愛しては、ならない

ペコリーヌ☆パフェ

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ボーイ・ミーツ・ガール

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剛が六歳の時、両親は事故で亡くなった。

きょうだいも無く親類も居ない剛は施設に引き取られた。


剛は他の子供と違っていた。
施設で暮らす子供達は皆それぞれ事情を抱えているのだが、剛のケースも、数ある悲惨な事例の中の一つだった。



親が亡くなったり、貧困の為だったり、虐待だったり……

一言では説明しようのない背景を背負ってやって来た子供達。


剛もまた両親からある種の虐待を受けていた。


両親は自分達の都合が優先で、子供に合わせるという事をしなかった。


剛は六歳だったが、幼稚園や保育園にも通わせていなかった。


理由は「親同士の付き合いなんかダルくてやってらんない」
という事だったらしい。








両親は、剛を可愛がったり、いたぶったり気分次第だった。



身体に痕が付くまでの暴行はしなかったが、それは何かあっても証拠が残らない様にする為にだった。



剛を家に残し、両親は何日でも平気で帰らずにいた。


その間、剛は家にある食べ物を探して自分で作ったりして凌いでいた。



両親は剛が衰弱して死んでしまう事にならないように最低限の食べ物は残して居たのだ。



それは親としての僅かな愛情だったのか、それとも自分達が犯罪者になりたくない、非難されたくないという利己的な考えだったのかは、分からない。











剛はいつしか二人の機嫌をそこねなければ、殴られたりしない事を学び、無駄に抵抗するのを止めた。


途端に両親は剛に構うのを一切止めてしまい、ある日何処かへ出掛けたまま、帰らなかった。


しかし、それは良くある事だったので剛は

「またか」

位にしか思っていなかった。


それから何日か経ったある日、ぼんやりとテレビを見ていた剛は、ニュースで自分の両親が事故に巻き込まれて亡くなったのを知る。




何の感情も湧かなかった。
寧ろ、清々した。


剛は幼稚園に通っていなくて教育も受けていなかったが、両親に置き去りにされている間テレビを貪るように見ていた。


ドラマも見たし、ニュースも見た。


自分と同じ様な境遇の子供達が亡くなったり、殺されたりする事例がこの世界で沢山起きている事も、ニュースやワイドショーで見ていた。


両親が自分にする仕打ちが世間で言う
"虐待"
なのも、わかっていた。


そして、"もしも"の事態が起こった時、自分がどう行動すべきかもわかっていた。








剛は自分で警察に電話を掛けて
「ボクをホゴして下さい」と言ったのだ。




そして、身寄りの無い剛は児童養護施設に引き取られた。




菊野以外にも、剛を引き取りたいとの申し出があったが、異常な環境で育った来た影響で、その頃は暴力的になっていて、セラピーや治療をするのが最優先された。



箱庭療法や動物療法、音楽も治療に用いられた。


ピアノを大変気に入り、一生懸命に練習する内に剛の状態は徐々に良くなって行った。



褪めた眼差しは施設に来た頃のままだが、暴力的な傾向は治まった。









剛を養子に迎えると決心してから、再度施設を訪れた私は、応接室で園長から剛の生い立ちと引き取られる迄の経緯を聞いて衝撃で言葉を失った。


児童養護施設には、そうした境遇の子供も数多く居る、という事実を知らなかった訳では無い。


だが、こうして実際に話を聞かされるとその事実がとてつもなく生々しく心に突き刺さった。


(……剛という子がここに来たのが六歳……
今の祐樹と変わらない年齢だわ。
幼い時にそんな大変な思いをしたなんて……
同じ目に遇ったのがもし祐樹だったら、と考えただけで耐えられない……)



私の瞳には、いつの間にか涙が浮かんで居た。







「来てから5年近く経ちますけど、かなり落ち着きを取り戻しましたよ……ピアノを少し教えたんですが、自分で練習して沢山の曲を弾けるようになって……素晴らしい事です。
ほんの少し基礎を教えただけなんですけどね」



