聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第二部 宰相閣下の謹慎事情

280 宰相は王を唆す

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

「しかしなぁ…実のところ、そうやって第一王子とやらの出方を見るのが一番早いのは、おまえだって分かっているんだろう?それでも敢えてその方法を取らないって事は、どう言う代案がある?」

 フィルバートの声から、揶揄からかいの要素が消える。

 私も「フリ」だけなら、ある程度は我慢すべきなのかと思っていたところだったので、エドヴァルドが考えている事と言うのが、気にはなっていた。

「…まあこれは、あの第二王子が腹をくくって来る事が大前提にはなるが」

 私やフィルバートの視線を受けるようにして、エドヴァルドが、先程机を叩いた興奮を鎮めながら、ゆっくりと口を開く。

「ああ、おまえがさっき『何を差し出せるか考えろ』とか言っていた、あれか?」

 フィルバートの言葉にも、今度は言い返す事なく頷いている。

「そもそも、あの王子と王女は、今の時点で既に、アンジェスとサレステーデとの、国と国とのバランスを著しく、自国に不利な方に傾けてしまっている。万一このあと生き延びて、第一王子派を一掃出来たとしても、こちらからの要望には否と言えない立場に置かれる事になるんだ」

「ああ…まあ例えば、ウチとバリエンダールとの間が不穏になった時にでも、生贄に出来るとかか?」

 サレステーデとアンジェスとの間には、バリエンダール国と、更に海とが間に横たわっている。

 カラハティと呼ばれる、寒冷地に住む大型動物の毛皮が、超高級品として高位貴族の間で好かれているらしく、その輸出入で国としての財政の大半を賄っているのが現状と言う事だった。

 あとでその特徴を聞いてみると、どうやらトナカイもどきな気もしたけれど、そこは今は深く聞かないでおいた。
 …問題なのは、そこじゃないから。

 要はアンジェスとバリエンダールが仮に戦争になった時にでも、兵を出して背後を突けと、問答無用でこちらから命令を出せると言う事を、フィルバートは言っている。

 そんなところだ、とエドヴァルドも否定をしない。

「そしてバリエンダールからすれば、今回の事が明るみに出れば、自分達の背後をウチに取られる様なものだ。今現在、それほどアンジェスとの関係が拗れていないにしても、そんな可能性が降って湧くだけで、気分の良いものじゃない筈だ」

「……まあ、そうだな」

「そうなると、たとえ第一王子を追放したところで、今度は刺客の雇い主がバリエンダールに変わるだけだ。それに、第一王子の側が天下をとったとしても、刺客が放たれる結論は変わらない。あのバリエンダールの王であれば、現時点でこちらを敵に回す事はしない筈だからな」

 エドヴァルドの言葉に、フィルバートが「ああ…まあ、そうだろうな」と、どうでもよさげな呟きを洩らしている。

 どうやらサイコパス陛下には、何やらがあるみたいだったけど、聞かない方が精神衛生上良い気がした。

 きっと腰の短剣が、何やらしたんだろうなぁ……。

「だから結局、あの王子は国の命運ごと、自分達を我々に託さざるを得ないんだ。最悪『サレステーデ』と言う国の名前が地図の上から消えるとしても、民の為にバリエンダールとコトを構えるのは避けたいと、そこまで思い至れたなら、私も今回の遺恨を残さない事に賛同しても良いと思っている」

 もっともこれは、第一王子にも言える事だとエドヴァルドは言った。

「目先の利益、つまりは第二王子や王女の処刑に拘るようであれば、次期としての資質には欠けると言わざるを得ない。さてアンジェスへ来て何を言うか――だな」

 ふむ…と、フィルバートは口元に手をあてる。

「アンジェスだけでなく、バリエンダールに対しても膝が折れるか――と言う事か」

 アンジェスと手を組んで、バリエンダールにを挟み撃ちにする事など考えてもいないと、サレステーデはバリエンダール国王を納得させなくてはならないのだ。

 自国サレステーデの王が篤い病だと言うのなら、その息子である王子が、尚更に。

「しかし本当にサレステーデがバリエンダールに対して膝を折ったら、周辺諸国の力関係が面倒な事になるぞ。バリエンダールの国力が跳ね上がる事になる。ウチにしろギーレンにしろ、手をこまねいている訳にもいくまい」

