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第三章 うたかた歌
この世とあの世をつなぐ場所(2)
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『よかった。高辻先生のお孫さんに、ちゃんと会えた』
あれ。
おかしい。自分は目を閉じて眠ったはず――
『ああ、それ。大丈夫ですよ。上手く体外離脱出来たみたいですから』
『はあっ⁉』
想像もしなかった言葉が聞こえてきて、菜穂子は思わずバチっと目を開いてしまった。
『どうも』
『どうも……って……』
布団にもぐりこんで寝ていたはずなのに、いつの間にか起き上がっている自分がいる。
ふと見ればパジャマでもない。
何が起きた!
それより何より、この目の前に立っている青年は――
『いやぁ……若宮八幡宮のあの鏡、姿が映るとは思いませんでしたねぇ』
『やっぱりー!』
うっかり叫んでしまい、慌てて周囲をキョロキョロ見渡せば、足元どころか周りが実家の部屋じゃないことにも気が付いてしまった。
『ここ、どこ……』
『そうですね、現世の皆さまに分かりやすく言うなら、三途の川を渡る河岸の近くにある待合室……でしょうか?』
『…………はい?』
理解の追い付かない菜穂子に、目の前の羽織に着流し姿の青年が、こてんと首を傾げている。
『ですから、三途の川を渡る河岸の近くにある待合室――』
『いやいやいや、ちょっと待って下さい!』
多分二十代後半くらいに見えるこの青年、贔屓目にみてもそこそこイケメンだ。
こてん、と首を傾げたのは半分本気、半分は己を理解しての、わざととも言える仕種だ。
『三途の川って⁉ 私、布団に入ってそのまま死んでしまった、とかですか⁉』
相手の口調が下手、かつ面識のない年上男性と言うこともあって、菜緒子も口調が乱暴にならないよう注意をしながら叫ぶ。
イントネーションのところどころは関西圏のそれだが、丁寧語なために青年の口調はお店で聞くような、標準語とのハイブリッドと言った方が正しい。
そして菜穂子としても現在東京在住であることや、もともと相手の発音につられやすいところもあって、父母と話をしているよりは、京都弁が抑えられる格好になっていた。
それはさておき、いくら東京で夜更かしの日々を送っていたからといって、大学生が布団に入ってそのまま二度と起きなかったなんてことがあっていいのか。
大パニックの菜穂子を『まあまあ』と、相変わらずのんびりとした口調で青年は宥めた。
『まだ、三途の川は渡ってませんから、大丈夫ですよ。篁様の許可を貰って、ちょっとここまでお招きしただけなんで』
ちょっと?
ここまで?
『僕もね、篁様が「精霊迎えの法」の法義を確立した人だって言うのを、今回のことでやっと実感したんですよ。かつてあの世とこの世を行き来してたって言う話も、噂じゃなかったのか、と』
『たかむらさま……』
『あ、六道まいりしてたんでしたら、名前くらいは見かけたでしょう? 小野篁様。かつての閻魔の庁の役人。現世の生を全うしてからは、閻魔王の筆頭補佐官になられて、なんと今では代替わりされての閻魔王様!』
『…………はい?』
『あ、今、お孫さんの頭の中は「コイツ、頭大丈夫か」ってなってますね』
クスリと笑う青年に「ならいでか」と、菜穂子は思う。
『まあ、普段でしたら確かにこんなことは起きないんですよ。ただ、時期が時期なのと、閻魔の庁でも緊急に困ったことが起きていたもので。苦肉の策としての、今です』
『時期……困ったこと……』
『だってほら、お孫さん、安井の金毘羅さん行かはったでしょう。ここだけの話、あそこの念は強弱あれど真面目に閻魔の庁まで届くんですよ。法雲寺さんの菊野大明神も大概ですけど、まあ似たり寄ったりですね。よっぽど切りたい縁があったんですねぇ』
安井の金毘羅さん、と聞いた菜穂子の顔がカッと赤くなる。
何、それ。
何かよほど自分が金毘羅さんに呪いをかけたみたいじゃないか。
よっぽど、隣にいた女の人の方が延々と祈っていたのに。
『喪中の人間の念は特に届きやすいですし、更にお盆の時期ですから。時期が時期、言うのはそういうことです』
『いや、でもあれは私より隣にいた人の方が……』
せめて言い訳しようと顔をあげた菜穂子だが、さっきから青年が言葉の端々に「お孫さん」と挟んできていることが、ふと気になった。
『あの……そもそも、どちらさんですかと、お聞きしても? 祖母か祖父のお知り合いだったりします?』
初対面の人間に向かって「どちらさん」は失礼だろうかと思ったものの、意外にも青年は激昂することはなかった。
むしろ、面白そうに口元を緩めたのだ。
『どちらさん、はいいですねぇ……やっぱり、高辻先生の血を引いてはるのかな』
『!』
高辻先生。
その一言が、答えだった。
『ええ。ご想像の通り。僕は高辻先生――貴女のお祖母様の教え子でした。お孫さんである貴女に、困っているお祖母様を助けて頂けないかと思って、こんな場を設けさせて貰いました』
『…………』
あまりに夢にしては強烈すぎる。
菜穂子は、どう反応していいか分からずに絶句して立ち尽くしてしまった。
あれ。
おかしい。自分は目を閉じて眠ったはず――
『ああ、それ。大丈夫ですよ。上手く体外離脱出来たみたいですから』
『はあっ⁉』
想像もしなかった言葉が聞こえてきて、菜穂子は思わずバチっと目を開いてしまった。
『どうも』
『どうも……って……』
布団にもぐりこんで寝ていたはずなのに、いつの間にか起き上がっている自分がいる。
ふと見ればパジャマでもない。
何が起きた!
