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第二部 宰相閣下の謹慎事情
264 異邦人来襲
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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。
「――なんだ、パーティーはもうお開きになってしまったんだ。残念」
「⁉」
エドヴァルドが請求書を支配人から受け取っているのを横目に、店の外へと出たところで、明らかにこちらを対象とした声がかけられた。
ファルコとベルセリウス将軍と言う、ある意味最強のコンビが素早く私の前に立ちふさがって、声の主から姿を隠す。
180cm超えのファルコと、190cm超えのベルセリウス将軍とでは、必然的にそうなるんだけど。
「ふふ。今、君たちが庇ったのが〝聖女の姉〟君かな?ぜひとも顔を見たかったのに、王宮では会わせて貰えなかったからね。待ちきれなくて、うっかり来てしまったよ。さて、そこを退いてくれるかな。護衛如きが他国と言えど王族に歯向かうような真似はしないよね、まさか」
「―――」
他国の王族。
その言葉に全員が息を呑んだ。
まさかそんな、話を聞かされたばかりで遭遇するなどとは、誰もが考えてはいなかった。
ドナート・サレステーデ。
サレステーデ国第二王子。
「……侯爵閣下、ファルコ。そちらの方が本物かどうか分かるまでは、どうかそのままで」
私からは顔は見えないけど、見えたところで本物かどうかの区別はつかない。
聞こえないよう声のトーンは落としたけれど、仮に聞こえたとしてもなるべく失礼と受け取られないよう、二人には、振りかざされた身分差で怯む事のないようにとの意味をこめて、やんわりと声をかけた。
「……ふうん?」
相手にまで聞こえたのか、聞こえなかったのかはハッキリとしなかったけど、私の言葉に軽く頷いて動かないベルセリウス将軍とファルコに、向こうも少し面白くなさそうに鼻を鳴らした。
「なんだ…『王子サマ、お会いしたかったですわ!』なんて、飛び込んで来てくれるのを期待していたんだけどなぁ……王子だよ?王族だよ?普通なら涙を流して喜ぶところじゃない?」
「―――」
うっかり「馬鹿ですか」と言いそうになって、慌てて自分の手で口元を覆う。
こんな王都中心街の往来で、ナンパよろしく声をかける男をどう「王子」と認識しろと言うのだろう。
とは言え、仮に本物だったとして、身分が遥かに下の私からは、許可なく話しかける訳にもいかない。
まして涙を流して抱きつくとか、不敬罪で護衛に叩き斬られても文句は言えないじゃないか。
それとも、それはフラグ?叩き斬る口実を実は欲してた?
ピリピリとした空気の中「なるほどね……」と、こちらを値踏みしているかの様な響きの声が、場違いに響いている。
「ちょっと僕も、第一王女基準で動きすぎていたかな……?年頃の令嬢って、もっとこう、お金や肩書で動く人間だとばかり思ってたよ」
王子サマ…かどうかは知りませんが「知らない人について行ってはいけません」って言うのは、世の常識です。
初対面の人に「王子です」と往来で名乗られて、鵜呑みにするバカはいません。
これ、いつまで独り言喋らせておこうか――と私が悩み始めたところで、ふいに私の横を、馴染みのある人影が横切った。
「誰かは知らないが、ここは王宮ではない。うっかり盗賊と間違えて斬られたくなければ、お引き取り願おう」
請求書へのサイン含め、支払い手続きを終えたらしいエドヴァルドが、さすが「鉄壁宰相」と渾名されるだけの事はあると思わせる冷やかさで「自称・王子」へと声をかけていた。
「……へえ?僕が王族だと告げているにも関わらず、自ら声をかける意味って分かっているんだよね?分かっているんだとしたら――お留守の宰相閣下がご帰宅されたと言う事かな?」
「生憎、供も連れず、先触れも出さず、王宮どころか往来で声をかける様な王族になど覚えはないがな。まあ、仮にあったとしても、私はまだ正式な場での紹介も受けていない。盗賊と認識したとしても、誰も責められまいよ」
