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黒猫の気まぐれサービス

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 かなり遡って黒猫の会計状況を調べてみて分かった事がある。赤字を出してきた大きな要因は、二人が気分で仕入れする事だ。杜さんのかなり趣味に走ったお酒の仕入れのチョイスは、最近では逆にそれをこの店の売りに出来ていることから大丈夫なのだが、問題は料理の方。
  『シェフの気まぐれ○○』という料理はよくあるが、黒猫においては全てがママの気紛れ料理。気分で材料を集め気分で料理作っているから無駄が多い。新しい料理覚えたらすぐそれを試してみたくなるのは分かるが、それらの料理同士の材料の繋がりがなく非効率的だった。
  それに美味しい料理なのに、方向性がバラバラで何が売りなのか見えづらいことも問題にも思えた。お酒のこともそうだったが、料理の良さもお客様にあまり伝わっていない。色んな意味で勿体ない。
 「そこで、一週間ごと、もしくは一月ごとにテーマを決めてメニューを組み立てたいと思うんです。そうした上で澄さんの料理もアピールしていたらお酒飲めない人にも敷居低くこのお店を楽しんでもらえるのではないかと思って」
 こういう切り口で二人に提案することにした。二人は気を悪くすることもなくニコニコと俺の意見を聞いている。
 「そうすることで材料も効率的に使えますしね」
 「流石だ、透くんそこに目をつけるとは」
  そう杜さんはウンウンと頷きながら言うが、杜さんはこんな素人の俺でも気が付くような所、気が付いていたと思う。しかし二人にとってこのお店は趣味、楽しくやることが重要な為、気にしていないのが現状なのだろう。そして今、三人での店を経営という状況を大いに楽しんでいるようだ。今まで酒は杜さん、料理は澄さんが気ままに担当しており、そこでの簡単に相談はあっても打ち合わせはなかった。俺が社員になることでこうした経営会議も行われるようになったのだが、その時の二人の楽しそうな顔を見ていると会議に思えない。
  もう二十年くらいこの商売しているのに、『透くんのお陰で根小山さんたち漸く商売やる気になって良かった』って言われる二人って……。
 「そこで五月も半分過ぎましたが来週のメニューから考えてみようかと」
 澄さんのお手書きのレシピブックに俺なりのプランをプレゼンする為に付箋を付けたモノに視線を向ける。そして口を開くが......。
 「そんなのイカしかないじゃない♪ 今月のテーマ食材と言ったら!」
 「イカ?  イカって今旬でしたっけ?」
  テーマといったのに何故単体食材でくるのだろうか? 魚介系でなくイカ? そんな俺に杜さんは頷く。
 「色んな意味で旬だな、食材としても、存在としても」
  そして二人の口から、最近婚約した重光幸太郎先生の馴れ初めを聞かされる。そのため皆でお祝いの意味も込めてイカ様フェアーをしようと話しているらしい。幸太郎先生は国会議員の為にお祝いは出来ないので、そうして皆で喜んでいる姿を見せる事で祝いの気持ちを伝える事にしたらしい。
  この商店街の情報網がスゴいのは知っていたものの、何故幸太郎先生が恋人である女性と二人っきりのときに起こったであろう出来事が外部に漏れているのだろうか? それが商店街の中に知られて弄られているのってご当人にしてみたらどうなのだろうか?
  考えてみたら最近「とうてつ」の嗣治さんが桃香さんと結婚した時には季節関係なく桃スイーツが商店街で大流行していた。この商店街でのお祝いってこういうノリになるものらしい。ここで恋愛し結婚するという事は商店街皆のオモチャ、いや熱すぎるお祝いムードに当事者の皆さん大変だな~と少し同情する。
  結局黒猫もイカ様フェアー参加ショップとなった。
  毎日風味の異なるイカマリネをお通しにして、イカな料理がメニューにズラリと並ぶ。そしてその意味を知る人も知らない人も楽しんで貰えているから良かったと言うべきだろう。

