兼ねているから、体力も魔力も毎日限界まで使って良い。全員肉体労働を担当させろ。トラウトナー文官長。二千人をフル稼働で使って、どのくらいの期間で完成できる?」
トラウトナーは視線を上へ上げて暫し考え込んでから口を開いた。
「迎賓館はもちろん、離宮も必要。しかし設計をゼロからしていたら到底間に合わない。古都エルントスの以前の王宮と離宮の設計図ならある。ほぼ同じもので良ければすぐに建築に取りかかれる。迎賓館には昔の離宮を、離宮には昔の王宮の設計図を使用してもいいだろうか?多少は設計を変えるが」
「構わん。内容が整っているのであれば、形に拘りは無い」
トラウトナーは頷いて続ける。
「今後を考えると、新しい街は地理的にも人類連合との流通の拠点になるだろう。であれば、今から屋敷や宿屋も考えておかないとな。街全体の設計は同時進行でも行えるが、屋敷や宿屋も過去に設計されたものを流用して・・・ギリギリひと月というところか」
「分かった。もし人手が足りない場合や一ヶ月後に間に合わない場合は、王都からも兵士を出そう。だが脱走兵と同じ作業はやらせるな。あれは罰だからな。人類連合との会議は一ヶ月と少し後になるように調整する」
ギルベルトの言葉に再び頷くと、トラウトナーはうーんと唸る。
「すぐに取り掛からないと間に合わない。明日は過去の設計図を集めて街の青写真を作りたい。部下や建築士達も連れて行かないとな。現地で設計をするならそれなりに物資も必要。となれば、私は3日後に出発するとしよう」
それまで静かにコーヒーとお菓子を交互に口に入れていたヤンカーも、手を止めて口を開く。
「承知しました。では私は明日の午後に出発します。先に建設地の調査をしておいた方が良いでしょう」
「おお!ヤンカー将軍、それはとても助かる!軍の機動力は我々より格段に高いからな!」
目を輝かせて言うトラウトナーに、クラウスはククッと笑う。
「その調査には、今現在住み着いている脱走兵達からの情報もあった方が早く進むだろう。私はこの後準備出来次第、現地に向かう。その前に手紙を送って、移動しつつ簡単な前調査を命じておく。ヤンカー将軍が到着するまである程度脱走兵も編成しておこう」
クラウスはコーヒーを飲み干して立ち上がると、許可を求めてギルベルトへ顔を向ける。
「いいぞ。行って来い」
「ハルシュタイン将軍も助かる。よろしく頼む」
ギルベルトとトラウトナーの言葉にクラウスは頷くと、ヤンカーに手で軽い挨拶をして執務室を出ていった。
(思っていた以上に進展が早いな。1年と言わず、半年で叶うかもしれない)
馬車に乗って第1軍陣営本舎に向かいながら、クラウスはアリシアを思い出す。
(会えたら、アリシアはどんな反応をするか・・・もう忘れましたなんて言われないよな)
給仕中のそっけない態度のアリシアが浮かぶ。自分の想像にダメージを受けて、クラウスは胸元を握って頭を振った。
(1度は心を手に入れたんだ。焦るな)
そう自分に言い聞かせるが、先程のトラウトナーが言っていた気味の悪い噂を思い出す。
(・・・・・・アリシアもあの噂を聞いた可能性はある・・・のか?)
