精霊たちの献身

梅乃屋

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本編

ミリナ視点03

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 目が覚めた。

 そして同時に足に絡まる不快な鎖で、昨日の出来事が夢ではなかったと落胆した。

 昨日のディオニシオが激しすぎて未だに下腹はジンジンと疼き、更には気怠さと頭痛がする。
 それでも心の隅で初めて得たセックスの快感に、本気で抗えない自分がいて。

 はぁぁぁ…。
 何なのコレ?
 私はヒロインじゃなかったの?
 小説のストーリーと全く違うじゃないの。
 何処で間違えたのよ?

 私は体を起こして部屋を見渡す。
 豪奢でキングサイズのベッドには昨日の情事の跡が残っていて、ベタつく体も何とかしたい。

 …ディオニシオも王族なら私に侍女の一人でも付けてくれればいいのに。

 ヤリ捨てして行った彼に沸々と怒りが湧いてくる。

 すると静かに扉が開き、苛々の根源が顔を見せた。

「お目覚めだな?ミリナ」

 無駄に整った顔立ちにうっかり見蕩れてしまいそうになるわ。イケメンて厄介ね!

「お風呂に入りたいんだけど?」
 私は不機嫌に伝えた。

 でも彼は気分を害する事なく口角を上げて私の足枷を解いた。

「え?解放してくれるの?」
「まさか」

 そう言ってそのまま私を横抱きにして隣のバスルームへ運び…

 ……全身洗われた。

 羞恥心や色んな尊厳を失った気がする。
 それでもなぜかこの王子は楽しそうに私に構う。

「いつまで私を監禁する気なの?」

「さぁね?俺が飽きるまで?」

「そんな事言っている間にアウラヴィータ王国との関係が拗れるんじゃない?私は精霊の巫女よ」

 アウラヴィータ王国は世界でも強国だ。力関係は小説で知ってるんだからね!
 私は強気で彼に詰め寄り、自分を解放するよう命令した。

 そんな私を嘲笑うようにディオニシオは私を膝の上に乗せ、朝食を手ずから与えてきた。

 取り敢えず食べたけど。
 外はカリッと中はふんわりチーズ味のナンの様なものだった。

「巫女と言うけどさ?」

 大方食べ終わり、ご丁寧に私の口元を拭き取りながらディオニシオは耳元で囁く。

「本当にミリナが巫女様なら、精霊に頼んで此処から逃げ出すことも出来たんじゃないのか?」


 あ。


 言葉を失った。

 薄々気付いていたの。


 あれだけ居た精霊達が、居なくなっていることに。

 あの時から…

 エヴァが憎らしくて彼女に攻撃するよう命令した時から、徐々に私の周囲の精霊達は姿を見せなくなった。

 沈黙した私を覗き込むディオニシオ。

「実は俺も精霊の姿は見えないが声は聞こえんだよ。俺についてる子限定だけどな」

 私の髪を撫で付けながら、蠱惑的な笑みを浮かべるディオニシオ。
 確かに彼の側にはいつも黒い子が付いていた。

「声……?精霊って、話せるの?」
 そんな設定小説にはなかったわ。

「少なくとも俺のパブロは話すし、かなりのお喋りだ。うるせェくらいにな」

 ディオニシオが精霊の声を初めて聞いたのは十代初め頃だったとか。
 最初は姿の見えない幼い声に戸惑ったらしいけど、それが精霊と分かり仲良くなって名付けると精霊の言語能力が上がり、今ではかなり頻繁に会話をしているらしい。

「で、パブロが言うにはな?『エヴァを虐めるミリナは嫌い』だとよ。あはははっ!もうお前精霊の巫女じゃねェよな?」

 私は膝に抱っこしたまま笑い出すディオニシオをキツく睨んだ。
 図星だっただけに悔しくて!

