忘却の時魔術師

語り手ラプラス

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第一部 第一章「月夜の出会い」

第9話 魔術

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「──んっ」
 僅かに開いたカーテンの隙間から差し込む日差しで目が覚める。

 ……もう。朝か。
「ふわぁ~~」
 欠伸をしながら身体を起こしていると、隣から規則正しい寝息が聞こえてくる。

 気になって、寝息の聞こえてくる方に視線を向けると、人形のような少女が俺のタオルケットに包まり、気持ちよさそうに寝ていた。

 ……そうだった。
 昨日……俺はルナと……。

 ・・・

 時間は遡り、ルナに魔術を教えてくれるように頼み込んだ後。

「零の覚悟は分かった。魔術の使い方を教える」
「本当か! ありがとう!」
 俺が嬉しそうにしていると、ルナも嬉しそうに微笑みを零す。

「それで? 魔術ってまずは何をすれば良いんだ?」
「……魔術を教える前に。まず、零に1つ聞きたい。零にとって、魔術ってどんなもの?」
「魔術? そんなの指パッチンで炎出せたり、手を地面につけたら、土の壁が地面から突然突き出てくるような……」
 某錬金術師みたいな感じだなぁ。

「……」
「ルナ?」
 ルナの方から来る残念な生き物を見る様な視線に気づき、ハッとルナの方に顔を向けると、ルナは何故か溜息を吐く。

「え、えーっと……」
「……ごめん。私の聞き方が悪かった。……零は魔術についてどこまで知ってるの?」
「不思議な事を起こす……魔法みたいな?」
「魔法……ね」
「……何か間違えてた?」
「ううん。間違えては無い。だけど、魔法と魔術は少し違う。魔法は御伽話で出てくる不思議な術。それに比べて魔術は魔力を扱える様になった人間たちが使える。この世の理に則った現象を起こせる術」
「──それって」
「そう。例えば、魔法でネズミを馬に変えるといったのが童話の中にあるけど。魔術でそれをやろうとすれば、ネズミが爆散して肉塊どころじゃなくなる」

 何それこっわ!

「……あくまで仮定の話。私はしたことが無いから、分からないし、それに……」
「それに?」
「魔術というのは、複雑な上難しい。……例えば『Light cube』」
 ルナが呪文を唱えると、ルナの左手から魔法陣のようなものが出現して、淡い光を放つ立方体を生成していく。

 これが……魔術!
「スゲェー!」
「こんな感じの簡単な魔術でも魔力操作の調整を少しでもミスすると……」
 ルナがそう口にしたその時、魔法陣的な何かにヒビが入り、陣の上に浮いていた立方体は粒子となって空気に溶け込むようにして消えていった。

 魔術が消えた?
「今のは……」
「これが魔術の難しい理由。魔力操作が下手なら発動すら出来ないし、特定の魔術を行使する際には術印を形成するほど魔力操作が上手くないといけない。また、今みたいな術印を形成する魔術を維持しないといけないとなると更に高度な魔力操作が必要になる」
「な、なるほど」
 ……今みたいな魔術を発動するためには、魔力操作というものが重要になってくるのか。

「そこで、零には魔術を覚えてもらう前にある程度まで魔力操作の練習してもらう」
「分かった。それで? 俺は何をすればいいんだ?」
「……まず、ベッドの上で胡座でも正座でもいいから好きな体勢で座って欲しい」
「分かった」
 ルナの指示通り、俺はベッドの上で胡座をかく。

「次は?」
「目を閉じて」
「分かった」
 ルナの指示通りに目を閉じると、元々暗かった視界が真っ暗に染まっていく。

「次は?」
「今から、私が零の背中に手を当てて、魔力を流し込むから、その魔力を感じ取って」
「分かった」
 ルナの小さな手が背中に当たり、ちょっとした緊張で心拍数が早くなっていく。

