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03.素朴な幸福

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 クロエは一人、蕾をつけた小さな木の世話をしていた。
 結局、クロエが選んだのは『素朴な幸福』だった。
 中に入っていたのは種で、植えてみたところどんどん芽が伸びていき、あっという間に小さな木になったのだ。

 リュシーが開けた『華麗な栄光』には、純白の手袋が入っていた。
 喜んでそれを身に着けたリュシーは、王太子エミリアンに見初められて、側妃となった。
 側妃は準王族であり、大層な出世だと男爵夫妻も大喜びだ。
 王都へと出立するリュシーの勝ち誇った顔が、クロエの脳裏によみがえる。

「……あの子のことなんて、いいのよ。私は……」

「クロエ!」

 物思いにふけるクロエの元に、息を切らせて駆け込んできた姿がある。
 婚約者のジュストだ。

「申し訳なかった!」

 ジュストは突然、クロエの足下に平伏した。
 野外だというのに何をやっているのかと、クロエは唖然とする。

「きみの手のことをけなしてしまった。実はリュシーが仕事を放り出し、その分も全てきみがやっていたと聞く。それを僕は考えなしに、浅はかで愚かなことを……恥じ入るばかりだ……」

 平伏したまま、ジュストはかすかに震える。

「リュシーとは何回か会ったが、手に触れる以上のことはしていない。僕の婚約者はクロエ、きみだけだ。どうか許してくれ……」

 地面に額をこすりつけ、ジュストは許しを請う。
 クロエはしばし呆然とそれを見つめていた。ややあって、膝をかがめてジュストの肩に触れる。

「……いいの……わかってくれたのなら、いいの……」

 少し涙ぐみながら、クロエは囁く。
 これまでの憂いが晴れていくようだった。
 真実に目を向けて反省してくれたのなら、クロエはそれで満足だ。

 二つの箱のどちらを開けるか迷ったとき、頭に浮かんだのはジュストの顔だった。
 素朴で優しく、華麗な栄光とは結びつかない顔。
 だが、穏やかに愛を育んできた、愛しい婚約者の顔だ。

「一緒に、この地を盛り立てていきましょうね」

「クロエ……ありがとう……」

 顔を上げたジュストの瞳は、感動に潤んでいた。
 その手を取り、クロエは優しく微笑む。
 二人の後ろでは、小さな木に宿った蕾が、愛らしい花を開かせていた。
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