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8.私じゃないみたい
しおりを挟む瞬間、瞼の開け方を忘れた。
ぎこちなく、パチパチと瞬きながら開くと、目の前にはビューラー片手に満面の笑みを浮かべるミサコがいた。
「仕上げ。もし怖かったら、下見てて」
ギロチンみたいなビューラーが、目に近づいてくる。
瞼ごとキュッと挟まれてしまうんじゃないかと不安になって、どうしても瞼がピクピクと動いてしまう。
今、というタイミングを逃さずに、まつ毛だけが挟まれる。引っ張られているような違和感はあるけれど、恐れていたような痛みはない。
両方のまつ毛が上向きになると、今度はマスカラのブラシが目に近づいてくる。
自分でやるなら、ブラシがどの距離まで迫ってくるのか、想像するに容易い。でも、人にやられるとなると、怖い。
もう我慢するのが難しくなって、思わずギュッと目を瞑った。
「ちょっと! もう少しだから。はい、目開けて、閉じないで、我慢!」
瞳が困惑している。
カラカラになりそうなことをしているっていうのに、ウルウルと潤みそうになっている。
「でーきたっ! やっぱりあたしの直感は正しかった! あー、満足!」
達成感でいっぱいの顔をするミサコに、私は下から願い出る。
「あの、さ? どんな顔になってるか、見てみたいんだけど」
「あ、そうだよね! ちょっと待って。鏡、鏡ぃ……」
再びカバンを漁る。「あったぁ!」と掲げられたそれは、教室で見たことがある折りたたみミラーだった。
くるん、とカバーを開くと、端っこにいくつかの小さなヒビが入った鏡が顔を出した。
鏡が私の顔の前にやってくる。鏡は当たり前に、私の今の顔をうつす。
「うわぁ……。私じゃないみたい」
「メイクってさ、かわいくなれるだけじゃないんだよ」
「ん?」
「メイクをするとね、自信を持てたりするの。あたし今かわいいもん! だからこのくらい、ちょちょいと出来ちゃうもん! とかね」
「そう、なんだ」
「だからさ、マイコもメイクしない? 井田先生がダメって言うくらい派手じゃなければ、平気だから。デパコスとか使おうとしたらめっちゃお金かかるけど、あたしみたいにプチプラ使ってたら、全部揃えても何万もかかるわけでもないし」
「うーん。でも」
「なにか問題でもあるの? メイク、興味あるんでしょ?」
ミサコ相手ならもう何でも話せてしまう気がする。でも、それは錯覚で、本当は何も話してはならないような気もする。
黙る。なんだかぬめっとした唇を動かさない代わりに、疲れ果ててもう何も考えられないはずの頭を強引に動かす。
いくらでも湧き上がってくる言葉を、これはダメ、これもダメ、と選別し、捨てる。
ぬめりの近くに痛みが走った。その原因が食いしばりであると気づいても、私はそれをやめられない。
「興味ない人は、こんなに綺麗に使わないと思うんだけどなぁ」
ミサコの声は、迷子の子に名前を問うかのような優しい音をしていた。
「いたずらとか、いじわるとか、そういう理由でポーチを持っていったわけじゃないんでしょ? メイクに興味があって、だけど何か理由があってできなくて、我慢してるけど我慢できなくなってとか、そんな感じなんじゃないの?」
「そ、その……お母さんが」
「ん?」
「お母さんが、ダメって、言うから」
優しい音が、隠そうとした本心の手を引いた。ほぐれた心が一番の障害をさらりと口から飛ばし、解き放つ。
ハッとして、へたくそな笑みを浮かべる。なーんてね、なんてごまかしの言葉を続けようとした。でも、続けられない。見たことのない不思議な表情を瞳にうつしながら、予定通りの表情と言葉を未来につなげていくことは、私には不可能だった。
「待ってて。いろいろとってくるから」
「え、えっと……」
ミサコが部屋から消えた。彼女が一緒にいてくれるから何とか形を保っていただけで、もとからぐちゃぐちゃだったのだろう感情が、いよいよ崩れ落ちた。
瞳が熱くて、痛い。
今更マスカラやビューラーの恐怖に怯えだしたんだ、と、現実から逃避するように思い込む。
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