ロビーでモーツァルトの華やかな調べの"皇帝円舞曲"を一心に弾く剛の姿を見て、園長は微笑む。



剛を見れば見るほど、祐樹と似ていた。
特にピアノを弾く姿は祐樹と重なって見える。

祐樹がもう少し大きくなったら、剛の様にスラッとした姿になるのだろうか。


優美ささえ感じるその姿に私はいつしか見とれて、園長の話が耳に入って居なかった様だ。



「……さん、西本さん?」


「あ、は、はい!何でしたっけ?」



慌てる私に園長は笑った。







「表面上は、立ち直ったかの様に見えますが……
心に深い傷を負った子供です……
彼には、過去を乗り越えて自分の人生を生きて欲しい……」



「……」



剛は曲を弾き終えると、肩を上下させて息を吐いた。


その時、吐息で真っ直ぐな前髪が揺れて澄んだ瞳が覗き私は何故かドキリとした。



剛はゆっくりと天井を仰ぐと目を閉じてショパンの"ノクターン"を弾き始めた。



しなやかに華麗に踊る指を目で追っていたら、園長が静かに言った。




「どうですか……
彼と話をしてみますか?」



「えっえええ!?」



すっ頓狂に叫んだ私を、剛は手を止めて見た。



ガラスの様に綺麗で脆そうなその瞳と目が合ってしまい、全身が総毛立ち居ても立っても居られなくなり、私はその場を駆け出してしまった。







「西本さん?」


園長が驚いて声を上げる。



「あああ!追わないで下さいっ!私まだ無理――あっ」



勢い良く駆け出した私は、廊下の角を曲がった時、そこで雑巾がけをしていた女の子に気が付いて、慌てて避けたのだが……


バケツに突っ掛かり、転んだ上に頭から水を被ってしまった。




バタバタという足音がして園長が駆けてきて、びしょ濡れの私を見て目を丸くした。



他の子供達も、何が起こったんだと見に来てしまい、私は囲まれてしまう。



「あ、あはは……
水浴びはするのはちょっと寒いかな……っくしゅん!」


「おおっ大変だ!」


盛大にクシャミした私に園長がタオルを持って来てくれて、女性の職員に指示してシャワーと着替えを世話してくれた。










スウェットの上下を借してもらい、応接室でココアを淹れていただいたりして私は恐縮してペコペコ頭を下げた。



「お洋服、乾燥機にかけていますから、もう少しで乾くと思いますよ」



「園長先生……
ご迷惑を……すいませんっ」



「ハハハハ……
見学に来た大人の方が、あんな風に派手に転ぶのを見たのは初めてです」



「……ですよね……」



恥ずかしくて、正に穴があったら入りたいというのはこう言う事なのだと思った。



びしょ濡れになった私を、遠くから剛も見ていた。


(バカな大人だと思われただろうな……
ああ、第一印象、最悪じゃない……)