それより何より、この目の前に立っている青年は――
『いやぁ……若宮八幡宮のあの鏡、姿が映るとは思いませんでしたねぇ』
『やっぱりー!』
うっかり叫んでしまい、慌てて周囲をキョロキョロ見渡せば、足元どころか周りが実家の部屋じゃないことにも気が付いてしまった。
『ここ、どこ……』
『そうですね、現世の皆さまに分かりやすく言うなら、三途の川を渡る河岸の近くにある待合室……でしょうか?』
『…………はい?』
理解の追い付かない菜穂子に、目の前の羽織に着流し姿の青年が、こてんと首を傾げている。
『ですから、三途の川を渡る河岸の近くにある待合室――』
『いやいやいや、ちょっと待って下さい!』
多分二十代後半くらいに見えるこの青年、贔屓目にみてもそこそこイケメンだ。
こてん、と首を傾げたのは半分本気、半分は己を理解しての、わざととも言える仕種だ。
『三途の川って⁉ 私、布団に入ってそのまま死んでしまった、とかですか⁉』
相手の口調が下手、かつ面識のない年上男性と言うこともあって、菜緒子も口調が乱暴にならないよう注意をしながら叫ぶ。
イントネーションのところどころは関西圏のそれだが、丁寧語なために青年の口調はお店で聞くような、標準語とのハイブリッドと言った方が正しい。
そして菜穂子としても現在東京在住であることや、もともと相手の発音につられやすいところもあって、父母と話をしているよりは、京都弁が抑えられる格好になっていた。
それはさておき、いくら東京で夜更かしの日々を送っていたからといって、大学生が布団に入ってそのまま二度と起きなかったなんてことがあっていいのか。
大パニックの菜穂子を『まあまあ』と、相変わらずのんびりとした口調で青年は宥めた。
『まだ、三途の川は渡ってませんから、大丈夫ですよ。篁様の許可を貰って、ちょっとここまでお招きしただけなんで』
ちょっと?
ここまで?
『僕もね、篁様が「精霊迎えの法」の法義を確立した人だって言うのを、今回のことでやっと実感したんですよ。かつてあの世とこの世を行き来してたって言う話も、噂じゃなかったのか、と』
『たかむらさま……』
『あ、六道まいりしてたんでしたら、名前くらいは見かけたでしょう? 小野篁様。かつての閻魔の庁の役人。現世の生を全うしてからは、閻魔王の筆頭補佐官になられて、なんと今では代替わりされての閻魔王様!』
『…………はい?』
『あ、今、お孫さんの頭の中は「コイツ、頭大丈夫か」ってなってますね』
クスリと笑う青年に「ならいでか」と、菜穂子は思う。
『まあ、普段でしたら確かにこんなことは起きないんですよ。ただ、時期が時期なのと、閻魔の庁でも緊急に困ったことが起きていたもので。苦肉の策としての、今です』
『時期……困ったこと……』
『だってほら、お孫さん、安井の金毘羅さん行かはったでしょう。ここだけの話、あそこの念は強弱あれど真面目に閻魔の庁まで届くんですよ。法雲寺さんの菊野大明神も大概ですけど、まあ似たり寄ったりですね。よっぽど切りたい縁があったんですねぇ』
安井の金毘羅さん、と聞いた菜穂子の顔がカッと赤くなる。
何、それ。
何かよほど自分が金毘羅さんに呪いをかけたみたいじゃないか。
よっぽど、隣にいた女の人の方が延々と祈っていたのに。
『喪中の人間の念は特に届きやすいですし、更にお盆の時期ですから。時期が時期、言うのはそういうことです』
『いや、でもあれは私より隣にいた人の方が……』
せめて言い訳しようと顔をあげた菜穂子だが、さっきから青年が言葉の端々に「お孫さん」と挟んできていることが、ふと気になった。
『あの……そもそも、どちらさんですかと、お聞きしても? 祖母か祖父のお知り合いだったりします?』
初対面の人間に向かって「どちらさん」は失礼だろうかと思ったものの、意外にも青年は激昂することはなかった。
むしろ、面白そうに口元を緩めたのだ。
『どちらさん、はいいですねぇ……やっぱり、高辻先生の血を引いてはるのかな』
『!』
高辻先生。
その一言が、答えだった。
『ええ。ご想像の通り。僕は高辻先生――貴女のお祖母様の教え子でした。お孫さんである貴女に、困っているお祖母様を助けて頂けないかと思って、こんな場を設けさせて貰いました』
『…………』
あまりに夢にしては強烈すぎる。
菜穂子は、どう反応していいか分からずに絶句して立ち尽くしてしまった。
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