天に召されよ!

湖ノ上茶屋

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19・こんなお母さんでごめんね

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「ただいまー! ごめん、遅くなっちゃった!」

 家に帰るなり、ダイニングに届くくらい大きな声で叫んだ。手を洗ってダイニングへ向かうと、テーブルの上には料理が並びきっていた。

「お、おかえり」

 タカコに〝見えない盾〟を向けられていることを感じながらも、気づいていないふりをして、マコトは元気いっぱいに、

「ああ、うまそ~! いただきまーす!」と、叫んだ。

 口いっぱいに料理を頬張る。母さんの料理は、今日も変わらずおいしい。

 ――ねぇ、マコちゃん。
 ――なに? ばあちゃん。
 ――しゃべらないからさ。一口食べさせてくれない?
 ――なんで?
 ――なんとなく。

 マコトは突然の声掛けに驚いた。なんだかしょんぼりとした様子のアヤコにむかって『ダメ』とは言いづらくて、もしもの時は乗っ取り返せばいいかと考えながら体を譲った。

 アヤコは約束通り、何も言わなかった。ただ、一口食べたらもぐもぐしながら泣いた。

「え、どうした? 今日、味付けおかしい?」

 タカコに心配の声をかけられて、マコトは、

「ううん。めっちゃおいしい」

 アヤコの涙をごまかすように、ニコッと笑った。



 トオルが帰ってくると、マコトは家族をリビングに集めた。

「これから、ばあちゃんに体を少し譲ります」

 言うと、タカコがびくりと体を震わせた。

「それは、母さんに聞いてもらわないといけない話ってことか?」

 トオルが真剣な表情を浮かべながら言った。

「うん。母さんに直接伝えないといけない話」
「分かった。何かあったら、母さんのことは父さんが守るから。母さんは、平気か?」

 タカコは俯いたまま、不安げに小さく頷いた。

「よし。それじゃあ、マコト」
「分かった。ばあちゃん、出てきていいよ」
『ああ、えっと……。マイクチェック、マイクチェック』

 猛烈な緊張感が部屋の中に広がっている。なんてことない会話の中でマイクチェックをし始めたらツッコミが飛びそうなものだけれど、今はそのことを指摘する人は誰もいない。

『ど、どうも。アヤコです』

 返事をする人も、いない。

『今日、マコちゃんのお友だちと、お話をしました』

 ごくん、と誰かが唾液を飲んだ。

『わたしは、いけないことをしたかもしれないと思いました』

 バチン!

 ――他人事みたいに言ったらだめだよ!
 ――何もかもそんなに急には変われないわよ!
 ――なんか、ごめん!

『なので、反省して、これから引きこもることにしました』

 その瞬間、緊張の糸がたるんだ気がした。アヤコがどう認識しているかは、アヤコにしか分からない。けれど、マコトにはひとつだけ、はっきりと分かることがあった。それは、自分と両親は、アヤコが言っていることを理解できていないということだ。

「え、えっと?」

 トオルが困惑を隠さずに問いかけた。

『口にチャックをして、殻にこもるわ。だから、タカコは殻にこもらなくていい』
「……信用、できない」
『なんで』
「これまでどれだけ好き勝手してきたと思ってるの? 私の気持ちなんて無視して、あなたの好き勝手にしてきたじゃない。昨日言ったことが、次の日には変わっていることもあった。分かっていないくせに分かっているふりをして、私のことをバカにしたりもした。だから、私は殻をまとわないと生きられなかった」

 タカコが声を絞り出すようにして呟くと、部屋には沈黙が広がった。マコトはズキン、ズキンと胸に痛みを感じた。半分はアヤコの、そしてもう半分は自分の痛みだ、と思った。

 タカコに全く不満がないわけではない。なんで願いを聞き入れてくれないんだと思ったり、これだから大人に言っても仕方ないんだと諦めたりしたことが、幾度もある。けれど、気持ちはきちんと聞いてくれているように思うし、それは大人の都合でしょ? と言いたくなることがあっても、そうとしか突っ込めないくらい、ちゃんと説明してくれる。親の好き勝手に振り回されているという感覚はほとんどないし、分かっていないくせに分かっているふりをしてバカにされた記憶なんてない。

 殻なしでは生きられなかったからこそ、殻なしで生きられるようにしてくれていたらしいことに、今、気づかされた。なんて大きな愛なんだろう。

 マコトは自分のことばかり考えていた。その間、アヤコのことを少しも意識していなかった。いいや、意識せずにいられた。アヤコがこれまでのように動かなかったからだ。

 つんつん、と長袖の先を引っ張られるような、不安げな気配を感じた。アヤコに体を貸してと言われた気がして、マコトはすっと体を譲った。

『あのね。わたし、今日知ったんだけどね。ううん、今日やっと、ちゃんと向き合い始めたって言ったほうがいいのかもしれないんだけどね。わたし、愛し方を分かってなかったみたいなの。正直、今も分かってないわ。だから、せめて余計なことを言わないように、頑張って口を噤もうと思うの。それでね、タカコ。あなたからしたら迷惑かもしれないけど、これだけは許してほしいって思うことがひとつだけあるの』
「……なに?」
『口出しするのは、我慢する。だから、あなたが幸せになりますようにと願うことだけは、許してほしいの。本当は、幸せになれることをしてあげたいんだけど、わたし、願うことくらいしか思いつかなくて……』
「幸せになれなくしているのは、お母さんのくせに」

 タカコが手をぎゅっと握った。体がぶるる、と震えている。

『ごめんね……』
 

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