誰かの二番目じゃいられない

木樫

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2.バカにされては笑えない

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 不安なのだろう。それは恋に不慣れな頃の朝五にも覚えがある。

 好きな人の反応が怖くて、動けない。
 そう言っていることを理解すると、少しずつ、夜鳥の言葉が朝五の鼓膜からなにかを伝い、心とやらに染み渡っていく。

 下手くそに紡がれるそれは──朝五が知らなかった男の話。

 夜鳥 成太の心の話だ。


「メッセージは、気の利いた返事をネットで勉強したけどよくわからないし、自信がないから返せなくて、無視した。ごめん。朝五が悲しいなら、下手くそでも返せばよかった」

「電話は、会いたくなるから我慢したんだ。俺はまだ、いいカレシじゃなかったから……嫌になられないように、話すのが下手だって、隠したかった」

「俺って、ダサい。服も髪もこだわったことない。興味ないから」

「でも朝五はいつもカッコよくて、かわいくて、キレイだ。すごく」

「俺も見合わなきゃ。そう思って美容院に行った。店員さんに服を選んでもらって、デートのオススメスポットも聞いて調べた。行く場所は決めてたんだけど、一番朝五の好きそうなルートを前日まで考えてたから、誘うのがギリギリになったんだ。ごめん。俺、朝五がいつも決まった日を休みにしてるって知ってた。確信あったから甘えた」

「都合がいいなんて思ってない」

「来てくれるかどうか、ドキドキして眠れなかった」

「そうしたら俺、寝坊して……ちょうどの時間になったんだ。ほんとはもっと早く来たかった」

「早く朝五に、会いたかった」


 透明だった夜鳥の声。
 けれどその透明に夜鳥の本心の色がつくと、言の葉が聞こえるたび、朝五の不安は一枚ずつ晴れていった。

 尻すぼみになる夜鳥の腕の中で、朝五は微かに身じろぐ。
 バスローブの袖はしとどに濡れそぼり、目元は赤く擦れている。けれどもう、新しく濡れることはなかった。


「俺は、朝五に嘘は吐かない」


 コク、と小さく頷く。


「好きな人に素敵なカレシだと思われたくて素敵な男の猿真似をしただけで、俺はちっとも、慣れている男じゃない」


 もう一度頷く。


「朝五が泣くと、こんなに困る……」
「……ん」


 嗚咽の止んだ朝五の体を抱きしめたまま、夜鳥は口元でスリと金の髪をなぞった。


「朝五……俺は朝五を引き止めたくて必死な、ただのダサい男だよ。ホテルに誘ったのは、体が目的だったわけじゃない。デートの最後はここが必須だって書いてあったから、男同士でもマストなんだと思ってただけ。朝五が断ろうとした時は、焦ったけど……」

「…………」

「朝五が嫌がるってことはデートは失敗したのか、って思ったんだ。ホント、ダメだ。自信ないから。一人で予行練習もしたのにな」

「予行、練習……?」

「うん。ラブホテルって、照明のスイッチ……変なところにあるんだね」


 生真面目にそう言う夜鳥がおかしくて、朝五は「ふっ」と小さく噴き出した。

 俯いていた顔をそっと上げる。
 表情の変化が乏しい夜鳥だが仄かに頬が赤く染まり、情けなく眉がハの字に垂れ下がっていた。
 隠していた予行練習を朝五に知られ恥じているらしい。今すぐ穴に埋まりたそうだ。

 泣いた自分を前に煩わしがることも甘く慰めることもなく、オロオロと狼狽してまとまりのない自己弁護と懺悔をしていた夜鳥を思い出す。

 どちらも手慣れた伊達男とはほど遠い。
 詰めの甘い遊び人があれを演技でこなせるなら、今頃ハリウッドのレッドカーペットを歩いているだろう。


「夜鳥……」

「ん……?」

「ごめんよ……たくさん勘違いして、勝手に突っ走って……夜鳥のこと、酷いやつだって決めつけてごめんよ……八つ当たりしてごめんよ……被害妄想ぶちまけて俺が悪かったよ……ごめんよ……ごめん……」


 ごめんよごめんよと繰り返した。ささめく声だが、されどはっきり朝五は謝る。

 根はポジティブな朝五でも、フラれっぱなしでよくわからないことをされ、ずいぶんネガティブになっていた。タイミングが悪ければすれ違いは加速し傷をつけてしまう。だからごめんと謝る。

 しかし反省する朝五に、夜鳥は「んーん」と首を横に振った。




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