桜はまだか?

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第5章「桜舞う中で」

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 お七に対する伺い書は、すぐさま老中阿部豊後守正武に上げられた。

 伺い書に書かれた刑罰は、『晒し、市中引廻しのうえ、火罪』であった。

 正武は、伺い書を見て狼狽した。

「飛騨守殿、お主、わしの申したことをどのように受け止めていたのじゃ?」

「御老中の申されたことと、申されますと?」

「お七は解き放ち、江戸所払い、父親のほうは闕所にせよと」

「はあ、そのことでございますか。拙者、尊重するとは申しましたが、それを実行するとは申してはおりませんので」

 と、正親は頭を下げた。

「いやいや、しかし、なにも火罪などと。せめて死罪では?」

「火付けは、火罪と決まっております」

「しかし、単に小火程度であろうが」

「これは異なことを。小火であっても、まかり間違えば、江戸庶民が焼け死ぬこともありえました。明暦の大火のように、思わぬ範囲に広がることも十分に考えられましょう」

「男に誑かされたのであろうが」

「確かにそうですが、しかしこの正月に、御老中方からは、火付けについては厳しく罰せよとありました。これは、火付けをなくすための見せしめでもあります」

「確かにそうは申した。だが……」、正武は苦りきった顔をした、「娘であろうが」

「娘であれば、火付けをしても許されるのでございますか? 御老中、今回のお七の一件を許されれば、今後、好いた男に逢うために火付けをする娘も出てくるやも知れませんぞ。そのとき町奉行所としては、お上が決めた先例があっては対処できかねます」

「うむ、されどな……、ではどうだ、この一件、評定所に上げては?」

「評定所に……でございますか? それは構いませぬが。ただ、評定所に上げたとなりますと、お七と関係のあった何某という男の名前も明らかにし、その男の取り調べもしなければなりませぬが、それでも宜しいですかな?」

「なっ……」

 正武は詰まった。

「豊後守様、政を司るものが、己の都合で定めを良いように解釈しては、下の者に示しがつきませぬ。ましてや、将軍家自らがその定めを変節させては、今後、町方はいかに人を罰することができましょうや。その点も、十二分に考えた上での伺い書でございます。どうか、上様の御裁可をお願いいたします」

 正親は平伏した。

「う、うむ……」

 正武には、言葉もなかった。
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