 海を挟んでいるとは言え、アンジェスとギーレンは隣接国だ。

 サレステーデを取り込んだバリエンダールの目が、こちらを向かない保証がない。

「………あ」

 内心で一生懸命、エドヴァルドの考えを追おうとしていた私は、そこでようやく「追いつけた!」とばかりに声を発してしまった。

 姉君?と怪訝そうにこちらを見やったフィルバートの声に、ハタと我に返る。

「す、すみません。何でも――」

「――何でもないと言う表情かおではないな、レイナ。言ってみると良い。寛大な陛下もお許し下さるだろうだから」

 寛大な陛下、のところに力を入れるあたり、確実に当て擦りだが、フィルバートの方も、そんなエドヴァルドをしれっと無視スルーしている。

 ある意味、どっちもどっちの二人ではあるのかも知れない。

「姉君の話ならば、門前払いはしないぞ?これまでも、割合楽しませて貰っているしな」

 割合って、何でしょう陛下。そのうち「つまらない」と言い出されそうで怖いデス。

 そう思いながらも、拒否権が存在していないようで、私も口を開くしかなかった。

「上手くいけば……ギーレンの次期王妃問題も、何とかなりますよね……?」

 おずおずと、私がエドヴァルドに視線を向ければ、エドヴァルドは「よく気が付いた」と言わんばかりに微笑わらった。

「うん…?姉君、どう言う事だ?」

 エドヴァルドが、そのまま話を続けて良いと言わんばかりに頷いているので、私も自分の中でゆっくりと整理しながら、言葉を続けた。

「あの…サレステーデが、バリエンダールに対して二心を抱かないと膝をつけば、当然バリエンダールの国力が増大した印象を周りに与えますし、更にそれを仲介したアンジェスが、バリエンダールとの相互友好関係を対外的に主張すれば、そんなつもりはなくても、ギーレンに対して圧力をかける恰好になりますよね。ベルィフの王女がサレステーデに嫁ぐ話までまとまっているのなら、むしろギーレン包囲網が出来る様なものですし……」

 実際に戦争をする意思があるかどうかじゃない。
 重要なのは「そう見える」と言う事だ。国が囲まれると言う圧迫感が、半端ない事になる。

「これって確実に、ギーレンが――エドベリ王子が『国を安定させる為の婚姻』を受け入れざるを得ない状況に相当しますよね。受け入れなければ、ギーレンだけが周辺諸国から孤立しかねないんですから」

 軽く目をみはったフィルバートとは対照的に、エドヴァルドは「良く出来ました」とばかりに、私の頭の上に手を置いた。

「ベルィフの王女の件に関しては、第一王子と第二王子、最終的に残った方に縁付かせれば良い。そこまで段取りを整えた上で、バリエンダールのミルテ王女…だったか?その王女との内々の婚約を、ギーレンに持ちかければ良いと思ってな」

「エディ、バリエンダールに適齢期の未婚王女なんかいたか?確か直系で王太子の実妹は、デビュタントも未だだった筈だが」

 一瞬、サイコパス陛下と言えど、周辺諸国の適齢期の王女の情報は、気にはしているのかと驚いたんだけれど、聞けば以前の外交時に、ミラン王太子から自慢話を聞かされたのを覚えていた、と言う事らしい。

 もちろん、フィルバート相手に妹を売り込む気など微塵もなく、ただただ本気の妹自慢だったそうだ。
 …やっぱり、ミラン王太子が重度のシスコンだと言う〝蘇芳戦記〟からのプロフィールは、そうはずれていないと言う事なんだろう。

「だからだ。聖女マナとの婚姻の儀がひと段落した頃に、ちょうどこの王女はデビュタントを迎える。それまでは内々にギーレンのエヴェリーナ妃から王妃教育を受ければ、妃にとって満足のいく次期王妃を育てる事が出来る筈だ。問題はミラン王太子が王女を手放すかどうかだが……王女がエヴェリーナ妃に認められさえすれば、何とかなる気はしているんだ」

 ああ、うん。
 まさかミラン王太子も、自分が結婚した後もずっと妹を手元に置いておくなんて事は出来ないだろうし、ギーレン自体、ちょっとやそっとで国が傾いたりはしない。

 エヴェリーナ妃が王女の将来性を買ってさえくれれば、恐らくは王女が不幸にならない、一番の選択肢になる。

「ミルテ王女が〝お花畑〟でない事が大前提ですけどね……」

 私の呟きに「確かにな」とエドヴァルドも苦笑を浮かべた。

「なるほどな……だがエディ、単に仲介者と言う事だけでは、我がアンジェスの立ち位置が少し弱いな。もう一押し欲しいところだが――」

「――その点は、うってつけの人材が一人」

「うってつけの人材?」

 誰の事だと態度で問いかけたフィルバートに、エドヴァルドはこのうえなく不穏当な笑顔を閃かせた。

 私もとっさにそこまでの理解が及ばずに、エドヴァルドの言葉の続きを待つ。

「――貴方の叔父上、レイフ・アンジェス殿下に、ちょっとした役割を背負って貰おうかと」

「「⁉」」

 想定外の名前を耳にしたのは、私も国王陛下フィルバートも同じだったらしい。
 期せずして同じタイミングで、目をみはってしまった。
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