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第二部 宰相閣下の謹慎事情
256 冷気は控えめでお願いします
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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。
「さて、我が領のチョコレートは堪能して貰えたかな?」
色々な種類のチョコを食べ、最後、チョコレートドリンクを味わっていたところに、フォルシアン公爵とエドヴァルドが、外出先から戻って来た。
「は、はい!あの、ハルヴァラの白磁器を使って下さって有難うございます!次の定例報告の時には、母を連れて来たいと思います!特にスティックチョコをミルクに溶かしたドリンクが凄く美味しかったです!」
立ち上がって、ほぼ九十度頭を下げたミカ君に、フォルシアン公爵は一瞬面食らいつつも、ふわりと微笑った。
「ああ。実はそっちの皿は普段は店に出ていなくて、亡くなった母のコレクションの一つなんだ。先だっての『ロッピア』で君と話をした後に思い出してね。今日この日の為に特別に持ち出して来た。邸宅の家令曰く、きっかけは『ラヴォリ商会』経営の店舗で、私の母が製品を見た事だったらしいがね。母と先代のハルヴァラ伯爵はそれで顔見知りになっていたようだから、我々も末長く付き合いたいものだね。この前も言ったが、店の従業員達が納得したなら、個人ではなく店舗用に買わせて貰うよ」
店舗は、チョコレート好きだった幼少時代の娘さんの為に開業を決意したとの話だったけれど、その当時先代公爵夫人はまだ健在で、商品開発や仕入れなんかで、色々と助言があったらしい。
「はっ、はいぜひ!」
一方のラヴォリ商会は、現在アンジェス国内最大の販売ルートを持つ商会だそうだ。
次期商会長と言われている息子が、フィルバートが王位を継ぐと、政争を読みきって支援をした結果の、今の商会の規模があると言う事らしい。
強欲だが悪徳ではない。
それがフィルバートとエドヴァルドの共通認識であるらしかった。
ユングベリ商会を立ち上げるのであれば、いずれ商会長なり息子なりに会った方が良いと、エドヴァルドからは言われている。
ミカ君には『チェカル』でまた会おうねと言い、シャルリーヌには近々ボードリエ伯爵に紹介状や保証人の御礼に伺いたいと伝えて貰うように言い、カフェのお茶会は解散になった。
もちろん、フォルシアン公爵にはお礼状を改めて――と頭を下げる事は忘れない。
王都商業ギルドへ、とエドヴァルドがルヴェックに短く告げた後、馬車の前で私に手を差し出した。
「あ…有難うございます」
たかが馬車の乗り降り…と思ってはいけないんだろう。貴族社会では特に。
まだ馴染まないか?とエドヴァルドには苦笑されたので、正直に「そうですね」と答えておいた。
「フォルシアン公爵とのご用事は、無事に済んだんですか?」
馬車が走り出して、私は何気なく世間話程度に聞いたつもりだったところが、何故かエドヴァルドがちょっと動揺した――ように見えた。
「エドヴァルド様?」
「あ…ああ、大丈夫だ。何せあの性格だ。真面に相手をすると疲れるんだ」
「なるほど……?」
自分が周りからどう思われているのかと言う、言わば「印象操作」でチャラさの向こうに本音を隠すフォルシアン公爵は、冷徹や鉄壁と称されがちなエドヴァルドからすると、対極の位置に立つ人だ。
やりにくい面はあるのかも知れない。
私で役に立てる事があれば…と言おうと思ったけど、エドヴァルドがそれ以上何も言わないところを見ると、私には言えない何か――王宮の政治絡みの話とかなのかも知れない。
今は深く聞かない方が良いのかなと、それ以上追及する事は控えた。
夕方とは言え、まだ日が暮れていないせいか、王都商業ギルドに到着すると、中はそれなりの人ごみだった。
店舗登録を先にするか手紙の投函を先にするか…と、ギルド内をキョロキョロと見回していると、受付窓口の奥をたまたま歩いていたっぽい、アズレート・ニコラエフ副ギルド長とバッチリ視線が合ってしまった。
私はともかく、後ろに立っているエドヴァルドが視界に入ったに違いない副ギルド長は、ギョッとした様に目を見開くと、ツカツカとこちらの方へと早足でやって来た。
「――二階へ行くぞ」
「え?」
「用件は二階で聞く!一人で来たならともかく、よりによってあの方を一般席には座らせられない、いくらなんでも!」
