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第二部 宰相閣下の謹慎事情

263 チェカルの夕べ

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

 王都中心街にあるレストラン〝チェカル〟は、今日はディナータイム貸切営業とされていた。

 丸テーブルの一つは、私とエドヴァルド、ミカ君にベルセリウス将軍、ウルリック副長と5人1組で占められていた。
 名札がある訳でもないが、そうなるように、私とエドヴァルドが着いた時には、既に他の席が埋まっていたのだ。

 私はほとんど接点がなかったけれど、エドヴァルドと一緒にギーレンに行った、王宮側の護衛騎士も、トーカレヴァだけでなく呼ばれていたようで、30名近い人数が今日は参加しているみたいだった。

 エドヴァルドが、今日はギーレンまで来てくれた人達、不在中に代理として帰領を延ばして貰った人達それぞれへの礼を兼ねてこの場を設けたので、遠慮なく飲み食いしてくれ…と言った様な事を最初に告げて、その後は無礼講とばかりに、皆が運ばれてきた料理や出されたワインなど、口をつけはじめた。

 ミカ君の事もあるだろうけど、基本的にはマナーがどうと言う話にならないようにと配慮されたんだろう。既に切り分けられて、食べやすくなっている料理が次々と運ばれてきているため、最初は身構えていた人たちも、すぐさまその緊張は解れて、めいめいに喋り出すようになっていた。

「……ベルセリウス」

 食事が少し進んだところで、エドヴァルドが不意に声を落として、左隣に腰掛けているベルセリウス将軍へと視線を向けた。

「今日、こんな場を設けておいて言う事ではないんだが――」
「お館様?」
「――もう少しだけ、滞在を延長してくれ」

 その言葉に、テーブルを囲む全員の視線が、エドヴァルドへと向いた。

「……何か急を要する事態でも?」

 やや険しい顔つきになったベルセリウス将軍からは、領防衛軍トップとしての空気が滲み出ていた。
 ああ、とエドヴァルドも真顔で頷いている。

「どうせ明日には分かる事だから、この場で皆にも明かしておくが、サレステーデから、先触れもなく第二王子と第一王女が王宮に押しかけてきた」

「……それはまた、私でも分かる礼儀知らずですな」

 そう思うなら何故ご自分は――と小声で呟くウルリック副長を、隣のミカ君が「あはは…」と、渇いた笑い声をあげて眺めている。

「それで、その二人は何を?」

 慣れているのか、綺麗に無視スルーしているベルセリウス将軍に、エドヴァルドも同様だった。

「王女はフォルシアン公爵家嫡子ユセフと、王子は〝聖女の姉〟と『結婚』と押しかけて来て、王宮で騒ぎを起こした」

「「「――はあぁっっ⁉︎」」」

 この場で〝聖女の姉〟が誰の事か理解していない人間はいない。
 ええっ⁉︎と声を出したミカ君含め、全員の目がこちらに集中する。

 ベルセリウス将軍の大声にウルリック副長がつられ、普段から耳の良いファルコや〝鷹の眼〟の皆にもそれが届いたらしく、結果として複数の声が部屋中に響き渡った。

 トーカレヴァを筆頭に王宮護衛騎士達の方は、実際に王宮で二人を見たのかも知れない。

 アレはそんなくだらない用件だったのか――と、ヒソヒソと囁きあっていた。

「何でまたそんな事に……」
「クヴィスト公爵家だ。サレステーデに嫁いだ娘が、相手に困っていた王子王女に、直接かどうかはともかく余計な話を吹き込んだようだ」

 キヴェカス家と、クヴィスト公爵領下旧グゼリ伯爵家との間で、産地偽装にまつわる泥沼裁判があった事を、この場で知る者は少ない。恐らくは、ベルセリウス将軍と腹心のウルリック副長くらいだろう。

 ただそれでも、それ以降イデオン公爵家とクヴィスト公爵家との間に深くて暗い河が横たわっている事なら、この場にいる多くの者が把握していた。

 ウルリック副長はミカ君に「後で説明しましょう」と、囁いている。
 領防衛軍で慣れているのか、副長は若手の教育係としてはかなり優秀だと思う。

 …ちょっとミカ君が黒く成長しないかだけは、心配だけど。

「現状、宰相位を持つ私は、王子や王女から指図を受ける謂れはない。明日、彼女はだと、話は叩き返すつもりはしている」

「それは結構な事ですな。我らが〝貴婦人〟を、むざむざ他国にやる道理もありますまい。領防衛軍を代表して、そのご決断は支持致しましょう」

 ベルセリウスの言葉に、エドヴァルドは鷹揚に頷いている。

 え、あれ、皆さん大事なところ無視スルーしてません⁉︎
 誰か一人くらいは「王族との縁談とは素晴らしい!」とかは……ないんだ。そうなんだ。

「ただ、王子王女とその護衛程度ならば、サタノフやノーイェルと言った護衛騎士たちが王宮内で上手くあしらってくれるだろうが、一歩外に出れば、そう言う訳にもいかない。一番危惧しているのは、クヴィスト家の手の者たちがレイナを誘拐しようと狙ってくる事だ」

