聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

文字の大きさ
164 / 785
第二部 宰相閣下の謹慎事情

270 ボードリエ伯爵との宰相室会談

しおりを挟む
※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

 手紙の内容は、要約するとボードリエ伯爵が午後、学園の授業が終わったところで王宮に来れる事になったから、私にも来て欲しいとの事だった。

 ただ、馬車で街中を走らせるのは心配なので、簡易型の転移装置を使って、エドヴァルドが直接迎えに行くともそこには書かれていた。

「では、昼食後しばらくしましたら、お支度にとりかからせて頂かないといけませんね」

 今のうちにドレスを見繕わせておきましょう、とヨンナは言った。

 サレステーデの第二王子がをかけてこようとしている、と言うのをヨンナも〝鷹の眼〟の誰かから聞いているらしく「万一、王宮内での遭遇があった時の事も考えて、ここは旦那様のお色で統一しておきませんと……!」と、妙に気合の入った指示を出していたのを、私は敢えて聞こえなかったフリで通した。

 どうせまな板の上の鯉、ヨンナと侍女達の間で「どこまで〝痕〟を見せるか」などと議論が白熱したところで、もう、いたたまれないだけだ。

 エドヴァルドが迎えに来る頃には、既にグッタリと疲れ果てていたのが実状だった。

「……行けるか?」
「大丈夫です……」

 ひとえにメンタルの問題なんで気にしないで下さい…との私の呟きに、エドヴァルドの眉が僅かに寄ったけれど、口に出しては何も言わなかった。

 行かなくて良い、とは流石に言えないんだろう。

 差し出されたエスコートの手に自分の手を乗せたところで、すぐさま〝恋人繋ぎ〟に変わるのは、私が〝転移扉〟に常に怯えているが故の、エドヴァルドの気遣いだ。

 ――今回の、簡易型転移装置での移動の向こう側は、王宮内の宰相室の奥の部屋だった。

「貴女はここに座っていてくれ。ボードリエ伯爵も、まずはここへ通すように言ってある。こちらの話をした後で、伯爵は陛下の所に案内する予定だ。令嬢の〝聖女〟就任の話もあるからな」

「えっと…私はそっちも……?」

「いや。貴女はここでの話が終わったら、また邸宅やしきに送るつもりだ」

 どうやら職権濫用を疑われるレベルで、簡易型転移装置を使用している気もするけれど、きっと「不可抗力だ」とでも言って押し切っているんだろうなと、思わず遠い目になってしまった。

「――閣下」

 ちょうどそこへ、扉を叩く音と共に、宰相副官シモン・ローベルト青年が顔を覗かせた。

「ボードリエ伯爵殿がお見えですが……」
「分かった。こちらへ通してくれ」

 微かに私への黙礼を残しつつ、扉の向こうへと再び姿を消す。

 そうして次のノックで現れたのは、ボードリエ伯爵一人だった。

「すまない、伯爵。状況は手紙に書いたと思うが、それでどうしても彼女を伯爵邸にる事が出来なかった」

 私からは先に話しかけられないので、いったん〝カーテシー〟だけを見せて、実際にはエドヴァルドの方から、入って来たボードリエ伯爵に、そう声をかけていた。

「恐縮です、宰相閣下。サレステーデとはまた……。ともかくも、レイナ嬢にはこちらからも、シャルリーヌの事で御礼をと思っておりましたので、宰相室こちらで話させていただく事にも否やはございません。――色々とすまなかった、レイナ嬢」

 ボードリエ伯爵が、私に話しやすいようにと声をかけてくれたところで、ようやく私も頭を上げる事が出来た。

 さりげなく、本当にさりげなく視線がストールのあたりに向いたのは、気が付かないフリで。

 敢えて何も言わない伯爵サマ、さすがオトナの貫禄です。

 ――あ、ダメだダメだ。まずは、御礼を。

「とんでもない事です。こちらこそ、身元保証人の件や、ベクレル伯爵様への紹介状の件など、色々とお骨折りを頂いた事、深謝申し上げます。おかげさまで五体満足なまま帰国する事が出来ました。本来でしたら邸宅おやしきに御礼に伺うべきところ、このような形となりました事をお詫び申し上げたいと存じます」