何故、自分はあんなに取り乱したのだろうか。


剛の指が鍵盤に踊る様や、揺れる髪から覗く瞳を見て、胸がざわめいた。


今までに経験した事のない感覚……




「私……そんなに人見知りだったかな」



ココアを啜り、ボソリと呟くと、園長が


「そう、それですね」


と言って手を叩いた。



「え……」



「剛君も、あなたもまだ全くお互いを知らない同士ですからね。

大人が子供に人見知りする事だってありますよ。
それであんなに慌ててしまったんでしょうねえ……ハハハ」



「そうか……」



考えてみれば、私は一人っ子だし、親類筋にも同じ位の年頃の男の子は少なかったし、滅多に会う事もなかった。




中学から高校は女子だけの学校だったし、男の子とお付き合いした事もないまま年の離れた悟志さんと結婚して……












「そうですね!
私も、剛さんの事を知らなくちゃ!
頑張って仲良くなります!」


私は意気込んで立ち上がりガッツポーズをした。



今思えば……
剛を見て感じた胸騒ぎは、自分が男の子に慣れていないせいなのだ、と思い込む事で誤魔化しただけだったのかも知れない。


けれどまさか、その頃は、私がそんな感情を抱く事になるとは夢にも思っていなかったのだ。




鼻息の荒い私に、園長は
「まあ、そんなに気張らなくても……
その辺は自然に任せましょうか」


と穏やかに笑った。










「自然に……自然に」



呪文の様にぶつぶつ呟く私に、園長は提案をした。



「最初はまず、お互い慣れる事ですね。
養子縁組をした後でいさかいがあって離縁なんて事にならない為には……まあ、基本、離縁は認められませんが……
だからこそお互い良く考えなければなりません」


「はい……」



園長は、慎重に事を進めようとしているが、私の胸の中では、剛はもう祐樹のきょうだいになっていた。



祐樹がそのまま成長したかの様な姿に、ピアノを奏でる優美な仕草に私は魅せられてしまっていた。


理屈抜きで、剛が欲しくなった。


あの静かな悲しげな瞳を、心から笑わせたい、そう思ったのだ。




――――――








その頃、剛は女性職員に頼まれて、菊野の乾いたシャツにアイロンをかけていた。



ピアノを弾いて居る時は何もかもをシャットアウトして、周囲から一人になる事が剛は得意だった。


周りが騒がしくても、演奏を乱される事は無い。



それなのに、あの人の高い声が耳にスッと入って来て、指を止めさせた。


「何故なんだ……?」



シャツの袖口を丁寧に仕上げて、全体にシワがないか確認する。



「華奢な人なんだな……」


小さなサイズのシャツを見て呟く。



頭から水を被り濡れ鼠になった姿を思い出すと、僅かに口元が緩んだ。



「随分と間抜けな人だな……」









あの人も、子供を物色に来たのだろうか。


物色、という表現は良くないのかも知れないが、平たく言えばそういう事になる。


世の中には、子供を作ったくせに自分達の都合で『要らない』
という大人や、子供が欲しいのに授からなくて
他人が産んだ子供であっても『欲しい』と思う大人が居るのを剛は知っている。