副ギルド長とエドヴァルドとは、まだ面識はない筈だったけど、ギルド長がエドヴァルドの顔を知っていた様に、副ギルド長も何かしらの手続きや行事ででも、見た事があるんだろう。
「別に私は構わないが――」
「失礼ながら、当方が気にしますので!」
あまり周囲には響かない様に気は遣いながらも、それでも抑えきれない部分はあったらしい。
私は、今日は手紙受付の窓口にいたスリアンさんに、後で寄ると軽く会釈をして、アズレート副ギルド長の勢いに負けて、二階へと上がった。
「おや、レイナ嬢。いつ戻って――っと、これはこれは宰相サンじゃないか。この前も思ったが、宰相サンほどの高位貴族に何度も直接来られると、そのうちウチの職員の寿命が縮むよ。用があってもお嬢さん一人か、代理で充分だと思うけどね」
エドヴァルドに対してもまるで物怖じを見せない。
姐さんことリーリャ・イッターシュ王都商業ギルド長サマは、本日もご健在でした。
「決してイデオン家の道楽事業ではないと、分かって貰うのにはちょうど良いと思っているだけなんだがな」
国王陛下以外に無闇に膝をつかない事がギルドの信条と、分かっているエドヴァルドも、特にギルド長の口調を咎めたりはしない。
「レイナとヤンネを組ませて何かをさせるのは無理だと、分かっていて口にするのも感心しない」
「まあ、少なくとも今はまだ無理だろうねぇ」
答えを察していたと言わんばかりに、ギルド長サマは顔をそむけて低く笑っている。
「失敬、失敬。それで今日は?店舗物件購入の件かい?」
それもあるが、とエドヴァルドが私を見ながら会話の主導権を譲ってくれたので、私も頷いて、ギルド長に向き直った。
「リーリャギルド長、シーカサーリ商業ギルドでの行商人登録に関して、ご配慮有難うございました。まずはそのお礼を言わせて下さい」
頭を下げる私に、ギルド長はひらひらと片手を振った。
「ああ、何、気にしなさんな。あれはシーカサーリ商業ギルドにいたのがレイ――レノーイだったから、出来た事だよ。偶然にしろ、レイナ嬢自身が強運を持ってるってコトだろうね」
「一時期、同じギルドに在籍された事があるって聞きました。あ、これを機に連絡を取り合いたいとも仰ってましたよ」
「そうだね…なかなか会う事はままならないだろうが、お嬢さんを通じて取引なり何なり可能性があるってコトなら、それはアリなのかも知れないねぇ」
一瞬遠くを見たギルド長は、ちょっとの間、昔を懐かしんでいるかの様に見えた。
そのまま、ふと何かを思い出したのか、こちらをまじまじと覗き込んで来た。
「…そういや、レイナ嬢から見たアイツって、どんなだったんだ?アタシが覚えているままのレイ――レノーイ・リーフェフットなら、相当個性的な性格だった筈なんだけどね」
個性的。
どうやらオネェギルド長サマは、割と若かりし頃からあの状態だったと言う事なんだろう。
「えー…っと、多分、ご想像の通りかと」
「驚かなかったのかい」
「それは…確かに最初は驚きましたけど、私の居た国では、ああ言った方が他にいない訳ではないので、普通に個人の性格だと認識しました」
「―――」
リーリャギルド長の目が僅かに見開かれたけれど、口に出て来たのは「……なるほど」と言う、非個性的な一言だった。
「お嬢さんの国では、レイみたいなのは差別されないのかい」
存外真面目なリーリャギルド長の口調に、私もうーん…?と、言葉を探して首を傾げた。
「……正直、されないとは断言出来ないですね。国としてはかなり寛容な方なんじゃないかとは思うんですけど、表向きは気にしない風を装っておきながら、いざ身内にいたとなったら勘当したり――なんて話も聞きましたし」
バイト先の先輩の従兄弟が、突如カミングアウトしてゲイバーで働き始めたとなった時に、家庭内どころか一族中大騒ぎになったと言う話を、休憩時間に聞いた事があった。
偏見はないつもりだったけど、実際身内にいるとなると複雑なものだな…なんて事を先輩が言っていたのは覚えている。
「あー…確かにでも、その程度なんだったら、レイがお嬢さんをアタシと同じ程度に特殊認識したのも無理ないかも知れないねぇ……」
特殊認識って何、と眉を顰めた私に、リーリャギルド長が苦笑を閃かせた。
「まだまだアンジェスにしろギーレンにしろ、レイみたいなのは爪弾きにされがちだからね。アタシが親友なら、お嬢さんは愛娘くらいには今頃認識されているだろうってコトだよ」
「え」
いつの間にか、私にはまた保護者が増えていたらしい。
とは言え、シーカサーリ商業ギルド長の為人に関しては、エドヴァルドは全く知らない訳で……。
(――寒いっ⁉)