公爵であるならばともかく、宰相の地位は次期王位継承者たる王族と同格と見做されている。
つまりは「第二王子」であるならば、決して強くは出られないと言う事だ。
日の暮れた往来に、確かに舌打ちの音が響いた。
「…なら、お互いに正式な場ではないと言う事で、今日はここで失礼させて貰うよ」
「――ああ『自称・王族』に言っても詮ない事かも知れないが」
踵を返した足音に被せるようにして、エドヴァルドが、相手を刺し貫きたいのかと思わせる鋭い言葉を投げかけていた。
「元々、明日にでも王宮内で宰相と〝聖女の姉〟との婚約が公になる手筈だった。恥をかかないように、明日はいらぬ妄言を吐かない事をお薦めしておこう」
「なっ…⁉」
正式な場での自己紹介が未だである以上、エドヴァルドも「私と」ではなく「宰相と」と言う言い方をしている。
もちろん、建前上のことではあるけれども。
そして、それ以上会話を続ける気はないとばかりに「公爵邸へ帰るぞ」と、否を言わせない態でエスコートの手を差し出してきたので、私も、おずおずとそこに手を乗せた。
「――お館様、後は我々とファルコが」
小声で囁くベルセリウス将軍に頷く形で、エドヴァルドが私を連れて馬車へと乗り込む。
向かい側かと思いきや、エドヴァルドは私の隣に乗り込んできて、馬車が出るなり私の肩を自分の方へとぐいと抱き寄せてきた。
「あっ、あの、エドヴァルド様――」
「――何もされなかったか」
軽い苛立ちと怒りを滲ませた声に、私は気圧されながらもコクコクと頷いた。
「だ、大丈夫です!一方的に話しかけられただけですし、ファルコとベルセリウス将軍が前に立ってくれていた分、お互いに顔は見えていなかった筈ですから」
「……そうか」
「あのっ……あれって本物のドナート第二王子ですか……?」
そう言いながら、少し首をエドヴァルドの方へと傾けると、苦虫を嚙み潰したかの様な表情を浮かべている横顔と、視線がぶつかった。
「……さあな。王宮でもない、こんな往来で身分を振りかざしたところで、それを証明する手段などない。まして今までこの国を訪れた事がないとなれば、尚更だ。あの尊大な口調からすれば、本物だろうとは思うが、この場では『不審人物』としてあくまで扱っておく方がこちらも都合が良かったから、そうしたまでの事だ」
まるで、いざとなればうっかり斬ってやっても良かったと言いたげだ。
私は慌てて両手を振った。
「いえいえいえっ!そんな自らを騒動の渦中に落とす様な事はしないで下さい⁉」
「あの王子が何を考えているのかは知れないが、今日〝チェカル〟でのパーティーが知られたのは、確実にクヴィスト公爵家の手の者が情報を掴んで、王子に囁いたんだろうよ。だとすれば、売られた喧嘩を買わない道理はない」
「⁉」
ひぃ…っ、宰相閣下の目が真剣ですっっ‼
「あの様子だと、どうも第一王女を隠れ蓑に、何か動いていそうな気はするんだがな」
エドヴァルドが〝聖女の姉〟との婚約を予定していると口にした後の反応が、ただならぬ雰囲気だったらしい。
「そうなんですね……真っ暗でよく分かりませんでした」
「分からなくて良い。アレが本物にせよ偵察目的で派遣された偽物にせよ、連中の目に貴女を晒すつもりはない」
肩に乗るエドヴァルドの手に、力が入った気がした。
「念のため、今夜は私の部屋で過ごさないか。ベルセリウスやファルコの目をかいくぐれるとは思えないが……少しは私の憂慮も察してくれないだろうか」
私は何て言って良いか分からずに、肩を抱き寄せられた状態で固まってしまった。
「――レイナ」
良いか?と、耳元に響くバリトン声はもはや凶器だ。
不気味な「自称・王子」との接触の不安と相まって、グルグルと考えがまとまらない。
「す…睡眠っ」
「うん?」
「睡眠時間は、ちゃんと確保したいですっ」
ただ寝るだけにして欲しい――口にはしない私の懇願を、エドヴァルドは凶悪なまでの笑みで、明らかに聞き流した。
「徹夜が得意な貴女の言葉とも思えないな。まぁ…覚えていたら、善処しよう」
