妖かし行脚

柚木 小枝

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第参柱

第二十八伝 『双葉の友人』

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午前の授業を終えて、昼休み。
松山は生徒会の用事があるとかで、チャイムと同時に生徒会室へ。
朔はチラリと隣へと目を向ける。だが目を向けた先の葛葉は、朔の視線には気付いていたのかいないのか、何も言わずに席を立ち、教室から出て行ってしまった。


(なんかこの間から避けられてる気がするんだよな…。)


化け狸と遭遇して以来、葛葉は朔にあまり絡んで来なくなった。いや、師走から与えられた選択について悩みを打ち明けてから、だろうか。葛葉の突然の変化に朔は少し戸惑っている。
とは言え、葛葉とは元々友達というわけでもない。気にする必要なんてない、そう心の中で言い聞かせた。

朔は食堂に昼食を買いに行こうと教室から出る。
すると出てすぐに女子から声を掛けられた。


「あの!」
「ん?」


振り返った先にいたのは、大人しそうなの女の子。肩より少し長いぐらいの黒髪。化粧っ気もなく、決して派手なタイプではない。


(…誰。)


全然知らない。話した事もなければ、名前すら知らない。すれ違った事すらあったっけ?といったぐらいの知らなさだ。
声を掛ける相手を間違えたのでは?そう思ったが、女子はしっかりと朔を見据えていた。


「ちょっとだけ。話、良い?」


全く身に覚えがないといった朔ではあるが、自分に話し掛けられたのは間違いない。朔は女子に促されるまま、その背について行った。


◇◇◇◇◇


連れて来られたのは屋上へと上がる階段の踊り場。
ちなみに天照高校の屋上は封鎖されており、生徒は立ち入り禁止となっている。かつては出入り自由で屋上で昼食を取る生徒もいたそうだが、転落事故等のリスク回避から封鎖されたそうだ。
それ故、この場所に立ち寄る生徒はほとんどいない。人目に付かない場所、とも言える。そんな場所に呼び出されて、一体何の話が?
そう考えた時、朔の脳裏に一つの可能性が過った。


(えっ。もしかして、突然の春到来!?)


目の前には何か言いづらそうに、もじもじする女子。これはひょっとするとひょっとするかも。
決して自分がモテる人種だとは思っていなが、好みなんて人それぞれ。朔に一目ぼれする女子だっているかもしれない。そんな期待を込めながら、朔は上ずった声を押し出した。


「は、話って?」


内心心臓はバクバクだ。女子との交際経験のある朔だが、女慣れしているわけではない。目の前にいる女子がタイプというわけではないし、性格は疎か、名前すら知らない。だが、今から告白されるかもと思うと高鳴るものがあった。
朔が女子からの言葉を待っていると、女子は胸のところできゅっと拳を握り、意を決したように朔の目を見つめた。


「今朝、双葉ちゃんと一緒にいた、よね?」
「えっ!?」


違った。全然違っていた。
告白とかそんなんじゃなかった。
自惚れました。すみません!!

朔は心の中で叫んで顔を真っ赤にする。が、それと同時に一瞬で青ざめる。


(もしかして、妖かしの話を聞かれた…?)


今度は違う意味で心臓がバクバクする。今朝双葉と、と言えば校舎裏で妖かしや護符の話をしていた時以外にない。もしやその時の会話を聞かれた?そうだとしたら何て言えば良いのだろうか。朔は冷や汗を垂らしながらも、少しの可能性に賭けてみる。


「ど、何処で…?」


廊下で、と言われるのであれば会話は聞かれていない事になる。朔は焦りながらも平常心を保とうとした。


「校舎裏から出てくるところ。」
「!」


微妙なライン。
出てきたところから見られたのなら話は聞かれていないが、話を聞いた上での“校舎裏から出て来たところ”なのかもしれない。

再び朔の心臓は脈打った。朔が言葉を詰まらせていると、女子は少し躊躇いながらも思い切った質問を投げ掛けてくる。


「あの!双葉ちゃんと付き合ってるんですか!?」
「…へ!?」


女子の質問に朔は目を丸くする。思っていたものと違う。目の前の女子を見る限り、妖かしの話を聞かれたわけではなさそうだ。
そして朔の脳裏には最初の可能性が再び甦る。


(え、ちょっと待って。俺と如月さんが付き合ってるかどうかを確認するって事は…?やっぱりこの子、俺の事を…?)


自分に好意を抱いてくれているのかも。目まぐるしくコロコロと変わる朔の心は忙しない。そんな高鳴る胸を必死に隠しながら朔は慌てて首を横に振った。


「いや!如月さんとは単なるクラスメイトで!付き合ってるとか、そんなんじゃないから!全然大丈夫!!(?)」


朔の回答を聞いて、女子は目に見えて肩を落とす。


「あ、じゃあ…仲が良いとか、そういうわけじゃない、のか…。」
(…あれ?なんかガッカリしてる?)