私どころかリーリャギルド長、アズレート副ギルド長まで、何が起きたのかと身体をしばらく震わせていたけれど、私は部屋を覆った冷気の原因を、とてもじゃないけど口にする事が出来なかった。
「さて、我が領のチョコレートは堪能して貰えたかな?」
色々な種類のチョコを食べ、最後、チョコレートドリンクを味わっていたところに、フォルシアン公爵とエドヴァルドが、外出先から戻って来た。
「は、はい!あの、ハルヴァラの白磁器を使って下さって有難うございます!次の定例報告の時には、母を連れて来たいと思います!特にスティックチョコをミルクに溶かしたドリンクが凄く美味しかったです!」
立ち上がって、ほぼ九十度頭を下げたミカ君に、フォルシアン公爵は一瞬面食らいつつも、ふわりと微笑った。
「ああ。実はそっちの皿は普段は店に出ていなくて、亡くなった母のコレクションの一つなんだ。先だっての『ロッピア』で君と話をした後に思い出してね。今日この日の為に特別に持ち出して来た。邸宅の家令曰く、きっかけは『ラヴォリ商会』経営の店舗で、私の母が製品を見た事だったらしいがね。母と先代のハルヴァラ伯爵はそれで顔見知りになっていたようだから、我々も末長く付き合いたいものだね。この前も言ったが、店の従業員達が納得したなら、個人ではなく店舗用に買わせて貰うよ」
店舗は、チョコレート好きだった幼少時代の娘さんの為に開業を決意したとの話だったけれど、その当時先代公爵夫人はまだ健在で、商品開発や仕入れなんかで、色々と助言があったらしい。
「はっ、はいぜひ!」
一方のラヴォリ商会は、現在アンジェス国内最大の販売ルートを持つ商会だそうだ。
次期商会長と言われている息子が、フィルバートが王位を継ぐと、政争を読みきって支援をした結果の、今の商会の規模があると言う事らしい。
強欲だが悪徳ではない。
それがフィルバートとエドヴァルドの共通認識であるらしかった。
ユングベリ商会を立ち上げるのであれば、いずれ商会長なり息子なりに会った方が良いと、エドヴァルドからは言われている。
ミカ君には『チェカル』でまた会おうねと言い、シャルリーヌには近々ボードリエ伯爵に紹介状や保証人の御礼に伺いたいと伝えて貰うように言い、カフェのお茶会は解散になった。
もちろん、フォルシアン公爵にはお礼状を改めて――と頭を下げる事は忘れない。
王都商業ギルドへ、とエドヴァルドがルヴェックに短く告げた後、馬車の前で私に手を差し出した。
「あ…有難うございます」
たかが馬車の乗り降り…と思ってはいけないんだろう。貴族社会では特に。
まだ馴染まないか?とエドヴァルドには苦笑されたので、正直に「そうですね」と答えておいた。
「フォルシアン公爵とのご用事は、無事に済んだんですか?」
馬車が走り出して、私は何気なく世間話程度に聞いたつもりだったところが、何故かエドヴァルドがちょっと動揺した――ように見えた。
「エドヴァルド様?」
「あ…ああ、大丈夫だ。何せあの性格だ。真面に相手をすると疲れるんだ」
「なるほど……?」
自分が周りからどう思われているのかと言う、言わば「印象操作」でチャラさの向こうに本音を隠すフォルシアン公爵は、冷徹や鉄壁と称されがちなエドヴァルドからすると、対極の位置に立つ人だ。
やりにくい面はあるのかも知れない。
私で役に立てる事があれば…と言おうと思ったけど、エドヴァルドがそれ以上何も言わないところを見ると、私には言えない何か――王宮の政治絡みの話とかなのかも知れない。
今は深く聞かない方が良いのかなと、それ以上追及する事は控えた。
夕方とは言え、まだ日が暮れていないせいか、王都商業ギルドに到着すると、中はそれなりの人ごみだった。
店舗登録を先にするか手紙の投函を先にするか…と、ギルド内をキョロキョロと見回していると、受付窓口の奥をたまたま歩いていたっぽい、アズレート・ニコラエフ副ギルド長とバッチリ視線が合ってしまった。
私はともかく、後ろに立っているエドヴァルドが視界に入ったに違いない副ギルド長は、ギョッとした様に目を見開くと、ツカツカとこちらの方へと早足でやって来た。
「――二階へ行くぞ」
「え?」
「用件は二階で聞く!一人で来たならともかく、よりによってあの方を一般席には座らせられない、いくらなんでも!」
副ギルド長とエドヴァルドとは、まだ面識はない筈だったけど、ギルド長がエドヴァルドの顔を知っていた様に、副ギルド長も何かしらの手続きや行事ででも、見た事があるんだろう。
「別に私は構わないが――」
「失礼ながら、当方が気にしますので!」
あまり周囲には響かない様に気は遣いながらも、それでも抑えきれない部分はあったらしい。
