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染まる
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争いとか、マジでだるい。
欠伸して抜けた空気と、一人用の椅子に座り直す時間でさえも面倒くさくなってしまった俺は、もう転生するべきなのかもしれない。
目の前で「ユウシャ」とか名乗る男の血飛沫も、仲間の回復が間に合わなくて死に悶える姿も、ここ最近で幾度も見てきた。
つまらない。その感情だけが俺を占めていって、俺の気まぐれだけで死んでしまったユウシャとその仲間に少しだけの情けを払うことにする。
「おい人間。転生先はどこがいい?」
数百年ぶりに開いた口と出した声は、自分自身のものなのに聞きなれなかった。最後に発した声は、確か男神とかいうやつに腕を一本持ってかれた時の呻き声だったような気がする。
気がする、というので俺はもう忘れていることに近しいが。
いやでも男神のことはちゃんと覚えてたんだから、俺はまだ魔王としてやっていけるかもしれない。
別に後任がいるわけでもないのに、後のことを心配しているのは最近の天界の動きが活発になっているからで。
目の前で俺の問いに狼狽えている人間も、おそらく天界の神々から遣わされたんだろう。可哀想に。魔王と人間の差は歴然なのに、それでも人間を何百年の逸材とかで持ち上げる神々の考えの方が魔族よりもよっぽど恐ろしい。
それにこちとら数千年生きてるんだから、何百年の逸材と言われても赤子にか感じぬわ。
「で、どこがいい?」
急かしているつもりはないが、深読みしてしまう性である人間はどうやら俺が腹を立てていると思っているらしい。それなら最初から聞かないというのに。全く人間というのは、関わりを持たない間に随分と気が小さくなってしまったようだ。
オークとかスライムにでも転生させて、そこら辺を直してやろうかと立ち上がった時、ようやく人間は口を開いた。
「もう、争わなくても、いい所へ。神から一番遠い場所へ、お願い致します」
深々と頭を下げるところは、昔と変わっていないようだ。それにしてもこの人間は瀕死のユウシャと共に、神が存在しない所に行きたいと言う。そんな場所なんて存在しないのを分かっているのに、それでも俺に乞うのは人間の性か。
なんとも罪深い人の子。
それに俺は笑みを深くして、神から最も遠いであろう魔族に、二人を転生してやった。
「……だるい」
人間界でいうと午後にあたる時間に、また椅子に座ってだらだらとしていると、急に目の前の扉が開かれて一匹の魔族が入ってきた。
「魔王様、敵です」
「ユウシャ?」
「何でも、神だそうですよ」
神。その単語だけで城の空気が重たくなったような気がした。魔族であるが故に、神という存在とは切っても切れない縁で結ばれている。
もしも俺が神に殺られても復活はしないが、神の場合は俺という存在がある限り何度でも復活し、何度でも俺を殺りにくる。そんなのバーサーカーも恐ろしくて泣く神じゃん。
え? 精神歪んでそう。
どーしよっかなーと、椅子に掛けていた身体を起こしながら城一帯に保護魔法を念入りにかけておく。数千年前に見た神はブロンドのイケメンさんだったけど、神の世界では入れ替わりが激しいから、もうあの神ではなくなっているだろう。
あの神の紅い瞳と執念深さに加えて唯一俺の心を読める魔法は怖すぎてもう二度と会いたくないけれど、綺麗な顔をしていたな。
えぇっと、名前は確か……。
「アヴィス・プローマ」
低い擦れた声がいきなり耳元で聞こえてきて、慌てて殺戮の魔法を辺りにかけながらその声の主を見ると、意外にも当人は微笑んでいるだけだった。
「こんにちは、ラヴィーチ。あぁそれよりも魔王様、とお呼びした方がよろしかったかな?」
「……」
俺の肩に優しく触れているアヴィスの手が、俺にとっては聖水と同じ効果になるので、焼けるように痛かった。振り払おうとしても、微笑んで静止の声を促すだけだったので何の解決にもならなかった。
いや、痛いんだってば。
