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ルフス 正す

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ベール人の集落は王国の北西の外れ、深い森にあった。
三代前に王国に遵従して王国に組み込まれた、れっきとした王国の一員である。

王国に必要な木材や木の実、貴重な薬草などを無条件に届けることを納税として課せられている一方、森の中での暮らしは自治権が認められている。

王国内を移動することも自由、属州として組み込まれた他国の者は一定年数奴隷として役務が課せられるがそれもない、自由市民である。

これはベール人の集落だけでなく、王国内の各地で採られている施策である。
あの忌まわしい「ザビーナの悲劇」が起きた後、アンキウス家の当主が新法を掲げた。

ザビーナ国はノーア王国の一部として遵従することで、悲劇に対しての罰と補償を行う、と。
それには、ザビーナの乙女を帰還させること、王国民としての地位、犯罪被害に対する賠償であった。

更に、同じように遵従の意を示す民族には、王国民としての権利と民族の自治権を与えるというものだった。
この機会にと、ベール人やその周辺の少数民族が挙って王国の民として下ったのだった。

王国へと組み込まれたことは、思いの外快適で、税を納めさえすれば特段変わらぬ生活が送れた。
そして、周辺国からや山賊などの脅威は王国の権威によって目にみえて減っていったのだった。
だから、ベール人においての仕事の最優先は納税する木材の切り出しや木の実、薬草の収集であり、男方は朝から日が暮れるまで森での作業に追われた。

女方や老人子供は男方が採ってきた木の実や薬草をカビさせないよう丁寧に干したり、切り出して乾燥させている木材の数量管理や、自分達が食べるための日々の糧を作っていた。

ルフスは生まれたときからこのような、呑気な日常が当たり前だった。
そして、自分も親の後を継いで族長となっても、同じような時間が過ぎるものと疑いもなく過ごしていた。


その日も早朝から男方を率いて森の深部へと進んで行った。
みな慣れた手付きで、木を斬り倒し、枝を払い、運びやすい大きさに切り出す。
それを一同で引きずって森の入口まで戻ってきた時には、もう日が傾いていた。

「やあ、今日は思いの外時間がかかったな。これを村まで運んで終いだな。」
そう周りと話している所に、村の悪ガキの一人が息も絶え絶え走りより倒れ込んで言った。

「村が、おれらの村が襲われてる!村が燃やされておる!」

なんだと!

急ぎ、材を放って小僧を脇に抱えて男方で走り村へと帰ると、朝出た時のあの閑雅な村が、見るも無惨に踏み荒らされ、老人や子供が血を流してそこここに倒れ、家や納税用の蔵、干してある木材などに火がつけられていた。

「手分けして、消火と手当てをしろ!」
そう叫んで、まだ息のある村人を安全な森の付近まで下がらせて手当てをし、火がついた家屋は打ち壊して鎮火させた。

そうこうして、やっと村中を見て回るのを終えると、若い女方が数人居ない。

森へと呼びに来た小僧に聞くと、泣きながら
「襲ってきた奴らに拐われた。俺の姉ちゃんも拐われた。姉ちゃんが、俺を奴らから匿って『森へ知らせに走れ』って。ウウウッ」

族長の俺の両親は、王国の旗、特に王家の旗を掲げた一団に
「まだ納税の時期じゃないのに不思議だな」
と、言いつつ歓迎の意を表して、村の者を並べて出迎えたらしい。
すると、何も言わず騎乗の騎士が、
「新剣の試し切りだ!」
と叫んで、族長とその妻を切り捨てた。

それを見て悲鳴を上げて逃げ惑う村人を追いかけて、次々に切って歩いたという。

「おい、女は切るなよ。」

そういう騎乗の男が逃げる女を愉快な様子で眺めると、
「さあ、かくれんぼしているのはどーこかな!?」
と、笑いながら一軒一軒家捜をして、気にいった女の頬を打ち、髪を引っ張り、女の泣く声を愉悦的な表情で聞いていたという。
そのうち、数名を縄で縛って馬車へと乗せて連れ去ったという。

