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第14話 魔族の集落5

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「……は?」

 トリスタンは今目の前で起きた出来事が信じられずに立ち竦んでいる。

「お前らつまらない冗談はよせ。さっさと起きて村人たちを皆殺しにしろ」

 地に伏せている部下からの返事はない。

「おい、いい加減に・・・・・」

 トリスタンはうつ伏せで倒れている部下のひとりの首根っこを掴み上げて無理やり立たせようとした。

「う……なんじゃこりゃあ!?」

 コボルトの胸部から大量に流れ落ちる血がトリスタンの漆黒の羽毛を赤く染め上げた。
 ここにきてようやくトリスタンは部下が全員死亡したという現実を受け止めた。

「そんな馬鹿な話があるか……たかが人間如きが何であんな強力な黒魔法を使えるんだ」

 一瞬の内に全ての部下を失ったトリスタンは完全に戦意を喪失し後退りをする。
 既に先程までの余裕は感じられない。

 彼の次の行動は予想がつく。

「こ……この事はモロク様に報告をさせて貰う。貴様たちモロク様に逆らうような真似をしてこのままで済むと思うなよ!」

 トリスタンは重たいハンマーを投げ捨てると、翼を羽ばたかせて上空に舞い上がった。

「ルシフェルトさん、逃げる気ですよ!」

「だろうね」

「あいつを逃がしたら次は間髪いれずにモロク配下の軍勢がやってきますよ。そうなれば今度こそあなたの身が……」

 ハッサムさんの危惧する通り、確かに俺の魔力にも限界はある。
 何百、何千という軍勢が現れれば俺ひとりの力ではどうする事もできないだろう。
 そうなれば自分たちも終わりだというのに、こんな状況でもハッサムさんは俺の身を案じてくれる。
 こんなに良い人を見捨てるわけにはいかないな。

「ふ……はははは! 次に会った時が貴様達の最期だ」

 トリスタンは捨て台詞を吐きながら俺に背中を見せて南の方角へ飛び去っていった。

「もう間に合わない……ルシフェルトさん、こうなっては残念ですがこの村を棄ててどこか遠くの地へ逃げましょう」

 慌てふためいているハッサムさんとは対象的に、俺は落ち着いてトリスタンが飛び去る方角に向けて手を翳した。

「逃がす訳ないだろう。……遠距離破壊魔法、ペネトレイトアロー!」

 俺は逃げるトリスタンに向かって高速で飛行する魔法の矢を放った。

「ぐあっ!?」

 風力、距離、トリスタンの進行方向と速度。
 俺が放った矢は計算通りトリスタンの背中から心臓を貫き、そのまま空の彼方へ消えていった。
 この一撃で絶命したトリスタンは力なく地面に落下していった。

「あんな距離から……さすがはルシフェルトさんだ!」
「有り難うルシフェルトさん、俺あいつらの事が本当に嫌だったんだ」
「そうだ、奴が持っていった魔瘴石を回収しなくちゃ……」
「これでもうあいつらに税を払わなくて済むぞ!」

「いや、そんな訳ないでしょう!」

 長年自分たちを苦しめてきた税の取り立て人をやっつけた事で村人たちは歓喜の声を上げるが、それに水を差したのがハッサムさんだ。

「トリスタンを殺したところで時間稼ぎにしかなりません。この村で起きた事はいずれモロクの知るところとなるでしょう。そうなれば面目を潰されたモロクは間違いなく報復行為に出るはずです。モロクがやってくる前に早く身を隠さないと……」

「む……そうだよな……」
「トリスタンがこの事をモロクに伝える前に死んだ事で、俺たちに村から逃げる為の時間的猶予ができた事がせめてもの幸いか……」

「みんな、分かったら早く荷物を纏めて逃げる準備をしよう」

 途端に村中が慌ただしくなった。
 しかし俺も無策でトリスタン達を殺した訳ではない。
 今回の事でモロクの手下が碌でもないごろつきばかりだという事が分かった。
 あんな奴らを恐れてこそこそと逃げ回り続ける人生なんて俺は御免だ。

 戦おう。
 俺は村から逃げる準備をしている村人たちを引き止めて説得を試みる。

「皆さんちょっと待って下さい。俺に考えがあります」

「ルシフェルトさん、これ以上あなたに迷惑を掛ける訳にはいきません。あなたも早く逃げる準備を……」

「いいからいいから。俺に任せて下さい」

 俺はそう言いながら【破壊の後の創造】スキルを発動させた。
 村中に転がっていたコボルトの死体が光り輝き、光が収まった時には可愛らしいワンちゃんが数匹尻尾を振りながら歩き回っていた。

