天に召されよ!

湖ノ上茶屋

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17・キャラメル味は気づきの鍵

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 お屋敷に入るのは二度目だけれど、まるでコンビニにでも寄るかのように、ほとんど緊張しないで敷居をまたいでしまった。マコトはそんな自分の変化を感じながら、アヤコに憑かれていなかったら、アヤコが乗っ取る方法に気づいていなかったら、このお屋敷に入ることもなかったんだろうな、と考える。

「じゃあ、チョコとか持ってくるから待ってて」
「うぃーっす!」

 すっかり親友に見えるやりとりを聞きながら、マコトはそっと腰を下ろした。その途端、

『わー! 楽しみだわ~!』

 アヤコが飛び出してきた。

「お、ばあちゃん! こんにちは」
『どうも~』

 絶対におかしい状況であるはずなのに、もうこの状態がミツキにとって当たり前と化しているらしい。平然とアヤコと会話をしだす。

「持ってきたよ~」
「イエーイ!」
『待ってたわ~』
「あ、おばあちゃん! いらっしゃい! 今度はのどに詰まらないように気をつけてね~」
『お邪魔してます~。はーい! 気をつけるわ~』

 バチン!

「そろそろ体を返してもらってもいい?」
『ええ、まだチョコ食べてないのにぃ』

 バチン!

「本人より先に食おうとするなし」
『この前詰まらせちゃったから楽しめてないんだもん~』

 バチン!

「それはばあちゃんのせいだろ? 孫を窒息死させようとしたくせによく言うわ」
『……』
「マコト、言いすぎだよ。ばあちゃん黙っちゃったじゃん」
「マコト、ひどーい」

 人の体を乗っ取る行為はひどくないのかよ!

 マコトは唇を尖らせるふたりの横に、同じ表情をした幻のアヤコを見た。幻影に拳を突き出す。空を切った拳をだらりと下ろすと、

『あら、マコちゃん、ありがとう!』

 アヤコに体を貸してやった。



『ん~、おいしい! チョコレートってさぁ、ゆっくり食べるといっそうにおいしいわよね』

 満足そうにアヤコが笑う。

「分かります! ゆっくり溶かしていくと、甘みとか風味がふわ~ん、って広がって」
『ねー! 虫歯になっちゃうから、食べ終わったら歯磨きしなくちゃ~って思うんだけど、余韻を消したくなくて、しばらくそのままいちゃったりなんかするのよね~』
「そうそう~」
『おいしかったーっ! マコちゃんもいただいたら? おいしいわよ?』

 アヤコが自発的に体を譲った。マコトはそのことに驚きながら、ふたりを見た。

「はい。これ、マコトの分」

 ふんわりと微笑みながら、ほら、と差し出されたチョコレート。受け取ろう、と思うけれど、なぜだかためらってしまう。まるで自分のものではなくなったかのように、思い通りには動いてくれない手を強引に伸ばし、それを掴む。なんてことないはずの、〝チョコレートを受け取ることができた〟ということに安堵と喜びを感じながら、ぺこり、と頭を下げた。

「食え食え」
「ミツキのチョコじゃないんだから、あなたが『食え食え』って言うのはおかしいでしょ」
「ま、いいだろ? バカには『食え食え』以外の言葉が見つかんねぇんだよ」
「ああ、まぁ、そっか」

 そうなのか?

 疑問は膨らむけれど、そんなことは横に置いておくことにした。包みをはいで、チョコレートを口に放る。チョコレートが少しずつ溶けていく。甘くて少しだけ苦いチョコレートが、どんどんと口の中に広がっていく。大きかった粒が、少しずつ小さくなっていく。すると突然、強烈な甘みが広がった。中のキャラメルガナッシュが顔を出したみたいだ。

「無反応怖いんだけど……。口に合わなかった?」

 レイがおっかなびっくりマコトに問う。

「ううん。おいしい。すっごくおいしい」
「じゃあ、なんでそんな反応? もっと、こう……」
「オレは、ばあちゃんとは違うから」
「え?」
「ばあちゃんはいつだって分かりやすくおいしいものを食べたって表現できるみたいだけど、オレはそうじゃないってこと」

 するとその時、胸がズキン、と痛んだ。
 この痛みはきっと、いや、絶対にアヤコのせいだ、とマコトは考えた。

 ――ばあちゃん。どうかした?

 心の中で問いかける。

 ――ああ、いや。そのぅ……。
 ――なに?
 ――人って、血がつながっていても違うものなのね、と思って。
 ――……はい?
 ――血がつながっていたら、似たようなものっていうか、一緒なんだろうって思ってて。
 ――……はい?
 ――でも、違ったのね。知らなかった。

「マジかよ⁉」
「うわぁ! なんだよ急に! なにがマジなんだよ⁉」
「おばあちゃんとなにか話してたの? ねぇ、なに? コソコソとなんの話をしてたの?」

 ミツキとレイが前のめりになりながら、マコトに問う。

「あ、ああ、いや……。ばあちゃんが、血がつながっていたら似たものっていうか、一緒なんだろうって思ってたって言うから……」

 すると突然、レイがしょんぼりと肩を落とした。
 その理由がマコトにはさっぱり分からなかった。

「どうした? レイ」
「そっか。おばあちゃん、マコトのお母さんのこと、そういう風に見ちゃってたんだね」

 レイの目は、悲しみでいっぱいだった。

「おばあちゃんの気持ち、分からなくもないよ? だけどさ、それじゃあマコトのお母さん、つかれちゃうよ。自分じゃない誰かを演じ続けなきゃいけないプレッシャーみたいなものに、押しつぶされちゃうよ」

 タカコは憑かれていない。
 だから、〝つかれちゃう〟は〝疲れちゃう〟のほうだろうと、マコトは思った。

「マコトの母ちゃんは憑かれてないだろ?」

 ミツキの脳内変換はうまくいかなかったみたいだ。

「ったく、大事な話をしているときにバカを発揮しないでよね。マコトのお母さんはきっとお疲れだって言ってるの! 今言っているのは、ヘトヘトになるほう!」
「あ、そっちか。すまんすまん」
「それで、ええっと……。もしかしたら、おばあちゃんは自分を殻で包んで、その殻の中から娘さんのことを見守ってあげたほうがいいのかもしれないね」

 マコトは首を傾げた。この発言の意味が、マコトにはすぐに分からなかった。ミツキを見る。眉間にしわを寄せて、難しい顔をしている。ミツキにも分からなかったみたいだ。

『レイちゃん、ごめんね。レイちゃんが言ってくれたこと、よく分からない』

 ばあちゃんにも通じてなかった。


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