「いやいや。ベクレル伯爵夫妻からの手紙や贈り物に関しては〝ヘンリエッタ〟から戻って来た後、シャルリーヌが涙ぐんでいたくらいだ。貴女の様な友人が出来て本当に良かったと、こちらも嬉しくなった」

「もったいないお言葉、ありがとうございます」

 再び頭を下げる私に、ボードリエ伯爵も鷹揚に頷いた。

「だからと言う訳ではもちろんないが、サレステーデ語の家庭教師の件は、喜んで紹介させて貰おう。ただ、王都学園自体は女人禁制と言う訳ではないが、若いご令嬢が出入りをするには諸々不都合な事も多い。かと言って、イデオン公爵邸でとなると、教師本人の家のしがらみも出て来るかも知れん。どうだろう、事態が落ち着いたら、我が邸宅やしきでシャルリーヌも交えて授業を受けると言うのは?」

「え…よろしいんですか?」

「ウチは構わない。と言うのもベルィフ語に関しては、シャルリーヌがある程度の読み書きは出来る筈なんだ。何せ順当にいけば国境を接する隣国の言語となる筈だった。その点も鑑みて、まとめてこちらの邸宅やしきで学ぶのも良いかと思ったんだが……」

 思いがけない提案に、私がエドヴァルドに視線を向けると「ふむ…」と、エドヴァルドがやや考える仕種を見せた。

「確かに、事態が落ち着きさえすれば、それが良いかも知れないが……しかしそれだと伯爵自身が、レイフ殿下やその周辺貴族たちから『イデオン家についた』と思われる可能性があるだろう」

 王都学園理事長の地位は、立場上中立でなければならない筈だ。

 エドヴァルドがそう言ったところで、ボードリエ伯爵は「おや」と僅かに片眉を動かした。

「それは、レイナ嬢が近々『イデオン家の関係者』になられると言う解釈で宜しいのでしょうか、宰相閣下?」

 国が保護する〝聖女の姉〟としての扱いならば、誰も文句を言えなかろうに――。
 伯爵の目は、そう語っている。
 きっとそれで、周囲の雑音をシャットアウトしようとしていたのかも知れない。

 だけどエドヴァルドは、そんな伯爵の思惑を遮るように「それで構わない」と声を発した。
 私が、ちょっとビックリしてエドヴァルドの方を向いたのは、敢えて見ない様にしているっぽかった。

「既に陛下や、押しかけてきたどもには、その旨宣言してある」

 いっそ冷ややかに、他国とは言え王子王女を「有象無象」扱いした事に、ボードリエ伯爵は乾いた笑みを浮かべていたけど、ツッコむところはそこじゃないと、伯爵も分かっていたんだろう。

 軽く咳払いをして、体勢を立て直していた。

「なるほど…敢えてサレステーデの出方を見る事もなさらないと、そう言う事ですか」

(ああ…まあ「案」としてなら、私を仮にでも王子と婚約させて、サレステーデに送り込んで様子を探らせるとか、やりようはあるもんね……)

 私も何となく、ボードリエ伯爵の言いたい事は分かったけど、隣のエドヴァルドが、気のせいじゃなく怖かったので、口には出さなかった。

 …何で、こっちで一瞬考えただけの事が分かったんだろう。
 魔力に加えて読心能力まであるんだろうか。

「彼女には、聖女マナの補佐としてアンジェスに招いた時点で、既に一度多大な迷惑をかけた。これ以上は国の都合で振り回す様な事はしない。例えするのだとしても、だ」

「――そうですか」

 切って捨てるかの様なエドヴァルドの言いように、ボードリエ伯爵の目が僅かに眇められた。

 どうやら舞菜いもうとがギーレンに留まるからと言って、私までアンジェスから出す様な真似はしないと、伯爵だけでなく隣の私にも、宣言してくれているかの様だった。

「失礼しました。今の時期にサレステーデ語を学びたいと仰るからには、てっきり関連があるのかと」

「いや。そう言う誤解を受けても仕方がないタイミングではあった。だが、本当にたまたまだったんだ。ギーレンとバリエンダールの勉強が、ちょうどひと段落していたところだった」

「なるほど。あくまで公爵家としての、貴族教育の一環でしたか」

「ああ。それでもしまだ、表立っての立場を翻す事が難しいのであれば『教え子が新しく商会を立ち上げて、サレステーデに取引の為出かける事が決まった。言葉や習慣を少し教えてやって欲しい』とでも持ちかけてくれるか。実際にギルドカードも作ってある事だし、それだけなら男とも女とも、外からは分かるまい。当の教師にさえ口止めが許されるのなら、だが」