「‼」
帰ったら、セルヴァンとヨンナに泣きついてみよう――そう思った私は悪くないと思う。
うん、絶対に。
「――なんだ、パーティーはもうお開きになってしまったんだ。残念」
「⁉」
エドヴァルドが請求書を支配人から受け取っているのを横目に、店の外へと出たところで、明らかにこちらを対象とした声がかけられた。
ファルコとベルセリウス将軍と言う、ある意味最強のコンビが素早く私の前に立ちふさがって、声の主から姿を隠す。
180cm超えのファルコと、190cm超えのベルセリウス将軍とでは、必然的にそうなるんだけど。
「ふふ。今、君たちが庇ったのが〝聖女の姉〟君かな?ぜひとも顔を見たかったのに、王宮では会わせて貰えなかったからね。待ちきれなくて、うっかり来てしまったよ。さて、そこを退いてくれるかな。護衛如きが他国と言えど王族に歯向かうような真似はしないよね、まさか」
「―――」
他国の王族。
その言葉に全員が息を呑んだ。
まさかそんな、話を聞かされたばかりで遭遇するなどとは、誰もが考えてはいなかった。
ドナート・サレステーデ。
サレステーデ国第二王子。
「……侯爵閣下、ファルコ。そちらの方が本物かどうか分かるまでは、どうかそのままで」
私からは顔は見えないけど、見えたところで本物かどうかの区別はつかない。
聞こえないよう声のトーンは落としたけれど、仮に聞こえたとしてもなるべく失礼と受け取られないよう、二人には、振りかざされた身分差で怯む事のないようにとの意味をこめて、やんわりと声をかけた。
「……ふうん?」
相手にまで聞こえたのか、聞こえなかったのかはハッキリとしなかったけど、私の言葉に軽く頷いて動かないベルセリウス将軍とファルコに、向こうも少し面白くなさそうに鼻を鳴らした。
「なんだ…『王子サマ、お会いしたかったですわ!』なんて、飛び込んで来てくれるのを期待していたんだけどなぁ……王子だよ?王族だよ?普通なら涙を流して喜ぶところじゃない?」
「―――」
うっかり「馬鹿ですか」と言いそうになって、慌てて自分の手で口元を覆う。
こんな王都中心街の往来で、ナンパよろしく声をかける男をどう「王子」と認識しろと言うのだろう。
とは言え、仮に本物だったとして、身分が遥かに下の私からは、許可なく話しかける訳にもいかない。
まして涙を流して抱きつくとか、不敬罪で護衛に叩き斬られても文句は言えないじゃないか。
それとも、それはフラグ?叩き斬る口実を実は欲してた?
ピリピリとした空気の中「なるほどね……」と、こちらを値踏みしているかの様な響きの声が、場違いに響いている。
「ちょっと僕も、第一王女基準で動きすぎていたかな……?年頃の令嬢って、もっとこう、お金や肩書で動く人間だとばかり思ってたよ」
王子サマ…かどうかは知りませんが「知らない人について行ってはいけません」って言うのは、世の常識です。
初対面の人に「王子です」と往来で名乗られて、鵜呑みにするバカはいません。
これ、いつまで独り言喋らせておこうか――と私が悩み始めたところで、ふいに私の横を、馴染みのある人影が横切った。
「誰かは知らないが、ここは王宮ではない。うっかり盗賊と間違えて斬られたくなければ、お引き取り願おう」
請求書へのサイン含め、支払い手続きを終えたらしいエドヴァルドが、さすが「鉄壁宰相」と渾名されるだけの事はあると思わせる冷やかさで「自称・王子」へと声をかけていた。
「……へえ?僕が王族だと告げているにも関わらず、自ら声をかける意味って分かっているんだよね?分かっているんだとしたら――お留守の宰相閣下がご帰宅されたと言う事かな?」
「生憎、供も連れず、先触れも出さず、王宮どころか往来で声をかける様な王族になど覚えはないがな。まあ、仮にあったとしても、私はまだ正式な場での紹介も受けていない。盗賊と認識したとしても、誰も責められまいよ」
公爵であるならばともかく、宰相の地位は次期王位継承者たる王族と同格と見做されている。
つまりは「第二王子」であるならば、決して強くは出られないと言う事だ。