 俺はワンちゃんを一匹ずつ抱き抱え、「野生にお帰り」と声を掛けながら順番に村の外にリリースした。
 君たちは野良犬としてこの先逞しく生きてくれる事を願う。

「向こうで死んでいたトリスタンはカラスに創り変えました。これで俺はモロクの部下たちを誰ひとりとして殺していない事になりますね」

「ルシフェルトさん、奴らが死んでいなければ良いという問題ではありません。私たちの村に向かったはずの税の取り立て人が戻らないとなればその時点で大問題です。モロクは私たちを拷問にかけてでも彼らに何が起きたのか真相を突き止めようとするはずです」

「ええ、もちろん今のは冗談です。モロクがやってくるのならばそれまでに迎え撃つ準備をしましょう」

「迎え撃つと言ってもそもそも我々は戦う術など持ち合わせていません。それにモロクが従えている兵士の数は千人を下らないとも言われています。失礼ですが、いくらルシフェルトさんの黒魔法やスキルが優れていると言っても到底敵うとは思えません」

「そうですね、俺一人の力では限界があります。だから今の内に戦力を整えて防衛の準備をするんです。俺にいい考えがありますから村の皆さんも手伝ってくれませんか?」

「そんな事できる訳ないに決まっているじゃないですか。今は問答をしている時間すら惜しい、早く逃げる準備をしましょう」

「でもハッサムさん、これは逆に奴らの支配から脱する絶好のチャンスなんです」

 俺には確固たる勝算があるのだが、ハッサムさんや村人たちは今まで散々モロクたちから受けた苦痛と恐怖が身体中に刷り込まれているようで話を聞こうともしてくれなかった。

 自由は自分たちの手で勝ち取らなければ、部外者である俺ひとりが頑張ったところで意味がない。
 彼らに戦う気がないのならば俺には強要する権利はない。

 俺は説得を諦めかけたところだったが救いの手を差し伸べてくれる人物がいた。

「お父さん、さっきからルシフェルトお兄ちゃんの話を聞こうともしないで逃げる事ばっかり。私たちの事情なんて全然関係ないルシフェルトお兄ちゃんが力を貸してくれるっていうのに話すら聞いてあげないなんて酷いじゃない」

「レミュウ……」

「私はルシフェルトお兄ちゃんを信じるよ。私だって怖いけどお兄ちゃんと一緒に戦う!」

 及び腰の村人たちの中にあって、ただ一人レミュウだけは俺を信じてくれた。

「そうだな……確かにレミュウの言う通りかも知れん」
「こんなに小さな子ですら戦おうとしているのに、俺たちは何をやっているんだ」

 村の中で一番小さな女の子が勇気を振り絞って戦う覚悟を示した事で、村人たちの中にも徐々に俺に賛同する者が現れ出した。

「ルシフェルトさん、私たちは臆病なあまりモロクたちから逃げる事しか考えていませんでした。どうか私達にお力を貸して頂けますでしょうか」

「いえ、ハッサムさんが俺を巻き込ませまいと思っての事は理解しています。そうと決まれば早速準備をしましょう」

「それでお兄ちゃん、私たちは何をすればいいの?」

「うん、やって貰いたい事は沢山ある。まずは戦う為の武器と防具が欲しい」

 ハッサムさんは顔を顰めながら言った。

「あいにく我々は戦いなんてした事はありません。武器と言ってもせいぜい森で狩りをする時に使っている弓矢や槍程度でしか……」

「それで充分です。防具も兵士が着ているような本格的な鎧でなく、もっと動物の皮とかで作った簡単なもので充分です」

「そんな物でどうやって戦えば……あ、そうか! ルシフェルトさんの【破壊の後の創造】スキルを使うのですね」

「ええそうです。元となるがあれば王国の騎士顔負けの本格的な武具に創り変えられますよ。並の兵士の攻撃なんかびくともしません」

「おお……」

 ようやく彼らにも希望が見えてきたようで、少しずつ村人たちの表情が明るくなってきた。
 しかしいくら装備を整えたところで彼らは戦いの素人だ。
 これについては俺に考えがあった。

「問題は戦力ですね。やはり三十人では千人の兵士相手に戦うのは難しいでしょう。そこで俺が戦力を補充してきます。具体的には……」

「ふむふむ……成程、それなら確かにモロクたちに勝てるかもしれません」

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