聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第二部 宰相閣下の謹慎事情

【フォルシアンSide】当主イェルムの覚醒(前)

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

 聖女と共にギーレン国に視察に行った筈のエドヴァルド・イデオン宰相が〝転移扉〟の故障の影響で帰国が遅れると聞いた時、最初はそれほど深刻な話だとは捉えていなかった。

 様子がおかしいと思うようになったのは、フィルバート陛下が、聖女マナの代理としてシャルリーヌ・ボードリエ伯爵令嬢を王宮に呼び、自ら宰相室の事務仕事を手元に置き始めたあたりからだった。

 ――まるで、しばらく戻って来られない事を察していると言わんばかりに。

 国に五つしかない公爵家には、当然、その地位に応じた責務がある。
 領地の監督管理はもちろんの事、国政においても責を果たす事を求められるのだ。

 初期の国家建立に関わった者たちが「資産があってヒマだから下剋上や国家転覆を図るんだ」と言う、極端でありながら妙な説得力のある考え方の下、あれやこれやと職責を付与したと言われている。

 かく言うフォルシアン公爵家も、自領の管理以外に、国内の軍事・刑事の統括責任者と言う地位がある。各領の防衛軍の服務規程の監督や広域組織犯罪が起きた時の指揮権を担うのだ。

 現時点で大きな犯罪の予兆がない事や、先だってエドヴァルドに飲ませ過ぎてしまって迷惑をかけた事を鑑み、私はフィルバート陛下に、エドヴァルドが戻るまでの一時的な補佐を申し出た。

「フォルシアン公爵が、そんなに仕事が好き、あるいは国を思う愛に溢れていたとは知らなかった」

 そこまで驚かれる謂れはないと思うのだが、エドヴァルド以外の四公爵は、日頃は陛下と、付かず離れずの位置で日常の業務をこなしている。

 発想が相当に物騒である事と、いざと言う時に自らが手を下す事に何の躊躇いも持っていない点を予め分かってさえいれば、付き合えない王ではない。
 要は自分が後ろ暗くさえなければ良いのだ。

 もっとも、親しく付き合いたいか、年頃の娘を嫁がせたいかとなると全くの別問題になる。五公爵全員が、元婚約者である王族の姫が、フィルバート自身の手で粛清され、当時外交で国内にいなかった、レイフ殿下以外の王族が殺害、あるいは臣籍降下となった現場を目の当たりにしたからだ。

 レイフ殿下とて限りなく黒に近いグレーなのだが、一人くらいは敵対勢力を残しておかないと、かえって国が纏まらないと言う、何とも頷きづらい理由でのが、実は現状だ。

 結果として現在は、スヴェンテ老は財務、クヴィスト公は公共事業、コンティオラ公は人事祭礼と、それぞれが己の職務を粛々とこなしている。

 エドヴァルドは、宰相としてそれら全てに最終的な責任を負いながら、なおかつイデオン公爵としての、司法部門の統括業務もあるのだから、日常的な激務は察するに余りあった。

 その彼の不在に際して、宰相としての責務を国王が兼務するならまだしも、司法の分野に関わってしまっては、一時的にせよ、暴君と誹られる可能性が少なからずあるだろう。

 ここは、その分野を引き受けておくべきだろうと、私なりに判断しての申し入れだった。
 
「――エドヴァルド・イデオンは、同時期に公爵になりましたし、年の離れた弟の様なものですから。どちらかと言えば、彼の為と認識いただければ」

 とは言え、フィルバート・アンジェスと言う若き国王は、忠誠だ何だと言う言い回しよりも、明らかに他の理由を好むと、見ていても察せられる。

 私が敢えて「陛下ではなくエドヴァルドのため」と仄めかせると、案の定、気に入ったとばかりに口の端を歪めた。

「そう言う事なら、有難く手は借りるとしよう。宰相の仕事の一部肩代わりと、あとは、ボードリエ伯爵令嬢への助力を頼めるか。の令嬢は伯爵の親類の娘で、ギーレン国の伯爵家から、養女として迎え入れたと聞いている。しばらく聖女の代理を引き受けて貰うにあたって、アンジェス貴族や王宮に関して、知らぬ部分も多くあるだろうからな」