日の暮れた往来に、確かに舌打ちの音が響いた。
「…なら、お互いに正式な場ではないと言う事で、今日はここで失礼させて貰うよ」
「――ああ『自称・王族』に言っても詮ない事かも知れないが」
踵を返した足音に被せるようにして、エドヴァルドが、相手を刺し貫きたいのかと思わせる鋭い言葉を投げかけていた。
「元々、明日にでも王宮内で宰相と〝聖女の姉〟との婚約が公になる手筈だった。恥をかかないように、明日はいらぬ妄言を吐かない事をお薦めしておこう」
「なっ…⁉」
正式な場での自己紹介が未だである以上、エドヴァルドも「私と」ではなく「宰相と」と言う言い方をしている。
もちろん、建前上のことではあるけれども。
そして、それ以上会話を続ける気はないとばかりに「公爵邸へ帰るぞ」と、否を言わせない態でエスコートの手を差し出してきたので、私も、おずおずとそこに手を乗せた。
「――お館様、後は我々とファルコが」
小声で囁くベルセリウス将軍に頷く形で、エドヴァルドが私を連れて馬車へと乗り込む。
向かい側かと思いきや、エドヴァルドは私の隣に乗り込んできて、馬車が出るなり私の肩を自分の方へとぐいと抱き寄せてきた。
「あっ、あの、エドヴァルド様――」
「――何もされなかったか」
軽い苛立ちと怒りを滲ませた声に、私は気圧されながらもコクコクと頷いた。
「だ、大丈夫です!一方的に話しかけられただけですし、ファルコとベルセリウス将軍が前に立ってくれていた分、お互いに顔は見えていなかった筈ですから」
「……そうか」
「あのっ……あれって本物のドナート第二王子ですか……?」
そう言いながら、少し首をエドヴァルドの方へと傾けると、苦虫を嚙み潰したかの様な表情を浮かべている横顔と、視線がぶつかった。
「……さあな。王宮でもない、こんな往来で身分を振りかざしたところで、それを証明する手段などない。まして今までこの国を訪れた事がないとなれば、尚更だ。あの尊大な口調からすれば、本物だろうとは思うが、この場では『不審人物』としてあくまで扱っておく方がこちらも都合が良かったから、そうしたまでの事だ」
まるで、いざとなればうっかり斬ってやっても良かったと言いたげだ。
私は慌てて両手を振った。
「いえいえいえっ!そんな自らを騒動の渦中に落とす様な事はしないで下さい⁉」
「あの王子が何を考えているのかは知れないが、今日〝チェカル〟でのパーティーが知られたのは、確実にクヴィスト公爵家の手の者が情報を掴んで、王子に囁いたんだろうよ。だとすれば、売られた喧嘩を買わない道理はない」
「⁉」
ひぃ…っ、宰相閣下の目が真剣ですっっ‼
「あの様子だと、どうも第一王女を隠れ蓑に、何か動いていそうな気はするんだがな」
エドヴァルドが〝聖女の姉〟との婚約を予定していると口にした後の反応が、ただならぬ雰囲気だったらしい。
「そうなんですね……真っ暗でよく分かりませんでした」
「分からなくて良い。アレが本物にせよ偵察目的で派遣された偽物にせよ、連中の目に貴女を晒すつもりはない」
肩に乗るエドヴァルドの手に、力が入った気がした。
「念のため、今夜は私の部屋で過ごさないか。ベルセリウスやファルコの目をかいくぐれるとは思えないが……少しは私の憂慮も察してくれないだろうか」
私は何て言って良いか分からずに、肩を抱き寄せられた状態で固まってしまった。
「――レイナ」
良いか?と、耳元に響くバリトン声はもはや凶器だ。
不気味な「自称・王子」との接触の不安と相まって、グルグルと考えがまとまらない。
「す…睡眠っ」
「うん?」
「睡眠時間は、ちゃんと確保したいですっ」
ただ寝るだけにして欲しい――口にはしない私の懇願を、エドヴァルドは凶悪なまでの笑みで、明らかに聞き流した。
「徹夜が得意な貴女の言葉とも思えないな。まぁ…覚えていたら、善処しよう」
「‼」
帰ったら、セルヴァンとヨンナに泣きついてみよう――そう思った私は悪くないと思う。
うん、絶対に。
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