聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第二部 宰相閣下の謹慎事情

277 血塗れ国王の真骨頂を垣間見る

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

「閣下」

 国王陛下フィルバートの執務室の扉の前に辿り着いたところで、すぐ傍にトーカレヴァが姿を現した。

 どこから出たの…って言うあたりは〝鷹の眼〟と大差がない。
 さすがは、元・特殊部隊と言うべきか。

「何か起きたのか。陛下はどうされている」

 緊張感に満ちた低い声で問いかけるエドヴァルドに、トーカレヴァが更に声のトーンを落として、エドヴァルドの耳元に口を寄せた。

「陛下はご無事です。――陛下は、ですが」

 小声のトーカレヴァの視線が、一瞬だけ私に向けられる。

「ちょっと…レイナ様に中をお見せする事は、あまりお勧め出来ないのですが」

 何…?と、エドヴァルドが眉をひそめた。

「閣下だけ中に入られるか、もしレイナ様お一人、私の方で宰相室にお送りするのが不安と言う事でしたら、陛下に、場所を変えていただけるよう奏上なされる事をお勧めします」

「……今の中の光景から推測出来る事を端的に言ってみろ」

 それを聞かない事には判断出来ないと言った風のエドヴァルドに、今度はトーカレヴァの方が、僅かに眉根を寄せた。

 小さく息を吸って、告げるべき事を頭の中でまとめたみたいだった。

「…国王陛下がクヴィスト公爵閣下を、サレステーデの第二王子殿下の目の前で手にかけられたのではないか、と」

「「……っ⁉︎」」

 エドヴァルドは決して武闘派ではないけれど、何だかんだと、くぐってきた修羅場の数や付き合いの長さが違うんだろう。

 何を言っているのかと立ちすくんだ私とは違って、一歩足を前に踏み出すと、執務室の扉に手をかけた。

「…レイナ、ここでしばらく人避けを頼めるか。サタノフは置いていくし、会話は聞こえるように、扉は完全には閉めない。とりあえず、良いと言うまで中に人は入れるな」

「わ、分かりました」

 王女は捕らえられて、王子が中に居るとなれば、とりあえずは自分だけが中に入ったとしても、危険は少ないと思ったのかも知れない。

 エドヴァルド自身の身の安全は大丈夫なのかと思わなくもなかったけど、トーカレヴァが口にした通りの光景が扉の向こうにあるのなら、恐らくは事態は膠着状態にある筈だとも言えた。

 私は両開きの扉の片側に背中を預けて、もう片側からエドヴァルドが中に入って行くのを、そこで見送った。

 エドヴァルドは後ろ手に扉を閉める事をしなかったし、私も念のため、片足をそっとずらして、扉が完全に閉まらないように、ストッパーの要領で扉を止めた。

「――何だ、宰相エディ。今ものすごくいいところだったんだが?」

 薄く開いた扉の向こうから、本気で楽しそうな国王陛下フィルバートの声が漏れ聞こえてきた。

 言葉だけ聞けば、いかにも女性との逢瀬の最中を邪魔された、くらいに気軽な感じだ。

「…どうしてこうなったか、説明願えますか、陛下」

 こうって、どうなんだろうと、気にはなるものの、ここから中を覗くと、かなりの高確率でバレる気がするので、私も会話を拾い続けるしかない。

「なっ…ちょっ…これを見て何とも思わないのか⁉︎短剣を下ろさせる方が先じゃないのか、普通⁉︎」

 …もしや国王陛下直々に、短剣を持った挙句にそれをサレステーデの第二王子に突きつけている、とか。

 そう言えば〝蘇芳戦記〟におけるフィルバート・アンジェスの衣装って、スチルからして、腰に金細工全開の短剣を括り付けていた気がする。

 下手をしたら血塗れの刃に舌なめずりをしていたスチルもあった様な――うわぁ!

 陛下、リアルに何かやらかしてますね⁉︎

「生憎だが、理由も聞かずに止めたとあっては、後でとばっちりを喰らうのはこちらだ。外交や常識の話は後だ」
「⁉︎」

 エドヴァルドの声に、恐らくはドナート王子が息を呑んだのが伝わってくる。

 さすが、エドヴァルド。
 そうだよね、フィルバートに常識の話なんて説いても仕方がないよね……。

「さすが我が腹心にして、幼馴染のエドヴァルド・イデオン宰相。とにかく短剣を下ろせとか、つまらない事を言わないところが素晴らしいな」

 陛下…つまらない事ではないんですけどね……。

 安定のサイコパスっぷりに、もはや脳内で一人ツッコミ劇場を展開せざるを得ない。

「ご説明を」

「ああ、はいはい。分かった、分かった。この王子殿下とクヴィスト公爵が、先触れもなく押しかけてきた挙句に、第一王子とコトを構えるのに後ろ楯になれなどと言い始めるものだからな?と、をしたところだ」

