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39.過去の記憶
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「これは……何なの……」
レイチェルは恐怖に震えながら呟く。
その異形の存在は、まるで悪魔のようだった。禍々しい翼を広げ、鋭い爪と牙が鈍く輝いている。
とうとう結界が崩壊してしまったのだ。
これから悲劇が始まる。
小説のストーリーどおりに、これから魔物との戦いが繰り広げられるのだろう。
「あれは……悪魔なのか……」
レイチェルを掴んだ腕を力なく放し、ウサーマス公爵は呆然と呟く。
人々は恐怖で動けずにいた。ただ呆然と空を見上げることしかできない。
異形の存在は、ゆっくりと地上へと降りてきた。そして、祭壇の前に着地すると、グリフィンとケイティを見据える。
「あ……ああ……ああ……」
グリフィンは怯えた表情を浮かべながら、声にならない声を上げていた。
ケイティは恐怖に震えているようだ。ただ、グリフィンの腕にしがみつくことしかできない。
じりじりと二人は後退るが、すぐに異形の存在に追いつかれてしまった。
異形の存在はゆっくりと腕を振り上げる。そして、その鋭い爪を一気に振り下ろした。
「ケイティ!」
グリフィンが叫び、ケイティを庇うように覆い被さる。
次の瞬間、鮮血が飛び散った。
「殿下!」
ケイティが悲鳴を上げる。しかし、グリフィンは決して手を放そうとはしなかった。
鮮血がグリフィンの服を赤く染めていく。それでもなお、彼は必死にケイティを抱きしめていた。
異形の存在が再び腕を振り上げる。
「殿下! 逃げて!」
ケイティが叫ぶが、グリフィンは動こうとしなかった。
「僕は……僕は……」
グリフィンはうわ言のように呟くと、そのまま意識を失った。その身体がぐらりと傾く。
彼を支えきれず、ケイティは一緒にその場に倒れ込む。
「殿下!」
ケイティは必死に叫ぶが、グリフィンの返事はない。彼女は涙を流しながら、何度も呼びかける。しかし、やはり反応はなかった。
そんな二人を見下ろす異形の存在は、興味を失ったように腕を下ろすと、背を向けた。そして、周囲をぐるりと見回すと、レイチェルに焦点を定める。
「ひっ……」
レイチェルは小さく悲鳴を上げた。足が震えて立っていられなくなり、その場にへたり込んでしまう。
異形の存在はゆっくりとレイチェルに向かって歩き出した。それ以外の存在など目に入らないと言わんばかりだ。
「いや……来ないで……」
レイチェルは震える声で呟きながら、必死に後ずさろうとするが、恐怖で思うように動けない。
異形の存在はゆっくりとした歩みだったが、確実にレイチェルとの距離を詰めてくる。そして、とうとう目の前までやってきた。
「来ないで……!」
レイチェルは叫ぶが、異形の存在は止まらない。それどころか、さらに一歩踏み出してくる始末だ。
そして、ついに手が届く距離にまで迫ってきた。
もうダメだと思った瞬間だった。
「──消えろ!」
鋭い声が響くと同時に、眩い光が辺りを包み込んだ。
あまりの眩しさに、レイチェルは目を瞑る。そして、おそるおそる目を開けると、異形の存在は跡形もなく消え去っていた。
「え……?」
レイチェルが呆然としていると、誰かが駆け寄ってくる足音が聞こえてきた。
「大丈夫か!?」
聞き慣れた声がして、レイチェルは顔を上げる。すると、そこにはカーティスがいた。
「カーティス……さま……?」
レイチェルが名前を呼ぶと、彼は安心したように微笑む。
「ああ、私だ。もう心配はいらないよ。魔物は私が倒したからね」
カーティスはそう言って、レイチェルの身体を優しく抱きしめた。その温かさと安心感に、レイチェルは思わず涙が溢れそうになる。
慰めるように、カーティスはレイチェルの背中を撫でた。
「怖かっただろう。でも、もう大丈夫だ」
カーティスの優しい声に、レイチェルは安堵した。
彼が来てくれたならば安心だ。きっと、この状況を打破してくれるに違いない。
カーティスはレイチェルの手を取って立ち上がらせると、祭壇へと視線を向ける。
そこには、意識を失ったまま倒れているグリフィンと、その側で呆然と涙を流すケイティの姿があった。
「こんな……こんなはずじゃ……ごめんなさい……」
ケイティは両手で顔を覆い、嗚咽を漏らす。さすがの彼女も、この状況には耐えられないようだ。