「なるほど、承知しました」

 先だっての夜会でフィルバート陛下とファーストダンスを踊るまで、表舞台で名を聞く事がなかったのはそう言う事だったのかと、少し納得した。

 たださすがに、続いて聞かされた話には驚愕せざるを得なかったのだが。

「とは言え、ギーレン国では既に王妃教育を終了していた程の才媛と聞くから、基本的な礼儀作法に関しては必要なかろうよ」

「……は?」

 仕事が山積みの現状にあって、それ以上は本人に聞けとでも言わんばかりに追い出されてしまったのだが、種明かしは後日〝転移扉〟に魔力を融通しに来た、令嬢本人の口から聞かされる事になった。

 ギーレン国内でパトリック第一王子による婚約破棄騒動が起きて、臣籍降下の上辺境へと追放、第二王子だったエドベリ殿下が次期王位継承者となったのは、隣国にいる我々にも漏れ伝わってきた話だったが、まさか当事者である、婚約破棄「された」側のご令嬢が、ボードリエ家に養女として入っていたとは思いもしなかった。

 どうやら、エドヴァルドとレイナ嬢は、早くからその事を知っていたらしい。

わたくし、ギーレン国には金輪際戻りたくありませんので、イデオン公にも申し上げましたが、二十も三十も歳が離れたりとか、何十番目の夫人とか、自分より年上の子供がいる殿方の後妻とかでなければ、ぜひともどなたかご紹介下さいませ」

 そう言って、扇越しにコロコロと微笑わらうボードリエ伯爵令嬢を見て、思わず「でしたら今の噂のまま、ぜひ陛下のご正妃に」と言いそうになって、慌てて口を閉ざしたのは秘密だ。

 必要以上に怯える事なく陛下と会話が出来て、私を見ても態度を変えないご令嬢と言うのは、存外貴重なのだが。

「私の息子は、実は大変な女性嫌いでして、ご紹介したいのは山々なのですが、不愉快な思いしかさせない気がして、ご辞退申し上げた方が良い気がしますよ」

 とっさに息子ユセフも思い浮かべたものの、陛下とは別の意味で、彼女とは合わない気もしている。
 多分息子では、彼女は手に負えないだろう。――レイナ嬢と同様に。

「あら。イデオン公とレイナ嬢の様に、意外に上手くいくかも知れませんわよ?」

 あくまでも冗談の延長、と言う感じでボードリエ伯爵令嬢もクスクスと微笑わらっている。
 社交界の会話術をよく分かっている令嬢だった。
 ギーレン国で王妃教育を終えたと言うのも、あながち誇張ではないのかも知れない。

「どうでしょう……鉄壁だの冷徹だの、言われ放題だった彼を知る身としては、レイナ嬢の存在は特殊ケースに相当するようにも思うのですが」

「……否定しきれませんわね」

 エドヴァルドがアンジェスを離れてしばらくの間は、そんな風に他愛もない会話を交わせていたのだが、日が過ぎていくにつれ、ボードリエ伯爵令嬢の様子が、どんどんと不安に苛まれていっている様に思えてきた。

 聞けば現在アンジェス国内で唯一仲が良いレイナ嬢とも、どうしてか会えない状況にあるらしい。

 女性は女性同士、妻か娘に会わせて相談に乗らせる方が良いのかと思い始めた頃になって、ようやくフィルバート陛下から、エドヴァルドの帰国を知らされた。

 翌朝一番には王宮の応接の間で会えるとの伝言だったので、まずは飲ませ過ぎたあの日のお詫びから始めようと、私は帰国を待つ事にした。
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