聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第二部 宰相閣下の謹慎事情

254 帰国報告会(後)

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

 ここから先はギーレン王宮事情にも関係するから日本語で――私がそう言うと、シャルリーヌも頷いてくれた。
 個室と言えどアンジェス市井の標準的な「街カフェ」だ。誰が聞いているか分からない。

『それでレイナ、フィルバート陛下とエドベリ王子との〝賭け〟の話は、どうなったの?私、陛下からは貴女の妹さんの代わりに〝扉の守護者ゲートキーパー〟の任を引き受けて欲しいって言う事と、エドベリ王子と妹さんとの婚姻話が出たって言う事しか聞かされていなくて、話がチンプンカンプンなんだけど』

『……確かにそれだけ聞くと物凄い端折はしょりっぷりよね』

 多分、どうせ後から私が説明するんだろう――くらいには思って、結論しか言わなかったに違いない。
 私はため息と共にシャルリーヌに概略を説明した。

『うーん…〝賭け〟としては、舞菜いもうとはギーレンに残る事を選んだ。宰相閣下はギーレンに残らない事を選んだ。結果的にシャーリーの寿は伸びた。――そんな感じ?』

『いやいや、レイナまで端折らないでくれる⁉︎って言うか、寿命って何⁉︎』

『いや、ほら、本来なら妹と宰相閣下それぞれの選択の結果「金輪際シャーリーにはちょっかい出さずに諦める」で〝賭け〟は終わった筈だけど、シャーリーが言うところの「粘着質」な王子サマが、そんな素直に諦めるのかなと思って。だから「寿命」?またそのうち何か言いがかりとかつけてきそうじゃない』

 ぐっ…とシャルリーヌが言葉を呑み込んだ。
 きっと、大いにあり得ると思ったに違いない。

『だからまず、宰相閣下に、醜聞があって断絶していたオーグレーン家と、国王の愛妾の娘とを王家が無理矢理押し付けようとしているって、タブロイド紙でシーカサーリから王都に向けてバラ撒いたのね。アンジェスでの身分差ある恋物語、なんてオプション付けたから、それはもう市民から貴族の奥様方にまで、広まるの早かったわぁ……』

 ちょっと遠い目になった私に、シャルリーヌの表情もちょっと同情的になった。

『あー…策とは言え、自分をモデルにされてるとなったら、だいぶ恥ずかしいわね……』
『……でしょ』
『ま、まあでもそれで、宰相閣下をギーレンに残す理由を外側から潰したのね』

 呑み込みの早いシャルリーヌに、私もゆっくりと頷く。

『王家には血も涙もないのか!なんて反感が広まるのって、長い目で見て良い事じゃないでしょ?ベルトルド国王とエドベリ王子にはそれが分からなかったみたいだけど、そこに気が付いたエヴェリーナ妃が、今度はそれを「王子とアンジェスの聖女との恋物語」で塗り替えれば、今以上の醜聞は防げるとばかりに動かれたのよ』

 言ってて歯が浮くわ――と顔をしかめたところは、しっかりシャルリーヌに気取られていた。
 ただそれよりも、エヴェリーナ妃の名前に対しての方が、反応は大きかった。

『エヴェリーナ様……』

『イルヴァスティ子爵令嬢に対しては、レフトサーリ辺境伯家の次男と縁づかせる方向で話をまとめて、エドベリ王子に関しては、コニー第二夫人をして、舞菜いもうととの既成事実を偽装して、国外シャーリーには目を向けていられなくした。私に、王家の醜聞を広げる事と宰相閣下を連れて帰る以上の事をさせずに、事態を鎮める道筋をつけた。――あんなに怖い人、初めて見たわ』

 恐らく、やろうと思えば私の策の全てを潰しにかかる事だって出来た筈なのだ。

 ただ、国内の混乱を最小限に抑える事と……「初回特典」程度に、目を瞑ってくれたに過ぎない気がして仕方がない。

『エヴェリーナ様は、厳しい方ではあるけれど、決して理不尽な事は仰らなかった。コニー様はいつも、私が王宮内でめげそうになっている時に、さりげなくお茶に誘って下さるような方だった。とにかく当時はフラグを叩き折りたくて必死だったけど――お二人の事は嫌いじゃなかったのよ、私も』

『シャーリー……』

『それにしても、そっかぁ…レイナの妹さんじゃ、エドベリ王子との既成事実をエヴェリーナ様主導ででっち上げられたとしても、覆すのは無理――って言うか、覆す気がそもそもなさそうね』

『ないない。昔から楽な方に流されるのが大好きな子なのに、あるワケないわ』

 私は苦笑交じりに片手を振る。

『まぁ…それを止めなかった時点で、私も一方的な被害者だとはエヴェリーナ妃に言い切れないけどね。私が宰相閣下の帰国を優先させた事は事実だし、エヴェリーナ妃からも「何もかもが手に入ると思うな」的な事を言われて、その場で言い返せなかったから』

『レイナ……』

『ふふ。今更「友達やめる」とかは言わないでね?立ち直れなくなるから』

『い、言うワケないでしょ!元はと言えば「エドベリ王子との恋愛フラグは絶対にイヤ!」って言う私のワガママからきている様なものなのに!それに、エヴェリーナ様の「何もかもが手に入るとは思うな」って、昔から私も何度も聞いていたから。二兎を追う者は一兎をも得ず――くらいの話で当時から聞いていたもの』

