誰かの二番目じゃいられない

木樫

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2.バカにされては笑えない

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 うあぁ~ん、うぁぁ~ん。
 昔から変わらない子どもじみた泣き方。こうして泣くことも、ずいぶん我慢していた。

 わかっている。これは八つ当たりだ。これまでの記憶に対する慟哭も綯い交ぜに夜鳥にぶつけてしまっている。
 それでもみっともない口が勝手に動いて、苦しいほど腹立たしい。

 泣きながら腕を振ると夜鳥の手はあっさり離れ、朝五は崩れ落ちるようにその場にしゃがみこんだ。
 両腕で顔を隠し、グスングスンと静かに嗚咽を響かせる。

 ──泣けて泣けて、しょうがない。

 このまま消えてしまいたいと願うほど、辛くて辛くて、しょうがない。

 自分が好きになった相手には選ばれず、自分を好きだと言う相手の考えは、これっぽっちもわからない。

 めいっぱい相手を見つめていても視線が合わないままでは、愛されたい欲望に犯されて朝五はただただ朽ちていく。

 そんな思いは、もう嫌だ。
 誰かを恋しがるのは、もう──嫌だ。


「あっ、朝五……っごめん……っ」

「っひ……っ」


 そうして膝を抱えながらべそをかく朝五を、大きな体が、おっかなびっくりとした手つきで抱きしめた。

 不意に襲う自分以外の体温。
 そして耳元で囁かれる震えた謝罪。
 温かい熱に包まれ、刹那呼吸が止まり、身動きが取れなくなった。


「朝五、ごめんね、ごめん、ごめんね」

「ちが……っごめ、って、なに」

「泣かないで、泣かないで」

「な、泣いて、ねんだ」

「うん、泣いてないね。俺は見えた気になってちゃんと朝五が見えてなかったバカだから、今の朝五も見えないよ。見えない朝五。ごめん、ごめんね」


 朝五を抱きしめた夜鳥は慰めに頬を寄せて、懸命に声をかけ続ける。
 泣きじゃくった自分を恥じる朝五の強がりを肯定し、トン、トン、と優しく背をなでながら頷く夜鳥。


「う……うぅ……ぅぅ……っ」


 優しくしないでほしかった。

 みっともなく咽び泣き文句ばかり並びたてた朝五は夜鳥に八つ当たりをしたのに、それを肯定して優しくされると、愛されていると錯覚してしまう。

 謝らないでほしかった。

 朝五は夜鳥に好きじゃないとはっきり言った。なのに、相手の言葉は根拠もなく本気にして、それが嘘かもしれないと感じた途端、一丁前に痛がって見せる。

 どこまでも愚かで自己愛ばかりの朝五は、正しく自業自得だ。

 しかし夜鳥は、あんなに優しくしてやったのになにが不満なんだ! と責めることなく一心に謝罪した。
 面倒なはずの朝五を、夜鳥は今まで愛した恋人の誰よりも優しく温めてくれている。


「あの……お、俺の好きな食べ物は、ゼンマイだよ……」


 夜鳥の腕の中でなにも言えずにただ嗚咽を漏らすことしかできない朝五に、夜鳥は覇気のない声で語り掛けた。

 なんの脈絡もなく告げられた好物を、朝五は不思議に思う。

 少し考えて、ふと気がついた。

〝好きな食べ物〟。

 それは、初めて送ったメッセージで、朝五が尋ねたものである。


「一ヶ月も、連絡を返せなくて、ごめん……朝五が俺とのことをちゃんと考えてくれてるって、思わなくて……」


 ヒクン、と喉を鳴らす。

 泣き濡れるこの心も体もどこもかしこも返事ができるほど余裕なんてなかったが、夜鳥の声を聞きたい。

 朝五は顔を上げずに、夜鳥の腕の中でそっと閉じていたまぶたを開いた。
 夜鳥が焦りを帯びた様子で、しどろもどろとなにかを話す。


「お、俺は……俺は凄く、人付き合いが下手くそなんだ」

「ぅ……ふ……」

「家族とか近い人以外で連絡を取り合う人がいないから、質問に答える以外の言葉が見つからない。それでつまらないと思われたくない。そしてできれば、やり取りが長く続いてほしい」

「…………」

「そういう返事はなにか思いつかなかったから、朝五に返事をするのが怖かった」


 朝五は初め、まとまりのない夜鳥の言葉を理解することに苦労した。

 手のつけられない不器用な舌と口なのだと語る様こそまさにそうで、朝五を抱きしめる夜鳥の腕の力が強くなる。


「だって、朝五に、俺を……好きになって、ほしかったんだ……」


 夜鳥の腕は、震えていた。




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