聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

文字の大きさ
157 / 785
第二部 宰相閣下の謹慎事情

264 異邦人来襲

しおりを挟む
※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

「――なんだ、パーティーはもうお開きになってしまったんだ。残念」

「⁉」

 エドヴァルドが請求書を支配人から受け取っているのを横目に、店の外へと出たところで、明らかにこちらを対象とした声がかけられた。

 ファルコとベルセリウス将軍と言う、ある意味最強のコンビが素早く私の前に立ちふさがって、声の主から姿を隠す。

 180cm超えのファルコと、190cm超えのベルセリウス将軍とでは、必然的にそうなるんだけど。

「ふふ。今、君たちが庇ったのが〝聖女の姉〟君かな?ぜひとも顔を見たかったのに、王宮では会わせて貰えなかったからね。待ちきれなくて、うっかり来てしまったよ。さて、そこを退いてくれるかな。護衛如きが他国と言えど王族に歯向かうような真似はしないよね、まさか」

「―――」

 他国の王族。

 その言葉に全員が息を呑んだ。

 まさかそんな、話を聞かされたばかりで遭遇するなどとは、誰もが考えてはいなかった。

 ドナート・サレステーデ。
 サレステーデ国第二王子。

「……侯爵閣下、ファルコ。そちらの方が本物かどうか分かるまでは、どうかそのままで」

 私からは顔は見えないけど、見えたところで本物かどうかの区別はつかない。
 聞こえないよう声のトーンは落としたけれど、仮に聞こえたとしてもなるべく失礼と受け取られないよう、二人には、振りかざされた身分差で怯む事のないようにとの意味をこめて、やんわりと声をかけた。

「……ふうん?」

 相手にまで聞こえたのか、聞こえなかったのかはハッキリとしなかったけど、私の言葉に軽く頷いて動かないベルセリウス将軍とファルコに、向こうも少し面白くなさそうに鼻を鳴らした。

「なんだ…『王子サマ、お会いしたかったですわ!』なんて、飛び込んで来てくれるのを期待していたんだけどなぁ……王子だよ?王族だよ?普通なら涙を流して喜ぶところじゃない?」

「―――」

 うっかり「馬鹿ですか」と言いそうになって、慌てて自分の手で口元を覆う。

 こんな王都中心街の往来で、ナンパよろしく声をかける男をどう「王子」と認識しろと言うのだろう。

 とは言え、仮に本物だったとして、身分が遥かに下の私からは、許可なく話しかける訳にもいかない。
 まして涙を流して抱きつくとか、不敬罪で護衛に叩き斬られても文句は言えないじゃないか。

 それとも、それはフラグ?叩き斬る口実を実は欲してた?

 ピリピリとした空気の中「なるほどね……」と、こちらを値踏みしているかの様な響きの声が、場違いに響いている。

「ちょっと僕も、第一王女ドロテア基準で動きすぎていたかな……?年頃の令嬢って、もっとこう、お金や肩書で動く人間モノだとばかり思ってたよ」

 王子サマ…かどうかは知りませんが「知らない人について行ってはいけません」って言うのは、世の常識です。
 初対面の人に「王子です」と往来で名乗られて、鵜呑みにするバカはいません。

 これ、いつまで独り言喋らせておこうか――と私が悩み始めたところで、ふいに私の横を、馴染みのある人影が横切った。

、ここは王宮ではない。うっかり盗賊と間違えて斬られたくなければ、お引き取り願おう」

 請求書へのサイン含め、支払い手続きを終えたらしいエドヴァルドが、さすが「鉄壁宰相」と渾名されるだけの事はあると思わせる冷やかさで「自称・王子」へと声をかけていた。

「……へえ?僕が王族だと告げているにも関わらず、自ら声をかける意味って分かっているんだよね?分かっているんだとしたら――お留守の宰相閣下がご帰宅されたと言う事かな?」

「生憎、供も連れず、先触れも出さず、王宮どころか往来で声をかける様な王族になど覚えはないがな。まあ、仮にあったとしても、私はまだ正式な場での紹介も受けていない。盗賊と認識したとしても、誰も責められまいよ」