要らないと言われてしまったら、一体どの様にすれば良いのだろうか。


自分は、自分の意思で生まれてきた訳では無い。


ある男と女のセックスの結果でしか無いのだ。



剛は、両親の行為をほんの幼い頃から見ていた。


両親は剛が居る前で抱き合い、獣の様に身体をぶつけ合っていた。



一体、いつからそれを見せられて居たのかもう分からない。








多分最初、母を父が苛めている様に見えて、怖くなり泣き叫んだのだ。


『ピーピーうるっせーな』と父は怒鳴り、剛は押し入れの中へ閉じ込められた。



襖を一枚隔てたすぐ先から聞こえる、母の狂った様な叫びと父の激しい息遣いにとてつもない恐怖を覚えた。


どの位の時間が経ったのか、襖が開けられた。
その時に母に吐き捨てるように言われたのだ。



『あんたなんか、要らないのよ!』




その時に何を感じたのか、もう覚えては居ない。








それから、両親が行為を始めた時には剛は隣の部屋へ閉じ籠り、たったひとつ与えられていた玩具のピアノと戯れて、獣の様な声をピアノの音で掻き消した。




今でも、ピアノを弾く度にあの声が甦ってしまう。



どんな和音を弾いても、美しいメロディーを奏でても、鼓膜に焼き付いて離れない呪い。



自分がピアノを弾くのは、いつかそれを消し去れるかも知れない、と思うからだろうか。




整然と畳まれた白いシャツをぼんやり眺めて居ると、園長が部屋へ入って来た。



「綾波君、出来たかい?」

「はい」



「悪いけど、お客さんに服を持っていってくれないかな?」



「あ……はい」



剛は園長の後に付いて歩く。








パタパタという足音と共に女性職員がやって来た。


「園長先生、お電話が入ってます」



「ああ、そう……
綾波君、先に行って渡して来てくれるかい?
すぐに行くから」


「はい」



園長は職員室へと引っ込んだ。




応接室のドアをノックする。



返事がないが、そっと中へと入って見たら、奥のソファの端から長い髪が見えた。



「失礼します……」



静かに横へ行き挨拶しようと覗くが、その人は眠っていた。

首を傾げた状態で長い髪が風に僅かに揺れていた。

しかし、口が半開きになっている。



剛は半分呆れて見ていたが、グラリと身体が揺れてテーブルにバンと顔を打ったのを見て、吹き出してしまった。



「い……痛い」



流石に今ので目覚めたその人は、すぐ側に剛が居るのに気付くと目を真ん丸にした。








「あ、あああ」



口を金魚みたいにパクパクさせて真っ赤になるその人が可笑しくて、笑いそうになるのをグッと堪えて剛はペコリと頭を下げた。



「あの、これ……」



「ああっ!」



差し出した服を受け取ると目を輝かせて居る。



「ありがとう……!
アイロンまでやってくれたの……?」



「はい。割とそういうのは好きなんで」



「偉いわあ……!
私、アイロンとか、畳むとか苦手なの!
悟志さんのワイシャツとか……あ、私の旦那様ね?
悪いんだけど、ワイシャツのお洗濯する度にプレッシャーで……
洗ったり干したりするのは好きなのよ!
お洗濯物が風に靡いてリネンの薫りがする度に嬉しくなるの!
……って、私いきなり一人で喋ってごめんなさい」


慌てた様に口を手で覆うその人は、何だか幼くて大人には見えない。







"悟志さん"と言うのは、この人の旦那か……


ふと、自分の両親の事が頭を掠め、目眩を覚えてこめかみを押さえる。



「ど……どうしたの?
私がうるさ過ぎて具合が悪くなっちゃったかしら?」



目の前でオロオロするその人は、多分良い奥さんなんだろうと思った。


自分の両親とはまるで違う種類の人間だ。



そう、俺も所詮、あの両親の遺伝子を受け継いでいる。


この人とは全く違う。




「だ……大丈夫?
私、だれか先生を呼んで……」




「平気ですよ」




「……っ」




目の前で真っ赤になるその人を見て剛は不思議に思うが、無意識に腕を掴んでしまって居たのに気付いた。



「すいません……」



「い、いえ!」



剛が手を離しても、その人は顔を赤くしたままだ。








「園長先生、遅いわね……」



少し不安げな表情になって俯いたその人だが、突然、キッと剛を見上げた。



「あの……!
私……あなたが欲しいの!」



「――は?」



剛は面食らう。



「あっ……
こんな言い方、失礼よね……ごめんなさい!
だけどつまり、そういう事なの!
私のお家で、一緒に暮らしましょうよ!」



確信に満ちた眼差しで、キッパリと言い切るその人に唖然とした。



「暮らしましょう……て突然言われても」




「そ、そうよね……
園長先生にも、少しずつ打ち解けてからって言われてたのに……
私ってばこんないきなり……ごめんね?
でも!多分私の気持ちは変わらないと思うの!
だから先に言って置こうと思って……」