「??」


どういう事だ。本気でこの女子が何を言いたいのかが分からない。朔は怪訝な顔を浮かべながらも、女子に尋ねた。


「えっと…何かあった?」
「・・・・・。」


表情を暗く沈ませながらも、女子は朔の言葉に小さく頷いた。


◇◇◇◇◇


彼女の名前は、平川享子ヒラカワ キョウコ。二年B組に在籍している。
二人は階段に腰掛けながら話し始めた。


「如月さんと?」
「うん、中二の時から。同じクラスになったのがきっかけで仲良くなったんだけど…。今年に入ってから双葉ちゃん、急にそっけなくなっちゃって…。」
「・・・・・。」


彼女の話には聞き覚えがあるものがあった。そういえば松山も同じような事言ってたっけ。朔はそれを聞いて少し目を泳がせてしまう。その様子を見た平川は、朔が何か知っているものと思い、朔へと詰め寄った。


「双葉ちゃんから何か聞いてるの?」
「あ、いや。(本人からは)特に何も…。」
「…そっか。」


嘘はついてない。実際双葉からは何も聞いていないのだ。松山から聞いた話を、本人がいないところで勝手に話すわけにもいくまい。
ちなみに平川が朔にこの話をしてくれたのは、朔が双葉と話しているところを見て、付き合っている、もしくは仲が良いと思ったから。仲が良ければ双葉本人から事情を聞いているかもしれないと思ったそうだ。


「喧嘩した、とか何かきっかけは?」
「ううん、特に何も。私も双葉ちゃんも滅多に怒る事もないし。」


そこまで話したところで、平川は何かを思い出したように右手を口元に当てがった。


「…あ。」
「?」
「そういえば、高二に上がるちょっと前、三月の中旬ぐらいだったかな。私ともう一人、双葉ちゃんとよく一緒にいた子がいるんだけど、その子が怪我しちゃったんだよね。私はその場にいなかったから詳しくは知らないんだけど、事故に合いそうになったって…。」
「!!」


平川の話に朔はハッとなって瞳を大きく見開く。これも思い当たる節のある話だ。


「その子、怪我は?」


もしや松山みたいに大怪我を負ったのでは?その可能性を懸念して尋ねるも、平川は首を横に振るう。


「それは大丈夫。事故は未遂に終わったって。車は来てたけど、手前で停まってくれたからかすり傷ですんだみたい。」
「そっか。良かった。」


ホッと安堵の溜息を漏らす朔だったが、何か引っ掛かるものがあった。双葉の周りで事故が多発?しかも身近な人物ばかりに。朔がその事について唸りを上げているのを横目に、平川は少し躊躇いながらも話を続けた。


「けど、その子がちょっと不思議な事言ってて。横断歩道の前で信号待ちしてる時に誰かに押された、って。けど、その場には他に誰もいなかったらしいんだ。」
「えっ!?」


思わず漏れ出た声を聞き、平川は慌てて朔の方へと目を向ける。


「あ、双葉ちゃんが何かしたってわけじゃないよ!双葉ちゃんはその子と並んで信号が変わるの待ってたらしいから。押したり出来ないし。」


どうやら平川は、双葉が友人に何かしたように聞こえてしまったのではと思ったらしい。平川も事故にあった友人も双葉を疑っているのではないという事を弁明する。勿論、朔も双葉がそんな人物だとは微塵も思っていない。朔が頷く姿勢を見て安心したのか、平川は話を続ける。


「怪我した子も双葉ちゃんの事疑ってなんかないし、その事を双葉ちゃん本人にも伝えたんだけど…その時 双葉ちゃん、すっごく青ざめてたみたいで…。」


平川の話を聞いて、朔の中で導き出された解があった。

もしや、妖かしの仕業では?

双葉の周りの人間、しかも極めて近しい友人達が、妖かしの被害にあった。もしそれが本当なら双葉が周りと距離を取ろうとするのも頷けるかもしれない。周りの人間を巻き込まない為に。
松山もそうなのかもしれない。当時は幼少期で気付かなかったにしても、同級生の事故を機に松山の事も思い出し、松山の事も遠ざけるようにしたのかも。

勿論、実際にその現場を見たわけではないし、可能性の一つでしかない。
だがその可能性が極めて高いのではないかと思った。

平川はひどく沈んだ顔で俯く。


「それから…かも。双葉ちゃんの様子がおかしくなったの。これが何か関係してるのかな?」
「俺には…よく分からないけど…。」


流石に妖かしの仕業かも、なんて言えない。言ったところで信じてもらえないだろうし、むしろ真剣に悩みを打ち明けているのに、ふざけていると思われそうだ。
朔は答える事が出来ず、申し訳ない気持ちを抱えながらもそう答えるしかなかった。

朔の言葉を聞き、平川もまた、少し申し訳なさそうな顔を浮かべる。


「そっか、そうだよね。…ごめんね、急にこんな話。」
「いや、俺の方こそ…力になれなくてごめん。」


二人は立ち上がり、教室の方へと足を向ける。
そして平川がダメ元で朔へとお願いする。


「もし双葉ちゃんとまた話す機会があって、その事訊けそうだったら訊いてもらえないかな?訊けそうだったらで良いから。」
「…うん。」


仮に訊く事は出来たとしても、回答を伝える事は出来ないだろう。そう思いながらも、朔は頷く事しか出来なかった。
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