リーゼが『おニブさん』と言うほど自分の事だけに疎いアリシアの事だ。はっきり好きだと言うまで、全然本気だと思われていなかった。もしあの噂を知っていて、少しでも信じていたら。
(・・・手紙は絶対に毎日出す)
会えないことがこんなに不安になるとは思っていなかった。噂を思い出して気色悪さに鳥肌を立てつつ、クラウスはそう固く心に誓った。
一人は紅茶、一人はお菓子や食器の準備をしている。
クラウスは紅茶をそれぞれの前に置いていくパーラー、リーゼ=ヒュフナーに笑みを浮かべた。
「ヒュフナー。上級へ昇格したと聞いた。おめでとう」
リーゼはクラウスの声に顔を上げると、嬉しそうな笑みを浮かべた。
「ありがとうございます」
礼を口にしたリーゼは『レッツェルのおかげです』と言いたげにクラウスへ視線を向けている。クラウスは小さく頷いた。
クラウスが脱走兵の報告書を持って登城した日、ギルベルトから聞いたのだ。『やっと上級パーラーがでた』と。
「ああ・・・そうだな。後で良い。ここに居る人数分コーヒーを持ってきてくれ」
クラウスの言葉を聞いて飲みたくなったのだろう。ギルベルトがリーゼに声を掛けると、彼女は「かしこまりました」と嬉しそうな声を上げた。
パーラー二人が出ていくと、ギルベルトは侍従も下がらせた。そしてクラウスを見てニヤニヤとしている。
「・・・なんだ」
この顔はからかいに来ている。クラウスはジト目でギルベルトへ視線を返した。
「機嫌良さそうだと思ってな。お前の想い人でも思い出していたか」
ギルベルトもアリシアの事情を知っているので、上級パーラーがでたと聞いた時に、アリシアがリーゼにコーヒーの知識を教えた事を伝えたのだ。「また別の礼をしなければな」と言っていたのだが。
「・・・」
確かに思い出してはいた。しかしイチイチ言及する必要はないだろう。
クラウスは言い返そうと口を開きかけたが、ギルベルトの隣から声が上がった。
「王よ。想い人ということは、この女殺しという物騒な称号を得ている男に、ついに春が来たと?」
「いや待てなんだその称号は」
トラウトナーが人聞き悪い事を言うので、クラウスはジト目を彼女にも向ける。
トラウトナーもクラウスが小さい頃に王宮でよく顔を合わせていた。当時から文官長であり、ギルベルトの父ディートリヒを訪ねてきていた。その帰りにギルベルトの顔を見に来て、クラウスもよく話をしていた。そのためお互いに遠慮がない。
「そうだ。春が久しぶり過ぎて、若干頭が湧いてるがな」
「・・・うるさい」
ギルベルトには遠慮なくジロリと睨む。クラウスの向かいに座る二人はニマニマとクラウスを見ていた。
「それより、何か話があるんだろ」
ギルベルトはクラウスの言葉にフッと息を吐くように笑った。
「そろそろ本題に入るか。トラウトナー文官長、食べながらでいいぞ。ヤンカー将軍も気楽にして良い」
ギルベルトの言葉にトラウトナーは喜色を浮かべて「さすが王!」と呟いている。ヤンカーはホッと息を付いた。
「謁見室でも伝えたが、人類連合と取り決めを行うことになった。そのために会議の場所を決めねばならん。だが人類連合側の国では難しい。こちらから侵略戦争を仕掛けていたから、人類連合のいずれの国も魔人を招き入れる事に拒絶感がある。こちらとしても暗殺の可能性があるから行かせたくない。何かあればまた戦争に逆戻りだしな。だから魔国ティナドランに招くことになった。だがうちでも戦争が終わったすぐ後に王都に招いては、同じ事が起きかねん。さっきの阿呆二人のようなやつも居るからな。だから新しく迎賓館を中心とした小さな街を建てようと思っている。ちょうど戦線近くは何も無い。都合がいい事に、脱走兵があのあたりに居る。脱走の罰を与えねばならんが、2千人を越える兵一人ひとりに罰を与えるのも時間がかかるし面倒だ。罰代わりにそいつらを使って、街を一つ作る」
一石二鳥だな、とクラウスは納得する。小さいと言えども街と迎賓館を作るのだから、それなりの労力が必要とされる。その労力を何処から出すかが問題になるのだが、今回は脱走兵がいる。脱走兵は本来死刑か重罪に処されるのだから、随分と軽い処罰だ。
トラウトナーも目を細め、面白そうに「ほう」と呟いている。
「建物や街の設計はトラウトナー文官長が取り仕切れ。そして脱走兵の指揮はヤンカー将軍に任せよう」
クラウスの隣でお菓子を食べていたヤンカーは油断していたのだろう。名前を呼ばれて「ほふ!?」と大きな声を出した。