 まあ、二度と起きないかも知れないが?なんて、しれっと言ってる陛下が怖すぎです‼︎

 殺しちゃったんですか⁉︎ですよね⁉︎

「陛下……腐っても彼は五公爵の一人。取り繕うのが色々と面倒なんですが」

「良いじゃないか。確かお前よりも年上で、未だに『次期』の二文字が取れない事に悶々としている息子がいただろう。急病に倒れたとでも言えば、かえって感謝されるんじゃないか?――そう怖い顔をするな。代替わりの承認なら、ちゃんとしてやるとも」

「…クヴィスト家そのものをどうこうするつもりはない、と?」

「いくら何でも、五公爵家の仕組みそのものを崩壊させるつもりはないぞ。それが証拠に前回のスヴェンテの時だって、代替わりのみで目を瞑ってやったんだ。私が腹を立てたのは、その仕組みを超えて、クヴィストの方から私に指図をしようとしてきたからだ。それも嫁いだ娘を巻き込みたくない、第二王子にアンジェスで権力を持たせて、外戚として自分も恩恵に預かりたい…ただの私欲だ。無駄に年だけとって、身の程を理解出来ていないのなら、こちらから理解させるまでの事。文句はあるか?」

 ……エドヴァルドが、苦い顔をしているのが目に見える様です。

 言っている事は間違っていない。
 そのままなら、名君と褒めそやされてもおかしくない。

「……せめてやる前に声をかけろ……」

 あ、敬語が崩れた。
 うん。
 やるが「殺る」に聞こえるだけに、余計にね。

「心外だな。そっちはそっちで、手いっぱいだっただろうと、気を遣ってやったのに。ドナート王子殿下がこっちに来たからには、姉君をどうにかしようと言う計画の方は、頓挫したんだろうとは分かってたが、ドロテア王女殿下とユセフ・フォルシアンに関しては、どう転んでいるか分からなかったからな」

 で?と、まるでワクワクと、報告を待つ子供みたいな声が聞こえる。

 あれ、王子と王女の暴走に関して、陛下知ってたんだ。
 多分それは、エドヴァルドの顔にも出たのかも知れない。

「ん?ボードリエ伯爵から概略だけだが耳にしたから、護衛騎士にちょっと確認させた。姉君を公爵邸に囲わず、自分の目の届くところで保護しようとしたあたり、いかにもお前らしい話だと笑わせて貰った」

「……笑いのネタを提供したつもりはないが」

「まあ、そう怒るな。結局頓挫しているんだから『ザマァみろ』で良いだろう。それで、フォルシアンの方はどうなったんだ。それはこの王子殿下も知りたいと思うぞ」

「……その恰好のまま、この状況下で話を続けるつもりか?こちらはこちらで、その第一王子云々の話を聞きたいんだが」

 しばらくの沈黙の後「……ふむ」と呟くフィルバートの声が聞こえた。

「この国に余計な揉め事を持ち込んでくれた礼が、クヴィストだけで足りるのか?」
「それ以上を一人で進めれば、ただの暴君だ。何のための宰相わたしだ」
「言ってくれるな」

 …この状況下で「ははは」と笑えるのは、単に度量が大きいでは片付かない気がする。

「じゃあまあ宰相エディ、この王子殿下は誰かに縛らせるか?お世辞にも国の賓客とは言えまい。むしろ拘束しておかねば、ロクな事になるまいよ」

「ああ。どこか近くの空き部屋を使おう。陛下は着替えを、王子殿下はお身体の拘束を。そう言う事で構わないな?」

「仕方がない。職務熱心なおまえに免じて、剣は引いてやろう」

 そんな声と共に、足音がこちら――私が立っている扉の方へと近付いて来た。

 陛下、その先は…っ、とエドヴァルドの制止の声はすれど、足音は止まらない。

「やあ、姉君。貴女も宰相と一緒に話を聞くか?一応、巻き込まれた被害者だしな」
「‼︎」

 中から扉が押されて、ひょいと顔を覗かせた国王陛下フィルバートは――頬やら衣装やら、盛大に返り血を浴びていた。

 曇りのない笑顔とのあまりのアンバランスさに、私は悲鳴さえも忘れて、その場に立ち尽くした。
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