 ……変な事は考えるな! 集中だ。集中!
 先程よりも眼を深く閉じて、意識を背中へと集中させていく。

 ・・・

 どのくらい集中していたのだろうか?
 実際、時計が無いから分からないけど。
 すごく長く、そして短い時間。俺はここにいた気がする。

 時の流れが分からなくなるようなその世界で俺は目の前に広がる灰色ばかりで味気ない景色を一言も感想を口にする事なく、ただ茫然と眺めていた。

『おや? 久しぶ……違うなぁ。さっきぶりかな? 玄野零君』
 突然、背後から人の声が聞こえ、振り向くと顔に靄……いや、モザイク処理? が施された男が立っていた。

 何だ? コイツ。
 顔がモザイクで隠されてる。
 なんか、ヤバそうだ。

『おいおい。失礼だぞ? 人の顔見てやばい人認定するのは! これでも君と会うのは初めてじゃないんだからな!』
 プンスカと怒るモザイク男に俺は何とも言えない気持ちになる。

 本当に何だ? コイツは?

『……それにしても、君が受肉してここに来るなんて……。魔力操作の練習でもしてるのかな?』

 ──っ!
 何でそんな事を知ってるんだ? コイツは!

『そう身構えないでおくれよ。別に僕は君を取って食おうってわけじゃないんだ。別に君が何をしようが僕は君の選択には干渉しないよ。……それに僕自身。この◾️◾️◾️◾️にいる時点で君を取って食おうなんて出来ないんだけどね』

 ……そうなのか。

『まあ、そうだなぁ。魔力操作の練習でここへ来たのなら、記念として返してあげるよ。君の』
 ──記憶の一部を。

 ・・・

「──っ⁉︎」
 心臓の鼓動が高鳴り、今まで閉じていた瞼をカッと開く。

 ──今のは……夢?
 いや、夢にしては……。

 部屋の時計に視線を向けると、最後に見た時……練習を始め出す時からまだ、3分も経過していない。

「零? どうしたの?」
「──い、いや。何でも無い。ただ少しウトっと来ただけさ。……それよりもルナ」
「何?」
「もう一回だけ流してくれないか? これで出来なかったら、今日はもう諦める」
「……分かった」

 ……俺と繋がっているルナは魔力の揺らぎで何となく何かを察したのだろう。
 小さく返事をすると共に、背中に小さな手が当てられる。

 次こそは。
 目を閉じて、意識を背中へと集中させていく。

 すると、ルナが手を当てた辺りから何かがスルスルと体内に入って来ては脊髄辺りを伝って内部移動しているのが感じ取れてくる。

 何処を目指して……。
 さらに深く意識を体内で蠢くソレに集中させていくと、丹田辺りで何かに触れ、吸い込まれていった。

 ……。
 丹田辺りで感じ取れる大きな存在。
 器のような入れ物の中を魔力らしき液体が軽く波打っている。

 ルナの魔力が消えた今、どうしたらいいのかわからないはずなのに。何でだろう?
 何となくやり方が頭に浮かんでくる。

 俺はそっとその液体に触れるようなイメージで意識をその部分に集中させる。

 ピチョン……。
 液体に触れた瞬間、液体の表面を伝って波紋が広がっていく。

 ……粘性も圧縮性も感じない。
 水に近いように見えて水とは少し遠い物質に見える。

 これが……魔力か。

「ふぅー」
 深く呼吸をし、今度はその液体に強く干渉してみる。すると、先程よりも波紋が大きく広がっていく。

 よし、次……は……。
「──零!」
 ・・・

 ……そうだった。
 確か、魔力操作の練習をしてて、1番最初というのに興奮してそれで……。

 倒れたんだよなぁ。
 事件による疲れも溜まっているって時に……馬鹿か俺は。

 ……今度からは気をつけよ。

「はぁー」
 溜息を吐きつつ、ベッドから出ようとしたその時……。

「れいは……わたひがまも……る。ムニャムニャ」
 隣からルナの寝言? らしきものが聞こえてくる。

「……はぁ~~。全く、どんな夢を見てんだか」
 突然の寝言に苦笑しつつも、気持ち良さそうに眠るルナを見て、自然と笑みが浮かんでくる。

「……ありがとな。ルナ」
 今までの感謝が詰まったその言葉にルナは起きているのか、少しだけ笑った気がした。
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