「ヤンカー将軍の能力は充分に理解している。あのヴュンシュマンを抑え込んでいたんだからな。その上で実質軍を動かしていた。しかしそれを知っている者は少ない。だから今回の件で実績を得てもらう」
「なんと・・・!ご配慮誠にありがとうございます。喜んでお引き受けいたします」
気楽にして良いとは言っていたが、魔王を前に奇声を上げておきながら、何事もなかったかのように平然と応えたヤンカーに、クラウスは笑いそうになる。笑いを抑え込むために別の事を考えようと視線を動かすと、トラウトナーが既に口元を押さえて震えていた。
「今後は軍縮に動くだろう。そうなるとヤンカー将軍は戦績という分かりやすい成果を得られん。今日のあの阿呆共よりよっぽど優秀なのだがな。何かあればうるさく言うことがあるだろう。脱走兵の大半はあの阿呆共の兵だ。それを取りまとめれば何も言えなくなる」
クラウスはトラウトナーから窓の外へ視線を向ける。見ていたらクラウスも笑いそうだ。
「脱走兵はハルシュタイン将軍が調査で接触している。最初はハルシュタイン将軍を介した方が早いだろう」
そう言ってギルベルトがクラウスへ視線を向ける。しかしクラウスは窓の外を見たまま顔を向けないので、ギルベルトは眉を寄せた。
「おい。聞いてるのか」
「ちゃんと聞いてる」
今のギルベルトの言葉で笑いの衝動をやり過ごしたクラウスは、顔をギルベルトへと戻した。
「脱走兵は各地の代表者を決めて、ブリフィタの登録をしてきた。西の方に第4軍の五百人隊長だったバルツァーという兵士がいる。バルツァーに脱走兵を回収しながら東へ移動するように伝える。東側は第2軍の千人隊長シーラッハに任せる。双方の合流地点で待機するように、先に手紙で知らせておく」
クラウスの言葉にギルベルトは頷いた。
「王よ。人類連合との会議はいつ行われる予定なんだ?」
トラウトナーがティーカップを置きながら尋ねる。
「まだ詳細は決めていない。1ヶ月から2ヶ月程先になるだろう。終戦というだけでやる事は多い。そこに追加して協議のための準備が必要になるからな」
「なるほど」
ふむ、とトラウトナーが考え込んだ時、ドアがノックされ、
「コーヒーをお持ちしました」と声が聞こえた。
「来たか。入れ」
ギルベルトが何処となく機嫌良さそうに呟くと、入室を許可した。すぐにドアが開き、リーゼがカートを押して入ってくる。入口近くでカートを止めると、ポットからコーヒーをカップに注いでいく。それぞれの前に置くと、「失礼いたします」と礼をして、カートを押して退室した。
その一連の動きを見ていたトラウトナーが笑みを浮かべた。
「また王宮でコーヒーが飲めるとは」
そう言いながらコーヒーをストレートで飲む。「うん。うまいな」と呟いた。
ヤンカーはミルクと砂糖を入れてかき混ぜている。ギルベルトに声をかけられるまで焼き菓子を食べまくっていたので、甘党なのか、とクラウスもコーヒーを飲みながら隣を眺めた。
「淹れたのは先程のヒュフナーだろう?どこで習ったのか・・・随分と上手だな」
トラウトナーは何度か口に運ぶと、そう言いながらカップの中を見つめている。
「ああ、例の娘のお陰でな」
「例の娘?」
ギルベルトの言葉に、トラウトナーは横を見てはて?と首を傾げる。ギルベルトはトラウトナーに視線を送ると、ニヤニヤとクラウスを見やった。トラウトナーもクラウスの顔を見て、ああ、と声を上げた。
「なるほど。女性との噂も無く告白もひたすら断り続けた結果、同性愛の可能性が囁かれデーべライナー副将との関係を疑われていた、あの、ハルシュタイン将軍の想う娘が、ヒュフナーに教えたと言うことか」
「やめろ!どこで流れてるんだその噂は!」
クラウスは思わずガチャッと音を立ててコーヒーカップを置き、腕をさする。全身鳥肌が凄い。信頼している副将ではあるが、そんな風に考えたこともない。クラウスの恋愛対象は女だ。デーべライナーを思い出し、気色悪さで顔が青ざめる。
ギルベルトはそんなクラウスの反応を見て、クックックッと下を向いて笑った。
「娘の話は正解だ。だがその噂は俺も知らん。詳しく教えてくれ」
「これは城下で」
「教えなくて良い。さっきの話の続きをしろ」
クラウスがトラウトナーの言葉を遮る。この二人が本人の前で噂話をするのは完全にクラウスの反応を見たいからだ。それだけでも悪趣味だというのに、事実無根な気色悪い話を聞かされるクラウスの気持ちも少しは考えて欲しい。
「空気を読まないヤツだな」
そんな空気は読みたくない。ギロリと殺気を交えて睨みつけると、ギルベルトは肩をすくめた。トラウトナーも苦笑している。