『二兎を追う者は一兎をも得ず――か。まさに、そうかも知れないわね』

 私の乾いた笑いに、シャルリーヌもため息を溢す。
 そもそも、小娘二人が束になったところで、勝てる相手じゃないと言う事だ。

『エヴェリーナ妃ね、エドベリ王子には聖女いもうとだけじゃ力不足だから、正妃が必要だって仰ってたわ』
『あー…エヴェリーナ様本来は「お花畑」な子って嫌いな筈だから……』

 過去を振り返る様に、シャルリーヌも頷く。

 確かに、私が拡散した「物語」がなければ、聖女いもうとをギーレン王家に入れる事など考えもしなかっただろう空気はひしひしと感じた。

大歓迎、それが嫌ならギーレン王宮こちらが納得する正妃候補を寄越しなさい――実はエヴェリーナ妃からは、そうも言われてるわ』

『⁉』

『何でも、今のギーレン国内の高位貴族の中では、年齢やら親の力関係やら、もちろん本人の能力だとか、そう言った部分を含めて、上手くバランスのとれる正妃候補のご令嬢がいないらしいわよ?』

 シャルリーヌは大きく目を見開いた後で『だ…だから寿命…』と、ひとりごちていた。

『王子と聖女の恋物語は、王家の評判を回復させる為にも完成させなくちゃいけない。だけど現実は、結婚式を挙げて終わりじゃない。だからエヴェリーナ妃は、王子の結婚式までは、今のまま見逃してくれると思う』

 だけどそこまでだ。

 その時点で誰一人、大国ギーレンの正妃として相応しいとエヴェリーナ妃が認めるところになければ、問答無用でシャルリーヌは呼び戻されるだろう。
 何しろ基本的な王妃教育を終えているのだから、これ以上の人材はない。

『一応、シャーリーがアンジェス唯一の〝扉の守護者ゲートキーパー〟である内は、国王陛下フィルバートもシャーリーを守ってくれるとは思うけど……』

『うわぁ…綱渡り…』

『うん、私もそう思うのよ』

 表情を痙攣ひきつらせるシャルリーヌを慰める術を、私は持たなかった。
 サイコパス陛下に、過度な期待は禁物だ。

『この際、もうすぐ社交界デビューとかの子も含めて考えた方が良いと思ってるの。宰相閣下にも、有力な情報が入ったら教えて欲しいって頼んであるから』

『あぁ…エドベリ王子25歳だし、15歳以上くらいのご令嬢なら、候補として全然アリだろうし……?』

『うん。ギーレンでなくても良いってコトだしね』

『私もボードリエのお義父とう様に聞いてみようかな……学園に通ってる子の姉妹とかで、評判の良い子とかいるかもしれないし……』

 ぶつぶつと、そんなコトをシャルリーヌは呟いている。

『ゴメンね?完全に諦めさせられたら良かったんだけど』

『え⁉ううん、そんな!王族の結婚とか、出来ちゃった婚にでもならない限りは半年から一年、時間はかかるし、少し猶予が出ただけでも有難いわよ!』

 それでもダメならバリエンダールに――。
 本気で言い出しそうなシャルリーヌに、私も慌てて両手を振った。

『いやいや、それだとアンジェスから〝扉の守護者ゲートキーパー〟いなくなっちゃうから!さすがにそこはどこぞの陛下フィルバートも放置はしないと思うのよ⁉』

 きっと…多分。

『ああ、でもシャーリー、最初にバリエンダールに行こうって考えた時に、アンディション侯爵様と接点持ったんだったわよね』

『え、ええ。伝手つても情報も、ある程度お持ちだって聞いたから――』

『なら機会を見つけて、奥様に〝ルーネベリタルト〟食べたいです!って突撃する傍ら、侯爵様に適齢期のご令嬢の情報を貰いに行くのも良いかもよ?どうもアンジェスで一番バリエンダールの情勢に詳しい方みたいだから』

『‼』

 思いがけない事を聞いたとばかりに、シャルリーヌはポンッと手を叩いた。

『――レイナも一緒に行ってくれるわよね⁉』

『…えーっと?』

 果たして謹慎期間であろうとなかろうと、エドヴァルドが首を縦に振るのか。

『い…行けたら?』

 深く考えたくなくて、敢えてどうとでも取れる言い回しをした私に、シャルリーヌが目をむいた。

『え、何その関西的お茶濁し発言!宰相閣下⁉原因は宰相閣下なの、ねぇ⁉』
『な⁉…いきなり、何…っ』
『何でって、顔に出たわよ⁉宰相閣下、行かせてくれるのかな…って思ったでしょ、今!』

 …超能力者エスパーか。
 そんな私の表情すら読み取ったのか、シャルリーヌが「うわあぁ…!」と、頭を抱えた。

『私の知らないところでレイナが闇堕ちした――‼』
『ちょっと何言ってるのシャーリー⁉闇って何‼勝手に堕とさないで⁉』

 …その後しばらく『闇が』とか『オトナの階段⁉』とか一人ぶつぶつと呟くシャルリーヌは、ミカ君が来るまでそこから立ち直ってくれなかった。
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