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第3章 ハルシュタイン将軍とサリヴァンの娘
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アリシアは意識が浮上し、自分が眠っていた事に気付く。まだ目を開けていないが、いつもと違う感覚があった。
(ベッドの感じが・・・あと香り。手が暖かい)
そこまで感じて目を開いた。
「目が覚めたか」
仰向けで眠っていたので、視界の端に人影が見える。見なくても誰か分かっているが、それでもアリシアは顔をそちらへと向けた。
小さな灯りのみの、うすぼんやりとした暗闇の中にクラウスがいる。ベッド脇に椅子を持ってきて座っている。温もりを感じた手は、クラウスに握られていた。
「上手くいったみたいですね」
アリシアもクラウスの手を握り返して微笑んだ。ようやくクラウスに触れる事が出来たと、心の中でじんわりと喜びが広がっていく。
「君のお陰だ。こんなに早く解決出来るとは思ってなかった」
「母さんの直感通りでした」
ふふっと笑ってからアリシアは室内を見渡す。
「術を発動したところまでは覚えてるんですが・・・母さんと精霊王様は?あれからどの位経ちましたか?」
「カエデ殿は部屋に戻ってもらった。精霊王も姿を消した。それから30分位かな。体調はどうだ?」
「大丈夫です。・・・母さんが気を分けてくれたんですね」
「ああ。カエデ殿がすぐ起きるだろうと言うから」
アリシアはクラウスの言葉の続きを待つ。しかしクラウスはアリシアの手を離して濃い色のシャツのボタンを外していく。それを見てアリシアはクラウスが白いシャツから着替えていた事に気付いた。
「え・・・あの・・・」
しかし何故今脱ぐのか。困惑してクラウスを見ていると、シャツを脱いだクラウスがベッドの反対側に回り、ベッドにもぐりこんできた。
「俺の部屋のベッドにアリシアがいるのに、このまま帰すと思うか?」
言いながらアリシアに覆いかぶさってくる。クラウスは「ええ!?」と驚くアリシアの口をふさいだ。そのまま深いキスに代わっていく。遠慮なく口腔を貪るクラウスに、アリシアは戸惑って目を閉じた。久しぶりの距離感に感触、香水の香り。すべてがアリシアの胸の鼓動を高めていく。
「本当に久々だな」
そう言うとアリシアの首に舌を這わせる。アリシアはビクリと体を震わせた。
「あ・・・クラウス」
「明日の事を考えれば寝た方が良いのは分かってる。だがルアンキリに来てずっとお預けを食らってたんだ。悪いが止められない」
アリシアがクラウスを見ると、既に劣情に染まった顔でアリシアの肌に触れている。クラウスの手はアリシアの服の下に這わされ、久々の感覚にアリシアも劣情に染まっていく。
「アリシア」
「んっ・・・クラウス・・・お願いが」
「なんだ。やめないぞ」
「そうじゃなくて・・・う・・・声が。防音を・・・」
「ああ、確かにな」
クラウスは一旦手を止めて、呪文を呟くと結界を張った。それを確認してからアリシアもクラウスの背中に手を這わせた。
* * *
再び目が覚めた。アリシアはよく見知った自室の天井を眺める。
(あれ・・・夢だった・・・?)