「お久しぶりだね、ラヴィーチ。相変わらず君はつれない。初めてお会いした時も君は、ずっと黙ったままだったね」
寂しかったなぁ。そう言ってにこにこ笑ったままの顔が一番怖くて、控えめに帰ってくれないかなと願った。胸内で殺戮と移動の魔法を唱えながら、アヴィスの腕を根本から刈り取って外に逃げた。
空はまだ明るかった。
「あー痛いな、でもこれがラヴィーチの愛だと思えば、僕は随分愛されてるね。なんだか僕に焼けちゃうよ」
なんだろう。最早恐ろしいを超えて気持ち悪い。
「……な、んだよ」
「ふふ、やっとお話してくれた。ねぇラヴィーチ、僕が送った勇者は強かった?」
「……」
送ったのお前かよ、そんな気持ちがぐるぐると占めていき、あの時殺したユウシャの顔が頭に浮かんだ。
「なんであんなこと、したんだよ」
「あんなこと? あぁ、勇者のこと? そーだな、暇つぶしとか?」
「……人が死んだんだぞ」
「ふふふ、ラヴィーチってたまに神の僕よりもいい事言うよね。でもね、その人を殺したのは君だよ、ラヴィーチ」
あの紅い瞳が俺を一心に貫いていて、いやに心臓が跳ねた。俺が神を嫌いなのは種族的な部分はもちろんのこと、従者をただの物としか見ていないところだ。
「……何の用だよ、帰れよ」
「まーたそんなつれないこと言っちゃって。ラヴィーチってば、急かすんだから」
俺よりも少しだけ身長の高いアヴィスを睨みつけながら、指では空を、天界を指した。神が俺を排除するのは、人間に手を加えた時であって、その場合勇者はそれに数えられない。
だから俺が勇者の首をもぎ取ろうとも犯そうとも、何にもならない。ある意味、勇者という性が一番可哀想だとも思った。
「今日はね、ラヴィーチ。君を誘いに来たんだ」
「帰れよ」
「やだなぁ、まだ何も言ってないのに。ねぇラヴィーチ、一緒に天界に行こうよ」
ラヴィーチ・ガントレット
魔王。
昔からいくつもの逸話があるが、殆どがでたらめ。
脱力。
アヴィス・プローマ
全世界の創造主、守護者。全てを一から積み上げてきた神。
内に秘めたる執着も欲も人の数百倍。
絶倫。
ラヴィーチの腕を持っていった神は、アヴィスの代になってからどこかに消えた。
欠伸して抜けた空気と、一人用の椅子に座り直す時間でさえも面倒くさくなってしまった俺は、もう転生するべきなのかもしれない。
目の前で「ユウシャ」とか名乗る男の血飛沫も、仲間の回復が間に合わなくて死に悶える姿も、ここ最近で幾度も見てきた。
つまらない。その感情だけが俺を占めていって、俺の気まぐれだけで死んでしまったユウシャとその仲間に少しだけの情けを払うことにする。
「おい人間。転生先はどこがいい?」
数百年ぶりに開いた口と出した声は、自分自身のものなのに聞きなれなかった。最後に発した声は、確か男神とかいうやつに腕を一本持ってかれた時の呻き声だったような気がする。
気がする、というので俺はもう忘れていることに近しいが。
いやでも男神のことはちゃんと覚えてたんだから、俺はまだ魔王としてやっていけるかもしれない。
別に後任がいるわけでもないのに、後のことを心配しているのは最近の天界の動きが活発になっているからで。
目の前で俺の問いに狼狽えている人間も、おそらく天界の神々から遣わされたんだろう。可哀想に。魔王と人間の差は歴然なのに、それでも人間を何百年の逸材とかで持ち上げる神々の考えの方が魔族よりもよっぽど恐ろしい。
それにこちとら数千年生きてるんだから、何百年の逸材と言われても赤子にか感じぬわ。
「で、どこがいい?」
急かしているつもりはないが、深読みしてしまう性である人間はどうやら俺が腹を立てていると思っているらしい。それなら最初から聞かないというのに。全く人間というのは、関わりを持たない間に随分と気が小さくなってしまったようだ。
オークとかスライムにでも転生させて、そこら辺を直してやろうかと立ち上がった時、ようやく人間は口を開いた。
「もう、争わなくても、いい所へ。神から一番遠い場所へ、お願い致します」