カーティスはそんなケイティを見つめると、静かに口を開いた。
「グリフィンの怪我は命に関わるものではない。一緒に、離れていなさい」
彼の口調は厳しかったが、その声には優しさも感じられた。
ケイティは小さく頷き、グリフィンの身体を引きずるようにして祭壇から離れていく。
「カ……カーティス……!」
これまで呆然としたままだった国王が、我に返ったかのように声をあげた。
「お前、何故ここに……」
国王は動揺した表情を浮かべながら、カーティスを見つめる。
カーティスはそんな国王に冷たい視線を向けた。
「この期に及んで、まだそんなことを言っているのですか? 儀式は完全に失敗しました。結界は崩壊し、魔物がこの国を荒らし始めるでしょう。そうならないために、新たな結界を作り上げる必要があります」
カーティスの言葉を聞いて、国王は顔を真っ青に染めた。
「新たな結界だと……? そんなことが本当にできるのか……?」
信じられないという表情で問いかける国王に、カーティスは淡々と答える。
「できるか、ではありません。やるのです。それしか方法がないでしょう」
「し、しかし……」
「そんなことを言っている時間はありません。魔物たちがいつ襲ってくるかわかりませんから」
カーティスの言葉に、国王は黙り込んでしまう。
二人のやりとりを聞きながら、レイチェルは小説のストーリーを思い出そうとする。
確か、この後は魔物と戦いながら、四大公爵家の者たちを中心に結界を修復していくことになるはずだ。
崩壊した結界の欠片をつなぎ合わせ、新たな結界を再構築する。それは並大抵のことではなく、命を賭した作業となる。
小説では設定だけがあり、実際の文章にまではなっていなかった部分だ。
「さあ、レイチェル。儀式を行おう」
カーティスは優しく微笑むと、レイチェルの手を取って歩き始める。
「カーティスさま……?」
戸惑うレイチェルに構わず、カーティスは祭壇の中央まで連れて行くと、そこで立ち止まった。そして、祭壇の上に置かれた杖を手に取る。
「おいで」
そう言うと、カーティスはレイチェルを抱き寄せた。そして、杖を天高く掲げる。
すると、光の粒子が周囲に舞い始めた。その光は徐々に強さを増していく。
「カーティスさま……これは……」
レイチェルは戸惑いながらも、既視感を覚えていた。
以前も同じようにカーティスに抱きしめられ、こうして祈りを捧げたことがある。
結界を修復するためにはどうすればよいか、手順も頭の中にある。
しかし、小説ではそこまで書いていなかった。細かな設定すらなかったはずだ。
それなのに、なぜかレイチェルは知っている。
どうすれば結界を修復できるのか、そして、この儀式の結末さえも。
「そうだわ……確か、あのときもカーティスさまと……」
呟きながら、レイチェルは背筋が凍るような思いになる。
儀式の結果、結界の修復には成功するが、カーティスは力を使い果たして廃人となってしまうのだ。
「そんな……そんなこと……」
レイチェルは震える声で呟く。
カーティスを失うなんて、絶対に嫌だ。そんなことになったら、自分はどうすればいいのか。
いや、小説にはカーティスは登場しないはずだ。だから、カーティスが廃人になることもないだろう。
そう自分に言い聞かせるが、それならばこの記憶は何だというのだろうか。
混乱するレイチェルの頭に、さらに記憶が蘇ってくる。
小説の知識ではない。実際に経験した、過去の出来事だ。
魔物たちとの戦いで犠牲者を出しながらも、カーティスとレイチェルの二人は儀式に挑み続ける。
そして、ついに二人は結界の修復に成功した。
しかし、その代償としてカーティスは力を使い果たし、廃人となってしまったのだ。
カーティスの功績は闇に葬られ、レイチェルはグリフィンと再び婚約させられる。 そして、グリフィンでは王家の血を残せないため、国王自らがレイチェルに胤を授けようと──
「いやっ! いやああっ!」
レイチェルは悲鳴を上げて、カーティスにすがりつく。
そんな未来は嫌だ。絶対に受け入れられない。
「カーティスさま! お願い! どうか、やめて! このままだと、また……!」
「レイチェル……?」
カーティスは驚いたように目を見開く。その瞳には困惑の色が浮かんでいた。
レイチェルは必死にカーティスの服を握りしめる。
「カーティスさま! 廃人になっちゃいやあっ!」
レイチェルの瞳から大粒の涙が溢れる。
その途端、カーティスははっと息をのんだ。