ゆっくり起き上がって周りを見渡す。やはり自分の部屋のベッドだった。隣にいたはずのクラウスも居ない。自分の体を確認すると、下着もナイトウェアもちゃんと着ている。
ぼんやりと窓へ視線を向けると、カーテンの向こう側は明るい。いつもの朝の日差しではなく、もっと後の強い日差しだ。
「え」
まさかと時計を見る。いつもなら7時に起きるのに、時計は10時を回っていた。
「嘘でしょ!?」
今日も会議があったはずだ。慌てて起きてベッドから下りたところで、アリシアはうっと固まった。
(・・・・・・・・・夢じゃなかった)
クラウスとの事後の名残があちこちに残っている。体は怠く、下腹部にも違和感がある。
アリシアは昨晩の事を思い出し、顔が熱くなった。
もう一生触れ合えないかもしれないと互いに覚悟していたのだ。それが急に触れ合える事になり、アリシアから見てもクラウスは喜んでいた。それはもう情熱的・・・いやちょっと執拗だったかもしれない。
クラウスの手の感触を思い出しそうになって、アリシアは頭を振った。
(そうよね。あのまま客室で朝まで寝てるわけには・・・)
そんな事をしては家族にバレる。別にバレたところで、アリシアとクラウスは婚約している。そっと流されるだけだ。ただアリシアが恥ずかしい。それを予想してクラウスが部屋まで連れてきてくれたのだろう。
(・・・下着まできっちり着てるんですけど・・・)
クラウスが着せたのだろうか。想像してしまい、居た堪れない気分に陥る。
今日の会議に参加できなかったが、クラウスの事だ。それらしい理由を告げて誤魔化してくれているだろう。現に誰も起こしに来ていない。
はあ、と大きく息をついて、着替える為に荷物から服を取り出し、ふと気付いた。
(そっか・・・今日からクラウスに触れても大丈夫なんだ・・・)
嬉しい、とアリシアは笑みを浮かべる。公的な場では出来ないが、これからはクラウスの部屋にも遊びに行ける。手も繋げる。抱き着いたってなにも起こらない。
フフッとご機嫌に笑って、アリシアは服を着替えた。
部屋を出て居間に行くと、窓からカエデが見えた。庭の植物に水やりをしているようだ。
「母さん、おはよう」
「おはよう。よく眠れた?」
「・・・うん。寝坊したわ」
アリシアが苦笑すると、カエデはフフッと笑った。
「ハルシュタイン将軍がね。昨晩だけで色々あって精神的にも疲れているだろうから、寝かせてあげてくれって」
「そっか・・・会議サボっちゃった」
「たまにはサボってもいいのよ。アリシアは普段真面目なんだから」
「・・・うん」
「お腹空いたでしょ?キッチンに朝食置いてるから、温めて食べてちょうだい」
「ありがとう。いただくね」
アリシアは頷くと、キッチンへと向かう。クロワッサンとサラダ、目玉焼き、冷製スープが一人分置いてあった。
(・・・いくら夏とは言っても、クロワッサンは温めたい)
カリッとしたクロワッサンは美味しい。しかしこれからは精霊術を使うとヴァルターが現れるのだ。こんな些細なことで呼び出してもいいのだろうか。アリシアは腕を組んでうーんと唸った。
『温めたいのだろう。早く術を発動せぬか』
「わっ!」
突然間近で声を掛けられ、アリシアは驚いた。後ろを向くと、既にヴァルターがいた。
「あ・・・すみません。こんなことでお呼び立てして良いものかと・・・」
『構わぬ。どうせ暇だ。お主との日々の些事を経験したくて契約を望んでおったのだ。気にせず使うがいい』
「・・・では、お言葉に甘えて」
そう言うと、呪文を唱えて術を使う。アリシアから気を受け取ったヴァルターがクロワッサンに手をかざした。
『よし。またいつでも呼べ』
そう言ってヴァルターは姿を消した。
(・・・・・・・・・なんだかな・・・)
果たしてこの状態に慣れる日が来るのだろうか。アリシアは温まったクロワッサンを見つめる。精霊王がクロワッサンを温める為だけに現れた。何ともシュールだ。しかしこれがこれからの日常になる。
「・・・・・・深く考えるのはやめて、早く食べよう」
うん、と頷いてアリシアは朝食を運んだ。
* * *
その日の午後の視察から参加したアリシアは、予定を終えた後にクラウスと共にユウヤへ報告をした。
迎賓館のクラウスの部屋の居間に集まり、念の為クラウスの防音結界を張る。話を聞き終えたユウヤは額に手を置いて上を向いた。
「あー・・・確かにな。そうか。ヴァルターに聞けば早かったか。でもま、ヴァルターはアリシアじゃねぇと契約しなかっただろうから、なるようになったんだろうな」
「・・・そうなんでしょうか?」
確かにヴァルターはアリシアと契約をしたいと言っていたが、アリシアじゃないと契約しないとは言っていない。アリシアは首を傾げた。