「もう、マルクスいい加減その位にして、証拠隠滅しないと不味いですよ。あなた、切り捨てるってどういうつもりなのですか。少数民族とはいえ、王国民への蛮行はご法度と知らない訳ないでしょう!?」

もう一人、騎乗のまま見張りをしていた男が、騎士を嗜め、証拠隠滅にと火を放ったという。

「なんということだ!非道な。俺は、拐われた女方を助けに出る。」

そう言って、村を出ると近隣の集落に目撃情報を聞き歩いたのだった。

すると、王都へと向かう道沿いの少数民族の村だけを狙って数ヵ月前から女狩りをする狼藉者が現れていたことを知った。
ある村の族長は女が拐われある者はそのまま捨てられて、ある者は川に投げ捨てられて、そして族長の娘は同行の騎士に連れ去られたと言った。

俺は、俺の村の惨状を伝えると、
「今までで聞いた中で一番酷い。アレが仮初めとはいえ、王家の者だなんて!これからどうなってしまうのか!?」と言って顔をしかめた。

「仮初めの王家とは?」
そう尋ねる俺に、

「なんだ、ベール人の村は、サエニウス王家が仮初めと知らぬのか!」
と言われた。

「いや、それは知っているが、襲った者は王家なのか!」

「そうだ、凌辱された娘の何人もが、逃げ惑うのを笑いながら追いかけ、髪を引っ張り、頬を張られて犯されながら『何を嫌がることがあろう、王家の慈悲を与えられていいるのだ、喜べ』と言われたと言っていた。他の少数民族の村でも同じようなことを言われた者が多数いたのだ。あれは、サエニウス家の王太子とその側近たちだ。」

「そこまでわかっているなら、なぜ告発しない!」
俺は勢いその族長に食って掛かった。
その時捕らえられていたら、俺の村の惨劇はなかったのだから。

「そんなもの、何度もどの村も兵士にも地方執政官にも伝えた。しかし、あの側近の文官はミヌキウス家の者だろう。あいつに握りつぶされて、泣き寝入りだ。しかも執行官からは『これ以上騒ぐと、納税をこれから倍にするぞ』と脅される始末だ!税を倍にされたら暮らしていけない。泣く泣くどの村も口をつぐんだのだ。」
そういう族長の顔は憤怒で真っ赤だった。

娘を犯され、更に連れ去られたのだ、その心中は図り知れぬ憤りだろう。

両親を殺され、妹を拐われ、村を焼かれた俺には痛いほどその気持ちがわかった。

俺はもう、本当の王家に直訴するしかないと決意していた。

王都では、森の一族ということで身軽なことを買われ悪名高い《闇ギルド》で間諜として働きながら、来るべき時を見計らった。

ある日ギルドから受けたのは、憎っくきミヌキウス家のルシウスからの仕事だった。

闇夜の中、ある廃墟の部屋の真ん中にその男は立っていた。
俺は姿を隠し、声だけで仕事の内容を確認する。

「アンキウス家の動向を知りたいとは、具体的にはなんだ?どのアンキウス家だ?アンキウス家の誰の動向だ?漠然とし過ぎている。具体的な指示をしろ」

「アンキウス家の本家だ。ユリウス様の、というか。」
ルシウスは歯切れが悪く、要領を得ない。

「今、戦場にいるご当主の動向?戦場に向かうってのは無理だ。この期に及んでは兵士に紛れることもできん。」
なにを当たり前なことをと、こいつバカか!?と、呆れた口調で言った。

「いや、そうではない。いいか、ここで聞いたことは他言無用だ。」

「当たり前だ。闇ギルドの仕事はどれも他言無用に決まっている。言ったら自分の身が破滅してしまうわ。」
やっぱこいつバカだろうと確信して、ため息混じりに返答する。

「いや、それはそうだが。ええい、ままよ。数ヵ月前、いやここの所半年余りの間に、王国の少数民族を襲っては女を拐う者が現れた。そして、三ヶ月前には北西のベール人の村を村人を切り殺し、女を拐い、村を焼き払うという蛮行を行った者がいる。それをアンキウス家が知っているかどうか、知りたい。」

