白く輝く強い羽

せりもも

文字の大きさ
上 下
4 / 75
第1章

最悪の出会い 4

しおりを挟む


 なんだ、あれは。
 翌日は、朝から不愉快だった。

 男にキスされるなんて。
 男に尻を触られるなんて。

 あの男……、
 自分が女だったら、あいつは犯罪者だ。
 なぜ、男というだけで、泣き寝入りしなければならないのか。

 それに……。
 遼を痴漢ときめつけた女性がストーカーだったというのは、本当だろうか。
 会社の行き帰りや、家の周辺までつけられていたのだとすると……。

 怖い。
 けど、そもそも、あんなやつの言うことを信じていいのか?
 あいつこそ、立派な痴漢じゃないか。


 ぐるぐる考えが巡って、混乱する。
 気持ちが妙に浮ついて、仕事に集中できない。
 つまらないミスを繰り返し、また、深夜まで仕事が残ってしまった。
 客先から帰って、自社のデスクで、遼は、ちらちらと痛む目をこすった。


 ため息をついて、コーヒーを取りに行こうとしたら、同じく隣の席から、盛大なため息が聞こえた。
 隣席の田村さんが、赤い眼鏡を押し上げて、また、ため息をついた。

 「どうしたんですか?」

思わず遼は尋ねた。

「バイト君がミスしてね。フラグがズレてるのよ。直すのに、手作業しかなくて。来週納品なのに」

「田村さんがやるんですか? バイトのミスなら、バイトに直させればいいじゃないですか」

「だめよ。コロナ社の仕事は、ぎりぎりの値段で請け負ってるの。バイトは時給制だから、これ以上、人件費はかけられない」


 遼の勤めるパワーネット・コンサルティングは、小さな会社だ。
 バイトの尻拭いは、正社員の仕事になる。
 再び、田村さんはため息をついた。


「修正だけで今週いっぱいかかりそう。明日、若菜の小学校の卒業式だってのに、ああ、あ……」

 田村さんはシングルマザーだ。
 駆け落ち結婚して、離婚した。
 実家とも疎遠になっていると聞く。

「田村さん、ちょうど僕、ひと山越えたとこなんですよ。バイトの穴埋めなら、豪華なディナーは我慢してあげます。たこ焼きでどうです?」

 自分の仕事と合せても、週末頑張れば、何とかなる気がした。

「え? いいの? だって、柳ヶ瀬君だって、大変なんじゃ……。ゆうべも遅くまで、会社に残ってたじゃない」

「だいじょうぶですよ。ヤマは越えましたら。あ、たこ焼き、腹いっぱい食わせて下さいね」

「でも、さっき、ため息ついてたよ?」

「それ、仕事のことじゃなくてね」

少しためらったが、誰かに話を聞いてほしかった。

「実は僕、ゆうべ、痴漢に間違われちゃって」

「痴漢に? 間違われた! 柳ヶ瀬君が痴漢されたんじゃなくて?」

「違います!」

 きっぱりと否定した。
 あの男のことを話したら、負けな気がした。


「僕が、痴漢だと思われたんです。でね。その被害者のフリした女性ね。僕のストーカーだっていうんです」

「す、すとーかー!?」

田村さんの目が一瞬泳ぎ、すぐに、遼の顔面にしかと据えられた。

「たぶん私、その女、知ってる! よく、会社の周りで見かけるコだよ! 柳ヶ瀬君の後ろを、こそこそ歩いてるとこも見たこともある。そういえば、ゆうべもいたわ」

「え!?」


 ゆうべ田村さんは、遼より一時間ほど早くあがったはずだ。
 そうするとあの女は、寒い中で、少なくとも一時間、遼を待ち伏せていたことになる。


 「で、でも、僕なんかストーキングしたって……」

「何言ってんの! 柳ヶ瀬君って、すごくきれいじゃない。あなたのようなイケメン、私、見たことがないわ」

「……今まで、女性にもてたことがないのですが」

「そりゃ、そうでしょ。近寄りがたい美しさ? うーん、うまく言えないけど。私も、柳ヶ瀬君とどうこうなりたいとは思わない。でも、若菜の恋人になってくれたら、嬉しい気がする」

 若菜というのは、田村さんの娘さんである。

「若菜ちゃんって、僕より一六も年下じゃないですかっ! つーか、十二歳の女の子となんて、もはや犯罪レベル……」

「馬鹿ね。そう言っちゃうところがダメよね、柳ヶ瀬君って」

「はあ」

「そういう時はね、嬉しいな~、大人になるのが楽しみですぅ~、っていうのよ、普通の男は」

「あ……」


 普通の男は。
 その言葉が、すとんと胸に落ちた。

 眉を顰め、田村さんは尋ねた。


「で、誰が柳ヶ瀬君の冤罪を晴らしてくれたの? その女性がストーカーだと見抜いて」

「それは……」

 危険な話題だった。
 慎重に言葉を選んで、遼は言った。

「その場に居合わせた男性です」

 田村さんは大きく頷いた。

「つまり、その男の人も、柳ヶ瀬君の後をつけてきたってことよね。それどころか、日常的に柳ヶ瀬君の身の周りを見張ってたんじゃない? だってそうじゃなきゃ、彼女のこと、ストーカーだって見抜けないし、そうそう都合よく柳ヶ瀬君の前に現れることだってできない」

「……」


 その可能性は、考えたことがなかった。
 遼が言葉に詰まっていると、田村さんはダメ押しをした。

「怪しいわよね、その男。どっちがストーカーだか、わかったもんじゃない」

 その上、キスされて尻を触られたわけだ。
 口ごもりつつ、遼は最後の抵抗を試みた。

「だ、だ、だって、僕は男ですよ?」

「とてもきれいな男よ」

すかさず、田村さんは付け加えた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

【短編】婚約破棄された悪役令嬢は女王として覚醒する

恋愛 / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:106

王女に婚約破棄されたら、王太子に求婚されました。

BL / 完結 24h.ポイント:35pt お気に入り:116

罠に嵌められたのは一体誰?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:49pt お気に入り:1,027

処理中です...