「あいつがあんだけ気に入ることが珍しいんだよ」
ユウヤはそう言うと、本当だろうかと訝しむアリシアから視線を移し、クラウスへ笑みを向ける。
「ま、何にせよ良かったな。これで予定通り話を進められる。親父にもそう連絡しとくわ」
「ユウヤ殿には本当に心配と迷惑をかけた。コウキ殿にもな。何か礼をしなくては・・・」
何がいいか、と考えるクラウスに、ユウヤは苦笑した。
「いらねえよ。身内の為にやっただけだ」
そう言って立ち上がったところで、ユウヤがアリシアへ顔を向けた。
「アリシア。分かってるとは思うが、ヴァルターと契約したことは絶対にバレない様にしろよ。精霊王と契約したなんて話まで人類連合各国にバレたら、それこそ魔国ティナドランには行けなくなる」
「・・・分かってます。もし術が人前で必要になったら魔術で対応します。それ以外は兄さんかダーマット、もしくは護衛さんにお願いしてます」
アリシアの言葉にユウヤは頷くと、「じゃ、俺は親父に連絡入れてくる」と言って部屋を出て行った。
クラウスは隣に座るアリシアの腰に手を回して引き寄せる。
「例の邪神の術について、精霊王がアリシアに話しても大丈夫だと言っていた。君が知りたいなら話すが、どうする?」
いつも以上にクラウスは体を密着させ、アリシアの頭に頭をくっつけた。
「教えていただきたいですが・・・あの・・・近いです」
クラウスの温もりを感じて、アリシアは昨晩の事を思い出してしまう。下を向いて緊張していると、クラウスがアリシアの頬を撫でた。
「アリシア欠乏症だから仕方ない。気にするな」
「なんですかそれは・・・気になります」
「そのうち慣れる」
「慣れません」
「なんで」
「・・・・・・1カ月ぶりですよ?今だってドキドキしてるのに・・・」
アリシアがそう言うと、クラウスは頬を撫でていた手をアリシアの胸に置いた。
「・・・っ!?」
アリシアが驚いて固まっていると、フフッとクラウスは笑った。
「本当だ。悪くないな」
「・・・なにがですか」
「ほら」
クラウスがアリシアの手を取ってクラウスの胸に当てた。再び固まったアリシアだったが、すぐにクラウスの意図に気付いた。アリシアと同じくらいクラウスの胸もドキドキしている。
「君が好きすぎてどうにかなりそうだ。だから俺も慣れる必要がある」
そう言ってアリシアを抱きしめた。
「うん・・・満たされるな」
しみじみというクラウスに、アリシアは素直に腕を回した。いつも平然としているが、それは表面だけだと思い出したのだ。
「それで、どういう術だったんですか?出来れば経緯も知りたいです」
「・・・俺が旧都バルロスへ調査に行ったら、邪神の声が聞こえてきた。いつもの事だから無視してたんだが、触れるだけでエルフに対抗出来る力を授けたとかなんとか言い出してな。新都フェルシュタットに戻ってからギルベルトに確認してもらった。ギルベルトは何か付与されたのは分かるが、魔術じゃないから分からないと」
「それで、ユウヤ様に相談を?」
「ユウヤ殿というより、コウキ殿だな。見てみないと分からないと言われて、ここに来る時に戦線を過ぎたところでユウヤ殿と合流して見てもらった。全部は分からないからと、ルアンキリに着いてすぐに神域に行った」
「それで、兄さんとダーマットで試してみたと」
「ああ。ユウヤ殿が創造神と人類神に確認してくれた。その上で検証が必要だと、付き合ってもらったんだ。ダーマットには悪いことをしたが、お陰で君に触れずに済んだ。手が触れただけで顔色を悪くして倒れていく、君に似たダーマットを目の前で見たからな」
そう言うと、クラウスはアリシアを抱く腕に力を入れた。
(・・・それは、辛かったでしょうね)
クラウスの心中を察し、アリシアも背中に回した腕に力を入れて応える。
クラウスは小さく息をつくと、腕の力を戻して続けた。
「ユウヤ殿はエルフを死に追いやる術だと言っていた。エルフは半神半人だろ。その神の部分に反応して、全ての気を奪って死なせるんだ。それがベースの作用だ。そしてもう一つの作用がな・・・。俺がこの世で一番愛している相手が標的に定められる。つまり君だ。俺が君にこの術の事を伝えれば、標的となっている君に術が移る。誰かが伝えても、常に俺の気持ちと共に君へターゲットが向いているから、俺がその場に居なくても発動して移ってしまう。もし移った者に神の部分があれば反応して、全ての気を抜かれて死ぬ」
「・・・そんなに質の悪い術だったんですか」
「俺は君を好きでいる事を止められない。どうやったって君が標的になる。邪神は君を狙っていたんだ。魔神エルトナが君を気に入っていたから狙われたのかもしれないが・・・邪神の考える事は分からん」