なにを言うのだ、お前とお前の主君が俺の村を襲い、俺の両親を殺し、俺の妹を拐っただろう!
俺は、この男をこの場で殺してしまいたい衝動に耐え、努めて冷静に聞いた。

「その話は届いて居ないのでは?ご当主は戦地だ。」

「いや、それはそうだが、ユリア様がいる。ユリア様はなにか気づいているのではないか?」
「なぜ、そう思うのだ。その蛮行とあんたと何の関係があるのだ?」

「俺は、俺は何にもしていない。最初の時も王都の外れの森へと狩りへ行こうと誘われただけだったのだ。それが、なぜか森に薬草採取に来ていた少数民族の娘を追いかけ回すようになり、犯した。それからは何度も少数民族の村を襲うようになり、あの日、とうとう村人を殺害するまでにエスカレートしたのだ!俺は悪くない。俺はなにもしていない!でも、もしこの話がアンキウス家に知れたら、俺は一貫の終わりだ!」

そういうと、ルシウスは顔を被って泣き崩れた。

泣きたいのは、意味もなく襲われた村人だ!と込み上げる怒りを必死に耐え、

「その件をお前の家の当主に伝えたら良いのではないか?」
と言った。

「そんなこと無理だ。なぜ止めなかったと俺一人に罪を着せて切り捨てられる。そういう家だ、俺は庶子なんだ。だから本家の執政官の仕事には付けさせてもらえず、あんな愚者の世話係だ。それも、こんな騒動に巻き込まれて、いい迷惑だ。」
そういうと、床にひざをつき、ドンドンと拳で叩いた。

お前が言うな、騒動に巻き込まれたのは俺たちだ!と言いたいのを必死で飲み込んで、その申し入れを受けた。

「だが、どうやってユリア様の動向を探る?邸の奥に居るのだろう?」
「それなら、もうすぐ、奥方が一族の令嬢を集めての刺繍の会を催す。そのどさくさに紛れて、情報を探ってくれ。」

そんな、令嬢に紛れるなどやっぱりこいつはバカかと呆れたが、俺にとってもこの機会しかないと腹を括り、精一杯令嬢に見えるように女装してその刺繍の会へと参加したのだが。

やはり、アンキウス家の騎士は優秀で、潜入したのは良いものの不信感を持たれたのか、ある瞬間、
「お前、くせ者か!」
と、背中から切りつけられた。

燃えるような熱を背中に感じ、気を失うのを舌を噛んで我慢し、その騎士から身をかわしドレスを脱ぐと、フッと吹き矢が騎士の首筋に当たった。
森で採れるベール人特性の速効性の睡眠剤が効き、倒れた騎士を物置に隠す。

そして、痛む背中を無視して、直訴するタイミングを木の上で待った。

刺繍が休憩となり、中庭に席を移動した令嬢の中から、一目でユリアを見つける。
銀色の髪、紫の瞳、雲のように白い肌。
そして、そこに居るだけでピンと背筋が伸びるような、為政者の風格。

この一瞬に全てをかけようと決意して、その首筋に剣をあてた。

奥方がアンキウス家の名誉にかけて話を聞いてくれるという言葉を聞いた瞬間、意識が途切れた。

意識が戻り、ユリウス本人を前に少数民族への王太子の蛮行を訴えると、何を望むと問われた。
答えはもちろん、復讐だ。

そして、俺は、ユリア様の下へと侍ることになった。

闇ギルドの話はどうしたものかと、尋ねると、父娘同じ顔をして、

「まだ気がついていない、と。なんなら、少数民族の噂話を消し去ってやろうかと持ちかけなさい。そして、言い値でルシウスから搾り取ればいいわ。それはあなたが貰えばいいのよ、その怪我の慰謝料に。」

