誰かの二番目じゃいられない

木樫

文字の大きさ
18 / 42
2.バカにされては笑えない

10

しおりを挟む


 うあぁ~ん、うぁぁ~ん。
 昔から変わらない子どもじみた泣き方。こうして泣くことも、ずいぶん我慢していた。

 わかっている。これは八つ当たりだ。これまでの記憶に対する慟哭も綯い交ぜに夜鳥にぶつけてしまっている。
 それでもみっともない口が勝手に動いて、苦しいほど腹立たしい。

 泣きながら腕を振ると夜鳥の手はあっさり離れ、朝五は崩れ落ちるようにその場にしゃがみこんだ。
 両腕で顔を隠し、グスングスンと静かに嗚咽を響かせる。

 ──泣けて泣けて、しょうがない。

 このまま消えてしまいたいと願うほど、辛くて辛くて、しょうがない。

 自分が好きになった相手には選ばれず、自分を好きだと言う相手の考えは、これっぽっちもわからない。

 めいっぱい相手を見つめていても視線が合わないままでは、愛されたい欲望に犯されて朝五はただただ朽ちていく。

 そんな思いは、もう嫌だ。
 誰かを恋しがるのは、もう──嫌だ。


「あっ、朝五……っごめん……っ」

「っひ……っ」


 そうして膝を抱えながらべそをかく朝五を、大きな体が、おっかなびっくりとした手つきで抱きしめた。

 不意に襲う自分以外の体温。
 そして耳元で囁かれる震えた謝罪。
 温かい熱に包まれ、刹那呼吸が止まり、身動きが取れなくなった。


「朝五、ごめんね、ごめん、ごめんね」

「ちが……っごめ、って、なに」

「泣かないで、泣かないで」

「な、泣いて、ねんだ」

「うん、泣いてないね。俺は見えた気になってちゃんと朝五が見えてなかったバカだから、今の朝五も見えないよ。見えない朝五。ごめん、ごめんね」


 朝五を抱きしめた夜鳥は慰めに頬を寄せて、懸命に声をかけ続ける。
 泣きじゃくった自分を恥じる朝五の強がりを肯定し、トン、トン、と優しく背をなでながら頷く夜鳥。


「う……うぅ……ぅぅ……っ」


 優しくしないでほしかった。

 みっともなく咽び泣き文句ばかり並びたてた朝五は夜鳥に八つ当たりをしたのに、それを肯定して優しくされると、愛されていると錯覚してしまう。

 謝らないでほしかった。

 朝五は夜鳥に好きじゃないとはっきり言った。なのに、相手の言葉は根拠もなく本気にして、それが嘘かもしれないと感じた途端、一丁前に痛がって見せる。

 どこまでも愚かで自己愛ばかりの朝五は、正しく自業自得だ。

 しかし夜鳥は、あんなに優しくしてやったのになにが不満なんだ! と責めることなく一心に謝罪した。
 面倒なはずの朝五を、夜鳥は今まで愛した恋人の誰よりも優しく温めてくれている。


「あの……お、俺の好きな食べ物は、ゼンマイだよ……」


 夜鳥の腕の中でなにも言えずにただ嗚咽を漏らすことしかできない朝五に、夜鳥は覇気のない声で語り掛けた。

 なんの脈絡もなく告げられた好物を、朝五は不思議に思う。

 少し考えて、ふと気がついた。

〝好きな食べ物〟。

 それは、初めて送ったメッセージで、朝五が尋ねたものである。


「一ヶ月も、連絡を返せなくて、ごめん……朝五が俺とのことをちゃんと考えてくれてるって、思わなくて……」


 ヒクン、と喉を鳴らす。

 泣き濡れるこの心も体もどこもかしこも返事ができるほど余裕なんてなかったが、夜鳥の声を聞きたい。

 朝五は顔を上げずに、夜鳥の腕の中でそっと閉じていたまぶたを開いた。
 夜鳥が焦りを帯びた様子で、しどろもどろとなにかを話す。


「お、俺は……俺は凄く、人付き合いが下手くそなんだ」

「ぅ……ふ……」

「家族とか近い人以外で連絡を取り合う人がいないから、質問に答える以外の言葉が見つからない。それでつまらないと思われたくない。そしてできれば、やり取りが長く続いてほしい」

「…………」

「そういう返事はなにか思いつかなかったから、朝五に返事をするのが怖かった」


 朝五は初め、まとまりのない夜鳥の言葉を理解することに苦労した。

 手のつけられない不器用な舌と口なのだと語る様こそまさにそうで、朝五を抱きしめる夜鳥の腕の力が強くなる。


「だって、朝五に、俺を……好きになって、ほしかったんだ……」


 夜鳥の腕は、震えていた。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

寂しいを分け与えた

こじらせた処女
BL
 いつものように家に帰ったら、母さんが居なかった。最初は何か厄介ごとに巻き込まれたのかと思ったが、部屋が荒れた形跡もないからそうではないらしい。米も、味噌も、指輪も着物も全部が綺麗になくなっていて、代わりに手紙が置いてあった。  昔の恋人が帰ってきた、だからその人の故郷に行く、と。いくらガキの俺でも分かる。俺は捨てられたってことだ。

人生はままならない

野埜乃のの
BL
「おまえとは番にならない」 結婚して迎えた初夜。彼はそう僕にそう告げた。 異世界オメガバース ツイノベです

同居人の距離感がなんかおかしい

さくら優
BL
ひょんなことから会社の同期の家に居候することになった昂輝。でも待って!こいつなんか、距離感がおかしい!

殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?

krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」 突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。 なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!? 全力すれ違いラブコメファンタジーBL! 支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。

【完結】I adore you

ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。 そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。 ※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

息の合うゲーム友達とリア凸した結果プロポーズされました。

ふわりんしず。
BL
“じゃあ会ってみる?今度の日曜日” ゲーム内で1番気の合う相棒に突然誘われた。リアルで会ったことはなく、 ただゲーム中にボイスを付けて遊ぶ仲だった 一瞬の葛藤とほんの少しのワクワク。 結局俺が選んだのは、 “いいね!あそぼーよ”   もし人生の分岐点があるのなら、きっとこと時だったのかもしれないと 後から思うのだった。

【bl】砕かれた誇り

perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。 「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」 「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」 「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」 彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。 「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」 「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」 --- いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。 私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、 一部に翻訳ソフトを使用しています。 もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、 本当にありがたく思います。

アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました

あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」 穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン 攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?   攻め:深海霧矢 受け:清水奏 前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。 ハピエンです。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。 自己判断で消しますので、悪しからず。

処理中です...