「・・・」
アリシアはクラウスの背中に回した腕に更に力を込めた。ギュッと抱き着いて顔をクラウスの肩に埋める。
「私を守ってくださって、ありがとうございます」
「当然だろ。その代わり酷く傷つけてしまったがな」
「いえ、良いんです」
そう言うと、アリシアは顔を上げて少し体を離した。クラウスもそれに気付いて腕の力を緩める。間近にあるクラウスの目を見つめる。濃い紫の瞳を見ながら、顔を近付けていった。
「っ!」
初めてアリシアからするキスに、クラウスは驚いて目を見開いている。
「アリシア・・・」
唇を離すと、アリシアは笑みを浮かべた。
「逆に考えましょう。私はクラウスに拒絶されたら、あんな風に傷付く事が分かりました。逆にクラウスは私を傷付けて何も出来ない時は、泣きそうな顔をするのも分かりました」
「うっ・・・見てたのか」
クラウスは気まずそうに目を逸らす。アリシアはフフッと笑う。しかしすぐにあの瞬間のクラウスの顔を思い出して切なくなった。
「もしかして、泣きました?」
「・・・・・・・・・さあな」
「泣いたんですね」
「・・・・・・」
「泣いてるクラウスを見てみたかったです」
「なんでだ。格好悪いだけだろ」
どこまでも格好をつけたがるクラウスに、アリシアはまた笑った。
「そんな事ないです。クラウスが自分で格好悪いと思うところだって、私には素敵に見えます。きっと、この濃い紫色の瞳から溢れる涙は、綺麗だったと思います」
「・・・」
「次に泣く時は私の前で。他の人に見せたら駄目ですよ」
目を逸らしていたクラウスはアリシアを見つめ返す。その瞳には熱が籠っているように見えた。そして何も言わずにアリシアに深い口付けを落とした。
(ベッドの感じが・・・あと香り。手が暖かい)
そこまで感じて目を開いた。
「目が覚めたか」
仰向けで眠っていたので、視界の端に人影が見える。見なくても誰か分かっているが、それでもアリシアは顔をそちらへと向けた。
小さな灯りのみの、うすぼんやりとした暗闇の中にクラウスがいる。ベッド脇に椅子を持ってきて座っている。温もりを感じた手は、クラウスに握られていた。
「上手くいったみたいですね」
アリシアもクラウスの手を握り返して微笑んだ。ようやくクラウスに触れる事が出来たと、心の中でじんわりと喜びが広がっていく。
「君のお陰だ。こんなに早く解決出来るとは思ってなかった」
「母さんの直感通りでした」
ふふっと笑ってからアリシアは室内を見渡す。
「術を発動したところまでは覚えてるんですが・・・母さんと精霊王様は?あれからどの位経ちましたか?」
「カエデ殿は部屋に戻ってもらった。精霊王も姿を消した。それから30分位かな。体調はどうだ?」
「大丈夫です。・・・母さんが気を分けてくれたんですね」
「ああ。カエデ殿がすぐ起きるだろうと言うから」
アリシアはクラウスの言葉の続きを待つ。しかしクラウスはアリシアの手を離して濃い色のシャツのボタンを外していく。それを見てアリシアはクラウスが白いシャツから着替えていた事に気付いた。
「え・・・あの・・・」
しかし何故今脱ぐのか。困惑してクラウスを見ていると、シャツを脱いだクラウスがベッドの反対側に回り、ベッドにもぐりこんできた。
「俺の部屋のベッドにアリシアがいるのに、このまま帰すと思うか?」
言いながらアリシアに覆いかぶさってくる。クラウスは「ええ!?」と驚くアリシアの口をふさいだ。そのまま深いキスに代わっていく。遠慮なく口腔を貪るクラウスに、アリシアは戸惑って目を閉じた。久しぶりの距離感に感触、香水の香り。すべてがアリシアの胸の鼓動を高めていく。
「本当に久々だな」
そう言うとアリシアの首に舌を這わせる。アリシアはビクリと体を震わせた。
「あ・・・クラウス」
「明日の事を考えれば寝た方が良いのは分かってる。だがルアンキリに来てずっとお預けを食らってたんだ。悪いが止められない」
アリシアがクラウスを見ると、既に劣情に染まった顔でアリシアの肌に触れている。クラウスの手はアリシアの服の下に這わされ、久々の感覚にアリシアも劣情に染まっていく。
「アリシア」
「んっ・・・クラウス・・・お願いが」
「なんだ。やめないぞ」
「そうじゃなくて・・・う・・・声が。防音を・・・」
「ああ、確かにな」
クラウスは一旦手を止めて、呪文を呟くと結界を張った。それを確認してからアリシアもクラウスの背中に手を這わせた。
* * *
再び目が覚めた。アリシアはよく見知った自室の天井を眺める。
(あれ・・・夢だった・・・?)