私は、今日は手紙受付の窓口にいたスリアンさんに、後で寄ると軽く会釈をして、アズレート副ギルド長の勢いに負けて、二階へと上がった。
「おや、レイナ嬢。いつ戻って――っと、これはこれは宰相サンじゃないか。この前も思ったが、宰相サンほどの高位貴族に何度も直接来られると、そのうちウチの職員の寿命が縮むよ。用があってもお嬢さん一人か、代理で充分だと思うけどね」
エドヴァルドに対してもまるで物怖じを見せない。
姐さんことリーリャ・イッターシュ王都商業ギルド長サマは、本日もご健在でした。
「決してイデオン家の道楽事業ではないと、分かって貰うのにはちょうど良いと思っているだけなんだがな」
国王陛下以外に無闇に膝をつかない事がギルドの信条と、分かっているエドヴァルドも、特にギルド長の口調を咎めたりはしない。
「レイナとヤンネを組ませて何かをさせるのは無理だと、分かっていて口にするのも感心しない」
「まあ、少なくとも今はまだ無理だろうねぇ」
答えを察していたと言わんばかりに、ギルド長サマは顔をそむけて低く笑っている。
「失敬、失敬。それで今日は?店舗物件購入の件かい?」
それもあるが、とエドヴァルドが私を見ながら会話の主導権を譲ってくれたので、私も頷いて、ギルド長に向き直った。
「リーリャギルド長、シーカサーリ商業ギルドでの行商人登録に関して、ご配慮有難うございました。まずはそのお礼を言わせて下さい」
頭を下げる私に、ギルド長はひらひらと片手を振った。
「ああ、何、気にしなさんな。あれはシーカサーリ商業ギルドにいたのがレイ――レノーイだったから、出来た事だよ。偶然にしろ、レイナ嬢自身が強運を持ってるってコトだろうね」
「一時期、同じギルドに在籍された事があるって聞きました。あ、これを機に連絡を取り合いたいとも仰ってましたよ」
「そうだね…なかなか会う事はままならないだろうが、お嬢さんを通じて取引なり何なり可能性があるってコトなら、それはアリなのかも知れないねぇ」
一瞬遠くを見たギルド長は、ちょっとの間、昔を懐かしんでいるかの様に見えた。
そのまま、ふと何かを思い出したのか、こちらをまじまじと覗き込んで来た。
「…そういや、レイナ嬢から見たアイツって、どんなだったんだ?アタシが覚えているままのレイ――レノーイ・リーフェフットなら、相当個性的な性格だった筈なんだけどね」
個性的。
どうやらオネェギルド長サマは、割と若かりし頃からあの状態だったと言う事なんだろう。
「えー…っと、多分、ご想像の通りかと」
「驚かなかったのかい」
「それは…確かに最初は驚きましたけど、私の居た国では、ああ言った方が他にいない訳ではないので、普通に個人の性格だと認識しました」
「―――」
リーリャギルド長の目が僅かに見開かれたけれど、口に出て来たのは「……なるほど」と言う、非個性的な一言だった。
「お嬢さんの国では、レイみたいなのは差別されないのかい」
存外真面目なリーリャギルド長の口調に、私もうーん…?と、言葉を探して首を傾げた。
「……正直、されないとは断言出来ないですね。国としてはかなり寛容な方なんじゃないかとは思うんですけど、表向きは気にしない風を装っておきながら、いざ身内にいたとなったら勘当したり――なんて話も聞きましたし」
バイト先の先輩の従兄弟が、突如カミングアウトしてゲイバーで働き始めたとなった時に、家庭内どころか一族中大騒ぎになったと言う話を、休憩時間に聞いた事があった。
偏見はないつもりだったけど、実際身内にいるとなると複雑なものだな…なんて事を先輩が言っていたのは覚えている。
「あー…確かにでも、その程度なんだったら、レイがお嬢さんをアタシと同じ程度に特殊認識したのも無理ないかも知れないねぇ……」
特殊認識って何、と眉を顰めた私に、リーリャギルド長が苦笑を閃かせた。
「まだまだアンジェスにしろギーレンにしろ、レイみたいなのは爪弾きにされがちだからね。アタシが親友なら、お嬢さんは愛娘くらいには今頃認識されているだろうってコトだよ」
「え」
いつの間にか、私にはまた保護者が増えていたらしい。
とは言え、シーカサーリ商業ギルド長の為人に関しては、エドヴァルドは全く知らない訳で……。
(――寒いっ⁉)
私どころかリーリャギルド長、アズレート副ギルド長まで、何が起きたのかと身体をしばらく震わせていたけれど、私は部屋を覆った冷気の原因を、とてもじゃないけど口にする事が出来なかった。
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