天に召されよ!

湖ノ上茶屋

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21・家族会議再び、離席者なし

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 リビングは、この家で思い出を作り始めてから一番、と胸を張れるほどに、強烈な緊張に包まれている。

「え、ええっと――」
「は、始めるか。それで、なんだ? お義母さんがどうしても話したいことっていうのは」
「変わってもいいかな」

 タカコに問う。タカコはマコトをちらりと見ると、首を強引に小さく縦に振った。

『そんなに怯えなくてもいいじゃない』

 アヤコの第一声は、この人は自分より年下の守るべき対象、と錯覚せずにはいられないほど幼稚に聞こえた。目の前に鏡があったなら、自分が唇を尖らせている様を見られることだろうと容易に想像できるくらい、あからさまにふてくされていた。

『わたしね、成仏することにしたの。だから、最期くらい、挨拶させてほしいと思って』

 タカコがハッと目を見開いた。目には、驚き、恐れ、喜び――様々な光が宿っている。

『マコちゃんに憑いたのは正解だったわ。わたしね、マコちゃんのお友だちに、とっても優しくしてもらったの。それで、思ったの。わたし、優しくされたかったんだなって。わたし、タカコに言ったことがあるか、覚えていないんだけど。優しくされた経験って、あまりないのよね。だからね、優しさに飢えていたんだと思う。だからね、あなたに甘えてしまっていたのかもしれないとも思う。マコちゃんのお友だちにぎゅーってしてもらえて、そうだ、こうしてほしかったんだって思ったの。ぎゅーってしてもらったら、何かが変わったのよ。もう、充分。もう、次に進もうって気になれたわ』

 視界がなぜだかぼんやりしている。熱くて、痛くて、だから涙があふれていることは分かる。けれど、自分とアヤコのどちらが泣いているのか、マコトにはよく分からない。

『もう逝くから。あなたは幸せになりなさい』
「命令、しないでよ」
『……え?』
「昔っからそう。お母さんは、お母さんの考えを私に押しつける」
『……』
「幸せになるかどうかは、私が決める。お母さんに命令されたくなんかないもん!」

 そう叫ぶと、タカコは「うわーん!」と声をあげながら泣き始めた。マコトがはじめて見る、母の、子どもとしての姿だった。



『それじゃあね。元気でね。ああ、最期にひとつだけ、お願いしたいことがあるの。実はわたし、今も逝き方がよく分かっていないの。だけどね、お線香の煙に乗れば、逝ける気がするのよ。だから、お線香をあげてくれないかしら。タカコ、お願い』

 タカコはアヤコの言葉を聞くと、ぐすん、と鼻をすすってから、こくん、と頷いた。

「……あ」

 マコトは手を握ったり開いたりして、自分に体が戻ってきたことを確認した。そして、体の内側、心とか意識とか言われるような部分に集中して、アヤコの気配を探った。覚悟を決めたような、メラメラとしたものを感じる。怯えもあるらしい。震えも感じる。

 タカコを見る。トオルを見る。ふたりとも、何も言わない。何か言ったほうがいい気がする。けれどマコトには、何を言ったらいいのか分からない。

 リビングに広がる長い沈黙。まるでお通夜だ。いいや、本当にお通夜なんだろうけど。

「お義父さんに連絡しようか。お線香、あげに行きますって」

 沈黙を切り裂くには頼りない、小さな声だった。誰が返事をするでもないけれど、そんなことを気にする様子もなくよろよろと動き出したトオルは、スマートフォンを手に取る。プルルル、プルルル、と、受話を待つ音が、静かなリビングによく響く。

「あ、お義父さん。夜分遅くに申し訳ありません」

 ――用はない。

「いや、こちらには用がありまして。お義母さんにお線香をあげさせていただきたく――」

 ――何をいまさら。

「おっしゃる通りで。しかし、お義母さんが……あ、いや、タカコがお義母さんにお線香をあげたいと」

 ん? 父さん、今、何かをごまかそうとした?

 ――線香なんてここ最近あげとらん。どうしてもと言うなら……線香買ってこい。

「分かりました。それでは明日伺っても?」

 ――急だな?

「すみません。気が変わらないうちにと思いまして」

 確かに。気が変わったらこの計画終わっちゃうもんね。

 ――もてなすもん、何もないぞ。

「お気になさらず。お土産とお供え物を持って伺います」

 トオルは、トオルの目には見えているのだろう幻のタイゾウにむかって深々と頭を下げると、ふぁ~と大きく息を吐きながら脱力した。

「お、おつかれ、父さん」
「おう。明日は忙しいぞ。あれこれ買って、成仏させに行かなくちゃ」

 タカコは何も言わず、何か祈るかのように、落ち着きなく両の掌をすり合わせている。

「今日はもう寝よう。洗ってない食器あったっけ? ああ、あるな。じゃあ――」
「ああ、父さん。それオレがやるからさ。母さんと一緒にいてあげてよ」
「いいのか?」
「うん。ひとりより、ふたりのほうが安心できるだろうしさ」
 

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