ゆっくり起き上がって周りを見渡す。やはり自分の部屋のベッドだった。隣にいたはずのクラウスも居ない。自分の体を確認すると、下着もナイトウェアもちゃんと着ている。
ぼんやりと窓へ視線を向けると、カーテンの向こう側は明るい。いつもの朝の日差しではなく、もっと後の強い日差しだ。
「え」
まさかと時計を見る。いつもなら7時に起きるのに、時計は10時を回っていた。
「嘘でしょ!?」
今日も会議があったはずだ。慌てて起きてベッドから下りたところで、アリシアはうっと固まった。
(・・・・・・・・・夢じゃなかった)
クラウスとの事後の名残があちこちに残っている。体は怠く、下腹部にも違和感がある。
アリシアは昨晩の事を思い出し、顔が熱くなった。
もう一生触れ合えないかもしれないと互いに覚悟していたのだ。それが急に触れ合える事になり、アリシアから見てもクラウスは喜んでいた。それはもう情熱的・・・いやちょっと執拗だったかもしれない。
クラウスの手の感触を思い出しそうになって、アリシアは頭を振った。
(そうよね。あのまま客室で朝まで寝てるわけには・・・)
そんな事をしては家族にバレる。別にバレたところで、アリシアとクラウスは婚約している。そっと流されるだけだ。ただアリシアが恥ずかしい。それを予想してクラウスが部屋まで連れてきてくれたのだろう。
(・・・下着まできっちり着てるんですけど・・・)
クラウスが着せたのだろうか。想像してしまい、居た堪れない気分に陥る。
今日の会議に参加できなかったが、クラウスの事だ。それらしい理由を告げて誤魔化してくれているだろう。現に誰も起こしに来ていない。
はあ、と大きく息をついて、着替える為に荷物から服を取り出し、ふと気付いた。
(そっか・・・今日からクラウスに触れても大丈夫なんだ・・・)
嬉しい、とアリシアは笑みを浮かべる。公的な場では出来ないが、これからはクラウスの部屋にも遊びに行ける。手も繋げる。抱き着いたってなにも起こらない。
フフッとご機嫌に笑って、アリシアは服を着替えた。
部屋を出て居間に行くと、窓からカエデが見えた。庭の植物に水やりをしているようだ。
「母さん、おはよう」
「おはよう。よく眠れた?」
「・・・うん。寝坊したわ」
アリシアが苦笑すると、カエデはフフッと笑った。
「ハルシュタイン将軍がね。昨晩だけで色々あって精神的にも疲れているだろうから、寝かせてあげてくれって」
「そっか・・・会議サボっちゃった」
「たまにはサボってもいいのよ。アリシアは普段真面目なんだから」
「・・・うん」
「お腹空いたでしょ?キッチンに朝食置いてるから、温めて食べてちょうだい」
「ありがとう。いただくね」
アリシアは頷くと、キッチンへと向かう。クロワッサンとサラダ、目玉焼き、冷製スープが一人分置いてあった。
(・・・いくら夏とは言っても、クロワッサンは温めたい)
カリッとしたクロワッサンは美味しい。しかしこれからは精霊術を使うとヴァルターが現れるのだ。こんな些細なことで呼び出してもいいのだろうか。アリシアは腕を組んでうーんと唸った。
『温めたいのだろう。早く術を発動せぬか』
「わっ!」
突然間近で声を掛けられ、アリシアは驚いた。後ろを向くと、既にヴァルターがいた。
「あ・・・すみません。こんなことでお呼び立てして良いものかと・・・」
『構わぬ。どうせ暇だ。お主との日々の些事を経験したくて契約を望んでおったのだ。気にせず使うがいい』
「・・・では、お言葉に甘えて」
そう言うと、呪文を唱えて術を使う。アリシアから気を受け取ったヴァルターがクロワッサンに手をかざした。
『よし。またいつでも呼べ』
そう言ってヴァルターは姿を消した。