「まさか……思い出したのか……?」
カーティスは震える声で呟いた。
レイチェルは恐怖に震えながら呟く。
その異形の存在は、まるで悪魔のようだった。禍々しい翼を広げ、鋭い爪と牙が鈍く輝いている。
とうとう結界が崩壊してしまったのだ。
これから悲劇が始まる。
小説のストーリーどおりに、これから魔物との戦いが繰り広げられるのだろう。
「あれは……悪魔なのか……」
レイチェルを掴んだ腕を力なく放し、ウサーマス公爵は呆然と呟く。
人々は恐怖で動けずにいた。ただ呆然と空を見上げることしかできない。
異形の存在は、ゆっくりと地上へと降りてきた。そして、祭壇の前に着地すると、グリフィンとケイティを見据える。
「あ……ああ……ああ……」
グリフィンは怯えた表情を浮かべながら、声にならない声を上げていた。
ケイティは恐怖に震えているようだ。ただ、グリフィンの腕にしがみつくことしかできない。
じりじりと二人は後退るが、すぐに異形の存在に追いつかれてしまった。
異形の存在はゆっくりと腕を振り上げる。そして、その鋭い爪を一気に振り下ろした。
「ケイティ!」
グリフィンが叫び、ケイティを庇うように覆い被さる。
次の瞬間、鮮血が飛び散った。
「殿下!」
ケイティが悲鳴を上げる。しかし、グリフィンは決して手を放そうとはしなかった。
鮮血がグリフィンの服を赤く染めていく。それでもなお、彼は必死にケイティを抱きしめていた。
異形の存在が再び腕を振り上げる。
「殿下! 逃げて!」
ケイティが叫ぶが、グリフィンは動こうとしなかった。
「僕は……僕は……」
グリフィンはうわ言のように呟くと、そのまま意識を失った。その身体がぐらりと傾く。
彼を支えきれず、ケイティは一緒にその場に倒れ込む。
「殿下!」
ケイティは必死に叫ぶが、グリフィンの返事はない。彼女は涙を流しながら、何度も呼びかける。しかし、やはり反応はなかった。
そんな二人を見下ろす異形の存在は、興味を失ったように腕を下ろすと、背を向けた。そして、周囲をぐるりと見回すと、レイチェルに焦点を定める。
「ひっ……」
レイチェルは小さく悲鳴を上げた。足が震えて立っていられなくなり、その場にへたり込んでしまう。
異形の存在はゆっくりとレイチェルに向かって歩き出した。それ以外の存在など目に入らないと言わんばかりだ。
「いや……来ないで……」
レイチェルは震える声で呟きながら、必死に後ずさろうとするが、恐怖で思うように動けない。
異形の存在はゆっくりとした歩みだったが、確実にレイチェルとの距離を詰めてくる。そして、とうとう目の前までやってきた。
「来ないで……!」
レイチェルは叫ぶが、異形の存在は止まらない。それどころか、さらに一歩踏み出してくる始末だ。
そして、ついに手が届く距離にまで迫ってきた。
もうダメだと思った瞬間だった。
「──消えろ!」
鋭い声が響くと同時に、眩い光が辺りを包み込んだ。
あまりの眩しさに、レイチェルは目を瞑る。そして、おそるおそる目を開けると、異形の存在は跡形もなく消え去っていた。
「え……?」
レイチェルが呆然としていると、誰かが駆け寄ってくる足音が聞こえてきた。
「大丈夫か!?」
聞き慣れた声がして、レイチェルは顔を上げる。すると、そこにはカーティスがいた。
「カーティス……さま……?」
レイチェルが名前を呼ぶと、彼は安心したように微笑む。
「ああ、私だ。もう心配はいらないよ。魔物は私が倒したからね」
カーティスはそう言って、レイチェルの身体を優しく抱きしめた。その温かさと安心感に、レイチェルは思わず涙が溢れそうになる。
慰めるように、カーティスはレイチェルの背中を撫でた。
「怖かっただろう。でも、もう大丈夫だ」
カーティスの優しい声に、レイチェルは安堵した。
彼が来てくれたならば安心だ。きっと、この状況を打破してくれるに違いない。
カーティスはレイチェルの手を取って立ち上がらせると、祭壇へと視線を向ける。
そこには、意識を失ったまま倒れているグリフィンと、その側で呆然と涙を流すケイティの姿があった。
「こんな……こんなはずじゃ……ごめんなさい……」
ケイティは両手で顔を覆い、嗚咽を漏らす。さすがの彼女も、この状況には耐えられないようだ。
カーティスはそんなケイティを見つめると、静かに口を開いた。
「グリフィンの怪我は命に関わるものではない。一緒に、離れていなさい」
彼の口調は厳しかったが、その声には優しさも感じられた。