「仕方ない奴だ」
ギルベルトは席を立って書棚に向かい、折りたたまれた地図を持ってくる。ソファに座ると、地図を広げて手に持った。テーブルの上はティーカップとコーヒーカップ、お菓子が数種類置かれているため、スペースがないのだ。
「今後の話し合いで正式に国境を決めることになる。戦線がそのまま国境線になるとは思うが、それも協議次第だな。だからあまり戦線近くには建てられない。大体この近辺なら問題は出ないだろう。現地に行ってみて、条件の良い場所でいい」
言いながら、ギルベルトは地図を指差す。
「脱走兵は脱走の刑罰を兼ねているから、体力も魔力も毎日限界まで使って良い。全員肉体労働を担当させろ。トラウトナー文官長。二千人をフル稼働で使って、どのくらいの期間で完成できる?」
トラウトナーは視線を上へ上げて暫し考え込んでから口を開いた。
「迎賓館はもちろん、離宮も必要。しかし設計をゼロからしていたら到底間に合わない。古都エルントスの以前の王宮と離宮の設計図ならある。ほぼ同じもので良ければすぐに建築に取りかかれる。迎賓館には昔の離宮を、離宮には昔の王宮の設計図を使用してもいいだろうか?多少は設計を変えるが」
「構わん。内容が整っているのであれば、形に拘りは無い」
トラウトナーは頷いて続ける。
「今後を考えると、新しい街は地理的にも人類連合との流通の拠点になるだろう。であれば、今から屋敷や宿屋も考えておかないとな。街全体の設計は同時進行でも行えるが、屋敷や宿屋も過去に設計されたものを流用して・・・ギリギリひと月というところか」
「分かった。もし人手が足りない場合や一ヶ月後に間に合わない場合は、王都からも兵士を出そう。だが脱走兵と同じ作業はやらせるな。あれは罰だからな。人類連合との会議は一ヶ月と少し後になるように調整する」
ギルベルトの言葉に再び頷くと、トラウトナーはうーんと唸る。
「すぐに取り掛からないと間に合わない。明日は過去の設計図を集めて街の青写真を作りたい。部下や建築士達も連れて行かないとな。現地で設計をするならそれなりに物資も必要。となれば、私は3日後に出発するとしよう」
それまで静かにコーヒーとお菓子を交互に口に入れていたヤンカーも、手を止めて口を開く。
「承知しました。では私は明日の午後に出発します。先に建設地の調査をしておいた方が良いでしょう」
「おお!ヤンカー将軍、それはとても助かる!軍の機動力は我々より格段に高いからな!」
目を輝かせて言うトラウトナーに、クラウスはククッと笑う。
「その調査には、今現在住み着いている脱走兵達からの情報もあった方が早く進むだろう。私はこの後準備出来次第、現地に向かう。その前に手紙を送って、移動しつつ簡単な前調査を命じておく。ヤンカー将軍が到着するまである程度脱走兵も編成しておこう」
クラウスはコーヒーを飲み干して立ち上がると、許可を求めてギルベルトへ顔を向ける。
「いいぞ。行って来い」
「ハルシュタイン将軍も助かる。よろしく頼む」
ギルベルトとトラウトナーの言葉にクラウスは頷くと、ヤンカーに手で軽い挨拶をして執務室を出ていった。
(思っていた以上に進展が早いな。1年と言わず、半年で叶うかもしれない)
馬車に乗って第1軍陣営本舎に向かいながら、クラウスはアリシアを思い出す。
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(・・・・・・アリシアもあの噂を聞いた可能性はある・・・のか?)
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これで生き残れる…!なんて喜んでいたら最強の騎士は女嫌いの冷徹騎士ジルヴェスターだった!イケメンだが好みじゃないし、意地悪で口が悪い彼とは仲良くなれそうにない!
「アンナ、やはり君は私の妻に一番向いている女だ」
嫌いだと言っているのに、彼は『自分を好きにならない女』を妻にしたいと契約結婚を持ちかけて来た。
私は命を守るため。
彼は偽物の妻を得るため。
お互いの利益のための婚約生活。喧嘩ばかりしていた二人だが…少しずつ距離が近付いていく。そこに健斗ことケントが現れアンナに興味を持ってしまう。
「この命に代えても絶対にアンナを守ると誓おう」
アンナは無事生き残り、幸せになれるのか。
転生した恋を知らない女子高生×女嫌いのイケメン冷徹騎士のラブストーリー!?
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