(・・・・・・・・・なんだかな・・・)
果たしてこの状態に慣れる日が来るのだろうか。アリシアは温まったクロワッサンを見つめる。精霊王がクロワッサンを温める為だけに現れた。何ともシュールだ。しかしこれがこれからの日常になる。
「・・・・・・深く考えるのはやめて、早く食べよう」
うん、と頷いてアリシアは朝食を運んだ。
* * *
その日の午後の視察から参加したアリシアは、予定を終えた後にクラウスと共にユウヤへ報告をした。
迎賓館のクラウスの部屋の居間に集まり、念の為クラウスの防音結界を張る。話を聞き終えたユウヤは額に手を置いて上を向いた。
「あー・・・確かにな。そうか。ヴァルターに聞けば早かったか。でもま、ヴァルターはアリシアじゃねぇと契約しなかっただろうから、なるようになったんだろうな」
「・・・そうなんでしょうか?」
確かにヴァルターはアリシアと契約をしたいと言っていたが、アリシアじゃないと契約しないとは言っていない。アリシアは首を傾げた。
「あいつがあんだけ気に入ることが珍しいんだよ」
ユウヤはそう言うと、本当だろうかと訝しむアリシアから視線を移し、クラウスへ笑みを向ける。
「ま、何にせよ良かったな。これで予定通り話を進められる。親父にもそう連絡しとくわ」
「ユウヤ殿には本当に心配と迷惑をかけた。コウキ殿にもな。何か礼をしなくては・・・」
何がいいか、と考えるクラウスに、ユウヤは苦笑した。
「いらねえよ。身内の為にやっただけだ」
そう言って立ち上がったところで、ユウヤがアリシアへ顔を向けた。
「アリシア。分かってるとは思うが、ヴァルターと契約したことは絶対にバレない様にしろよ。精霊王と契約したなんて話まで人類連合各国にバレたら、それこそ魔国ティナドランには行けなくなる」
「・・・分かってます。もし術が人前で必要になったら魔術で対応します。それ以外は兄さんかダーマット、もしくは護衛さんにお願いしてます」
アリシアの言葉にユウヤは頷くと、「じゃ、俺は親父に連絡入れてくる」と言って部屋を出て行った。
クラウスは隣に座るアリシアの腰に手を回して引き寄せる。
「例の邪神の術について、精霊王がアリシアに話しても大丈夫だと言っていた。君が知りたいなら話すが、どうする?」
いつも以上にクラウスは体を密着させ、アリシアの頭に頭をくっつけた。
「教えていただきたいですが・・・あの・・・近いです」
クラウスの温もりを感じて、アリシアは昨晩の事を思い出してしまう。下を向いて緊張していると、クラウスがアリシアの頬を撫でた。
「アリシア欠乏症だから仕方ない。気にするな」
「なんですかそれは・・・気になります」
「そのうち慣れる」
「慣れません」
「なんで」
「・・・・・・1カ月ぶりですよ?今だってドキドキしてるのに・・・」
アリシアがそう言うと、クラウスは頬を撫でていた手をアリシアの胸に置いた。
「・・・っ!?」
アリシアが驚いて固まっていると、フフッとクラウスは笑った。
「本当だ。悪くないな」
「・・・なにがですか」
「ほら」
クラウスがアリシアの手を取ってクラウスの胸に当てた。再び固まったアリシアだったが、すぐにクラウスの意図に気付いた。アリシアと同じくらいクラウスの胸もドキドキしている。
「君が好きすぎてどうにかなりそうだ。だから俺も慣れる必要がある」
そう言ってアリシアを抱きしめた。
「うん・・・満たされるな」
しみじみというクラウスに、アリシアは素直に腕を回した。いつも平然としているが、それは表面だけだと思い出したのだ。
「それで、どういう術だったんですか?出来れば経緯も知りたいです」