良く分からない身振り手振りをしながら熱弁するその人に、剛は苦笑した。



「何だか、告白みたいな言い方だね」








剛の言葉に、ボン、と真っ赤になり吃り始めた。



「こここここ告白っ!?」


「……まあ、それは置いておいて……
何故俺を養子にしようなんて思うんです?
もっと素直な性格の小さな子を引き取れば良いのに」



「そんな……
私はあなたが良いのよ!」



剛は戸惑いを隠せなかった。



自分の親にも疎まれ、人からこんな風に求められたことがなかったのだ。



「だから……何故ですか?」



「……笑わないって約束できる?」



真剣で深刻な表情になり、耳打ちして来たので、剛は驚いた。



「は、はい」



「じゃあ、私の話を聞いて……?」



剛は、黙って耳を傾けた。







剛は、その人が幼い頃から双子の母親になるのが夢だった事や、自分が生んだ息子が剛に似ている事、そして絵本の
"ふたごの星"の話をするのを黙って聞いていた。



話を終わると、その人はふうと息をついて、何だか清々しい表情をしていた。


話をすることである種の達成感を味わっているのだろうか。




「……で?」



「え……でって」



きょとんとするその人を見ていたら、無性に意地悪をしたくなって来た。


素直な、疑う事を知らない色の目をドロドロに濁らせてやりたい。



剛は静かに笑いかけた。



「それで……
双子の片割れを探し回っていたという事ですか?今まで何ヵ所位施設を回りましたか?」



「えっと……
沢山探したよ?
でも、全然祐樹に似てる子が居なくて……
でも良かった……あなたに会えて」



無邪気な明るい笑顔を向けられて、胸の何処かがチクリとした。



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剛はその痛みに戸惑いながら、言葉を投げつけた。


「下らない……」



「えっ?」



「つまり、あなたは自分の少女趣味を満たす為にここまで面倒な事をしている訳なんですね」



口をポカンと開けて、信じられない、という表情をしている。



「え……あ、あの」



剛は鼻をふんと鳴らす。



「大体、ここに辿り着くまでどの位の時間と費用を使ってるんですか……
あなたは可哀想な孤児を救ってあげるという正義感のつもりかも知れませんが……
そんな事をするくらいなら、全国の施設に寄付でもされた方が世の為になるのでは?」




きょとんとした表情のまま、固まってしまったかの様に動かないその人に更に畳み掛ける様に続けた。








「それに……その絵本ですけど……
僕には感動的な話には思えません」



「えっ……」




「貧しい両親が、口減らしに魔女に子供を売り飛ばした……としか見えないですよ」



その人の目が大きく揺れた。



「あのまま、貧しいままで生かさず、殺さずの状態でいるより、死んだ方が双子の為だったんでしょうね」



息を呑む気配がした瞬間、剛は頬を打たれていた。



拳を握り締め、唇を噛み、涙を貯めた目で剛を睨んでいる。



「……ひど……酷い……ジョンとマルコは……そんなっ……」



「……っ」



呆気に取られる剛の前で、その人は泣き崩れてしまった。



ドアが開いて園長が目を丸くする。



「西本さん?どうされましたか?」










「何でもありません……わ、私帰ります」


手の甲で涙を拭いながら着替えを掴むと、トレーナーをその場で脱ぎ始めた。



「えっえ――!?」


「!?」



「着替えて帰ります!」



怒ったように言いながら、その人はトレーナーを放った。



「あわわっ……
剛君、こっちを向こうか」



後ろを向かされた剛は、園長と共に暫く衣擦れの音を背中で聞いていた。



やがてドカドカという足音と共に、長い髪が剛の鼻先を掠めて、甘い香りがした。




「西本さん?」



「すいません!着替えにココアありがとうございました!」



物凄い勢いでお辞儀をすると、乱暴にドアを閉めて出ていってしまった。








残された園長は、呆然とドアを眺めていたが、剛は無造作に脱ぎ捨てられたトレーナーを拾って畳んだ。




「何があったんだい?」



剛はトレーナーを畳む手を止めて、ボソリと呟いた。



「さあ……
僕にも、わかりません」




本当に、何が起こったのか分からなかった。

多分、通りすがりでもう会う事も無いような人に、何を自分はムキになって心の奥底の黒い塊をぶつけたのか――



頬にチクリと痛みを覚えたが、胸の中もむず痒かった。




畳んだ布を胸に抱くと、あの人の髪と同じ甘い香りがした。



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