「じゃぁもう私をここに閉じ込める意味なんてないじゃない!さっさとアウラヴィータに帰してよ!」
 彼の膝から逃げようと身を捩ると、更に抱き込まれた。

「んん~?巫女が精霊に嫌われてるなんて国は知らないだろ?お前がこの国にいるだけでアウラヴィータへの牽制にはなるんだよ。だから…」

 諦めろ、と。

 精霊の巫女様はアウラヴィータに帰りたく無いと、ついでにアラゴン王国の第三王子と一緒に居たいと仰っている……そう言う筋書きらしい。

「何でよ!アタシは嫌よっ!大体アンタ三番目でしょ?王様になれないんだからそんな事しても意味ないじゃない!」
「三番目だから色々立場を確立しなきゃ生きていけねーの。小娘ちゃんにはわかんねェ世界だよ」
「だからって私を監禁するなんて酷いじゃない!一生閉じ込める気?!」
「まぁ、事と次第によっては?」

 はぁぁぁ?
 何それ!冗談じゃない!私は主人公よ!王子と結ばれてハッピーエンドの小説の筈なのに、何でよ!
 私が何をしたって言うのよ!

 ………………………。


 したわ。
 色々やらかしたわ。
 嘘をついたりワガママ放題したり、あまつさえエヴァの顔に傷を付けようとしたわ。

 何これ?
 罰なの?
 私が純粋な少女じゃなくて邪念たっぷりの意地悪な主人公だったから?
 素直で天真爛漫で誰にでも優しい女の子じゃなかったから?

 だってそんな優しい性格じゃ生きていけなかったんだもん。少なくとも私の周りはそうだったもの。
 成績も顔も中の下だっただけに素直で優しいだけじゃ、馬鹿にされたり虐められたりするだけなんだもん。捻くれる要素は大いにあったわよ。
 内緒だけど異世界トリップして顔は何故か美少女に変わっていたけど、性格は変えられなかったわ。


「まぁそんな落胆することはない。ちゃんと毎日愛してやるから……俺とのセックス気持ち良かっただろ?」

 黙り込んで俯いている私の顔を指で摩るディオニシオ。
 セックスは確かに気持ち良かった。けど、そういう問題じゃないないのよ!
 私は幸せになりたいのに!ハッピーエンドを迎えたいのに!

「ヤダ……。私は、幸せになりたい」

 そう呟くと、ディオニシオは尋ねる。

「ミリナの考える幸せって、何だよ?」

 そりゃハッピーエンドで………。


 ふと気付く。
 私の求めるハッピーエンドって、なに?




 ◆




 その晩、ディオニシオは遅くなると言って、侍女が運んできてくれた夕食を一人で食べた。
 足枷をつけられ、トイレには行けるけど部屋の外へは出られない。

 試しに大きな窓を見れば遥か下降に地面が見える。

 要するに脱出不可能なのよ。

「はぁぁぁ。こんなはずじゃなかったのに……」

 もう泣きそう。
 私は一体何がしたかったのか分からなくなった。
 とにかく原作通りにハッピーエンドを迎えたかっただけで、他のことなんか見えていなかった。
 自分がこの世界の中心だと、全ては私のために回っていると勘違いしていた。

 だってそうでしょう?
 主人公だったんだもの。

 でも、何をしても許されるなんて甘い事はなかった。
 やらかし過ぎて精霊達からも嫌われ、更に監禁て。
 乙女ゲームならバッドエンドじゃん。

 今更反省したって取り返しなんてできないのだろう。
 私は窓枠に頬杖をつき、ため息と同時に涙が出てきた。
 大きな声で泣きたくなって、それでも我慢していたら鼻水が出てきた。
 誰も見ていないからと、流れるままにグジグジと顔を濡らして不細工な泣き顔を晒した。

 もう、どうでもいい。
 私なんて所詮馬鹿だしブスだし、せっかくの主人公ポジだってまともに出来ないグズだし。

 ほんと、もうどうでもいい……!

 私はあの王子のオモチャとして一生過ごす事になるの?
 確かにセックスは良かったわ。でもあの性格じゃすぐに飽きて他の女に走って私のことなんか捨て置くに決まっている。
 そもそも私は好みじゃないらしいし!
 そして、私は忘れ去られて一生ここで飼い殺しになるんだわ。

 最初はよかったのに。
 上手くいくと思っていたのに。


 もうやだ。
 こんなの。

 ……誰か、助けて。




 すると、涙で滲んだ目の前に、
 フワフワと揺蕩う光が………五つ、六つ?ぼんやりと映る。

 それは次第に人型となり、カラフルな精霊となった。

 え?

『非道な悪事は許さない!』

 は?
 喋った………?


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