「・・・俺が旧都バルロスへ調査に行ったら、邪神の声が聞こえてきた。いつもの事だから無視してたんだが、触れるだけでエルフに対抗出来る力を授けたとかなんとか言い出してな。新都フェルシュタットに戻ってからギルベルトに確認してもらった。ギルベルトは何か付与されたのは分かるが、魔術じゃないから分からないと」
「それで、ユウヤ様に相談を?」
「ユウヤ殿というより、コウキ殿だな。見てみないと分からないと言われて、ここに来る時に戦線を過ぎたところでユウヤ殿と合流して見てもらった。全部は分からないからと、ルアンキリに着いてすぐに神域に行った」
「それで、兄さんとダーマットで試してみたと」
「ああ。ユウヤ殿が創造神と人類神に確認してくれた。その上で検証が必要だと、付き合ってもらったんだ。ダーマットには悪いことをしたが、お陰で君に触れずに済んだ。手が触れただけで顔色を悪くして倒れていく、君に似たダーマットを目の前で見たからな」
そう言うと、クラウスはアリシアを抱く腕に力を入れた。
(・・・それは、辛かったでしょうね)
クラウスの心中を察し、アリシアも背中に回した腕に力を入れて応える。
クラウスは小さく息をつくと、腕の力を戻して続けた。
「ユウヤ殿はエルフを死に追いやる術だと言っていた。エルフは半神半人だろ。その神の部分に反応して、全ての気を奪って死なせるんだ。それがベースの作用だ。そしてもう一つの作用がな・・・。俺がこの世で一番愛している相手が標的に定められる。つまり君だ。俺が君にこの術の事を伝えれば、標的となっている君に術が移る。誰かが伝えても、常に俺の気持ちと共に君へターゲットが向いているから、俺がその場に居なくても発動して移ってしまう。もし移った者に神の部分があれば反応して、全ての気を抜かれて死ぬ」
「・・・そんなに質の悪い術だったんですか」
「俺は君を好きでいる事を止められない。どうやったって君が標的になる。邪神は君を狙っていたんだ。魔神エルトナが君を気に入っていたから狙われたのかもしれないが・・・邪神の考える事は分からん」
「・・・」
アリシアはクラウスの背中に回した腕に更に力を込めた。ギュッと抱き着いて顔をクラウスの肩に埋める。
「私を守ってくださって、ありがとうございます」
「当然だろ。その代わり酷く傷つけてしまったがな」
「いえ、良いんです」
そう言うと、アリシアは顔を上げて少し体を離した。クラウスもそれに気付いて腕の力を緩める。間近にあるクラウスの目を見つめる。濃い紫の瞳を見ながら、顔を近付けていった。
「っ!」
初めてアリシアからするキスに、クラウスは驚いて目を見開いている。
「アリシア・・・」
唇を離すと、アリシアは笑みを浮かべた。
「逆に考えましょう。私はクラウスに拒絶されたら、あんな風に傷付く事が分かりました。逆にクラウスは私を傷付けて何も出来ない時は、泣きそうな顔をするのも分かりました」
「うっ・・・見てたのか」
クラウスは気まずそうに目を逸らす。アリシアはフフッと笑う。しかしすぐにあの瞬間のクラウスの顔を思い出して切なくなった。
「もしかして、泣きました?」
「・・・・・・・・・さあな」
「泣いたんですね」
「・・・・・・」
「泣いてるクラウスを見てみたかったです」
「なんでだ。格好悪いだけだろ」
どこまでも格好をつけたがるクラウスに、アリシアはまた笑った。
「そんな事ないです。クラウスが自分で格好悪いと思うところだって、私には素敵に見えます。きっと、この濃い紫色の瞳から溢れる涙は、綺麗だったと思います」
「・・・」
「次に泣く時は私の前で。他の人に見せたら駄目ですよ」
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