そう言った。
似た者父娘である。

言われたようにルシウスに持ちかけると、ノーアの平均的な騎士の年収の三年分もの金を受け取った。
だからといって、何をする訳でもない。

三分の一をギルドへ渡しに行くと、アンキウス家から話が通っていたようで、

「それはそのままお前の物にするように。こっちはそれ相当の金を貰っているから大丈夫だ。いや、お前をうちに引き入れた俺は自分を誉めたいよ。あの、アンキウス家との取引だからな。ご当主様にも拝面させてもらえたし、お前は俺らの希望だよ。」

と、だいぶリップサービスを上乗せされた。

ほどなくして、リウアの居場所が確認できた。

「拐われた村の女方は公的な娼館に囲われています。」
ユリア様へとそう報告すると、

一瞬の沈黙の後、端麗な顔を心持ち歪めて、
「ごめんなさいね。あなたに聞くことではないと、分かっているのだけれど。なぜ、自分が拐った娘を娼館へ?」

それはそうだ。
娼婦を抱くには金がかかる。
自分のものにするのに拐ったのではないか!?と思うのが普通だ。

「なんでも、街で囲うにも館を買わねばならない。面倒をみるにも金がかかる、と。そうルシウスから言われたため、マルクスが付き合いのある娼館へと女を預けたらしい。売った訳でない、預けただけだと。そうルシウスは言っていた。拐った女を売ったら王国法に触るが、預けただけで、キチンと娼婦として金を払って買っているから問題ない、そう言っていた。」

俺は『少数民族の噂を消し去った』と嘘の報告を行った際、ルシウス本人からこの話を聞いたのだ。

「そんな馬鹿な話が通ると思っているのかしら?思っているのね、さすがあのププリウスの側近だけあるわ、アレもまた馬鹿なのね。」

ユリア様は長い長いため息を吐いて言った。

ユリウス様へと報告し、自分が参ると言って聞かないユリア様を止めることが出来ず、ユリウス様自らユリア様を連れてその娼館へと向かう。

そこで俺はやっとやっと、妹のリウアと再会することが出来た。
リウアは村に居た時の屈託のない笑顔から自棄っぱちのような暗い笑顔を向けてきた。

「リウア、俺だ。迎えが遅くなって、すまん。」
そう言って顔を見せると、リウアは大きく見開いた目から涙を流して声を上げて泣いた。

しばらく泣いているリウアを慰めていたが、落ち着いたリウアが真っ直ぐ俺の目を見て言った。

「彼奴らに復讐をしたい。」

「それは俺がやる、お前は他の女方と村へ帰って待ってろ。」
そう言って宥めるが、頑として聞かない。

「私、あの日から毎日、毎晩、それこそ起きている間中復讐することだけを考えて生きてきたの。他の女方やここには他の民族から拐われた娘も居るわ。みんな復讐する機会を狙って、それだけを希望に生きてきたのよ。」

そう言うと、黒い笑顔をみせた。

リウアたちの作戦では、ププリウスを心の底から自分の虜にして操ることでユリア様との婚約を破棄することだった。

「いくらアレが馬鹿者でもユリア様との婚約を破棄などするものか。ユリア様との婚姻はサエニウス家が仮初めの王家からいくらか本筋へと戻す手立てだ。ユリア様との子を王に掲げた時、ノーア王国に真の王として君臨出来るのだから。まあ、アンキウス家はもちろん、黒幕として依然として力は保持するだろうが、今の名ばかりの王家からは脱却できる最後のチャンスだ。それをみすみす逃すものか。」

俺は呆れて、リウアの稚拙な考えを否定した。

「フフ、全く話にならないわ。兄さん、分かってないわね。あのね、あのププリウスという男は、兄さんが思っている以上の馬鹿者よ。このノーア王国が誰のものかもわかっちゃいない。」

