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訓練シリーズ
渚です!
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Irisに新メンバーが加入するお話しです。視点は渚で、エロ無です
◇ ◆
いつも散歩している大好きな公園で仲良くなったのは、俺と同い年くらいの男の子。サラサラしたボブっぽい髪型に大きな向日葵の飾りのついた麦わら帽子を被ったその人は、俺を見つけると嬉しそうに近づいて来た。
「おはよう。会いたかった!」
こいつに初めて出会ったのは確か今年に入ってすぐの頃。散歩をしていると向こうから声をかけてきて、一緒に散歩する仲になった。
二人でおいかけっこしたり、かくれんぼしたり、暑くなってきてからは水浴びが出来る噴水で遊んだり、毎週のように長い時間を過ごした。
「最近バタバタしてて来れなかったから会えて嬉しい」
「うん。なかなか会えなくてさみしかった」
珍しく長期任務を任されていて殆ど会えていなかったので素直に気持ちを伝えると、相手も同じように返してくれた。
「今日はいっぱい遊びたい」
俺の手を握り締めて嬉しそうに微笑む姿はとても可愛くて、胸がぎゅうっと苦しくなる感覚がした。
「ねぇ、次会ったら聞こう聞こうと思ってたんだけどさ。名前、なんて言うの?」
一緒に散歩する間柄なら知っててもおかしくないが、何故かお互い今まで名乗ったことはなかった。──というより、俺はなるべく正体を明かさないように言われている立場なので敢えて聞いていなかった。
「……ない」
「え?」
「俺の名前はまだない!」
「…ふふっ、何それ、格好良いね」
「俺の名前がないから、お前の名前も聞けない」
「オレはキミに名前を呼んで欲しいんだけどなー」
ミンミンと蝉が鳴き出して暑さが増し、徐々に汗ばんできても相手は俺の手を離そうとしない。なんなら恋人繋ぎをしてきた。
(…俺手汗とか大丈夫かな)
普段なら気にしないことでも、何だかこの子相手だと気になってしまう。さりげなく手を離そうとすると、ぎゅっと強く握り締められた。
「…暑い」
「オレも暑いよ」
「………手汗、」
「え?」
「俺、手に汗かいてきちゃったから、汚いかも。お前が汚れちゃう」
「えぇ、そんなの気にするタイプなんだ。本当に嫌なら離すけどオレは嫌じゃないよ。今日はずっと手を繋いで歩きたい」
ニコニコと可愛い笑顔を向けられると、また胸が苦しくなった。
(やばい。可愛い…)
普段なら思ったことをすぐ口にするタイプだけど、何故か言えなかった。無言のまま俯いていると、噴水がある場所へと手を引っ張られた。
「今日は奇跡だなと思ったんだけど」
「…ん?何が?」
「実は、もうオレ暫くはここに来れないんだ」
噴水の音で少しだけ聞き取りにくかったが、その言葉を聞いてさっきとは違う胸の痛みがした。
「……え、そ、そうなんだ……何で?」
「引越しするんだ。だからもうあんまり来れない。それを伝えたくて、毎日公園に通ってた。なかなか会えなくて、バイバイ出来ないままお別れするのかなと思ってたんだけど、今日会えて本当に嬉しかった」
繋いだ手が、小さく震えていて。
それを感じて俺も悲しくなった。
「……だから最後に名前聞きたいなーと思ったんだけど。教えてくれないならいいや。名前なんて聞かなくても、オレ達はずっと、ずっと友達だよ」
ニコッと笑顔を見せてくれた相手の目尻には涙が溜まっていて、俺もじわっと涙が溢れてきた。
週に一回程度だったとはいえ、この子と一緒に居ると凄く楽しくて、だるいと感じていた任務も頑張れた。今日も会えるかなとわくわくしながら公園に来たのに。
「……っ、俺、ずっとこの公園に居るから、だから。大きくなったらまた来いよ。大人になったら遠くに居ても来れるだろ!」
「あはは。そうだね。大人になってまた再会出来たら、その時は名前、呼ばせてね」
お互い最後に見せた笑顔には、大粒の涙が混ざっていた。
◇ ◆
「渚ー最近散歩行かないのー?」
あいつとお別れして数ヶ月が経った頃。組織のメンバーが集まっている部屋でぼんやりしていると七彩が話しかけてきた。
「行かない」
「最近元気ない気がするけど、何かあったの?」
「別に何もない」
「そっかぁ。何かあったらいつでも言ってね」
気にかけてくれる仲間が居て、本当に自分は幸せだと思う。だけど、仲良くなった人に名前も言えないのはとても悲しい。