 公爵であるならばともかく、宰相の地位は次期王位継承者たる王族と同格と見做されている。
 つまりは「第二王子」であるならば、決して強くは出られないと言う事だ。

 日の暮れた往来に、確かに舌打ちの音が響いた。

「…なら、お互いに正式な場ではないと言う事で、今日はここで失礼させて貰うよ」

「――ああ『自称・王族』に言っても詮ない事かも知れないが」

 踵を返した足音に被せるようにして、エドヴァルドが、相手を刺し貫きたいのかと思わせる鋭い言葉を投げかけていた。

「元々、明日にでも王宮内で宰相と〝聖女の姉〟との婚約が公になる手筈だった。恥をかかないように、明日はいらぬ妄言を吐かない事をお薦めしておこう」

「なっ…⁉」

 正式な場での自己紹介が未だである以上、エドヴァルドも「私と」ではなく「宰相と」と言う言い方をしている。
 もちろん、建前上のことではあるけれども。

 そして、それ以上会話を続ける気はないとばかりに「公爵邸へ帰るぞ」と、否を言わせないていでエスコートの手を差し出してきたので、私も、おずおずとそこに手を乗せた。

「――お館様、後は我々とファルコが」

 小声で囁くベルセリウス将軍に頷く形で、エドヴァルドが私を連れて馬車へと乗り込む。

 向かい側かと思いきや、エドヴァルドは私の隣に乗り込んできて、馬車が出るなり私の肩を自分の方へとぐいと抱き寄せてきた。

「あっ、あの、エドヴァルド様――」
「――何もされなかったか」

 軽い苛立ちと怒りを滲ませた声に、私は気圧されながらもコクコクと頷いた。

「だ、大丈夫です!一方的に話しかけられただけですし、ファルコとベルセリウス将軍が前に立ってくれていた分、お互いに顔は見えていなかった筈ですから」

「……そうか」

「あのっ……あれって本物のドナート第二王子ですか……?」

 そう言いながら、少し首をエドヴァルドの方へと傾けると、苦虫を嚙み潰したかの様な表情を浮かべている横顔と、視線がぶつかった。

「……さあな。王宮でもない、こんな往来で身分を振りかざしたところで、それを証明する手段などない。まして今までこの国を訪れた事がないとなれば、尚更だ。あの尊大な口調からすれば、本物だろうとは思うが、この場では『不審人物』としてあくまで扱っておく方がこちらも都合が良かったから、そうしたまでの事だ」

 まるで、いざとなれば斬ってやっても良かったと言いたげだ。

 私は慌てて両手を振った。

「いえいえいえっ!そんな自らを騒動の渦中に落とす様な事はしないで下さい⁉」

「あの王子が何を考えているのかは知れないが、今日〝チェカル〟でのパーティーが知られたのは、確実にクヴィスト公爵家の手の者が情報を掴んで、王子に囁いたんだろうよ。だとすれば、売られた喧嘩を買わない道理はない」

「⁉」

 ひぃ…っ、宰相閣下の目が真剣マジですっっ‼

「あの様子だと、どうも第一王女を隠れ蓑に、何か動いていそうな気はするんだがな」

 エドヴァルドが〝聖女の姉〟との婚約を予定していると口にした後の反応が、ただならぬ雰囲気だったらしい。

「そうなんですね……真っ暗でよく分かりませんでした」
「分からなくて良い。アレが本物にせよ偵察目的で派遣された偽物にせよ、連中の目に貴女を晒すつもりはない」

 肩に乗るエドヴァルドの手に、力が入った気がした。

「念のため、今夜は私の部屋で過ごさないか。ベルセリウスやファルコの目をかいくぐれるとは思えないが……少しは私の憂慮も察してくれないだろうか」

 私は何て言って良いか分からずに、肩を抱き寄せられた状態で固まってしまった。

「――レイナ」

 良いか?と、耳元に響くバリトン声はもはや凶器だ。
 不気味な「自称・王子」との接触の不安と相まって、グルグルと考えがまとまらない。

「す…睡眠っ」
「うん?」
「睡眠時間は、ちゃんと確保したいですっ」

 にして欲しい――口にはしない私の懇願を、エドヴァルドは凶悪なまでの笑みで、明らかに聞き流した。

な貴女の言葉とも思えないな。まぁ…覚えていたら、善処しよう」

「‼」

 帰ったら、セルヴァンとヨンナに泣きついてみよう――そう思った私は悪くないと思う。
 うん、絶対に。
しおりを挟む
感想 1,464

あなたにおすすめの小説

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

事情があってメイドとして働いていますが、実は公爵家の令嬢です。

木山楽斗
恋愛
ラナリアが仕えるバルドリュー伯爵家では、子爵家の令嬢であるメイドが幅を利かせていた。 彼女は貴族の地位を誇示して、平民のメイドを虐げていた。その毒牙は、平民のメイドを庇ったラナリアにも及んだ。 しかし彼女は知らなかった。ラナリアは事情があって伯爵家に仕えている公爵令嬢だったのである。

平民の娘だから婚約者を譲れって? 別にいいですけど本当によろしいのですか?

和泉 凪紗
恋愛
「お父様。私、アルフレッド様と結婚したいです。お姉様より私の方がお似合いだと思いませんか?」  腹違いの妹のマリアは私の婚約者と結婚したいそうだ。私は平民の娘だから譲るのが当然らしい。  マリアと義母は私のことを『平民の娘』だといつも見下し、嫌がらせばかり。  婚約者には何の思い入れもないので別にいいですけど、本当によろしいのですか?    

お前は家から追放する?構いませんが、この家の全権力を持っているのは私ですよ?

水垣するめ
恋愛
「アリス、お前をこのアトキンソン伯爵家から追放する」 「はぁ?」 静かな食堂の間。 主人公アリス・アトキンソンの父アランはアリスに向かって突然追放すると告げた。 同じく席に座っている母や兄、そして妹も父に同意したように頷いている。 いきなり食堂に集められたかと思えば、思いも寄らない追放宣言にアリスは戸惑いよりも心底呆れた。 「はぁ、何を言っているんですか、この領地を経営しているのは私ですよ?」 「ああ、その経営も最近軌道に乗ってきたのでな、お前はもう用済みになったから追放する」 父のあまりに無茶苦茶な言い分にアリスは辟易する。 「いいでしょう。そんなに出ていって欲しいなら出ていってあげます」 アリスは家から一度出る決心をする。 それを聞いて両親や兄弟は大喜びした。 アリスはそれを哀れみの目で見ながら家を出る。 彼らがこれから地獄を見ることを知っていたからだ。 「大方、私が今まで稼いだお金や開発した資源を全て自分のものにしたかったんでしょうね。……でもそんなことがまかり通るわけないじゃないですか」 アリスはため息をつく。 「──だって、この家の全権力を持っているのは私なのに」 後悔したところでもう遅い。

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。