深々と頭を下げるところは、昔と変わっていないようだ。それにしてもこの人間は瀕死のユウシャと共に、神が存在しない所に行きたいと言う。そんな場所なんて存在しないのを分かっているのに、それでも俺に乞うのは人間の性か。
なんとも罪深い人の子。
それに俺は笑みを深くして、神から最も遠いであろう魔族に、二人を転生してやった。
「……だるい」
人間界でいうと午後にあたる時間に、また椅子に座ってだらだらとしていると、急に目の前の扉が開かれて一匹の魔族が入ってきた。
「魔王様、敵です」
「ユウシャ?」
「何でも、神だそうですよ」
神。その単語だけで城の空気が重たくなったような気がした。魔族であるが故に、神という存在とは切っても切れない縁で結ばれている。
もしも俺が神に殺られても復活はしないが、神の場合は俺という存在がある限り何度でも復活し、何度でも俺を殺りにくる。そんなのバーサーカーも恐ろしくて泣く神じゃん。
え? 精神歪んでそう。
どーしよっかなーと、椅子に掛けていた身体を起こしながら城一帯に保護魔法を念入りにかけておく。数千年前に見た神はブロンドのイケメンさんだったけど、神の世界では入れ替わりが激しいから、もうあの神ではなくなっているだろう。
あの神の紅い瞳と執念深さに加えて唯一俺の心を読める魔法は怖すぎてもう二度と会いたくないけれど、綺麗な顔をしていたな。
えぇっと、名前は確か……。
「アヴィス・プローマ」
低い擦れた声がいきなり耳元で聞こえてきて、慌てて殺戮の魔法を辺りにかけながらその声の主を見ると、意外にも当人は微笑んでいるだけだった。
「こんにちは、ラヴィーチ。あぁそれよりも魔王様、とお呼びした方がよろしかったかな?」
「……」
俺の肩に優しく触れているアヴィスの手が、俺にとっては聖水と同じ効果になるので、焼けるように痛かった。振り払おうとしても、微笑んで静止の声を促すだけだったので何の解決にもならなかった。
いや、痛いんだってば。
「お久しぶりだね、ラヴィーチ。相変わらず君はつれない。初めてお会いした時も君は、ずっと黙ったままだったね」
寂しかったなぁ。そう言ってにこにこ笑ったままの顔が一番怖くて、控えめに帰ってくれないかなと願った。胸内で殺戮と移動の魔法を唱えながら、アヴィスの腕を根本から刈り取って外に逃げた。
空はまだ明るかった。
「あー痛いな、でもこれがラヴィーチの愛だと思えば、僕は随分愛されてるね。なんだか僕に焼けちゃうよ」
なんだろう。最早恐ろしいを超えて気持ち悪い。
「……な、んだよ」
「ふふ、やっとお話してくれた。ねぇラヴィーチ、僕が送った勇者は強かった?」
「……」
送ったのお前かよ、そんな気持ちがぐるぐると占めていき、あの時殺したユウシャの顔が頭に浮かんだ。
「なんであんなこと、したんだよ」
「あんなこと? あぁ、勇者のこと? そーだな、暇つぶしとか?」
「……人が死んだんだぞ」
「ふふふ、ラヴィーチってたまに神の僕よりもいい事言うよね。でもね、その人を殺したのは君だよ、ラヴィーチ」
あの紅い瞳が俺を一心に貫いていて、いやに心臓が跳ねた。俺が神を嫌いなのは種族的な部分はもちろんのこと、従者をただの物としか見ていないところだ。
「……何の用だよ、帰れよ」
「まーたそんなつれないこと言っちゃって。ラヴィーチってば、急かすんだから」
俺よりも少しだけ身長の高いアヴィスを睨みつけながら、指では空を、天界を指した。神が俺を排除するのは、人間に手を加えた時であって、その場合勇者はそれに数えられない。
だから俺が勇者の首をもぎ取ろうとも犯そうとも、何にもならない。ある意味、勇者という性が一番可哀想だとも思った。
「今日はね、ラヴィーチ。君を誘いに来たんだ」
「帰れよ」
「やだなぁ、まだ何も言ってないのに。ねぇラヴィーチ、一緒に天界に行こうよ」
ラヴィーチ・ガントレット
魔王。
昔からいくつもの逸話があるが、殆どがでたらめ。
脱力。
アヴィス・プローマ
全世界の創造主、守護者。全てを一から積み上げてきた神。
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