(名前、呼んでほしかった。俺も、名前呼びたかった)
淡い期待を抱いてあれから何回公園に足を運んでみても、もちろんあいつに会うことは出来なかった。
(あー…早く忘れたい。いっぱい任務行かせてもらおうかな)
そんなことを考えていると、普段姿を見せないリーダーがやってきた。
「おはようございます。以前から伝えていたけど、今日から新しいメンバーが加入します」
(あーそういえばそんな話してたっけ)
もう何もかもやる気がなくて覚えていなかったが、花宮リーダーの後ろからひょこっと新メンバーが顔を出した。
その顔を見て、俺は目を見開いた。
何故ならその子は、忘れようと思っていた向日葵の麦わら帽子の男の子だったからだ。
「初めま」
「あああああああああ!!!」
「っ!?」
その子が挨拶をしようとした瞬間、俺は我慢出来ずについ大声を上げた。するともちろんメンバー全員の視線は俺に集中し、その子も俺を見ては目を見開いた。
「っな、名前はまだないくん…!」
「お前っ…引越しってここだったの!?」
「え…?何?知り合い?」
「うん!俺の友達!」
すぐそばに居た七彩が道を塞いでいたので追いやった後、俺は向日葵の元へと駆け出した。
「後でゆっくり話してくれていいけど、みんなへの挨拶が先ね。自己紹介してね」
花宮リーダーが優しく声をかけると、向日葵は今にも泣きそうな顔をしながら「オレの名前は陽葵です。よろしくお願いしますっ!」とみんなに挨拶をした。
「はい。陽葵くん、今日からよろしくね。慣れたら改めてIrisの一員として働いてもらうけど、暫く生活に慣れることを優先して下さい。以上、解散」
ぽんぽん、と俺と陽葵の頭を撫でた後、リーダーは部屋を出ていき、他のメンバーは未だに不思議そうに俺達を見つめていた。
「陽葵って名前、いいね!陽葵!陽葵!」
「えへへ。ありがとう。キミ、Irisだったんだね。だから名前言えなかったんだね。それにしても、まさかこんな偶然があるなんて思わなかった…組織に入るのは初めてで、自由に外に出れるか分からなくてお別れしたけど、慣れたらすぐに会いにいくつもりだったんだ。──今なら、聞いていいかな?名前、教えてほしい」
「っ!俺は、渚!!渚っていうの!!」
ずっと言えなかった名前を、後ろめたい気持ちがない状態で叫ぶと、陽葵はとびきりの笑顔で言った。
「渚くん、よろしくね!」
end.
◇ ◆
いつも散歩している大好きな公園で仲良くなったのは、俺と同い年くらいの男の子。サラサラしたボブっぽい髪型に大きな向日葵の飾りのついた麦わら帽子を被ったその人は、俺を見つけると嬉しそうに近づいて来た。
「おはよう。会いたかった!」
こいつに初めて出会ったのは確か今年に入ってすぐの頃。散歩をしていると向こうから声をかけてきて、一緒に散歩する仲になった。
二人でおいかけっこしたり、かくれんぼしたり、暑くなってきてからは水浴びが出来る噴水で遊んだり、毎週のように長い時間を過ごした。
「最近バタバタしてて来れなかったから会えて嬉しい」
「うん。なかなか会えなくてさみしかった」
珍しく長期任務を任されていて殆ど会えていなかったので素直に気持ちを伝えると、相手も同じように返してくれた。
「今日はいっぱい遊びたい」
俺の手を握り締めて嬉しそうに微笑む姿はとても可愛くて、胸がぎゅうっと苦しくなる感覚がした。
「ねぇ、次会ったら聞こう聞こうと思ってたんだけどさ。名前、なんて言うの?」
一緒に散歩する間柄なら知っててもおかしくないが、何故かお互い今まで名乗ったことはなかった。──というより、俺はなるべく正体を明かさないように言われている立場なので敢えて聞いていなかった。
「……ない」
「え?」
「俺の名前はまだない!」
「…ふふっ、何それ、格好良いね」
「俺の名前がないから、お前の名前も聞けない」
「オレはキミに名前を呼んで欲しいんだけどなー」
ミンミンと蝉が鳴き出して暑さが増し、徐々に汗ばんできても相手は俺の手を離そうとしない。なんなら恋人繋ぎをしてきた。
(…俺手汗とか大丈夫かな)
普段なら気にしないことでも、何だかこの子相手だと気になってしまう。さりげなく手を離そうとすると、ぎゅっと強く握り締められた。
「…暑い」
「オレも暑いよ」
「………手汗、」
「え?」
「俺、手に汗かいてきちゃったから、汚いかも。お前が汚れちゃう」
「えぇ、そんなの気にするタイプなんだ。本当に嫌なら離すけどオレは嫌じゃないよ。今日はずっと手を繋いで歩きたい」