ケイティは小さく頷き、グリフィンの身体を引きずるようにして祭壇から離れていく。
「カ……カーティス……!」
これまで呆然としたままだった国王が、我に返ったかのように声をあげた。
「お前、何故ここに……」
国王は動揺した表情を浮かべながら、カーティスを見つめる。
カーティスはそんな国王に冷たい視線を向けた。
「この期に及んで、まだそんなことを言っているのですか? 儀式は完全に失敗しました。結界は崩壊し、魔物がこの国を荒らし始めるでしょう。そうならないために、新たな結界を作り上げる必要があります」
カーティスの言葉を聞いて、国王は顔を真っ青に染めた。
「新たな結界だと……? そんなことが本当にできるのか……?」
信じられないという表情で問いかける国王に、カーティスは淡々と答える。
「できるか、ではありません。やるのです。それしか方法がないでしょう」
「し、しかし……」
「そんなことを言っている時間はありません。魔物たちがいつ襲ってくるかわかりませんから」
カーティスの言葉に、国王は黙り込んでしまう。
二人のやりとりを聞きながら、レイチェルは小説のストーリーを思い出そうとする。
確か、この後は魔物と戦いながら、四大公爵家の者たちを中心に結界を修復していくことになるはずだ。
崩壊した結界の欠片をつなぎ合わせ、新たな結界を再構築する。それは並大抵のことではなく、命を賭した作業となる。
小説では設定だけがあり、実際の文章にまではなっていなかった部分だ。
「さあ、レイチェル。儀式を行おう」
カーティスは優しく微笑むと、レイチェルの手を取って歩き始める。
「カーティスさま……?」
戸惑うレイチェルに構わず、カーティスは祭壇の中央まで連れて行くと、そこで立ち止まった。そして、祭壇の上に置かれた杖を手に取る。
「おいで」
そう言うと、カーティスはレイチェルを抱き寄せた。そして、杖を天高く掲げる。
すると、光の粒子が周囲に舞い始めた。その光は徐々に強さを増していく。
「カーティスさま……これは……」
レイチェルは戸惑いながらも、既視感を覚えていた。
以前も同じようにカーティスに抱きしめられ、こうして祈りを捧げたことがある。
結界を修復するためにはどうすればよいか、手順も頭の中にある。
しかし、小説ではそこまで書いていなかった。細かな設定すらなかったはずだ。
それなのに、なぜかレイチェルは知っている。
どうすれば結界を修復できるのか、そして、この儀式の結末さえも。
「そうだわ……確か、あのときもカーティスさまと……」
呟きながら、レイチェルは背筋が凍るような思いになる。
儀式の結果、結界の修復には成功するが、カーティスは力を使い果たして廃人となってしまうのだ。
「そんな……そんなこと……」
レイチェルは震える声で呟く。
カーティスを失うなんて、絶対に嫌だ。そんなことになったら、自分はどうすればいいのか。
いや、小説にはカーティスは登場しないはずだ。だから、カーティスが廃人になることもないだろう。
そう自分に言い聞かせるが、それならばこの記憶は何だというのだろうか。
混乱するレイチェルの頭に、さらに記憶が蘇ってくる。
小説の知識ではない。実際に経験した、過去の出来事だ。
魔物たちとの戦いで犠牲者を出しながらも、カーティスとレイチェルの二人は儀式に挑み続ける。
そして、ついに二人は結界の修復に成功した。
しかし、その代償としてカーティスは力を使い果たし、廃人となってしまったのだ。
カーティスの功績は闇に葬られ、レイチェルはグリフィンと再び婚約させられる。 そして、グリフィンでは王家の血を残せないため、国王自らがレイチェルに胤を授けようと──
「いやっ! いやああっ!」
レイチェルは悲鳴を上げて、カーティスにすがりつく。
そんな未来は嫌だ。絶対に受け入れられない。
「カーティスさま! お願い! どうか、やめて! このままだと、また……!」
「レイチェル……?」
カーティスは驚いたように目を見開く。その瞳には困惑の色が浮かんでいた。
レイチェルは必死にカーティスの服を握りしめる。
「カーティスさま! 廃人になっちゃいやあっ!」
レイチェルの瞳から大粒の涙が溢れる。
その途端、カーティスははっと息をのんだ。
「まさか……思い出したのか……?」
カーティスは震える声で呟いた。
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