リウアは口の端を歪ませて皮肉な笑顔を向けてそう言った。

「それはどういう意味だ」

「そのままよ。彼奴、何にも知らないのよ。この国の平民も知っている、アンキウス家が真の王家だと言うことも、自分が仮初めの王家だということも。ユリア様の婚約は、自分の美貌を見かけたユリア様が一目惚れをしたために将軍に無理を言って強引に婚約をせがんだからしたと言っていたわ。三門の盟約についても全く知らないわ。アンキウス家は戦争しかできない野蛮な家門だと言っていたわ。ユリア様が強引に自分と婚約をしたから、あんな野蛮な家の血を王家に迎えなければ行けないと嘆いてみせたのよ!驚くでしょ?自分のおばあ様はその家門から嫁に来ているのだから、自分にも父王にもその血はとっくに流れているのに。」

リウアの言葉に、二の句が告げない。

馬鹿者だと愚か者だと、思っていたが、それ以上の大馬鹿者だった。

「だから巧く操って、婚約破棄に持っていけば三門の盟約の破棄になるでしょ?ざまあよ!ざまあだわ!」
ハハハハハハ・・・と狂ったように笑うリウアの目から止めどなく涙が溢れていた。


リウアの話をユリア様とユリウス様へと告げる。
ユリウス様はとても満足気に頷かれたが、ユリア様はこれ以上リウアに負担をかけるべきでないと拒否をした。
それをリウアが命をかけて復讐したいのだと、亡き両親と村への弔いだと願い出た。

森の民であるベール人は森で採れる薬草やキノコを使って、呪術を行う。
その中には催淫作用のある秘術もある。
リウアはその秘術を以て、ププリウスを依存させ操るとユリア様に告げた。

「ほお、お前たちはそんな秘術を隠し持っていたとはな。」
ユリウス様は威圧感のある笑顔を俺に向けた。
俺は背中を冷たい汗が滝のように流れるのを、そ知らぬ顔で受け流した。

「では、万事そのように。精々働きなさい。」

ユリア様は神々しい顔でそう我らに命じた。

俺は娼館の管理人として、その場へと職場を変えた。
まあ、そこに来るのはププリウスとマルクスだけだが。
ププリウスは週一回来ていたのが、リウアが秘術を用いてからは、あっという間にその頻度がどんどん上がり毎日通うようになった。

そのタイミングで身請けの話をねだった。
リウアの虜になっていたププリウスはよく考えもせず、
「それは良いな。リウアといつも一緒にいられる。そのようにしよう。」
そう言って、身請けを管理人の俺に言い出した。

「では、向こう十年分の身請け代をご用意下さい。」
そういうと、わかったと了承して帰っていった。

朝、帰ったと思ったら、昼にまたやって来て、
「実はそんな大金はすぐには用意できないのだ。」
そう言って言うので、
「でしたら、身請け話は無かったことに致しましょう」
そう言った。

しかし、次の朝部屋から出てくると、また
「リウアは真実の愛なのだ。身請けをしたい。」
そう言って来た。

真実の愛ってなんだよ!と言いたいのを飲み込んで、
「でしたら、向こう十年分の身請け代をご用意下さい。」
またそう返事をした。

「いや、なかなか上手くいかないのだ。」

眉を下げて、そういうププリウスに、

「でしたら、無理ですね。ですが、なにかアイディアを考えましょう、真実の愛なのですから。そうそう、マルクス様なら何か考えが有るかもしれません。マルクス様をお連れ下されば、私の方から話してみましょう。」


そして、その日の晩、マルクスを伴ってまたププリウスがやって来た。


前もって打ち合わせをしていた、別の少数民族の村長の娘クルーノがマルクスを上手く誘導することになった。

ププリウスと一緒に最初の村を襲ったマルクスは、その族長の娘を気に入り犯した後、捨て置かず王都へと連れ去って、よく使う娼館へと無理矢理押し込めた。
もちろん、クルーノを娼婦としてそこそこの値段で売ることで、小遣いにはずいぶん多い金を手に入れたのである。


それからは、度々クルーノを指名しては楽しんでいたのである。

クルーノは性奴隷のような扱いを受け、心を潰される思いだったが、王国法で拐われた乙女は復讐する権利があると知っていたので、その機会を得るまでは自死する訳にはいかないと奮起、その事は心の奥深くに閉まって、お客としてマルクスを扱っていた。

マルクスはクルーノも自分を好いているとなぜか思い込んでいて、ご執心な様子だった。

なぜ村を襲い自分を拐って性奴隷に落とした男を愛する女がいると思うのか!?