 万一クヴィスト家とサレステーデとの間に、秘密裡に〝転移扉〟でも繋がれていて、拉致されてしまったら目も当てられない。

「お館様は〝鷹の眼〟だけでは人数が足りぬとお考えですか」

 ベルセリウス将軍が、チラリとファルコに視線を投げる。
 同い年の友人として、彼の実力を疑われるのは心外だとでも言いたげだったが、エドヴァルドがそれを否定するように軽く片手を上げた。

「何も実力の程を疑っている訳じゃない。今回は、フォルシアン公爵家のユセフにも手が伸びる可能性がある。向こうを人質に、こちらも言う事を聞くよう強要されるのが一番面倒だ。そうなった場合の事を考えると、手は足りない。そう思っているだけだ」

「ふむ…フォルシアン公爵家にも無論、邸宅おやしきづきで雇われている護衛連中はいるでしょうが……崩されるなら、イデオン家こちらよりもフォルシアン家むこうだと、そのようにお考えだと」

 ああ、と答えたエドヴァルドが、そこでミカ君に初めて視線を投げた。

「だが、ミカはそろそろハルヴァラ領に戻してやる必要がある。いくらなんでも、これ以上理由もなく王都に留め置いていては、ハルヴァラ伯爵夫人にもいらぬ心配をかけるだけだ」

「……っ」

 ミカ君も流石に、イリナ夫人の名前を出されてしまうと「残りたい」とも言えないのだろう。

 悲しげに俯く姿はとてつもなく庇護欲をそそるけど、こればっかりは私が何を言う訳にもいかなかった。

「では、将軍だけ王都に……?ミカ殿をハルヴァラ領に送るのであれば、あまり護衛を減らす訳には……」
「いや。ベルセリウスの制止役としてのウルリックは貴重だからな……」

 恐らくは本心からと思われるエドヴァルドの呟きに、ファルコが可笑しそうに顔を背けているが、口に出しては何も言わなかった。
 アイツ覚えていろよ…とドスの効いた声で唸るベルセリウス将軍の呟きは、皆が聞かなかった事にしていた。

「あくまで今の時点での一案だが、簡易型の転移装置を借りて、一度限りのハルヴァラ領との行き来が出来ないかを、明日陛下と相談するつもりだ。それならば、ウルリックにでもミカを送らせて、すぐに戻って来る事が出来るからな」

 簡易型転移装置の経験者である〝鷹の眼〟の皆は、なるほどと納得の表情を浮かべている。

「まあ、陛下からの許可が下りねば話にならないから、今のはあくまで案だと思っていてくれ。決まり次第また連絡を入れるが、とりあえず一両日中の出発は見送ってくれるか。その分の費用はもちろん公爵家こちらで負担をする」

「承知致しました。もとよりお館様のご指示とあらば何よりも優先されます。本部に残る者たちも否とは言いますまい」

「頼む。だが今日までの事を労いたかったのも確かだ。これはこれで遠慮なく飲んで食べてくれて構わない」

 最後、そうエドヴァルドが言って、慰労会(?)は再び賑やかな歓談の場に戻った。

 うーん、寂しそうなミカ君に何かしてあげられると良いんだけど……。

「――レイナ」

 多分、私が何かしら考え込み始めたのが視界の隅に入ったんだろう。

 妙に平坦で、抑揚に欠けるエドヴァルドの声が、耳に入ってきた。

「……ハイ」

(あ、これはダメなやつだ)

 果たしてそんな判断がつくようになってきたのは、良い事なのか、知らないままの方が良かったのか。

「狙われるかも知れない。そう言った私の話を聞いていたか?」
「……えっと」

 ミカ君連れて、王都中心街のお散歩やショッピングを――なんて、チラッと考えたのを、多分だけど見透かされた気がする。

「しばらくは公爵邸から出るな。王宮なりフォルシアン公爵邸なり、どうしても行く必要が生じた時は私が指示して付き添う時だけだ」
「……っ」

 …ちょっと、ショックを受けた表情が見えたのかも知れない。
 一瞬の沈黙の後、エドヴァルドは顔をしかめて、ふいと明後日の方向を見やった。

「……公爵邸に招く分には、予め伝えておいてさえくれれば、それほど制限しないつもりだ」
「!」

 ――何かしてやりたければ、公爵邸に呼んで、出来る事にしろ。

 そう言われた気がした。

 ありがとうございます!と微笑わらいながら、それならシャーリーも呼んでの、第二回山菜&キノコ狩り天ぷらパーティーも良いかも知れないと、私は内心で素早く計画を立てた。

 エドヴァルドには、盛大な溜息をつかれたけど。
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