  カラン

 黒猫の扉が開きソチラを見るとロングヘアーの柔らかい可愛らしさを持った女性が立っていた。幸太郎先生の婚約者の沙織さんである。俺が声かけるとフワリと笑い『二人でなのですが』と答える。確かに結婚前の女性が一人で飲むなんて事ないだろう、友達かそれかデートという事になる。どちらにしてもユックリ会話を楽しみたいだろうと思い奥の半個室になったソファー席に案内する。
 「この度はおめでとうございます」
  俺がメニューを渡しながらお祝いの言葉を言うと、顔を少し赤らめて照れながらお礼を言う。その笑みがいつもより綺麗に感じるのは、幸せの絶頂にあるからだろう。
 「梅酵素ジュースあります? あれ美味しくて♪」
  澄さんのお手製の梅酵素シロップを使ったジュースは女性に密かに人気のソフトドリンク。その他澄さんお手製の果樹酒も黒猫の売りといったら売り。お手製の為在庫がなくなったら終わりなのが残念な所。
 「ご用意出来ますよ。すぐにお持ちしますね」
  そう答えると沙織さんは嬉しそうに笑った。俺が離れると澄さんが擦れ違いにお通しのイカのマリネや、イカのラタトゥーユなどすぐに出せるイカ料理を持って沙織さんの方へとウキウキした感じで近づいて行っている。お祝いを言いに行ったのだろうが、注文せずに出てくるイカ尽くしの料理に流石に顔をひきつらせていた。
  ドリンクを作りテーブルに戻ると、沙織さんは料理をパクリと食べて幸せそうにニコリと笑って、別の料理を食べてまた嬉しそうに笑っている。良かった美味しく楽しんでいるようだ。俺の視線に気が付き畏まった顔に戻す。
 「なんか、今商店街中大騒ぎして大変でしょ?」
  そう言うと沙織さんはフフフと笑う。
 「でもその様子で分かったんです。幸太郎さんがいかに商店街の方に愛されているか」
  俺は頷く。
 「確かにそうですね。
  でも先生だけでないですよ。沙織さんのことも大好きだから、皆さん喜んでいるんだと思いますが」
  沙織さんの顔がパッと明るくなる。
 「だったら私たち、両想いなんですね!」
  何故か背中に寒さを感じる。振り返ると幸太郎先生が立っていた。三十代半ば、政治家としては若手だが、早くも頭角を現しているだけに間近で見るとオーラが半端ない。というかいつもより迫力を感じる。これが愛する女性を見事手にした出来る男というものなのだろう。流石だなと思う。
 「先生いらっしゃいませ」
  俺の挨拶に男臭い笑みを返す。
 「透くんだったかな、こんばんは。
......二人で何を楽しそうに話していたのかな?」
  沙織さんは、婚約者が来たのが嬉しかったのだろうニコニコしている。今のやり取りを沙織さんが説明すると幸太郎先生はフッと笑う。笑うと優しい雰囲気になり男の俺が見てもカッコイイ。
 「確かに、この愛があるから俺も頑張れるという感じだな」
  そんな幸太郎先生を最も愛しているであろう沙織さんがジッと見上げている。早くも二人のシッカリした夫婦の絆を感じなんか微笑ましい気持ちになり心和んだ。
 「という事で俺からのラブレターを受け取って欲しいな。先生婚約おめでとうございます」
  気が付くと杜さんも近くに来ていて何やら紙を幸太郎先生に渡す。先生はそれを見て驚いた顔をするがニヤリと笑う。
 「コレがいいな、あとこちらは家で楽しみたいからテイクアウトして良いかな。あと合う食べ物適当に」
  杜さんに何やら注文しているようだ。となると店員二人もここにはいらない。俺は頭下げその場を離れる事にする。その後二人はワインとイカ料理を楽しみ素敵な一時を過ごされたようだ。
  後で杜さんのそのラブレターの中身を知ったのだが、杜さん特選のワインリストだった。かなりレアで入手困難なモノに、それに沙織さんの生まれ年に製造されたワインまでもあり、それが店で飲むとしたら安すぎる価格で並んでいる。国会議員相手だけに金品等渡してお祝い出来ない。だからこそサービスとしで出来る精一杯のお祝いの気持ち。本当の意味で最高なラブレターである。
  このイカ祭りも最初はどうかと思っていたけど、商店街と先生たち。そこに確かに通じ合っている絆があるから良いのかもしれないと心底思った。
  とはいえ、このイカ様フェアーがまさか年に幾度も騒がれるお祭りになるとは思わなかった。流石にそれはやりすぎと思うのはまた後の事になるが、それもこの商店街らしいと言えるかもしれない。
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