その独りよがりな思考回路は、さすが、サエニウス家の家門の男は違う。

マルクスは、ププリウスの祖父王がザビーナの悲劇を行って拐って孕ませた乙女の子の一族だった。

ザビーナの悲劇を起こした祖父王をアンキウス家の当主は許さず、問題の起こった後は護衛騎士から近衛騎士、門番の兵士に至るまで全てアンキウス家からの派遣とした。

唯一王の側近として、サエニウス家に侍る者だけ、マルクスの家門からのみ武官として出仕することにさせた。
同じように、文官としての側近もミキニウス家の王妃の家門からルシウスのように出仕していた。

そんな悲劇の一族出身なはずのマルクスは、その身に流れる愚か者の血故か、本人の資質か、自分の祖母の身に起きた悲劇と同じ愚行を犯したのだった。

クルーノの誘導によって、ププリウスのリウアへの執着を真実の愛と誤認して、クルーノに言われたまま、『身請けの金が国家予算から出ないならば、いっそのこと婚約者にしてしまえば合法的に予算がつくのでは?』などと、尋常じゃないことを、至極真面目にププリウスに伝えた。

《真実の愛なのだ、その愛は何者にも邪魔されるはずがない》
なぜかその言葉が真実のように思われて、ププリウスへと強くそう主張したのだった。

元より歪んだ思考の持ち主のププリウスは、リウアの薬と秘術によって、より一層性格の歪みやリウアへの依存と執着がひどくなっていたので、マルクスのその言葉に強く決意をしてしまった。


そして、馬鹿者愚か者の浅慮によって、アンキウス家のユリアとの婚約を破棄するという暴挙へと一気に突き進んだ。

俺がユリア様を掴もうとしたマルクスの手首を切り落とした瞬間、それが三門の盟約の破棄が回りに周知させられた時であった。


俺は両親と村の仇と、マルクスを切り倒したい衝動をどうにか抑えて、手首だけを切り落としたのだ。
新剣の試し切りにと、親を殺したその憎い手を切ってやったのだ。


周りに集う多くの貴族たちは、サエニウス家が、ミヌキウス家が終わるのを確信し、ユリアに従って王宮を後にすると、急ぎ自分の一族に戦争の準備をさせ、アンキウス家へと報告に走った。
『我ら一門は真の王家アンキウス家に仕える者である』と。


リウアの思惑通り三門の盟約が破棄され、サエニウス家は断絶した。
ミヌキウス家も、ププリウスの祖父の血を引く家門は断絶され、全くサエニウス家の血が繋がらない分家へと系譜が変わった。

ようやく復讐を終えた俺は、胸に一抹の寂しさを覚えた。
それは自分と妹の復讐を遂げさせてくれたアンキウス家への忠誠か、はたまた主への懸想か。

そんな思いを見透かしたように、ユリウスが俺へと問う。

「ルフス、次にユリアを娶るものは強者であってユリアの影となるものぞ。お前はどうする?」

俺は間髪入れずに、
「全身全霊を以て、この身を捧げます。命尽きるまで。」
そう答えていた。

ユリア様がリウアへと慰労の言葉をかけ、リウアがユリア様へ仕えることを願ったその時、あのユリア様の首筋に剣をあてた同じ場所で、俺はユリア様の手にキスをした。

それは、求婚の申し入れ。

そんなことを思いもしなかったユリア様は真っ赤になって動揺していたけれど、これからも時間はあるのだ、ゆっくりと俺に気持ちを向けてもらえるよう尽くすのみだ。


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