 エドヴァルドの提案にボードリエ伯爵は、目から鱗とでも言いたげに、眇めていた目を大きく見開いた。

「ああ…そうですね、レイナ嬢は身分証としてのギルドカードを既にお持ちでした。ええ、そう言う事であれば教師の方でも納得はするでしょうし、私も必要以上に敵を作らずに済みます。口の堅い者と言う点も重視しながら、決めさせて頂きましょう」

 二度三度とボードリエ伯爵は頷き、どうやらそこで、話はまとまった様だった。

「ああ、それとレイナ嬢。シャルリーヌに声をかけて貰った…えー…〝てんぷらパーティー〟?まるで今にも踊り出しそうな勢いで喜んでたよ。早速明日の昼食時にでも公爵邸に伺いたいとの事だったんだが、構わないだろうか」

 一般的な貴族令嬢としての作法マナー無視の展開に、エドヴァルドもボードリエ伯爵も苦笑いだけど、私とシャルリーヌとの間では、そこはまるで重要視されていなかった。

「ああ、はい、もちろんです!」

 そりゃ天ぷら、食べたいよねシャーリー。
 付けるものが塩しかないけど許してー!
しおりを挟む
感想 1,464

あなたにおすすめの小説

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

事情があってメイドとして働いていますが、実は公爵家の令嬢です。

木山楽斗
恋愛
ラナリアが仕えるバルドリュー伯爵家では、子爵家の令嬢であるメイドが幅を利かせていた。 彼女は貴族の地位を誇示して、平民のメイドを虐げていた。その毒牙は、平民のメイドを庇ったラナリアにも及んだ。 しかし彼女は知らなかった。ラナリアは事情があって伯爵家に仕えている公爵令嬢だったのである。

お前は家から追放する?構いませんが、この家の全権力を持っているのは私ですよ?

水垣するめ
恋愛
「アリス、お前をこのアトキンソン伯爵家から追放する」 「はぁ?」 静かな食堂の間。 主人公アリス・アトキンソンの父アランはアリスに向かって突然追放すると告げた。 同じく席に座っている母や兄、そして妹も父に同意したように頷いている。 いきなり食堂に集められたかと思えば、思いも寄らない追放宣言にアリスは戸惑いよりも心底呆れた。 「はぁ、何を言っているんですか、この領地を経営しているのは私ですよ?」 「ああ、その経営も最近軌道に乗ってきたのでな、お前はもう用済みになったから追放する」 父のあまりに無茶苦茶な言い分にアリスは辟易する。 「いいでしょう。そんなに出ていって欲しいなら出ていってあげます」 アリスは家から一度出る決心をする。 それを聞いて両親や兄弟は大喜びした。 アリスはそれを哀れみの目で見ながら家を出る。 彼らがこれから地獄を見ることを知っていたからだ。 「大方、私が今まで稼いだお金や開発した資源を全て自分のものにしたかったんでしょうね。……でもそんなことがまかり通るわけないじゃないですか」 アリスはため息をつく。 「──だって、この家の全権力を持っているのは私なのに」 後悔したところでもう遅い。

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

継子いじめで糾弾されたけれど、義娘本人は離婚したら私についてくると言っています〜出戻り夫人の商売繁盛記〜

野生のイエネコ
恋愛
後妻として男爵家に嫁いだヴィオラは、継子いじめで糾弾され離婚を申し立てられた。 しかし当の義娘であるシャーロットは、親としてどうしようもない父よりも必要な教育を与えたヴィオラの味方。 義娘を連れて実家の商会に出戻ったヴィオラは、貴族での生活を通じて身につけた知恵で新しい服の開発をし、美形の義娘と息子は服飾モデルとして王都に流行の大旋風を引き起こす。 度々襲来してくる元夫の、借金の申込みやヨリを戻そうなどの言葉を躱しながら、事業に成功していくヴィオラ。 そんな中、伯爵家嫡男が、継子いじめの疑惑でヴィオラに近づいてきて? ※小説家になろうで「離婚したので幸せになります!〜出戻り夫人の商売繁盛記〜」として掲載しています。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。