ニコニコと可愛い笑顔を向けられると、また胸が苦しくなった。
(やばい。可愛い…)
普段なら思ったことをすぐ口にするタイプだけど、何故か言えなかった。無言のまま俯いていると、噴水がある場所へと手を引っ張られた。
「今日は奇跡だなと思ったんだけど」
「…ん?何が?」
「実は、もうオレ暫くはここに来れないんだ」
噴水の音で少しだけ聞き取りにくかったが、その言葉を聞いてさっきとは違う胸の痛みがした。
「……え、そ、そうなんだ……何で?」
「引越しするんだ。だからもうあんまり来れない。それを伝えたくて、毎日公園に通ってた。なかなか会えなくて、バイバイ出来ないままお別れするのかなと思ってたんだけど、今日会えて本当に嬉しかった」
繋いだ手が、小さく震えていて。
それを感じて俺も悲しくなった。
「……だから最後に名前聞きたいなーと思ったんだけど。教えてくれないならいいや。名前なんて聞かなくても、オレ達はずっと、ずっと友達だよ」
ニコッと笑顔を見せてくれた相手の目尻には涙が溜まっていて、俺もじわっと涙が溢れてきた。
週に一回程度だったとはいえ、この子と一緒に居ると凄く楽しくて、だるいと感じていた任務も頑張れた。今日も会えるかなとわくわくしながら公園に来たのに。
「……っ、俺、ずっとこの公園に居るから、だから。大きくなったらまた来いよ。大人になったら遠くに居ても来れるだろ!」
「あはは。そうだね。大人になってまた再会出来たら、その時は名前、呼ばせてね」
お互い最後に見せた笑顔には、大粒の涙が混ざっていた。
◇ ◆
「渚ー最近散歩行かないのー?」
あいつとお別れして数ヶ月が経った頃。組織のメンバーが集まっている部屋でぼんやりしていると七彩が話しかけてきた。
「行かない」
「最近元気ない気がするけど、何かあったの?」
「別に何もない」
「そっかぁ。何かあったらいつでも言ってね」
気にかけてくれる仲間が居て、本当に自分は幸せだと思う。だけど、仲良くなった人に名前も言えないのはとても悲しい。
(名前、呼んでほしかった。俺も、名前呼びたかった)
淡い期待を抱いてあれから何回公園に足を運んでみても、もちろんあいつに会うことは出来なかった。
(あー…早く忘れたい。いっぱい任務行かせてもらおうかな)
そんなことを考えていると、普段姿を見せないリーダーがやってきた。
「おはようございます。以前から伝えていたけど、今日から新しいメンバーが加入します」
(あーそういえばそんな話してたっけ)
もう何もかもやる気がなくて覚えていなかったが、花宮リーダーの後ろからひょこっと新メンバーが顔を出した。
その顔を見て、俺は目を見開いた。
何故ならその子は、忘れようと思っていた向日葵の麦わら帽子の男の子だったからだ。
「初めま」
「あああああああああ!!!」
「っ!?」
その子が挨拶をしようとした瞬間、俺は我慢出来ずについ大声を上げた。するともちろんメンバー全員の視線は俺に集中し、その子も俺を見ては目を見開いた。
「っな、名前はまだないくん…!」
「お前っ…引越しってここだったの!?」
「え…?何?知り合い?」
「うん!俺の友達!」
すぐそばに居た七彩が道を塞いでいたので追いやった後、俺は向日葵の元へと駆け出した。
「後でゆっくり話してくれていいけど、みんなへの挨拶が先ね。自己紹介してね」
花宮リーダーが優しく声をかけると、向日葵は今にも泣きそうな顔をしながら「オレの名前は陽葵です。よろしくお願いしますっ!」とみんなに挨拶をした。
「はい。陽葵くん、今日からよろしくね。慣れたら改めてIrisの一員として働いてもらうけど、暫く生活に慣れることを優先して下さい。以上、解散」
ぽんぽん、と俺と陽葵の頭を撫でた後、リーダーは部屋を出ていき、他のメンバーは未だに不思議そうに俺達を見つめていた。
「陽葵って名前、いいね!陽葵!陽葵!」
「えへへ。ありがとう。キミ、Irisだったんだね。だから名前言えなかったんだね。それにしても、まさかこんな偶然があるなんて思わなかった…組織に入るのは初めてで、自由に外に出れるか分からなくてお別れしたけど、慣れたらすぐに会いにいくつもりだったんだ。──今なら、聞いていいかな?名前、教えてほしい」
「っ!俺は、渚!!渚っていうの!!」
ずっと言えなかった名前を、後ろめたい気持ちがない状態で叫ぶと、陽葵はとびきりの笑顔で言った。
「渚くん、よろしくね!」
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