マスカラ〼カラッポ〼ポーチ

湖ノ上茶屋

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7.顔を貸す

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 どうしたらいいのかわからなくてちょこんと正座をして待っていると、アイスやらジュースやらお菓子をのせたトレーを手にミサコが戻ってきた。

「ちょ、なんで正座」
「こ、こういう時ってどうやって座るものか、と」
「うわ、ごめん。普通の家って、イスとかあるのか」
「いや、そうかどうかはわかんないけど……。私、あんまり人のお家にお邪魔しないから」
「そっか。ま、とりあえず足を崩してよ。で、ほら。アイス、溶ける前に食べて」

 ぐい、と差し出された、淡いクリーム色を見る。

「え、バニラって人気じゃない?」
「まぁ、そうだけど。好きなんでしょ?」
「好きだけど、なんか悪いよ」
「気にしないでいいよ。ほらほら、溶けちゃうぞー?」

 ミサコはスプーンでアイスをすくうと、私の口にそれを突きつけた。唇が冷たい。触れたところから、アイスがとろり溶けていく。

 駆け引きに負けた。

 小さく口を開けて、それをぱくりと食べる。

 甘い、冷たい――美味しい。

「一口もーらいっ!」

 もうひとつのスプーンが、バニラアイスを山盛りすくいとった。それはミサコの大きな口の中に消えていく。

「うま。あ、そうだ、スプーン貸して」
「え?」
「あたしのチョコ、山盛りあげる」

 こんな山盛り、どのくらい口を開けたらいいんだろう。今度は顎が外れるんじゃないかってくらい、大きく口を開ける。

 冷たさが口の中に満ちて、思わず顔を顰めた。

「ふはは! なんだ、マイコって口めっちゃ開くんじゃん!」
「え? どういうこと?」
「いつもモゴモゴしてるから。そんなに開くと思わなかった」
「い、いじわる」

 口の中はまだ冷たいっていうのに、頬はなぜだか熱い。

「ほら、溶ける前に食べちゃお。あと、これも。あ、これ飲んで。それで、ええっと――」
「あ、あのぅ……。それで、顔を貸す、っていうのは」
「ああ、うん。食べてからね」
「その、具体的には、どのような」

 問うとミサコは舌なめずりをした。クリーム色と茶色とリップが消えた唇は、いつもと比べてなんだか少し血色が悪く見えた。

「そのまんま。顔を貸してもらう」
「ごめん、私、わかんない」
「マジ?」
「マジ」

 ぐっとカバンを引き寄せて、ファスナーを開けると、何かを探しはじめた。これじゃない、これでもない、とガサゴソ漁る様子を見るに、あのカバンの中もまた、この家と同じように散らかっていそうだ。

「ん」
「え?」

 ようやく見つけた、目的のもの。

 ミサコの顔の横に掲げられたそれは、私が盗んだポーチだった。

「メイク、させて」
「……へ?」
「あたし、自分の直感が真実か、確かめたいの」



 自分の目の前に、誰かの顔がある。

 近い。

 正直を言えば、今すぐ逃げ出したい。でも、罪と罰が私のお尻を床にはりつけ、この家から逃さない。

「たのし~ぃ」

 ミサコが微笑みながら呟いた。鏡を見ているわけじゃないから、自分の顔が今どうなっているのかわからない。

 彼女が私の顔にいたずらをしている可能性は?

 コスメと見せかけ、たとえばクレンジングで落ちない何かをつけられている可能性は?

 ネガティブなことを思い浮かべる。その度、眼前の幸せそうな顔に、その想像を消し落とされる。

「あたしね、ずっと思ってたんだ」
「ん?」
「あ。目、閉じといて」
「ああ、うん」
「ありがと。あたしね、ずっと、マイコはメイクしたら化けるって、絶対映えるって思ってたの」

 いつになったら目を開けてもいいんだろう。

 まぶたに何かが触れなくなった今、もう開けてもいいんだろうか。

 わからない。なにもかもわからない。だから、闇を見ながら考える。

 ミサコはどうして、ポーチを盗んだ私にこんなに優しく接してくれるんだろう。

「あはっ! ねぇ、いつまで目を瞑ってんの?」
「え、もう開けていいの?」
「あ、じゃあ、ちょっと待って」
「どういうこ――」

 唇を、何かが走った。けれど、それはすぐに唇から離れた。離れた頃に私は気づいた。離れていくことに少しのさみしさを感じさせたそれは、唇を彩る何かだったのだろうと。

「はい。開けていいよ」
「じゃあ、開けるよ?」
「うん」


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